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弥生の空に1 出航編  作者: 柴野 独楽
1/10

第1章 夢

     1

ニグィは、夢を見ていた。

漆黒の闇の中、赤々と燃えるたき火。そのたき火を囲んで座り、酒をあおっては、大仰な身振り手振りで笑いさんざめく大人たち。そして……その輪から少し外れるような位置に、奇妙な格好で座る、一人の――自分と同じ年頃の少年。


いつもの夢だ。

昔から、年に数回……十数回は繰り返し見る夢。

それが、ここ数年、とみに数多く見るようになってきている。


ちらちらと忙しくまたたくほの暗い明かりに照らされているせいか――それとも夢の中だからなのか――少年の顔立ちはぼんやりとしている。が、少年の顔に刻まれた見慣れぬ文様や、長く、ほっそりしているものの、みじんも弱さを感じさせぬ手足は、はっきり見て取ることができる。

樹上に静かにたたずむヒョウにも似た、不思議な静けさと美しさ。里で地面を耕し暮らす自分とは、まるで別種の生き物を目にしているかのような、不思議な困惑と、感動。

ニグィは、少年に目を吸い付けられ、ひたすらじっと見つめ続けている。

と。

なにかを感じたのか、少年はゆっくりとニグィの方へと顔を振り……カチリ、と音を立てて、目が合った。

一瞬の緊張。

瞬間的に頭に血が上り、ぶわっ、と体中から汗が噴き出す。

(しまった。ぶしつけに見つめてたのがばれた。まずい、なにか、なにか言わないと。相手を不機嫌にさせてしまったりしたら、なにをされるか……)

 が、その心配は、杞憂に終わる。

 少年は、はにかむような表情を浮かべ、つかの間目を伏せたが、すぐにまた、視線をニグィに合わせ、「にかっ」と、顔中を笑顔にして笑いかけてくれたのである。

(……そうだ。あれが、ヤズとの初めての出会いだった。わしは、ヤズの若魚のような姿形と、あの開けっぴろげな笑顔とで、いっぺんに彼が好きになってしもうたのだ。以来ずっと、ヤズとは友達で居続けた。住む場所は遠く離れ、会える時間もわずかだというのに、ずっと、ずっと、心通い合う、一番の友達であり続けたのだ……)

 舷側にもたれ、うつらうつらと夢の世界を漂いながら、ニグィはうっすらと笑みを浮かべた。

 友と過ごした長い日々が次から次へと頭に思い浮かび、その懐かしさに、笑顔を浮かべないではいられなかったのである。

 できれば、そのまま、思う存分記憶の世界に浸っていたいところだったのだが……残念ながら、そうはいかなかった。

 何者かが遠慮がちに肩を揺すり、

「里長よ、起きられよ」

と耳元でささやいたのである。

 眉間にしわを寄せながら、眠りの淵を越え、ニグィは、現し世へと舞い戻った。

 うっすら目を開くと、そこには、ヤズに――かつてたき火の明かり越しに見たあの笑顔の持ち主に――よく似た男が、静かな笑みをたたえ、慈愛の目で自分を見つめていた。

「里長よ。起きられよ。船が、ウミへと出ましたぞ」

 おお、と目を見開くと、ニグィは、舷側にすがり、笑顔の男――ヤズの息子だ――に体を支えてもらいながら、よろよろと立ち上がった。

 目をすがめて、前方を見やると……そこには、ニグィがこれまでの生涯で見たより何倍、何十倍という圧倒的な量の水が、底知れぬ青さをたたえ、どこまでも、どこまでも広がっていた。



     2

 ニグィたちのふるさとは、今でいう中国の江南地方にあった。

 年中暖かく、夏にはよく雨が降り、草木が高く生い茂る地である。

 山といえるほどの山はなく、その上大きな川が蛇行して流れているので、水はけの悪い湿地だらけ。夏に多くの雨が降ると、家の中まで水浸しになるし、何年かに一度、熱病が流行れば、多くの人が倒れ、そのうち何人かは、熱にうなされたままこの世を去っていく……そんな土地だ。

