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乙女ゲーム同盟 〜推しの愛(ハート)をゲットだぜ!〜

乙女ゲームに転生した主人公が、推しとのハッピーエンドを目指してがんばるお話。

まだ書いてる途中のものです。全て書き終わったら新たに連載小説として投稿する予定です。

 私は伯爵令嬢である。名前はまだない。


 …………………………ごめんなさい嘘つきました。名前はシーラ。シーラ・ファン・ヘルク。

 ヘルク伯爵家の長女として生まれて十六年。この度、国立セフィード学園高等部への編入が決定いたしましたー! ワーパチパチパチ!

 え? なんでこんなにテンション高いのかって? それはもちろん、セフィード学園高等部が、かつてどハマりした恋愛シミュレーションゲーム——いわゆる乙女ゲームの舞台だからだ!

 ちなみに、前世の記憶を思い出したのは五歳の時。気づいた瞬間わき上がった歓喜は一生忘れることはないだろう。

 だって! ここには! 推しが! いる!

「まさか自分にこんなことが起こるなんて……神様ありがとう! 私、必ず幸せになってみせます!」

 こんなことを言いながら空に向かって手を合わせる五歳児。侍女さん達が怪訝な顔をしたのはいうまでもない。


 その後、私はセフィード学園には高等部の他に初等部、中等部があることを知り、考えた。

 初等部からいたら、かなり早く推しとのフラグ立てれるんじゃね? と。

 そうと決まればやることはひとつ。受験勉強である。

 実はセフィード学園、平民も通える学校なのだ。しかも初等部から高等部まで在籍できればエリート確定。ゆえに初等部の受験は高倍率。私の平凡な頭なら死ぬ気でやらないと確実に落ちる。

 初等部の入学資格は十歳。あと五年もある、大丈夫大丈夫……なんて慢心はしない。すべては推しとのハッピーライフを過ごすため、死ぬ気で頑張った。前世での受験勉強より頑張った。

 そして五年経ち、十歳になった私は初等部試験に挑む。しかし私は最悪の凡ミスをおかした。解答欄を間違えるという凡ミスを。それに気づいたのは試験の帰り道、自己採点の最中だった。

 もうね、絶望したよね。もちろん結果は不合格。家族や使用人さん達は慰めてくれたけど、私はしばらく立ち直れなかった。

 鬱々とした日々を過ごす中、私は重要なことを思い出す。

 このゲームのオープニング、主人公が高等部に編入生として入学するシーンから始まったような……?

 ちなみに、中等部には編入制度はないそうです。だから舞台が高等部なんだねー。つまり、初等部入学からの推しとのフラグ立ては、最初から不可能だったと。あっはっはー。

 ふざけるのも大概にしろやクソすぎるだろこのシナリオ。

 あと私の努力を返せ! 今すぐに! 色をつけるのも忘れずにな!

 心の中で空に向かって叫びつつ、乙女ゲームの記憶が薄れる前にゲーム知識を紙に書き出しておこうと決意した私だった。


 とまあこんなことやりつつこの日を迎えたわけですが、現在、とっても困ったことになってます。

「これ、どうしよう」

 場所は学園正門前。地面に腰を下ろす私の腕の中には、意識を失いぐったりとしている一人の御令嬢。人通り? もちろんナッシン! でなきゃこんなところで途方にくれてない!

「だれかー、誰かいませんかー」

 声をはりあげてみても反応ナシ。うん、詰んだ。


 で、なぜこんなことになってるかといいますと、私、寝坊して遅刻寸前というテンプレをやらかしたんですよ。入学初日からなにやってんでしょうねホント。

 まあ猛ダッシュのおかげでギリギリ間に合う時間に正門前に到着しましたけどね。屋敷(おうち)が学園の近くでよかった。ホッと安堵の息をついた私は、その場で呼吸を整えてさあ行くぞと足を踏み出したのです。そのとき! 視界の端に美しい白銀の御髪(おぐし)がですね、見えたんですよ。で、おそるおそる振りむいたらですね、いたんですよ。

 誰がって? もちろん、私の推しに決まってるだろ!

