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第二章 絵本と神隠し⑩

 くろすけは庭木の合間を縫うように裏庭の奥へと進んでゆく。板のように平らな石橋を渡ると、お堂の前でさつきを振り返った。

 石橋のすぐ手前で、さつきは思わず立ち止まった。ここに至って躊躇ためらいが首をもたげる。

 庭の一角を切り取るように配された池。

 その向こうでぽつりと離れ小島のように佇む、常緑樹と石灯籠に囲まれた六角形の黒いお堂。

 古びた木造のそれは、実際にそばで見ると予想外に大きい建物だった。

 幼い頃から祖母の珠代や航夜の父親に、決して近寄るなと口酸っぱく言われた場所。そこに自分が足を踏み入れるのは、果たして本当に許されることなのか。


「…………」


 池から立ちのぼる薄霧に、目の前のお堂とくろすけの姿がわずかに霞む。

 今のさつきにはたった数メートルしか隔てていないはずの距離がやけに遠く、自分が立ち止まって迷っている数十秒の時間がひどく長く感じられた。

 そんな少女に見切りをつけるように黒猫はふいと背を向け、扉に向かって歩き出す。

 帯戸おびどの間に鼻先を差し込み、黒く小さな体でするりと隙間をくぐって堂内へ入ってゆく。

 さつきはふと思い出し、とっさに幼馴染の飼い猫を制止した。


「待って、そこ入っちゃダメ!」


 航夜の父親はこのお堂に入るとき、胸に木箱のようなものを抱えていた。

 今思えば、あれは辻堂家が客からあずかった「み物」だったのではないか。目の前のお堂が《《その手の品物》》を納める場所だとすれば、立ち入りが禁じられていることも納得できる。

 忌み物とはいえ、仮にも人から「あずかっている」物なのだ。もしくろすけが飛び乗って破損したら、大目玉どころの騒ぎではない。

 さつきはあわてて石橋を渡り、くろすけを追いかけ帯戸を開いた。

 しかしお堂の中に足を踏み入れた彼女は、予想外の風景に目をみはる。

 薄暗い堂内は殺風景で、ぱっと見たところ物らしい物は見当たらない。足元にはただ板張りの床が広がっていた。

 ひんやりと冷たくほこりっぽい空気が頬を撫でる。

 何もない場所なのに、どうして大人達はここに近寄るなと言うのだろう。さつきは落ち着かないものを感じながら、くろすけの姿を探して周囲を見渡した。


「くろすけ、どこにいるの?」


 確かにこの中に入っていったはずなのに――――焦って一歩踏み出したその時、すとん、とかすかな音を立てて彼女のすぐ後ろの扉が閉まる。


「え?」


 さつきはとっさに背後を振り返った。

 すると暗がりの中で丸く黒い影がもぞりとうごめき、二つの小さな光が浮かび上がる。

 くろすけはするりと少女の足元をすり抜け、奥に向かって駆けてゆく。入り口の対面にある扉を鼻先でこじ開け、わずかな隙間からするりと這い出した。


「あ、こらっ! 待ってってば!!」


 こんなことしてる場合じゃない。

 早く従弟を探さなくてはいけないのに……苛立ちながらも、さつきはくろすけの後を追ってお堂を出た。帯戸を閉め、黒一色の体を後ろからサッと抱え上げる。


「つかまえた!! ……って、あれ?」


 不意に違和感を覚え、さつきは周囲を見渡した。

 外はこんなに暗かっただろうか――――少女はこわごわと顔を上げる。空は星も月もなく、まるで真夜中のような濃く重い闇に覆われている。

 雨はいつの間にか止んでいた。

 石灯籠に点されたオレンジの頼りない光が、かろうじて半径一メートルの周囲を照らしている。

 黒猫を抱え直し、さつきは石灯籠の側に身を寄せた。

 すると、背後の扉がガラリと音を立てて開く。とっさに振り返ると、そこには彼女もよく知る人物の姿があった。

 鼠色の紬に黒の中羽織ちゅうばおり。痩せた体に和服を隙なくまとい、鬼灯ほおづきの描かれた灯籠を右手に提げた少年――――


「航夜!」


 さつきの声が周囲に響き渡る。

 帯戸の前に立ったまま、航夜は硬直していた。猫のように吊り上がった切れ長の目を見開き、かすかに唇を震わせる。


「……お前、なんでこんな所に」


 しかし幼馴染の腕の中にすっぽり納まった黒猫に気付くと、何かを察したように口をつぐんだ。

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