 だから、決して天国のように住み心地のよい土地である、とはいえない。けれど、ニグィたちにとって、そこは気が遠くなるほどの昔、先祖が住み着き、土地を切り開き、耕し、ずっと生きてきた――しがみついてきた場所。すなわち「里」であった。

 古くから伝わる戒めによれば、人はまず第一に「里」を護り、「里」のためになることを考えねばならない、とされている。そうすれば、「里」は人を包み、人を育み、子々孫々までの繁栄を約束してくれるからだ。夫婦の契りにより他の「里」へと移るのを唯一の例外とし、里人は、生まれてから死ぬまでの間ずっと、「ムラ」と、その周囲数里に広がる「里」の中で生き、育ち、働き、子をなし、死んでいくのが当然であった。そして、その当然のことを、気の遠くなるほどの昔からずっと続けていくことで、里はより優しく、より豊かな恵みを授けてくれるようになっていったのである。

 「人」は「里」に尽くし、その代わり、「里」は「人」を慈しみ、護り、育む。

 それが、遙か遙か昔より、「里」の産土神と、里人との間に交わされた約束であるはずだった。

 ところが……いつの頃からか、その約束が、果たされなくなってきた。

 里人が、どれほど身を削って尽くしても、里――産土神は、つれなく袖を振るばかりで、ご加護を与えてくれなくなったのである。

 先祖よりも深く、細かく土を耕し、水を入れ、草取りと虫取りに毎日精を出しても、痩せたイネしか育たない。夏に冷たい風が吹いて、ろくに実が入らない年も、頻繁に訪れるようになった。

 頼みの綱のイネがろくに実らないために、子をなすことも難しい。なんとか子をなしたとしても、ろくに乳が出ず、食わせるものが少ないせいで、痩せて、目玉ばかりがぎょろぎょろ光る子ばかりが増える。そういう子は、夏に病がはやると、すぐに高い熱を出し、ばたばた死んでいってしまう。

 子が育たなければ、里を支える里人は減り、どんどん里は荒れていく。里が荒れれば、さらに実りは減り、ますます人は痩せ、子は育たなくなる。

 悪循環である。

 このまま、父祖伝来のやり方を続けていっては、近い将来、里は跡形もなくなってしまう……というので、ニグィの祖父母の祖父母たちは、様々な「新しいやり方」を取り入れ始めた。

 田んぼとしては使えない土地――丘の上や、川岸に向かって下る斜面――で、草が生えるに任せていた荒れ地を焼き、火が鎮まった後、ソバやアズキを蒔いて育てる「焼き畑」を復活させた。イネを育てるかたわら、面倒を見なければならない作物が増えたことで、ますます里人の日々の生活は忙しく、過酷になったけれど、それなりに収穫は増え、以前のように冬の蓄えを作ることもできるようになった。

 水場には網を張り、亀や魚を捕らえ、里の後ろにそびえる山の麓に罠を仕掛け、里に下りてくる鹿や兎、狐を捕らえた。

 こうして身をすり減らし、工夫を凝らし、魂を燃やして励んでも、なお、言い伝えにあるように、毎年豊作に恵まれるというわけにはいかない。どうかすると、冬の終わりに蓄えが底を尽きそうになることも、度々あった。

 そこで、祖父母や父母たちは、桑を育て、蚕を育てることを思いついた。

 育てたお蚕様から糸を取り、紡ぎ、冬の間にそれを織物に仕立てる。それを、よその里へと運び、必要なものと交換するのである。

 絹織物は、その技術を持たない里の人々に喜ばれ、多くの物品と交換してもらうことができた。むろん、ものをよそへ運んだり、よそからものを持ってきたりの道中には、一定の危険もあったが……それを差し引いてもなお、この「交易」によってもたらせる利益は絶大であり、里はようやく、毎年のように飢饉の恐怖におびえる生活から、抜け出すことができたのである。