 ゆるくウェーブを描く白銀の髪は陽光をうけ輝き、エメラルドすら霞むと言われた澄んだ緑の瞳は前を見据えている。少女のように愛らしく可憐な容姿とは逆に、大人の色香を醸し出す出るとこ出て締まるとこは締まるメリハリボディは一見アンバランスに見えるが、彼女の纏う雰囲気がそのアンバランスさに調和をもたらしていた。

 性格は穏やかで誰にでも分け隔てなく接し、弱者を労わるその姿は聖女のようだと称えられ、他者を傷つける者には毅然とした態度で接する強さもある。彼女がこの国の王太子妃となれば国の繁栄は確実と言われるほどの才女。

 このお方こそ私の推し! この国の至宝! アルベルティナ・ファン・デル・フェルデ様であらせられる!

 推しは男じゃないのかと思ったそこのあなた。私は推しがいるとは言ったが、推しが男とは言ってない。

 なにせ、このゲームにハマった原因は彼女だったりするのだ。


 この乙女ゲーム(タイトル覚えてない。なんでだろう)は、セフィード学園高等部に編入生として入学した主人公が、学園生活を通じて四人の攻略対象者のイケメンとキャッキャウフフするゲームである。隠し攻略対象者もいるけど、今は関係ないのでスルーで。

 四人の攻略対象者にはそれぞれライバルとなる令嬢がいるが、攻略対象の一人、王太子殿下のルートでライバルとして登場するのがアルベルティナ様(以降ティナ様と呼称する)なのだ。

 ゲームでは各攻略対象とライバル令嬢の間に初期好感度が設定されている。この二人の場合、お互いに対する好感度が最初からバカ高い。

 初期イベントのひとつにティナ様と王太子が一緒に歩いてるのをたまたま見かけるっていうのがある。そのイベントスチルがどう見ても恋人同士。主人公の入る余地/ZERO。素晴らしいまでの心折(しんせつ)設計。開発は鬼か。

 それでもこれは乙女ゲーム。主人公の頑張りでなんとかティナ様から王太子を奪うことに成功するわけですよ。

 学園の夜会で王太子にエスコートされる主人公の前に現れたティナ様は、笑顔で二人を祝福し去っていく。直後に出る選択肢で【アルベルティナが気になる】を選ぶと、テラスで一人、静かに涙を流しながら王太子への恋心を断ち切るティナ様をイベントスチル付きでのぞき見ることになるのだ。

 あのスチルを見た瞬間、私はティナ様推しになった。堕ちたといってもいい。だから、

 ——あ、これ無理。ティナ様から王太子奪うとか無理。

 ってなるのは当然の結果だったと当時(前世)を振り返っても思う。

 そこからはもう地獄だった。コンプ厨な私は、王太子に関するスチルを集めることを諦められない。でも悲しむティナ様は見たくない。そんな相反する気持ちを抱えながら淡々とスチルを集めていく中、私の思考はいつの間にか斜め上に走り出していた。

 ——ティナ様という人がありながら主人公になびく王太子、クズでは?

 と。最終的には、

 ——私(主人公)がティナ様を幸せにすればいいのでは?

 という考えに至るのである。後にも先にも百合にハマったのは主ティナだけだったなあ……。

 なんて昔の思い出に浸っていると、

「どうしたのですか?」

 と横から声をかけてきた人物が!

 救世主キター! と、声のした方に視線を向けて私は固まった。なぜか相手も固まってるけど。

 後頭部でひとつ結びにされた髪は胸のあたりまでの長さだろうか。プラチナブロンドのストレートヘアが美しい。ムカつく。アイスブルーの瞳はその名が示す通りの冷たさと鋭さを持ち、右目にかけられたモノクルは彼が魔法師という特殊職である証。

 人当たりはいいが必要以上に自分の懐に入り込ませず、どこか冷淡な印象を抱かせる空気をまとい、氷魔法を得意とすることからついたあだ名は、氷の貴公子。

 彼の名はミハエル・ファン・デン・ブルク。乙女ゲームの攻略対象者である。


 …………ちょっと待てこんなイベントなかったはずでは⁉︎ いやそれをいうならこの状況も乙女ゲーム的にはあり得ないんですが!

