ようこそアジトへ
小学5年生になったボクは、ネクロマンサーを目指すために特別クラスに進級した。
けど、クラスメイトみたいな人でなしになれないから、授業で動物を生贄にするときはいつも泣いてたっけ?
――ネクロマンサーが動物を大切にするのは、最高の生贄にするってことなのにね。
「どうしたんスか?」
心配そうな表情で、アキラがボクの顔をのぞきこんできた。
「なんでもない。 こっちに来るまでのことを思い出してるだけ」
このダンジョンで目覚めてすぐ戦いに巻き込まれたボクは、犬獣人であるアキラ・アグネス・アルギアデスといっしょにその場を切り抜け、アキラがアジトと説明した場所まで避難してきた。
「やっぱり、ここはなにかの研究所みたいだね。 フロアもたくさんあるみたいだし」
「でも、オレたちしか研究所にいないから、アンゲルスと戦いながら上の階を目指すのは大変なんスよ」
「何階まで行けるの?」
「とりあえず3階の途中までッス。 いまはアジトにしてる1階に降りてきましたけど」
アンゲルスと戦うのは、かなり大変だ。
数が多いのはもちろん、祝福っていうアンゲルスだけが使える力を受けたら、闇の魔術を扱うネクロマンサーや、動物の魂が入っているコフィンは、いつもの調子で動けなくなってしまう。
だから、ネクロマンサーはチームを組んでアンゲルスと戦ってる。
「みんなー、戻ったッスよー」
軽いノリでアキラがひとつの部屋のドアを開けると、背が高い猫獣人の女のヒトが現れた。
「戻ったッスじゃないわ。 その子を助けたのはいいけど、アンゲルスに囲まれてちゃダメじゃない」
言いながら、猫獣人のヒトがアキラにデコピンを喰らわせる。
「ご……ゴメンなさい」
アキラは、痛そうにおでこをさすりながらあやまった。
「自己紹介が遅れたわ。 わたしはリン・カシミロ・マコーミック」
「ボクは、御園・ベラドンナ・アマリリスです。 さっきの狙撃は、もしかして……」
「わたしがやったわ」
リンさんと握手を交わしていると、奥からイタチ獣人らしき女のヒトも出てきた。
「あー! さっきアキラといっしょにいた男の子だよね?」
「そうだけど……」
「あたし、ナオミ・ルチフェロ・テイラー! よろしくねー!」
ナオミさんは、ボクと握手を交わした手をぶんぶんと上下に振った。
「そういえばリン。 あの状況で、いきなりぶっぱなすのは無しッスよ。 巻き込まれるかと思ったッス」
「あら? ふたりの姿が見えなかったから撃ったのよ?」
ボクもアキラと同じことを思っていたけど、あの狙撃にはかなりの破壊力があった。
「リンさんのコフィンって、もしかして……」
あれだけのパワーを出せるコフィンは、バンシーくらいしかない。
「バンシーよ」
「やっぱり」
バンシーには、ゾウやシロナガスクジラの魂が使われている。
そのせいで、1年間に作られる台数は少なかったはずだ。
「わたしのコフィンがめずらしいの?」
「バンシーは数が少ないから、本物を見たことがなかったんだ」
「なるほどね」
そんなレアなコフィンが、なんでこんなダンジョンにあるんだろう?
「コフィンが気になるんスか?」
「車と同じで、カッコイイのがあったりするもん」
アンゲルスとの戦いで使う武器がコフィン。
コフィンは、剣やランスみたいに扱えるアタックモードと、銃や砲として使用可能なシューティングモードに変形できる。
ベテランのネクロマンサーは、高速でコフィンを変形させ、手数でアンゲルスを圧倒するんだ。
「アマリのコフィンは、ふつうのとはちがう機体なのね」
「アジ・ダハーカっていうテスト中の機体だって、アカデミーの教官が言ってた」
「オレのはザッハークってコフィンなんス。 名前の由来がおんなじッスね」
たしか、ザッハークが両腕を蛇にされた王様で、アジ・ダハーカが千の魔法を操る蛇の神だったはず。
このふたつは、同一視されることもあったって聞いた。
そんなことを思い出しながら、ボクはアジ・ダハーカを構えて、起動させた。
その直後――
「うわわっ!?」
「なにこの音!?」
ギャリギャリと、コフィンのオルゴールが耳をふさぎたくなるような音を奏でる。
「ごめん。 ボクのアジ・ダハーカ、オルゴールの調子が悪いみたいで」
オルゴールというのは、コフィンの動力である動物の魂が入った部品のこと。
コフィンを起動させると、このオルゴールが音楽……コフィンに入れられた動物たちの、最期の断末魔を再生する。
でも、アジ・ダハーカのオルゴールは、断末魔でもなんでもないただの異音を流すんだ。
「メンテナンスしてもらっても直らないの」
「ある意味面白いと思うッスよ……」
「ちゃんと使えてるならいいんじゃないかな……」
「アンゲルスも驚きそうだけどね……」
みんな、耳を塞ぎながら言う。
コフィンが完全に起動すればオルゴールは止まるけど、クラスのみんなは、ボクがそばでコフィンを起動させるのを嫌がっていた。
教官たちも、オルゴールの音を聞くたびに顔をしかめていたっけ。
「アンゲルスに気づかれると困るから、起動させるタイミングはまちがえないようにするね」
「そこまで気づかわなくてもいいんスよ?」
「アンゲルスがいつ来てもいいように、準備はしてあるもの」
「だーかーら、アマリくんはアマリくんらしくしなよー」
いつもボクを叱るクラスメイトとちがって、アキラたちは優しい。
なんだかうれしくて、泣いてしまいそうになる。
「……うん」
異音が流れ続けるオルゴールに触れながら、ボクはこのダンジョンで目を覚ますまでのことを、もう一度思い出してみることにした。