転生生贄令嬢、奮闘ス。なお、実際に頑張るのは攻略対象な模様
乙女ゲームの世界に転生した主人公が、自分の未来を掴むために(三人の攻略対象者+αが)頑張る話
勢いだけで書いた。反省も後悔もしていない。
でももう少し字数おさえたかった……
某月某日、自室にて。
わたくし、前世の記憶を思い出しました!
………………………………。
「なんでやねん!」
おっとうっかり前世の知識――芸人必須スキル「ツッコミ」が発動してしまった。
誰も聞いてないよね? と思いながら体を起こし、視線をめぐらせる。
よし誰もいない。
ホッと息をついてふかふかベッドからはいずり出る。
えー、ちょっと混乱してるので、現在の状況を確認したいと思います。
私の名前はエリーゼ。ダイハ伯爵家の長女。
兄弟は兄と弟が一人ずつ。兄弟仲は良好。もちろん親子仲も良好。
特に不満もなく日々を過ごしている十歳児。
そんな十歳児に今朝、いきなり前世の記憶が生えてきた。
その前世の記憶によると、ここは「悪女の軌跡」という乙女ゲームアプリの世界らしい。
らしいというのはまあ、ぶっちゃけ私、序盤で挫折してアンインストしたんですよねー。
このゲーム、主人公が攻略対象の婚約者にやってもいない犯罪の罪を着せて追い落とし、自分が婚約者の座につくという、これのどこが乙女ゲームだと問いただしたい内容だったのだ。
まあ友人の勧めでもあったからプレイはしてみたけど、犯罪のでっち上げ部分はアクションありーの、細かい選択肢が出ーの、厳しいフラグ管理がありーのと、とにかく難しい。
ひとつでも間違えたら、冤罪ふっかけようとしたことがバレて投獄のバッドエンド。
いったい何回見たかなー、ふふっ。
ああ、あの日のトラウマが蘇る……なーんて、つい遠い目になってしまったわ。
さて、そんなゲームの世界に転生した私の役割とはなんでしょうか?
答えは、ユーザーから「生贄令嬢」と呼ばれた攻略対象の婚約者でしたー。
しかも今日、その婚約者と顔合わせなんですよー。
あっはっはっはっはー。
「よし逃げよう」
「どこにです?」
「うっひ⁈」
間近で聞こえた声に思わず振り向き後ずさる。
「おはようございます、お嬢様。起きているなら呼んでくださいませ」
「お、おはようセシリー。毎回言うけど、気配殺して声かけはやめて。心臓が持たないから」
「おや、お嬢様の心臓には毛が生えていると記憶しておりますが」
「私、伯爵令嬢。とっても繊細な生き物。扱い注意。はい復唱」
あ、鼻で笑いやがった。
「朝食の準備はできております。お着替えを」
「ふぁーい」
声色に不満の意思を乗せ、私はしぶしぶ着替えをする。
「今回の婚約、ご不満ですか?」
着替えの手伝いをしながらセシリーが聞いてくる。
うーん、不満があるかと聞かれるとなあ……。
「会ったことないから分からないや」
こう答えるしかないよねー。
「でしたら、一度お会いになってから判断されればよいかと」
「そうだよねー」
ぐぬぬ、婚約を避ける理由がなくなってきた!
前世の記憶がーなんて言ったらドン引きされるか?
そんなふうに考え事をしている間にも着替えは進行していたわけで。
「じゃあいってきますー」
「朝食がお済みになりましたら、お分かりですね?」
「へーい、分かってまーす」
着替えが終わった私に無慈悲な声かけをするセシリーを背に、私はトボトボと自室の扉に向かった。
「あーついにこの時がー」
晴れた空、爽やかな風、燦々と降り注ぐ太陽の光。
いやー、絵に描いたような日本晴れ……じゃない、いいお天気ですねー。
朝食後、部屋に戻った私を待っていたのは、笑顔でドレスを掲げるセシリーでした。
私は逆らうこともできず、ただされるがままドレスに着替えて髪を整え玄関ホールへ。
先に着いていた両親&兄と会話しながら、婚約者(予定)とその家族を待つ。イマココ。
「どうした? なにか不安なことがあるのか?」
私のまとう空気になにかを感じたのか、兄が気遣わしげに問いかけてきた。
「少し……お相手の方と仲良くなれるかなーと不安で」
なんてったって今日が初対面ですからね!