 ちょっと混乱する頭をどうにか落ち着かせた頃には彼の硬直も解け、私に近づき膝をついた。

「彼女は?」

「は? あ、えっと、なんか、ボーッとしてるなーって思ったら急に倒れて。とっさに受け止めたらこうなりました」

 若干要領をえない回答かもしれないが許してほしい。やっぱりまだ混乱してるっぽい。

「なるほど……なら、医務室に連れて行ったほうがよさそうだ。私が彼女を運ぶから、君は入学式に参加するといい」

「いいえ、最初に彼女を助けたのは私です。最後まで責任を持って見届けさせていただきます!」

 私からティナ様を受け取り横抱きにした彼を確認、立ち上がって宣言すれば、嫌悪感丸出しの表情でこっちを見てきた。

 なにその「ついてくんじゃねーよ」的な顔は! 私だってティナ様が心配なんだよ!

 私の存在を完全無視して歩き出す男を、スカートについた土埃を払いながら追いかける。横に並びちらりと視線を男に移せば、端正な顔立ちが焦りに歪んでいた。

 ん? どういうこと? ティナ様とコイツってゲームでは接点なかったはずだから、こんな顔するのはおかしい。そもそも好きでもない女を横抱きにして運ぶなんてあり得ない。え、てことは……あれ?

 さっきとは違う状況にまた混乱してきたところで医務室についた私たちは、常駐の治療師に事情を話し、ティナ様の診察をしてもらった。結果は体に異常はなく、ただ眠っているだけとのこと。しばらくすれば目を覚ますらしく、ホッと胸を撫で下ろした。

 本来ならここで私の役目も終わりだけど、今更入学式に参加して目立つのもヤダ。なので治療師さんにお願いして、ここに居させてもらうことになりました。なぜかヤツも一緒ですが気にしたら負けだ、うん。


 用意してもらった椅子に座って眠るティナ様を観察する。ああ、眠る姿もお美しい……物語に出てくる眠り姫など霞んでしまいますわー。

 ……ふっ、ゲームで見られなかった推しの姿に興奮してしまった。しかたないよね、推しだもん。

 脳内で今後拝見できるであろう推しのあれこれを妄想していたら、ゲームですら聞いたことのない男の優しい声が私を現実に引き戻した。

「良かった、目を覚ましたようですね」

 ハッ、妄想にふけってたせいで出遅れた!

「ここは……」

 ゆっくりと体を起こすティナ様の背中を支えるように腕を回すヤツの紳士っぷりよ。お前ほんとにミハエルか? 別人じゃないのか?

「ここは高等部の医務室です。お久しぶりです、アルベルティナ嬢」

「…………ミハエル様?」

 ティナ様の目が見開かれ、呟くように仰られることには、この男は本物のミハエルらしい。ならますますコイツの行動が意味不明に……。

「覚えていてくださって光栄です。あの時はお世話になりました。おかげで今の私がいます」

「いえ、わたくしはなにも……」

 なんか勝手に話が進んでいく。私を置いていかないでー。

「あのー」

「あら、あなたは確か」

「ヘルク伯爵家長女、シーラ・ファン・ヘルクと申します。我が国の至宝、アルベルティナ・ファン・デル・フェルデ様に、私という矮小な存在を認知していただけたこと、恐悦至極に存じます。ところで、少々お聞きしたいことがあるのですが」

「なんでしょうか」

 コテン、と首をかしげるティナ様可愛い。萌え。

「お二人はお知り合いなんですか?」

 私に意識が向いたチャンスを逃さず、今一番気になっていることを聞いてみた。

「ええ。十歳の時に参加した王宮庭園のお茶会でお会いしました」

 んん? 王宮庭園のお茶会ってあれだよね。十歳の貴族の令息令嬢強制参加の。確かこの茶会に出席してはじめてこの国の貴族として認められ、家名を名乗るのを許されるんだよね。もちろん私も行きました。

「懐かしいですね。あの頃の私は全てに絶望し、何もかも諦めていました。そんな私に光をくれたのが貴女でした」

 そう言ってティナ様を見つめる彼の目は、まるで氷が春の日差しを受けて溶けたように柔らかい。正直に言おう。氷の貴公子どこいった?

