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燃える大地

多元宇宙を冒険する異世界ファンタジーの開幕です。前作「俺、今、女子リア充』https://ncode.syosetu.com/n7085dp/と世界を同一にしますが、全く違ったテイストの物語となりますが、ファンタジー好きにもSF好きにも楽しんでもらえるような作品を目指します。ぜひご一読を。

 ある(・・)宇宙の、ある銀河、ある星で……


 大地が燃えていた。

 見渡す限りの一面が炎に包まれて、地上の全てを焼き尽くしていた。

 それは地獄。まさに、この世に現れた悪夢であった。

 いや、悪夢であればどれだけよかっただろう。夢であれば覚めることもあるだろうが、 (うつつ)の出来事は、ただ待てば消え去るなどということはない。

 火焔は勢いを増すことはあれ、消える様子もない。

 この現実は、誰かが、何か行動を取らないかぎり終わることがないのだ。

 例えば、


「……我が」


 この地獄のど真ん中で、片膝をついて苦悶の表情を浮かべる少女が、最後の力を振り絞って立ち上がった。

 彼女の名はアウラ。

 この燃える大地——大陸最強の女勇者であった。

 アウラは彼女が地神より授かった聖なる斧を上段に振りかぶって叫んだ。


「やる! やらねばならぬ!」


 アウラは身体髪膚身体髪膚(しんたいはっぷ)の全てが気合いに満ちていた。

 疲れ果て、ボロボロの姿の女勇者はであるが、決して心は折れていなかった。

 自分がやるしかない。

 アウラより強い者は大陸(ここ)にはいない。

 この地に平穏を取り戻すのは自分しかいない。

 自分が倒れてしまったならば、この炎——悪夢を消し去ることなどできはしない。その強い決意が、本来ならもう指先一つも動かすこともできない彼女の体を、無理矢理立ち上がらせていた。


 しかし、その姿は勇ましいが、どこか無理をしているようにも感じられた。


 たまたま勇者の力を持って生まれてしまわなければ、裕福な商家の娘として穏やかで幸せな暮らしをしていたであろうアウラ。本来は、とても、こんな凄惨な戦場に向かない、優しく可憐な少女であり、彼女が見上げるのは、本来のアウラにあまりに不釣り合いな巨大な竜だった。


 いや、それはかつて竜であった(・・・・)ものであった。

 現れれば街一つを破壊すると恐れられながらも、大いなる自然の化身として、民から信仰とさえ呼べる畏怖を受けていた聖なる竜——であったもの。

 それが、今や、邪神と融合し変わり果てたその姿……


 醜悪であった。


 竜に、かつての叡智に満ちた誇り高きたたずまいは跡形もない。

 欲望に囚われた濁った目とだらしなく開いて、半分開いた口からよだれを垂らす。地面に這いつくばる体から、蛇のようにもたげた鎌首は、壊れたあからくり人形ででもあるかのように落ち着きなく不規則に揺れる。

 黒曜石のように美しく輝いていたはず鱗は、イボのような突起に変わり、その先端からは臭い粘液がしたたり落ちていた。体中のあちこちに目ができて虚ろな眼差しでアウラを眺めていた。

 邪竜から薄ら笑いの声が漏れた。

 自らの前に立つ勇者を小馬鹿にしたような、下卑な様子で竜は言った。


<ク……ヤシイ……カ……>


 何も答えずに、アウラは竜をにらみ振り上げた斧に精神を集中させた。そんな様子を見ても、まるで警戒せず、むしろ必死な女勇者を見て愉悦に感じた竜は、身を震わせて喜んだ。

 その、竜の挑発のごとき動きに、怒りに我を忘れて飛びかかりそうになったアウラであったが、ちらりと横に倒れた三人を見る。


「……落ち……つけ」

「……大丈……よ……アウラなら……」

「……きっと……か……てる」


 彼女の横から聞こえる声。ちらりと足元を見ると、倒れ、息も絶え絶えになりながら、やっとのことで顔を上げ、アウラの応援をする仲間たち。その声に無言で頷いたアウラは、さらに精神を集中し必殺の一撃を与えるべく、握る斧に念を込める。