「そうか。でも、いつものエリーなら大丈夫だよ」
「どういう意味です、おにーさま?」
「そのままの意味だよ。だからエリーは普段通りにしていればいい。合う合わないはむこうが決めてくれるから」
おい。
「おーにーいーさーまー」
「はははははは」
「わーらーうーなー!」
「兄弟仲が良いのは結構だが、そろそろやめなさい。お客様が来るよ」
「ひどいことを言うお兄様が悪いのです! 私悪くない!」
じゃれ合う兄と妹。嗜める父。これがわが家の通常運転。
母様? 微笑みをたたえて見守ってますが?
ちなみにここでやめなかったら、お母様の麗しい笑みから放たれる圧で死にます(経験者は語る)
というわけで、死にたくないのでおとなしーく婚約者様(予定)御一行がお越しになるのを待ちましょう。
十数秒後――
控えめな音をたて、両開きの扉が開く。
陽光を背に現れた一組の男女と私と同じくらいの男の子。
ああ、この子が攻略対象(小)かーと思っていたら。
男の子の体が床にぶつかりました。
つまり、ぶっ倒れました。
「医者ー!」
その場にいた全員がフリーズする中、お父様の絶叫が玄関ホールに響いた。
さて、その後の話をしよう。
お父様の絶叫で動き出した使用人がお医者様を呼んでくる間に、男の子をそっと客間のベッドに移動。
しばらくして到着したお医者様に診てもらった結果、魔力が爆発的に増えて魔力暴走をおこしかけているとのこと。
魔力が落ちつくまでは絶対安静。移動も極力避けるようにと言明されたため、わが家で彼を預かることに。
私は自ら看病を志願した。
だって彼が倒れたの、私のせいっぽいんだもん。
あきらかに私を見た後に倒れたんだもん。
責任感じるよ、普通に。
家族は私をとめても無駄だと思ったのか、好きなようにさせてくれた。
セシリーの厳しい指導のもと、一週間がんばりました!
その結果、私は彼――ネルの婚約者になりました。
なぜだ! 私は彼との婚約を断るはずだったのに!
そりゃあね、貴族の婚約なんて家と家との約束で、政略結婚が基本ですよ。
私だって、前世の記憶が生えた後でも「まあそんなもん」としか感じなかったし。
だが! 自分の人生がかかっているなら話は別!
彼には妹もいるらしく、私はそっちと弟の婚約でもよくない? と提案しましたよ。
でもね、彼――ネルが「僕との婚約は嫌?」って笑顔で脅してきたんですよ!
圧が……笑顔の圧が怖いぃぃぃ……っ!(トラウマ)
結局、その笑顔の圧に負けて首を横にふりました。
ははっ、終わった。私の人生終わった。
ニコニコ上機嫌な婚約者様を恨めしく思いながら、私は諦めの境地でため息をついた。
月日は流れ、現在十六歳の私です。
今日は全寮制の学園に入学する前日。
隣には婚約者殿。目の前には学園寮の建物。
「さあ行こうか」
にっこにこな婚約者様? ちょっといいですか?
「どうしたの?」
「ここ、男子寮ですよね?」
「うん」
「女性の立ち入り禁止でしたよね」
「うん」
ならば! なぜ!
「どうして私たちが一緒の部屋なんですかー!」
当然の疑問を叫ぶ私に、彼はただ微笑むだけで答えを返してはくれなかった。
「確かに男子寮は女性立ち入り禁止だけど、申請すれば婚約者と同室になれるんだよ」
さすがに寮の玄関前で言い合いはまずいとなった私たち。
意見が一致し移動した先は、荷物が運び込まれている私たちの寮室でした。
「私は認めてませんけど」
「言ったら逃げられると思ったから。ごめんね」
圧が……笑顔の圧がぁぁぁぁ……(六年ぶり二回目)
「それと、話したいこともあったし」
「話したいこと?」
こっちにはなにもありませんが!