「わたくしはただ、話をしただけですわ。他愛もない話を」

「それでも、あの時の私には初めての経験だったのです。私に心を向け、私の言葉を聞いてくれることが」

 二人のやりとりを聞きながら、私はミハエルルートで知ることができる彼の過去を思い出していた。


 彼はブルク公爵家の次男として生まれたが、父親からは「お前はスペアでしかない」と言われ、母親からは「お前が女なら良かったのに。お前を産んだことが私の唯一の汚点だ」と言われ、兄からは「スペアならスペアらしく大人しく俺に従え」と言われ育った。

 生きるために必要な最低限の世話はされていたが、家族から与えられるはずの愛情はない。使用人も自分の役割をはたせば彼をいないものとして扱う。さらに、兄からは殴る蹴るの暴力も受けていた幼いミハエルの心は壊れてしまい、父に、母に、兄に従順に従う人形になった。生気のない、ただそこにいるだけの存在に。

 そんなミハエルに転機が訪れたのは十歳の時。王宮庭園のお茶会だった。

 先ほども言った通り、この国では十歳の貴族令息令嬢は王宮庭園のお茶会に強制参加だ。ミハエルももちろん参加した。でないとスペアにすらなれないからね。

 国王と王妃への挨拶を済ませた後、父親は彼を放置して挨拶回り。一人たたずむ彼は、たいくつを持てあましていたクソガ……やんちゃ坊主のターゲットにされた。まあぶっちゃけると、いじめですな。庭園の目立たない場所で彼らにもてあそばれる運命だったミハエルを助けたのは、王太子殿下だった。

 ミハエルが気になってお茶会を抜け出した王太子は彼を庇い、やんちゃ坊主どもを追い返したあと、せっかく二人きりになれたのだからとあれこれ質問。自分のことを聞かれることがなかったミハエルは戸惑い、王太子に尋ねる。

 ——どうしてそんなこと聞くの?

 と。その問いの答えはとてもシンプルだった。

 ——君と友達になりたいからだよ。だから、君のことが知りたいんだ。

 王太子の言葉が、笑顔が、ミハエルの心に光を灯す。光は彼の心を満たし、瞳に輝きが戻る。同時に、彼の中の【神の祝福(ギフト)】が覚醒した。この日以降、王太子はミハエルの「唯一の光」となり、彼に絶対の忠誠を誓うことになる。


 これがミハエルの過去である。そして気づいた。

 さっきミハエルはティナ様に「私に光をくれた」とか言ってましたよね? しかも二人は十歳のお茶会で出会ってる。これってもしかしなくても、ミハエルの心に光を灯す役が王太子じゃなくてティナ様になってる? え? てことは、ミハエルの「唯一の光」は王太子じゃなくてティナ様……。

 私の脳裏に浮かぶミハエルの全エンディング。もし、ティナ様がヤツと恋仲になったら……ダメだ絶対ダメだ! 私の推しがあんな目にあうなんて許せるかああああああっ!

 よし、決めた。ミハエルの魔の手からティナ様を守り、王太子とくっつけよう。

 和やかに談笑する二人を見ながら自らの使命を心に刻むが、それが脆くも崩れ去ることになるなんて、この時の私は考えもしなかったのである。



 医務室での衝撃の事実発覚から一夜明け、私は共同棟にある図書室に来ていた。

 この学園には普通科と魔法師科という二つの学科がある。左右にそれぞれの学科棟があり、中央にあるのがこの共同棟なのだ。入学式もここでやったらしい。

 私が図書館にいる理由。それは、乙女ゲームと現実のズレを確認するため。見つかるとヤバいので人気のない場所を選びました。

 え? 家でやれ? そうしたいのはやまやまなんだけど、一人になれる時間がなかなか取れなくてねぇ。「ちょっと一人になりたいなー」「ダメです」のやり取りを幼少期から今に至るまで変わらず続けていることから、理由はお察しください。