 聖なる斧が青白く光り始める。

 その様子を見ても嘲笑うかのように体を滑稽に揺らす竜。


 一瞬、アウラは不安になった。

 自分の攻撃は果たして通じるのだろうか。

 その一撃が彼女の最後の攻撃となる。

 自らの命が引き換えの代価とともに振り下ろす斧。

 もし通用しなかったら……世界は終わる。


 アウラは思い出す。

 かつてこの竜と戦った時のことを。

 邪神を討伐する冒険の途中に遭遇した白金色に輝く竜。

 それが突然アウラたちに喧嘩をふっかけけてきた時のことを。


 竜とアウラには特に争う理由などなかった。

 時には災害のごとく地を蹂躙する竜ではあるが、人間に悪意を持っているわけでもない。

 もちろん善意を持つわけでもないが。ほかの生き物など虫けらか、よくても自らの気分だいでどのようにあつかってもかまわないかしずく奴隷程度に思っているのだから。

 絶対的な強者、暴君である竜にとって、自らの領地を通り抜けようとしたアウラに戦いを挑んだのは戯れ——ただの暇つぶし以上のものではなかったが……


 竜は敗北した。


 見下していたちっぽけな人間ごときに。

 

 勇者の力を得たアウラにはまるで歯が立たず、生まれて初めて恐怖を感じた竜は、排泄物を漏らしながら頭を地面に擦り付けながら助命を懇願した。彼女は、誇り高き竜の、そのあまりに情けない姿に振りかぶった斧を止めた。

 それが、まさかこんな事態を引き起こすとは。


 アウラたち勇者パーティが追い詰めていた邪神は、勇者への復讐のためには自らの体を差し出した竜と一体化し、醜悪でありつつも強大な力を得てしまったのだった。

 悔やんでも悔やみきれない自分の甘さを思い返すアウラであった。

 

 しかし、過去のことはもうどうしようもない。

 勇者たるアウラが今できること、すべきことは……

 次の一撃に彼女の全てを込めて振り下ろす!


 そう思い斧を振りかぶった瞬間に、


「おまえでは無理だな」


 声の方向に振り返る。


「……誰?」


 そこには、いつの間にか、黒ずくめの服装をした眼光の鋭い青年が立っていた。


「命までを代償にして攻撃するのは勝手だが、それじゃ時間稼ぎにもならないな」


「うるさい!」


 とっさに怒鳴ってしまったアウラ。

 彼女もわかっていた。自分の命をかけたところで目の前の邪竜にはかすり傷一つつけれないだろう事を。

 だが、あまりにぶしつけな男の物言いに、ついかっとなってしまったのだった。


「このくらいで、そんなに心を乱れるようではの、勝てる戦いも失うのじゃ。いや、今はその可能性もないようじゃが……」

「……!」


 アウラはまた反対側に振り返る。そこには全身を真っ赤なローブで覆った、空恐ろしくなるほどの美貌の女。頭に被っているとんがり帽子からして魔女なのだろうか。

 またしても謎の人物の登場であった。


 敵なのか? 味方なのか?


 どちらにいても、この灼熱の地獄と化した地に、何事も起きていないかのようにたつ二人とも尋常の者ではないのは確か——

 そう思ったのは、アウラだけではないようだった。


<ナニモノ……ダ?>


 邪竜は戸惑った様子で問いかける。たとえ天地がひっくり返るような事が起きても、勇者を遙かにしのぐ最強の存在となった自分が負けるとは子れっぽちも考えてはいないのだが、まるで怖れなど抱いていない男女を見て、多少は警戒はしているようだった。

 なぜなら、


<ホロビタルシハイシャノシト……ナノカ>


 亡びたる支配者の使徒。

 勇者を越える力を持つに至った邪竜が警戒する唯一の相手であった。

 自らをまるで恐れた様子が無い二人が、その使徒ではないかと疑ったのだが、


「使徒? なんだそれは?」


 男はそんなものは聞いたこともないという様子。


<シトデモナイナラ……ザコカ>


 邪竜は思う。

 かつて世界を支配した旧神に(こが)れ、世界を大災厄に陥れた禁呪を探求する使徒たち。奴らは手強い。前に仲間のうかつな竜が、禁呪により傀儡(くぐつ)にされたり、塩に変えられたりすたのを何度か見たことがある。