「エリーは、転生者だよね」
なんで知ってんのよ怖いよ。
「なんのことやら」
「隠しても無駄だよ。スキル情報――特に特殊スキルは公開情報だ。転生者は特殊スキルだから、調べれば分かるんだよ」
ホワッツ⁉︎
「なにそれ知らない!」
そもそもいつスキル鑑定したの!
「そっか知らなかったのか。スキル鑑定は学園入学前にしたんだよ。魔術師が家に来なかった?」
「…………あ、あーあー確かに来たわ」
「その時に鑑定したんだよ」
「なんですと⁉︎」
「みんな知ってることなんだけど……むしろなんで知らないの?」
いま明かされる衝撃の真実。なお一般常識だった模様。
「ううう……だってそんなこと教えてくれなかったし」
私の泣き言にネルは少し考えた後、
「転生者だと気づいたのはいつ?」
「ネルに会った日」
「なら十歳の時か。もしかしたら、前世の記憶が戻った影響で、現世の記憶が一部なくなったのかも」
「そんなことあるの?」
「あるらしいよ。そう考えたら、知らないのはしかたないね」
頭なでなではやめてください。
「話がそれたけど、エリーは転生者。これは国が認めた事実だ」
「あい」
「そして次が話したかったこと。エリーが俺との婚約を嫌がったのは、前世の記憶のせい?」
「黙秘権を行使します」
「それ、正解って言ってるのと同じだよ?」
わーらーうーなー!
「エリー、俺はきみを絶対に守る。生贄なんかにさせない。だから、きみの知ることを全部話してほしい」
真摯な目を私に向けて言葉を尽くす彼は、どんなセリフで表現しても陳腐になるくらいかっこよかった。
あのゲームについて知っているのはキャラの基本情報とあらすじだけで、物語の終わりすら知らない私の唯一の生存フラグは、ゲームキャラたちに関わらないことだけだった。
なのに今の自分は、ゲームの生贄令嬢の立ち位置にいる。
抗うことすらできずにここまできてしまった。
そもそも、彼が私を婚約者にしなければよかっただけなのに。
なんで……なんで……。
「だったらなんで私を婚約者にしたの。なんでほっといてくれなかったの。あなたの婚約者にならなければ、まだ道はあったのに」
「ごめん。でも、エリーを他の男に渡したくなかったんだ。だから、どんなに嫌がられても婚約者になりたかった」
そう言って、彼は私を抱きしめた。
「エリー、好きだよ。愛してる。きみのいない人生なんて考えられないくらいに」
「私以上にいい人なんていっぱいいるじゃない」
「そんなことない。少なくとも、病人の看病を進んでする令嬢なんて俺は聞いたことないよ」
おうふ、なぜそれを知ってらっしゃる?
「なんでそのこと知ってるの」
「セシリーだっけ。きみの使用人に教えてもらった」
セシリーめ、余計なまねを!
「明るくて元気で、感情豊かで、表情がくるくる変わるところが面白くて、可愛い」
「それほめてる?」
「もちろん」
笑顔で言うセリフじゃないと思うんですが!