「一番のズレはやっぱりミハエルの『唯一の光』だよねー」

 肺の空気を全部出す勢いでため息をつく。まさかティナ様が、王太子の役を横からかっさらっていたなんて。

 これは結構大きなズレだ。ティナ様はゲームでは王太子ルートのライバル令嬢。でも現実はミハエルの『唯一の光』になっている。

 昨日の様子を見るに、ミハエルがティナ様を好きなのは間違いない。となると、ミハエルルートのライバル令嬢はどうなるんだろう。日本語で書いた人物相関図を前に唸る。

 前世を思い出した時点で日本語も思い出していた私は、人に見られたくないものに関しては日本語を使うようになった。乙女ゲーム関連は全部日本語だ。

「あーもう、どうなってるんだか」

 現実はゲームとは違う。分かったつもりでいたけれど、まだまだこの世界はゲームだという感覚が抜けていなかったのかもしれない。なら、今の相関図をあらためて作る必要がある。

「えっと、王太子とティナ様の関係は不明。ティナ様はミハエルの『唯一の光』で、ライバル令嬢とミハエルの関係は不明、と。残りの攻略対象とライバル令嬢の関係も不明だよね。まずは残り二人の攻略対象とライバル令嬢の関係を確認するかー」

 新しい紙に書かれた現実の相関図を見て今後の方針を決めたとき、意外と近くから聞き覚えのある……いや、聞き間違えるはずのない声がした。

「日本語……」

「え」

 ありえない言葉が耳を打つ。私は、ゆっくりと声の主に視線を向ける。そこには、食い入るように相関図を見つめるティナ様の姿があった。



「こちらです」

 ティナ様に連れられて図書室から移動した先はサロンでした。推しとサロンでお茶とかなにその天国。

 ふわふわと夢見心地でティナ様の後ろをついて歩いていると、重厚な扉の前でティナ様が立ち止まられました。そして扉に右手をかざすと、中指にはめられた指輪が光り、刻印魔法が展開しました。魔法はそのまま扉に吸い込まれ、しばらく待つとなんと! 扉がひとりでに開いたではありませんか!

「お、おおおおお」

「ふふ。さあ、どうぞ」

 開いた扉の奥に続く廊下に進みながら、ティナ様がここの説明をしてくださった。

「ここは、年間契約をした者専用のサロンです。予約は必要ですが、いつでも使えて便利なのですよ」

 契約料はいったいおいくらするんですかね……? とは怖くて聞けない。

「先ほどの刻印魔法は、このサロンを使用する者のみ使えます。魔法は契約者ごとに違い、サロンから支給された指輪にこめられます。あれがなければサロンに施された結界は開かないので、外から他者が入り込むことはありません。使用人はいますが、こちらが呼ばない限り入室することはありませんし、部屋自体に消音結界がはられています」