 勇者さえ圧倒するに至った今の自分でも油断してはいけない相手であった。


 しかし、男が使徒でもないただの命知らずだとすれば、


<ソノ……ミノホ……ド……ヲワキマエサ……セテヤロウ>


 勇者の前の前菜として、どんな残虐な殺し方を味わってやろうかと、緊張感のない嗜虐の笑みを浮かべるのであるが、


「……ふむ、堕落した竜と邪悪な精霊体の融合と言ったところか。今後、化ける(・・・)可能性はあるか?」


 男は相変わらず竜のことなどまるで恐れずにつぶやく。

 

 すると、


「この汚いトカゲは、今、亜大陸(デミ・コンティネント)級——今の当地の勇者との戦いを勝利で終えたなら、星系(ソーラー・システム)級となるまで力を増大するけど……それが限界」


 いつの間にか男の横に立っていた別の女が言った。酷く暗く、落ち込んだ顔をした女であるが、やはり怖れた様子はみじんも感じさせない。

 

「セリナの未来視で見通せない可能性はないの?」


 と、セリナという名の暗い顔の女に問いかけたのは、やはり突然宙から現れた背中に羽の生えた……妖精?


「ない。あらゆる可能性を見通しての……必然……フェムもわかって……いるはず」

「まあ、確かにイケてないこの感じから大物になる気が全くしないけど、それなら……」


 フェムと呼ばれた妖精とおぼしき少女はため息をつきながら次の言葉をいいかけるが、


「つまりこの汚物は雑魚ということですね」


 その後ろに、もうひとり女が現れて言う。メイド姿の人形のような美貌の少女であった。

 

「サクアのいうとおりじゃな……妾もこれ(・・)はないと思って追った」

「ちょっとローゼ様のお目汚しですよね、竜だか糞だかわからないようなこんなもの」


 魔法使いの帽子を被った女はローゼという名前のようだ。メイド姿の少女はサクアというらしい。


「でも、この星にいるはずですよね? 私たちの探すものが」


 さらにまた一人女性が現れた。真っ青な聖衣のような服装に身を包んだ、神々しいまでの美貌の女——がセリナと呼ばれた女に話しかける。


「ロータス……さんの言うとおり……この星にいるのは間違いない……ただし……私の未来視でも可能性を確定できない……存在」


 聖衣の女性の名はロータスというらしい。彼女が同意の首肯すると、


「なるほどこの小物と違って、可能性が計り知れない存在ってことだよね」


 妖精——フェムが邪竜を横目でチラリと見ながら言う。


「そう……私……の……未来視から逃れられる……なら……少なくとも……銀河級」

「へえ。それなら——あたし一人じゃで対処が難しい相手だ。久々だね」

「フェム……が本気出さない……なら難しい……」


 つまり、本気を出したならこの華奢な妖精は銀河を相手にできるということになるが、


「まあ、それなら本気をだすのもやぶさかではないけど……」


 どや顔の妖精。

 それを見てふざけた様子で肩をすくめる残りのものたち。

 なんとも、


「いったい、あなたたちは……?」


 なんなんだこの連中はと あっけにとられている勇者アウラであった。


 大地を灼熱の地獄に変えた、天変地異そのもののような邪竜の前にたっても、ピクニックの途中で小さなトカゲが目の前に現れたくらいに余裕で談笑するこの者たちは……


<フザケテ……イルノカ……>


 竜は醜く爛れた体を不機嫌そう揺らしながら言った。

 さすがに……こればかりは、邪竜に同意して、思わず首肯してしまうアウラだった。

 冗談もいい加減にしてくれと思ってしまうのだった。


 この連中がどうやってここまでたどりついたかはわからない。

 突然現れた様子からすると、転移魔法の使い手が混ざっているのだろう。それに、業火にも焼かれずに立っているところを見ると、相当高度な防御魔法を使いこなすのは間違いないが、勇者たるアウラが手も足もでない相手にかなうわけも無いが、