「そんな可愛い婚約者を守る騎士を、私めに務めさせてくれませんか?」
背中にまわされていた腕が離れ、寄り添っていた温もりが離れていく。
私から少し距離をとった彼がその場で跪き、胸に手を当てて私を見上げる。
「おねがい、エリー。俺を信じて」
その目は真剣で、でもどこか寂しげで。
こんな顔されたんじゃ、意地張ってる私が馬鹿みたいじゃないか。
「…………私が知ってるのは、ここが「悪女の軌跡」ってゲームの世界で、ネル含めて三人の攻略対象者がいることと、攻略対象の婚約者がユーザーから生贄令嬢って呼ばれてたこと、主人公が生贄令嬢に罪をきせて令嬢から婚約者を奪うってことだけ。それ以外のことはなにも知らないの」
「ありがとう。それだけでも十分だよ」
ネルは小さい子をあやすような優しい笑顔を見せ、再びその体で私を包み込んだ。
離れていた温かさが体にじんわりと沁みていく。
「ごめんね、ずっと不安だったよね。自分がどうなるか分からないまま、この世界で生きていくのは怖かったよね」
「こわ、い?」
「うん。不安だから俺を遠ざけようとした。もしかしたら死ぬかもしれないと思ってしまったから、俺との婚約を嫌がったんでしょう?」
そんなこと、考えもしなかった。
私はただ、ゲームの生贄令嬢だけにはなりたくないって、そんな未来なんて潰してやるって、思ってただけで。
最後までプレイしなかったことを後悔もしたけれど、それより前を向いて頑張ろうと。
でも、よくよく考えれば、その奥底にあったのはネルの言う通り、不安や恐怖だったのかもしれない。
ああ、そうか。私は怖かったんだ。
やってもいない罪で断罪されるのが怖かった。
罪状によっては死ぬかもしれないと不安だった。
私の大切なもの、全部奪われるのが嫌だった。
その全てに蓋をして、私は足掻いた。
ネルの気持ちを無視して、私一人でなんとかしなきゃって。
彼はこんなにも私のことを考えてくれてたのに。
「……怖かった。やってもいないことで責められるのも、死ぬのも怖かった」
今までかぶせていた蓋を取り払ってしまえば、あふれてくるのは素直な言葉と涙だけ。
「なんで……なんで、こんなの……思い出したくなかった! 知らないままでよかった!」
「うん」
「もうやだ。ここから逃げたい。誰もいないとこに行きたい」
「大丈夫。俺がいるから」
しゃくり上げながら話す私の背中を撫でるネルの手が優しくて、すがりたくなる。
「本当に? 本当に大丈夫?」
「ああ、約束する。エリーは絶対に死なせない。俺が守ってみせる」
「…………うん、信じる。ネルのこと信じるよ」
「ありがとう、エリー」
少し力がこもった腕のたくましさに、この中にいれば安心だと感じてしまった私は、もう彼から逃げるのは無理かもしれない。
さて、そんなやりとりがあった翌日。
本日も晴天なり。
いやー、実にいい入学式典日和ですね。
なのになぜ私はネルに押し倒されているのでしょうか。
「今日は入学式よね?」
「そうだね」
「出席は義務よね?」
「そうだね」
「じゃあ今のこの体勢はなに?」
「エリーが入学式典に行けないようにするために、いろいろ楽しむ体勢?」
矛盾! 矛盾してる!
あといろいろ楽しむってなに! 絶対(性的な意味で)ってついてるでしょ! 目がそう言ってる!
「なに想像したの?」
ヤメロ! 耳元で息吹きかけながら囁くのヤメロォ!
「なにも想像してませんー!」
「そっか。じゃあ、一緒に楽しもうね」
じゃあってなんですか、じゃあって!
「だれか助けてー!」
「ふふっ。みんな入学式典に行くから、寮には誰もいないよ」
ノォォォォォォー!
「可愛い、エリー。もっと見せて。俺だけに」
「な、なにを」
「ふふっ」
意味深な笑いやめてください!
「愛してるよ、エリー。今日は一日、俺の腕の中で過ごしてもらうから、覚悟して」
「お断りします!」
無理でした。
かろうじて(性的な意味で)になるのは免れたから、それでよしとしよう。いやよくない。
まさかの入学式ブッチというやらかしをやらされた学園生活初日。
二日目以降はネルが言う「近づいてはいけない場所」を避けて行動するように指示された。
そして、なるべく一人にならないようにすることも約束した。
まあ、ほぼネルが私のそばにいるんだけど。
おかげで私たちは、相思相愛溺愛カップルなどと不名誉な呼ばれ方をしているのだ。
私は、断じて、ネルを好きではない!