「内緒話にもってこいですね」

「ええ、今のわたくし達のようにね」

 肩越しに見える笑顔が素敵です。推しの笑顔がまぶしいです。

「さあ着きましたわ」

 廊下のつきあたりにあった扉をティナ様が開くと、アンティーク調の家具が素敵な部屋が現れました。

「ふおおおおおお!」

 さすが年間契約専用サロン。派手さはないけどめっちゃ豪華! ここで推しとお茶とか死ねる。いろんな意味で。

 緊張のあまり意識を飛ばしていた私が気づいたときには、ソファーに座らされていました。隣にはティナ様がいて、テーブルには紅茶とお茶菓子がセッティング済みです。

「大丈夫ですか?」

「はい大丈夫です。ちょっと『ここの調度品傷つけたり汚したりしたら一家離散確定かー』とか考えてしまったもので……」

「もし調度品を傷つけたり汚したりしても、修繕等にかかる費用は契約料に含まれていますから、心配無用です」

 …………コワイ。修繕費用が契約料から払われるのコワイ。


「さて、ここからはお互い日本語で話しましょう。できますか?」

「もちろんです」

 ティナ様のご質問に日本語で答える私。満足そうに頷いたティナ様は紅茶を一口含み、真剣な眼差しで私を見た。

「貴女にもわたくしにも前世の記憶がある。しかも同じ日本人。ここまでは合っていますか?」

「はい」

「では、ここが乙女ゲームの世界であることは?」

 まさかティナ様がそれを知っているとは思いませんでした。

「もちろん知ってます。がっつりプレイしましたし、ティナ様……じゃない、アルベルティナ様は私の推しですから」

「わたくしのことは、そのままティナとお呼びください。シーラ様は、わたくしが推しなのですね」

 ティナ様直々にティナ様呼びを許可していただきました! 全国のティナ様推しどもよ、羨ましいだろう!

「はい! ところで、ティナ様はいつ前世を思い出しましたか?」

「高等部の正門前に来た時です」

「それって」

「ええ、シーラ様とミハエル様に助けていただいた時ですわ。あのときは、ありがとうございました。お礼が遅くなって申し訳ありません」

 丁寧にお辞儀をされたティナ様に私は慌てて手を振って、

「顔をあげてください! たまたまタイミングよく通りすがっただけですから!」

「それでも、助けていただいたことは事実です。本来であれば、ご迷惑をおかけしたことへの謝意とお礼をしたためた手紙とともに、なにかしらの品物をお贈りするのですが、昨日は体調が優れず、このような形に……」

「いえもうほんとにこれで十分です。これ以上ないくらいのものをいただきましたから!」

「ですが……」

 しゅんとしているティナ様も可愛いけど話が進まない! 話題を変えよう。

「ティナ様。ティナ様の推しはどなたですか?」

 無理やり感あるのは見逃していただきたい。それに、これは絶対に聞いておかねばならないことだ。ヤツの魔の手から守るためにもな! と意気込んでいたけれど、ティナ様から返ってきた返答は、私を絶望させるのに充分な威力があった。

「わたくしの推しは、ミハエル様ですわ」

 なん…………だ、と?

「え、ティナ様の推しアレなんですか? 病み系色欲魔の?」

「病み系色欲魔?」

 訝しむティナ様に、あ、これ全エンディングやってないな、と確信した私は、ティナ様のためにヤツのアレっぷりを語ることにした。


 このゲームのエンディングは五つ。

 友情エンドのノーマル、婚約エンドのトゥルー、特別なフラグを立てることで進むことができる真トゥルーをクリアすると、結婚エンドのハッピーと婚約解消エンドのバッドが解放される。最後の一つは、隠し攻略対象のルート出現条件になっている特殊エンドだ。あ、逆ハーエンドはないです。この辺とっても現実的。

 通常プレイだとノーマルかトゥルーエンドにしかいけない。なぜなら、トゥルーからハッピーエンドに入るための特別なフラグのありかが、ゲーム内の情報では分からないのだ。ゆえに、このゲームのスチルをコンプするためには攻略サイト必須である。

 ゲームの基本情報はこれくらいにして、ミハエルルートの話をしよう。

 ミハエルルートのノーマルとトゥルーエンドは他の攻略対象と同じで普通に終わる。だが、ハッピーエンドにたどり着くには、ありとあらゆる場所に配置されているバッドエンドフラグを回避しなければならないのだ。

 主なフラグは「男と話す」ことで回収され、即バッドエンド。モブの男子生徒と一言話しただけでアウトよ? 理不尽すぎるだろう。

 そんな彼のバッドエンドは、婚約解消ではなく監禁陵辱(暗転カット)エンド。ハイライトオフった目を妖しく光らせながら笑うミハエルのスチルは、ホラー以外の何物でもなかった。

