洋菓子店 Pumpkin lake
ここは、町外れにある洋菓子店「Pumpkin lake」
もう随分前からそこにあるお店は、朝から晩までぼんやりとした暖かい灯りが窓から漏れています。
風の噂によると、店主はまだ若い青年で、来店できるのは一日に一組と言うのです。栗毛色した扉にある貼り紙には
「来店時間はお客様の都合の良い時間に。お代は戴きませんが、その代わりに貴方の大切な何かを聞かせてください。」と書いてあります。
その言葉を疑って来店をしない人達もいますが、今夜もまた一人、小さな影がお店の扉を開きました。
いらっしゃいませ。おや…?
ここだよ!
小さな手が店主の視界の下から伸びてきて、それと共にまだまだ声変わりしていない可愛らしい声が耳に届きます。
これは失礼致しました。今夜はどのケーキになさいますか?
これがいい!おばあちゃんとおじいちゃんに、食べて貰いたいんだ!
少年は、ショーケースの中にある和栗をふんだんに使った大きなモンブランを指差します。
店主はにっこりと笑いながら問い掛けました。
かしこまりました。それでは、貴方の思い出を聞かせてください。
少年は防寒着の中から大事そうに、首からかけた丸くて金色のモノを取り出して背伸びをしながら店主に見せました。
金メダルを貰ったんだ!
おばあちゃんはね、漢字博士で読めない漢字はないんだよ。毎晩たくさん教えて貰って、僕はクラスで一番の漢字博士になったんだ!
それからね、おじいちゃんは昆虫博士で、春休みも夏休みも色んな昆虫を一緒に取って回ったんだ。僕はね、クラスで一番の昆虫博士にもなったんだよ。そしたらね、クラスの皆が僕にこれをくれたんだ。凄く嬉しくて…でもまだお礼を言ってなくて、それで…
少年は噛み締めるように、金色のそれを見ています。良くみるとそれは、折り紙で包まれた手作りの金メダルの様でした。
店主はまたにっこりと笑うと、ケーキを箱に入れてロビーに出て腰を屈め、少年と目を合わせながら言います。
君は少し恥ずかしがり屋さんの様だね。でも、おばあちゃんとおじいちゃんには恥ずかしがらずに言うんだよ。「ありがとう」と。
少年は顔を赤らめて少しだけ出た涙も手袋で拭いて大きく二回、頷きました。
それから大きなケーキを受け取って、笑顔で帰っていきました。
店主はまた一人になったお店で、少年が帰り際に放った、小さな小さな ありがとう を思い返しては翌日の支度へと取り掛かるのでした。