いや最近はほだされたというか、寄り添う安心感みたいなものを感じてはいるけども。
断じて、好意からくるものではないのだ。
ただ頼れるのがネルしかいないから、そう思うだけなんだ!
……そう思わなきゃ、失敗した時がツラいから。
だから私はまた蓋をする。
ネルを想う自分の気持ちを。
ごめんね――ネル。
こうして、できる限りの対策を講じて臨んだ学園生活は、特に何事もなく一年が経過。
二学年に上がってすぐ、私とネルは隣国サメイア公国に交換留学することになった。
最初に言われた時は疑問しかなかった。
だって、私の成績は平均より少し上程度。
トップ争いをしているネルは分かるけど、私程度の頭で交換留学に選ばれるのはおかしいだろうと。
そこまで考えて、理解した。
これ、ネルが私を守るために無理を通したんだって。
なんでそれが可能なのかは分からない。
彼自身にそれができるだけの力があったのか、それとも……なにかを対価にして望みを叶えてもらったのか。
とにかく、また私が迷惑をかけたことだけは分かる。
「ここまでしなくてもよかったのに……」
「俺がエリーと離れたくなかったんだよ」
隣国に向かう馬車の中、私たちは心地よい振動に揺られながら会話を楽しんでいた。
「向こうに着いたらゆっくり羽を伸ばすといいよ」
「うん、そうする。あー、やっと主人公に見つかるかもって不安から解放されるー!」
「よかったね、エリー」
「ありがとう、ネル。ごめんね迷惑かけて」
「迷惑なんて思ってないよ」
いつものように私を甘やかすネルは、本当に楽しそうだ。
なら、私もこのチャンスを思いっきり楽しもう!
はい、楽しみすぎてハメを外した結果、学園から王宮での学習に切り替わりました。
だからっ……笑顔で圧はやめてぇ……(一年ぶり三回目)
ううっ、ちょっとはっちゃけただけじゃないですかー。
あっはい。許してはくれないんですね分かりました。
それにしても、王宮とか。一体どうしてこうなった。
ダンスやらマナーやらこの国の歴史やら経済やらみっちり叩き込まれたんですが。
進捗聞くネルがとってもいい笑顔なんですが。
怖い……このままだとダメな気がしてコワイ。
あっごめんなさい逃げませんからその笑顔はやめ……っ(二ヶ月ぶり四回目)
とまあ、こんな半年を過ごしてわが祖国へと帰ってきた日。
馬車は学園ではなく、王宮に一直線。そのまま王宮の奥にご案内。
辿り着いた先にある扉を開ければ「悪女の軌跡」の攻略対象二人とその婚約者がいました。
無になったよね。表情が。
よもやこんなところで攻略対象と生贄令嬢勢揃いとか、分かるわけがない。
ちょっと脳内がプチパニック起こしてたので、それに気づいたネルが私の手を引いてソファーに座らせてくれました。ありがたや。
「あー、すまないな。帰ってきたばかりで」
「いえ、構いません。ところで首尾は?」
「もちろん完璧だとも。証拠は全て揃った。今頃あの悪女は騎士たちに捕らえられているだろう」
「は?」
もしや悪女とは、悪女と書いて主人公と読む、あの悪女です?
え、なにこの急展開。私、ついていけません。
あの、お二人はなぜそんなに落ち着いていらっさるので?
優雅にティーカップをかたむける生贄令嬢二名様は、私を見て微笑みを浮かべる。
「ごめんなさい。私たち、彼らから事情を聞いていたの」
「だから、全て知っているのよ」
なん……だと?