「でも、この星(ここ)には、こんな雑魚(トカゲ)にも、勝てるのはおらんようじゃの」


 ローゼと呼ばれた魔法使いは余裕の表情をくずさない。

 それに首肯しながら、青い聖衣の女——ロータスが言う。

「この星の住人たちは地力(マナ)を使い相応の文明を築いていますが、科学や魔法は、まだまだ低いレベルに留まっています。人々が全員協力して総力をあげて抗っても、惑星を破滅させる力をもった竜にはかなわないと思われます」

「そりゃそうじゃの。地から(エネルギー)を得るのだから地以上の力を持ってしまった怪物には対抗できない道理じゃ」

「ええ、あの竜は暗黒からエネルギーを取ることを覚えてしまったようです。ならば地の縛りを超え力を振るうことができますね……惑星の容量(キャパ)を越えて成長することができます」

「とはいえ、あのトカゲでは、成長と言っても銀河(ギャラクシー)級にも程遠いのじゃ……せいぜいが、この星系を壊滅できるくらいまじゃろう。それ以上となると、あいつの魂は崩壊して深淵に飲み込まれる。それが、あやつの限界じゃ」

「やっぱり雑魚なんですね。ローゼ様がわざわざやってきてあげたのに……こいつでは期待外れも良いとこですよね」

 メイド姿の女——サクアが邪竜を小馬鹿にしたような表情で見ながら言う。

「大丈夫。絶対……いる。こ……の星に」

 鬱々とした少女——セリナは落ち込んだ様子ではあるが、雑魚認定した邪竜に興味はまったくないようであった。


「あなたたちは……いったい……」


 勇者——アウラはは、この連中の心配するのも馬鹿らしく、もはややあきれを通り越し感心してしまっていた。

 ただの怖い物知らずの連中とはさすがにもう思わない。

 この業火の中で平然としていられるのだ、アウラたちに勝るとも劣らない非凡な能力を持つ連中であるのはまちがいないのだろう。もしかしたら、この者たちは別の大陸の勇者たちなのかもしれない。もしかしたら、何百年もほぼ行き来の絶えている東の大陸には、かのような者たちがいるのかもしれない。

 だが、本当に別の大陸の者たちなのであれば、


「逃げて……」


 アウラは、今更、見方がが少し増えたくらいで邪竜に勝てるとはとても思えなかった。

 最後まで抵抗はするつもりではあるが、自分が倒れた後、勇者を欠いたこの大陸は燃やし尽くされてしまうだろう。

 ならば、この怪しげな連中にはこの場から去り、東の大陸で再起を図って欲しかったのだった。

 この者たちが人類最後の希望となる。

 アウラが最後の攻撃をしている間に逃げ去って、彼らの大陸で再起を図って欲しかった。


 もしかして、この邪竜は、この大地の蹂躙だけでは飽き足らず、他の大陸(だいち)までも焼き尽くそうとするかもしれないが、少なくとも時間がかかるだろう。

 その間に、準備をして欲しいのだった。

 いくら備えても邪竜に対抗する術などは無いのかもしれないが、何か……他力本願だとは思うが、最後の望みは彼らしかないのだったが……


「じゃあ、こいつではないということか」

 あいかわらずのふてぶてしい表情のままで邪竜を見上げながら黒づくめの男——イクスが言う。

「……そう……まちが……いない。これ……は……私たちが探すも……のにはほど遠い」

 首肯するセリナ。

 暗く鬱々とした表情ではあるが、やはりまるでおびえてはいない。

 で、

「セリナが、言うんなら間違いないか……彼女にはこんなとこで間違っているような余裕はないでししょうからね」

 こちらも、おびえていないと言うよりは、もはやおちゃらけた様子のファムが、妖精らしく、無邪気だが意地の悪い笑みを浮かべながら言うのだが、

「——!」

「うわ、セリナ、睨まないでよ。怖いわよ。あんたの本気の魔眼で何が起きるかわかってんの!」

 一瞬、怒りに目をギラリとしたセリナに、おちゃらけた様子で慌ててイクスの後ろに隠れるファム。

 それを苦笑いしながら見詰める魔法使いローゼ。

 邪竜を前にしても、相変わらずの緊張感皆無の連中であった。

 それを見て、


「お願いだから……逃げて……」


 彼女の思いなどまるで理解してくれないふざけた連中に、もはや泣き出しそうな様子のアウラだった。

 世界差悪の災厄となった竜をまるで恐れない妖精が、慌てて逃れようとする女の眼光とは? 