 ちなみに、年齢制限を匂わせる描写があるのはミハエルルートのみ。ゆえに、プレイヤーの間ではミハエルのことを病み系色欲魔と呼ぶようになったのである。


「なるほど、それで……」

「そうなんです。私としては、たとえゲームと現実は違うと言われても、ミハエルを選ぶのは危険だと判断します」

 ティナ様には幸せになってほしいのだ。そのためにもミハエルルートだけは避けてほしい。そんな願いを込めて私はティナ様を見つめる。

「シーラ様、わたくしの気持ちを聞いていただけますか?」

「はい」

「わたくしは…………あのお茶会で出会った時から、ミハエル様をお慕いしています。あの方のきらめくアイスブルーの瞳に心奪われてしまったのです。医務室で再会した時は本当に嬉しかった。この学園生活でミハエル様のことをたくさん知ることができる……そう考えると、わたくしの心は歓喜に震えるのです。前世の記憶があろうとなかろうと、きっとこの気持ちは変わらない。たとえゲームのバッドエンドにたどり着こうとも、わたくしはあの方の全てを受け入れますわ」

「いやそこは受け入れずに回避策考えましょうよ」

 バッドエンドばっちこーいなティナ様の言葉に、つい全力でツッコミをいれてしまった。監禁陵辱、ダメ絶対。

「ふふっ、そのくらいの気概がある、と思っていただければ」

「まあ、止めても無駄だということは理解しました。ティナ様の恋が成就するよう(必要ないけど)微力ながら手助けさせていただきます。でもバッドエンドは避けてくださいね、絶対に!」

「分かりましたわ」

「あと、王宮庭園のお茶会で、ミハエルと出会う役を王太子からかっさらった件について」

「それは言わないでくださいませ。わたくしも、気づいたときは内心焦っていましたのよ。ですが、あの方の『唯一の光』になれたことは僥倖だと思いますわ。だって、あの方がわたくしに想いを寄せてくださる確率が高まるんですもの」

 頬を朱に染めて微笑むティナ様は美しい。恋する乙女は強く、美しくなるというのは本当なのかもしれない。

 けどこの言い方だと、ティナ様はミハエルの気持ちに気付いてない? 医務室でティナ様を見つめるヤツは、氷の貴公子のこの字もなかったぞ?

 …………ティナ様、もしかして鈍い?

 これは指摘すべき? それとも黙っておくべき?


「さて、わたくしのことはこれで終わりにして、次はシーラ様の番です。貴女の推しはどなたなのですか?」

「私の推しはティナ様ですよ?」

 間髪入れずに答えたけれど、この回答はお気に召さなかったらしい。笑顔がさらに深まった。わー、迫力あるなー。

「言い方を変えましょう。男性の推しはどなたですか?」

 わーい、バレてらー。

 私は冷めた紅茶を飲みほしてひと息つく。目を閉じて少し逡巡したあと、覚悟を決めて口を開いた。

「私の推しは、隠し攻略対象です」

「シーラ様の推しは、スヴェン兄様なのですね」

「ご存知でしたか」

「はい、公式サイトに書かれていたのを見ました」


 スヴェン・ファン・デル・フェルデ様。ティナ様のお兄様で隠し攻略対象者。私の男性推し。

 彼はゲームのパッケージにも公式サイトにもその姿はなく、完全に秘匿された存在だった。ただネットでは、ティナ様と主人公のイベントが存在していることが報告されていることから、ティナ様関連で何かしらあるのでは? と噂されていた。

 そして、ゲーム発売から一ヶ月後。公式サイトの更新とともに、彼の名と姿、素性が公開された。

 ティナ様と同じ白銀の髪は短く切りそろえられ、緑の瞳は深い知性をうかがわせる。甘いマスクと優しい笑顔。性格も穏やかで、争い事を好まない魔法師の一族、フェルデ侯爵家の次期当主。

 ティナ様推しの私にとって、彼の登場は青天の霹靂だった。同時に、ティナ様と主人公のイベントの存在意義と、ティナ様の公式プロフに「兄が一人いる」と書かれていた理由を察した。