「じゃあ、私一人だけなにも知らなかったと?」
「その通りだ。ネルが「エリーに協力を求めるつもりなら手助けはしない」とか言うから言えなかったんだ」
ネルを見ながら呆れ顔の攻略対象――わが国の王子がそう弁解した。
ほう。つまり諸悪の根源は、私の婚約者様だと。
「ネールー」
「守るって約束したからね。あの女を罠にはめるためのエサ役なんてさせられないよ」
「くっ、そう言われたら責められない……っ!」
「本当に仲がいいな」
笑わないでください、最後の攻略対象こと宰相閣下の御子息様よ。
「さて、そろそろ話を戻そうか。今日エリーゼ嬢に来てもらったのは、話せなかった経緯を説明するためだ」
話せなかった経緯? ほぼ全てですね。
「発端は、スキル鑑定でネルが、エリーゼ嬢の転生者スキルを隠蔽してほしいと言ったことだ」
「俺たち三人は同じ場所でスキル鑑定を受けていたんだが、ネルが急にそんなことを言ったんで理由を聞いたら」
「シーリス・グランデ侯爵令嬢が私たちの婚約者を罪人に仕立て上げ、婚約破棄に追い込むのを阻止したいから、と」
それって、ゲームの内容そのものじゃないの。
「さすがにこの話は看過できなかったが、それとエリーゼ嬢のスキル隠蔽との関係が分からなかった」
「俺の中では繋がっていたんだけどね。俺が見た最初の未来―― 生贄令嬢の断罪の場に、エリーはいなかった。そしてスキル鑑定の時に見た未来は、エリーのスキル鑑定の結果だった。きみに転生者スキルがあると知って思ったんだ。もしかしたらエリーは、断罪の場に行く前に殺されたんじゃないか、って」
「未来を見たって……まさか」
そんなはずがない。だってあれは、サメイア公国の王族だけが持つ特殊スキルだったはず。
「エリーの想像通りだよ」
ネルはそう言うと、スッと瞼を閉じる。少し間を置いて開かれた目の右側が美しい銀色に変化したのを、私は信じられない気持ちで眺めていた。
この目を私は知っている。だってこの半年、頑張って勉強したもの。
「千里眼」
未来を見ることのできる特殊スキル――千里眼。
サメイア公国の玉座に座ることが約束された、銀色の輝き。
使い方を誤れば死へと近づく、人が持つには大きすぎる力。
「なんで……なんで言ってくれなかったの」
知ってたら、すがったりなんかしなかった。
「知ってたら、私一人でなんとかしたのに」
「そう言うと思ったから言わなかった。きみ一人では太刀打ちできない相手だとも、感じていたからね」
頬を伝う雫を指で拭いながら、ネルはもう一方の手を私の手に重ねた。
「エリー、自分を責めないで。俺は、きみを失いたくないからこの力を使うことを躊躇わなかった。たとえ千里眼の使いすぎで死んでも、後悔なんてしなかったよ」
「そんなこと、言わないでよぉ……っ」
ますます止まらなくなった涙で視界がにじむ。
ネルは私の頭に軽く手を置くと、自分の肩に誘導するようにゆっくりと腕を動かす。
私はその力に逆らわず、彼の肩を借りて泣き続けた。
「まあ、ネルが千里眼で見た未来の半分は、エリーゼ嬢と結婚した後の世界だったけどな。不安だったのは理解するが見すぎだろう、どう考えても」
「死んでも自業自得だな」
その時の私は昂った感情を抑えるのに必死で、二人の会話が聞こえていなかった。
でももし聞いていたら、ネルをぶん殴った後「確かにそうですね!」と言っていた自信がある。
「落ち着いたかな、エリーゼ嬢」
「はい、話の腰を折って申し訳ないです。続きお願いします」
ようやく気持ちが落ち着いた私は、醜態を晒した現実から目を背けて話の続きを促した。
「転生者スキルが原因でエリーゼ嬢がシーリス嬢に殺されることと、婚約者がシーリス嬢に罪人にされてしまう可能性を示唆された私たちだが、すぐに行動に移ることはできなかった。不安定な千里眼で見る未来が必ずしも訪れるとは限らないことは、知っているね?」
「はい、千里眼については公国で学びました」
「断罪劇の未来視は、千里眼の力が不安定だった時にしたものとネルが認めていた。ゆえに我々は、この件に関して静観することを決めた。ただし、エリーゼ嬢から確証が得られればすぐにでも動けるよう、準備だけはしていたけどね」