 ふざけるにしても程がある。

 状況はそんな冗談を言っていられるような状況では無いのだ。


 しかし……


「どうするのじゃ? この竜の成れの果てを、このまま放っておくと、妾たちの探しものまで土塊の下に隠されてしまうかもしないぞえ?」

「ローゼ様のおっしゃるとおりです。掘り返すのは少々面倒です」

「そうだよね。正直、あたしはこの星がどうなろうが知ったこっちゃないけど……探しもの(おもちゃ)がなくなるのはやだ」

「大地が埋まり……探すのが……遅れる……嫌……」


 アウラの前に現れた怪しげな正体不明の連中は、あいかわらず竜のことなど歯牙にもかけぬ様子で振る舞っている。

 その中でも、一番前に立つ、イクスと呼ばれた男は、


「そうだな……」


 何事か、考えながら竜を見る。

 すると、竜の方でも、イクスのことをジロジロと舐め回すように見ていたのだが、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、ブレスの用意なのか、大きく息を飲み込み始める。


 どうやら、戦場にあらたに現れた者たちを警戒して、しばし動きをとめた竜であったが、いまや最強となった自分の驚異などあるはずがない——面倒なので、あたりすべてを焼き尽くそうと思ったようだった。


 それを見たアウラは、イクスの前に一歩踏み出した。

 竜のブレスから、守る盾になろうと思ったのだった。

 勇者として、最後まで人々を守らねばならぬ。

 選ばれた者としてのアウラの誇り高き矜持(プライド)であった。


 とはいえ、霊力も十全でない今の状態では、アウラが前にになったところで、大した意味はない。

 この後に放たれるだろう、竜の全力のブレスによって、あたりの物は、倒れている彼の仲間も含めて、瞬く間に、消し炭も残らぬほどに焼き尽くされてしまうだろう。

 それでも、アウラは、恐れるのでも無くおごり高ぶるのでも無く、極々自然に勇者として邪竜の前にたったのだったが、


「ふん……こんな汚い(トカゲ)ごとき、殺すのは簡単だが……」


 イクスの方は竜の最強の攻撃を浴びる寸前となっても、そんなものはどこ吹く風。


「おい、お前」

「はい?」


 こんな危機的状況なのに、緊張感のない、横柄な態度でアウラに話しかけるイクス。

 謎の男の空気を読まないにもほどがある態度に、あきれながら振り返る勇者であったが、


「……俺たちには行動にっはいろいろとルールがあってな。その一つは不介入というものだ」

「……?」

「こんな薄汚いトカゲが暴れた程度に首を突っ込んでいたら、とてもじゃないがやりたいことに手が回らない。俺たちは正義の味方をやりたいわけでも、どこかの勢力に肩入れしたいわけでもない……わかるな?」

「……はい?」


 わかるかと言われても、わかるわけが無いが、真剣な面持ちで同意を求められ、思わず首肯してしまうアウラだった。


 すると、


「よかった。わかってくれたのか」

「……!」


 悪い笑みを浮かべた顔のイクスに、がしっと肩をつかまれた瞬間、例えようもない寒気を感じる勇者アウラ。

 後に、竜よりも何よりも、この瞬間が人生で最大の恐怖を感じたと語った彼であったが、この時は、それが何に対して感じたものなのか良くわからないまま、


「お前らにとってあの竜が敵でも味方でもどうでも良い。どちらが正しいか善なのかもどうでもよい。俺たちにとっては、そんな(・・・)ことは小さなことだ。そんなのは現地の者たちが解決しなければならないことだ……だから」

「え?」


 男——イクスは、まるで散歩にでも出発するかのように、何の気負いもなく、無造作に歩き出し、


<ナンノツモリダ……>


 邪竜は自らに向かってくる、命知らずの人間に一瞬戸惑うものの、


<フザケルナ!>


 すぐに気を取り直すと、まるで目の前の羽虫を潰すがごとく、前足をイクスに叩きつける。


 しかし、


<……ナニ?>


 イクスはその振り下ろされた前足を掴み、


「……現地の動物が襲ってきた」


 瞬く間に邪竜は宙を舞い、


「正当防衛だ」


 地を揺るがす大音響とともに、自身が放った業火の中に転がされた。


<ガァアアアアアアアアアアア!>


 背中を焼かれ、黒焦げになりながらも起き上がり、怒りに我を忘れる邪竜。


<ユルサヌ! コロス! コロス!>


 しかし、


「殺す? どうやって?」

 

