勇者サトレイ
過去に現れた、勇者のことを、なんとなく自慢げな様子のヘンリ。
というのも、
「その勇者というのが我が家の始祖なのです」
グリュ王の乱を収めたのがヘンリの十代も前のご先祖様となる勇者であった。
その頃の話をヘンリは続ける。
勇者が現れたのは、戦乱もここに極まりといった時のことであった。
グリュの勢力を止める者がおらず、戦場はひたすらに拡大する。
地は荒れ、略奪され、各地が国の体をなさなくなってきている中、南の異教の帝国との戦いとなり、民への負担は増し続ける……
そんな中で、運が悪いことに寒い夏が三年も続き大飢饉となったのに、備蓄の食用もすべて軍の糧食にまわすグリュに耐えかねて、民衆が反乱を行ったことがあった。
飢餓のため、処刑場に磔となった罪人——といっても税を払えなかっただけの民——の死骸を食べるまでに追い込まれていた人々。
その怒りは各地で爆発し、あちらこちらで起きた争乱が、一つの大きな戦争へと発展した。
これに各国の軍の残党も加われば、それはついにグリュ軍をも上回る大勢力となりグリュ自身をペルコ城に追い込むほどの健闘を見せたのだった。
しかし、ついにグリュは、その時、彼の本当の姿を見せたのだった。
敬遠な神に仕える騎士であったグリュが突然変貌した秘密。
彼は自らが召喚した邪神の第一の臣、悪魔ガルパネンに取り憑かれ体を乗っ取られてしまっていたのだった。
グリュ=ガルパネンは、自軍の危機に、みるみる恐ろしげな巨人へと変貌し、城を囲んだ軍勢をあっという間にけちらしたのだった。
そこに現れたのが勇者サトレイであった。
大地の精霊より受けたお告げに従い、深山で修行を積んでいた勇者はこの瞬間を待って悪魔の前に躍り出た。
あっけにとられる両方の軍勢を尻目に、勇者と悪魔は戦いを始める。
人間のレベルを遥か超えて、災害レベルの攻防が続く。
悪魔が雷を落とせば勇者も雷でそれを防ぐ。
大岩が宙を飛び、冷気と火炎が拮抗する。
こうなれば、敵も味方も関係なし。
ただ戦いを呆然と見守るしかなかったのだが、
「……ついに戦いに終止符がうたれたのです。勇者サトレイの聖なる斧が悪魔の腑を抉りました。そのままゆっくりとぺルコ城壁の前に倒れました」
「すてき! その後勇者様はヘンリ様のご先祖様さまとなったのですね。まさか、あの伝説のサトレイ様につながる方にお目にかかれるとは……」
セラフィーナは目をキラキラさせながらぐっと握るこぶしに、これは絶対獲ったるといった強い意志を感じさせるが、
「……ただ、ちょっと事情があって、我が家が勇者につながることをあまり喧伝はしないなくて」
ちょっと気まずそうな様子のヘンリなのであった。