「そして学園入学前日。貴女は彼の問いに「主人公が生贄令嬢に罪をきせて、令嬢から婚約者を奪う」と答えた。その時点で我々は、ネルの未来視をこれから起こりうることと断定。エリーゼ嬢の特殊スキルを、手違いがあったと公開情報から削除。対応にあたる騎士や魔術師を集め、ネルの千里眼を使いながら対策を練り、証拠を集めた」
「あのー、ちょっと質問いいですか」
王子と宰相子息による怒涛の解説祭りに待ったをかけた私は、一番の疑問点を口にした。
「私の発言が殿下や王宮の動きを決めたみたいに聞こえたんですが、気のせいですか?」
「気のせいじゃないよ。転生者スキルはね、この世界の確定未来を記憶として持つスキルなんだ。きみの記憶のおかげで、ネルの未来視を確定事項として扱えるようになったんだよ」
そうか。だからネルは「それだけでも十分」って言ったんだ。
自分の未来視に間違いがないと確信できたから。
というか、転生者スキルってそんな力だったんだ。勉強になるなー。
「でも確定未来ってことは、既に未来は決まってて、頑張っても変えられないんじゃ?」
「確定未来は、行動を起こさなければ辿り着く未来のことをいう。逆にいえば、未来を知り、その変化を望み、行動を起こせば未来は変わる。確定未来への道を進むか抗うか決めるのは、それを知る転生者の特権だね」
そんな特権いりません。責任重大すぎる。
「ネルの千里眼を使いつつ十分な証拠を集めた我々は、相手に決定的な行動をさせるため、交換留学に二人を指名し、隣国に逃した」
「交換留学に選ばれた裏がサラッと語られた件」
「彼女は焦っていたよ。攻略対象と呼んでいた男が婚約者とともにゲームの舞台から消えたんだからね」
なんだろう、攻略対象とかゲームとか、王子様が言うと違和感ハンパない。
「どれだけ冷たくされても最後は自分に落ちる……などと、傲慢にも考えていたんだから救えない」
うわぁ、さすがに引くわ。
「そのあたりも千里眼情報ですか?」
「そうだね。ネルが恨みつらみを込めて報告してくれたよ」
どこか遠くを見るような瞳を窓の景色に向けて、うっすらと笑みを浮かべる王子様。
全くもって申し訳ありません。うちのネルがご迷惑をおかけしました。
「私たちが留学してる間にやらかしましたか、彼女」
「ああ。私を毒殺しようとした」
王子様から爆弾発言いただきましたー!
「攻略対象毒殺とかバカジャネーノ」
「確かにね。まあ致死量ではなかったから、殺すつもりはなかったと思うよ」
これはアウト。国家反逆罪待ったなし!
「さらに、あの女は特殊スキルの隠蔽もしていた。王子の毒殺未遂に特殊スキルの隠蔽。国家反逆罪に問うには十分だったよ」
「特殊スキルの隠蔽?」
「シーリス嬢も転生者だったんだよ。しかも魅了持ちだ」
まさかの魅了持ち。これで攻略対象を操るつもりだったんだなぁ。
「以上がこれまでの経緯だ。エリーゼ嬢、きみのおかげで私たちは婚約者を失わずにすんだ。ありがとう」
「私なにもしてませんよ」
「きみが転生者だったからこそ、この結末に導けた。きみがいたからこそ、ネルの協力を得られた。きみの功績は大きいんだよ」
「私たちの未来を救ってくださったこと、感謝してもしたりません。本当にありがとう」
攻略対象だけでなく生贄令嬢にまで感謝されると、こそばゆい。
「今後の予定としては、シーリス嬢は国家反逆罪で処刑。証拠は揃っているため、罪を認めようが認めまいが関係なく刑を執行する」
「そして、エリーゼ嬢には申し訳ないんだが、きみとネルの学籍を公国の学園に移すことになった。一週間後には全ての手続きが終わるから、それを待って公国に移動してもらう手筈になっている」
「なぜ⁉︎」
「公国で学んだきみなら分かるだろう。ネルは千里眼持ちだ。次期公国国王だ。次期国王――王太子が自国の学園に在籍していないのは外聞が悪い」
「さらに、ネルが公国現国王の養子になる条件に、エリーゼ嬢との婚約継続と、貴女以外とは婚姻しないことを提示して、認められた……とネルが言っていた」
「まさか、あの王宮での勉強は……」
「うん、王妃教育」
なに無許可で私の将来決めてくださってるんですかねぇ!