 先ほどまでの余裕はどこにやら、鬼の形相の邪竜であるが、


<ギャア!>


 今度は顔を殴られて再び惨めに炎の中を転がる、


「おい、トカゲ……このまま、逃げ出すなら追いはしないぞ……何せ正当防衛だからな」


<……グ>


「……なんだ? 逃げるのか?」


<ナニヲ……>


「そうだな……おまえのような小物は、ジメジメとした巣穴に戻って震えて隠れているのがお似合いだ。な……クソトカゲ」


<フザケルナ!>


 イクスに二度までも倒されて、本来なら少しは警戒しそうなものだが、さんざんおちょくられたせいで頭に血がのぼっている邪竜だった。


<ころしてやる>


 もう、相手を弄ぶような余裕もなくなり、


「ブレスが来ます」


 アウラが警告するが、イクスは逃げる気配もない。


「危ないな。竜もどきの汚いトカゲとはいえ本気のブレスを吐かれるのは困る……」


<ひ、にげようとしてももうおそい>


 ちょっと弱気なイクスに、醜く顔を歪め喜色に溢れながら、


<シネ……うぉおおおおおおお!>


 ブレスを吐く邪竜。

 しかし、


「臭い息をはくなああああああ!」


 気合一閃、イクスが叫んだだけで邪竜のブレスは四散し。


「……」

<……>


 あっけにとられたアウラと邪竜がぽかんとした表情で、


「……(うん)」

<……(ウンウン)>


 互いにうなずき合う。

 この戦いで唯一敵同士の心が通い合った瞬間であったが、


「おい、わかっているだろうな?」

<ハイ……?>


 かなりキョドった様子の邪竜であった。

 自分がやばい奴に喧嘩を売ってしまったことにやっと気づいたようだが……

 時すでに遅し。


「うぉりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


<グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア>


 そのままひたすら殴られ続ける邪竜であった。


 そして、


「……ああ、しまった。ついカッとなってやってしまった」


 地面に倒れ込んだ邪竜を見ながら、白々しく言ってのける黒装束の男イクスであった。


「誰でも間違いはある。しょうがないよな……ははは。お前もそう思うだろ」

「……はは……は、はい」


 世界の危機である邪竜をまるで虫けらのように叩き潰した男に、まったく目が笑っていない笑顔で話しかけられても引きつった笑いしか返せないアウラであったが、


「まあ、命までは取らなかったのだからルール違反じゃないよな」

「え?」


 力なく横たわる邪竜であったが、どうやらまだ微かに息はあるようだった。


「……これ、どうする?」

「どうするって……」


 どうするんだという表情のアウラ。

 

「こいつをこのまま逃がすのか? 放っておくとこのくらいのダメージなんてすぐに回復するんじゃないか?」


 正直どうでも良いといった表情のイクスであるが、ハッとなったアウラは邪竜を見てゾッとした表情となる。あちこちが腫れ上がり弱々しく転がる竜の体はみるみるうちに修復されて、気づけば今にも動き出しそうな様子。

 だが、まだこの状態なら、


「……逃しません」


 呆けた顔が一気に真剣となるアウラであった。

 ここで邪竜を逃してしまったら……

 過去の失敗を再び繰り返すのか。

 もちろん、ノーだ。


 アウラに勇者としてのプライドはある。

 他人がボロボロになるまで叩きのめした敵にとどめをさすだけでどうしてそんな称号が名乗れようか。

 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。


助力(すけだち)を感謝します」


 アウラは聖なる斧を頭上に振りかぶると、この後の自分の運命を知り、絶望に目を曇らせる邪竜に向かって、躊躇なくその刃を振り下ろすのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです! [一言] 追ってまいりますので、執筆頑張って下さい!!!
2023/06/06 21:32 退会済み
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