「先程、少し迷うそぶりがあったのは何故ですか?」

 うぐっ、気づかれてた。

「わたくしには言えないことですか?」

 不安をにじませた声に喉がつまる。

 ——ティナ様に嫌われたくなかった。昨日ティナ様を助けたのは、スヴェン様に近づくための打算的な行動だったと思われたくなかった。だから言うのをためらった。

 そう素直に言えたら、きっと楽になれる。なのに……私は。

「………………ごめんなさい」

「謝らないでください。人に言えぬことのひとつやふたつあるものなのに、無理に聞きだそうとしたわたくしが悪いのです。ですが、これだけは言っておきます」

 ティナ様は花が綻ぶような可憐な笑顔を見せ、私の手を包み込むように自身の両手を添えた。あれ、この表情どっかで……。

「たとえ何があろうと、わたくしが貴女を嫌いになることはありません。だって、貴女はわたくしと同じ転生者で、前世では同郷で…………わたくしの大切な友人ですもの」

 あああああああああ思い出した! これ、スヴェン様ルートに入るための特殊エンド、ティナ様友情エンドの仕草と表情と台詞だあああああああああ! 正確には「たとえ何があろうと、わたくしが貴女を嫌いになることはありません。だって貴女はわたくしの大切な友人ですもの」だけど!

 え、これルート開いたの? 一年かけるところをたった二日で? え?

「だ、大丈夫ですか? わたくし、何か変なことを言いましたか?」

 どうやら私はかなりアウトな顔をしているらしい。ティナ様が青い顔をしてうろたえている。それを焦点の合わない目で見つつ、

「いいえ。ただ、まさかのスヴェン様ルート突入で動揺してしまい、思考停止してるだけなので」

「お兄様ルートに入ったのですか?」

「ああ、ティナ様はご存知ないんですね。先程の「たとえ何が(中略)わたくしの大切な友人ですもの」という台詞は、スヴェン様ルートが確定するティナ様友情エンドで仰られる言葉なんですよ」

「そうだったのですか」

「ちなみに実物はゲームの一京倍、破壊力がありました。私、今日死にます」

「死んではダメです! シーラ様には、スヴェン兄様と添い遂げてもらわねばならないのですよ!」

 なんかすっごい爆弾発言聞いたような気がする。おかげで復活できました。


「え、どういうことです?」

「スヴェン兄様は、刻印魔法の研究を主な仕事としています。研究熱心ですが、一度研究に没頭すると、そのほかのことが疎かになりがちなのです」

 ふむふむ、よくあるパターンですね。

「父もそんな兄を心配して、婚約者になりえそうな令嬢との顔合わせをいくつか準備していたのですが……」

「あー……もしかして、当日すっぽかしました?」

「ええ……その日に限って朝早くから屋敷を離れているのです」

 沈痛な面持ちでうなずくティナ様に、個人的な見解を述べてみる。

「それ、顔合わせ行きたくなくて逃げてるようにしかみえませんね」

「やはり、そう思いますか」

「毎回逃げられるなら、そう考える方がしっくりきます。『スヴェン様かっこいいのに婚約者いないのなんでだろう』ってゲームやってて思ってたんですが、こういう理由なら納得です」

「納得したならば、是非!」

 私の両手をガシッと掴むティナ様の顔は真剣そのもの。スヴェン様の伴侶探しはそうとう難航しているんだろう。推しの頼みでもあるし、ここはぜひその思いに応えたいところだけど、

「でもゲームと現実は違いますし、実際に会って話してみないことには…………あ、いいこと思いついた。ティナ様、同盟組みましょう」

「同盟?」

「そうです。乙女ゲーム同盟。推しとの恋の成就をサポートしあうんです」

「なるほど。それはいい考えですね」

 私の思いつきにティナ様もノリノリだ。

「では、わたくしとシーラ様の乙女ゲーム同盟、ここに結成ですね」

「よろしくお願いします。あ、転生者ってことは内緒にしましょう。いろいろややこしくなりそうですから」

「こちらこそ。転生者ということは内密に、ですね。わたくしもその方がいいと思いますわ」

 静かに立ち上がったティナ様にあわせて私もその場に立つ。そして笑顔で握手をかわし、互いの健闘を称え合った。


 こうして、ティナ様と私による乙女ゲーム同盟は結成された。推しの(ハート)をゲットする戦いの日々はすぐそこに迫ってきている。

 はたして私たちは無事、推しと思いを通わせあえるのか。それは神のみぞ知る。

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