「私に王妃なんて無理です。絶対無理!」
「無理? 絶対に?」
ネルの問いに力強く首を縦に振る私。
しかしそんな私に王子は、
「エリーゼ嬢、諦めてくれ。現国王は子がいないうえに、病で子を成す力を失っている。ネルが公国に行かないと、彼の国の歴史が終わる」
「そうなれば、現在水面下で争っている国が嬉々として攻めてくるだろう」
「結果、公国の民やこちらにも被害が及ぶ。それはできれば避けたい」
わー、一気に国の存亡と外交問題に発展したー。
「エリーの家族も、公国での婚姻式を楽しみにしていたよ。だから、ね。俺と一緒に公国に行こう?」
「…………うん」
王妃の座が転がり込んできて動揺したけど、逃げられるわけがなかったのよね。
「ありがとう、エリー。愛してる」
ネルの手が私の頬を包む。そしてその顔がじょじょに近づき――
「ん……っ」
彼と私の唇が重なり合った。つまり、キスをされた。
え、ちょっと待って。今ってそういう雰囲気だったっけ?
チュッ……チュッ……と音を立てて口づけを繰り返す婚約者様の行動理由が分からない。
あ、息継ぎで口開けたら、舌入れられた!
「あー、我々はここにいない方が良さそうだね。あ、手続きが終わるまではこの部屋で過ごしてほしい。足りないものがあったら用意するから言ってくれ」
いきなり始まったキスシーンから気まずげに視線をそらした王子様は、言いたいことだけ言って席を立った。
待って。帰る前に、このケダモノに首輪と鎖つけてください。
「近々お茶会をしようと思うの。招待状を出すから、ぜひ来てくださいね」
それ今言わなきゃいけないことですか⁉︎
「…………ほどほどにな」
ほどほどですまない気しかしないんですが!
「私もエリーゼ様のように、情熱的に求められたいわ……なんて、ね」
「うっ……努力目標にさせてくれ」
照れ顔の宰相子息様かわいいなぁ、おい。
「エリー、今なに考えたの?」
「はひっ……」
いえなにも考えてませんだから笑顔で圧やめてくださいぃ(四ヶ月ぶり五回目)
「だめだよ、よそ見しちゃ。エリーは俺だけを見ていればいいんだから」
ちょっとヤンデレ入ってませんか? 大丈夫ですか?
などとわちゃわちゃやってる間に、四人は部屋を脱出。
私は、こちらに小さく手を振りながら扉を閉める彼らを、呆然と見送ることしかできなかった。
「あっ……」
ネルの手でソファーに押し倒されながら伸ばした手は、誰にも届くことなく宙を舞う。
静かに閉まる扉。部屋から遠ざかる足音。ネルと二人だけの部屋。
人払いもされているようで、物音ひとつ聞こえない。
これはやばい。貞操の危機再びというやつだ。
「あ、あのねネル。令嬢の純潔って大事だと思うの。特に王族の伴侶になる令嬢には。ね!」
「大丈夫。エリーの純潔は不問にするって、国王から言質もらったから」
おーい! そこはもう少し頑張れよ国のトップでしょー!
いくらネルが王位につかなきゃ国が滅びるといっても、許可していいことと悪いことがあると思うの!
「だから、ね。俺に全部委ねて。エリーの全て、俺に見せて」
双眸にドロリとした欲をたたえながら、ネルは優しく――私を甘く蕩かすように優しく口づけを落とす。
それに私が抗えたか否かは、皆様のご想像にお任せしたいと思います。
必要ない情報かなーと思って入れなかったけど、ネルの家は男爵家。
平民だったおじいちゃんが、おばあちゃんの家に婿入りした。