 ニグィが物心ついたのは、里の生き残り策がようやく軌道に乗り、さらなる里の繁栄のため、ますます交易の手を広げようとしている……そんな時期であった。



     3

 ニグィの父は、名をウォシムといった。

 長年土を耕し、作物を育ててきた者特有の、頑健な体つき――背丈はそれほど大きくないが横幅は広く、腕や脚はがっしり太くて、掌は木の幹のように分厚く堅い――をした男だった。

 だが、その体つきと相違して、ウォシムは野良仕事のみに打ち込んで生きてきた男ではなかった。

 春から秋までは、他の村人同様田を起こし、畑を耕し、作物作りに精を出す。そして、秋の刈り取りが終わると、その年収穫した作物や、半年かけて織り上げた絹、干した魚などを、船にわんさと積み込み、里の外れをゆったり流れる(うみ)を下ったり、遡ったりして、行き着いた先の村の産物と交換してくる――要は村の「交易係」を務めていたのである。

 里で生まれ、里とともに育ち、里で死んでいくのを当然、と考える里人にとって、住み慣れた里の外はおしなべて「異界」である。親しみのない土地や見知らぬ人々、その人々が操る聞いたことのない言葉や、きてれつな道具。里人の多くは、そういった「新奇なものに出会うこと」それ自体に、原初的な恐怖を抱いている。ここの里人は、他の里に比べ、よそからやってきた人間に対し、寛容で友好的ではあるが、それでも、「交易係」を務めるとなると、尻込みする者がほとんどだ。

 そんな中で、ウォシムが「交易係」を務めるようになったのは、彼がそもそも「訪問者(マレビト)」であったからだ。

 「訪問者」といっても、彼は他の里から交易にやってきたのでも、夫婦の契りにより、近隣の里からこの里へと移り住んだのでもない。

 ウォシムは、まだ少年の頃に、命からがら、この村に逃げてきたのである。


 ウォシムが元々すんでいた里は、ここから江をずっとずっと、ひと月半ほども遡ったあたり――現在の里より遙か北西の中国内陸部――にあった。

 その里では、気候がここより冷涼で、乾燥しているため、イネは育たない。代わりに麦やアワ、コーリャンを育てていたのだが――それ以外は、この里と何ら変わらない、里と共に生き、死ぬ生活をする人々が、先祖伝来の土地にしがみついて生きていた。

 ウォシム本人も、里の外に出るなど夢にも思わず、日々の苦労を耐え、小さな喜びを生活の糧にして、毎日毎日を過ごしていたのである。

 ところが、ある日。彼の生活を一変させる出来事が起こった。

 里に、見慣れない格好をした20人ばかりの集団が、いきなり現れたのだ。

 皆そろいの、鹿か、牛の皮で作ったとおぼしき、堅そうな頭覆いと、それと同じ素材で作られた胴着(ずっと後で、それらは「かぶと」「胴鎧」と呼ばれる戦装束だと知った)に身を包み、その頭覆いの奥には、これも皆で揃えているのか、と思われるほど似通った、鋭い目がギロギロと光っている。

 入れ墨一つない、のっぺりした顔の下半分は、これまた皆一様に、一面、真っ黒な髭に覆われている。

 そして、その手に持った長い棒の先には、何やら恐ろしげな、鋭い切っ先の金属が光っている(これも後年、「矛」と呼ばれる兵器であることを知った)。

 その一団は、自分たちは「ソのクニ」の兵士(つわもの)である、と里人たちに告げた。

 そして、今このときよりこの里は「ソのクニ」の一部となることになった、ついては、里の収穫の半分を、年貢として差し出すようにと、とりつく島のないほど冷徹な声で――すでに決定済みの、ごく当然の義務を果たすよう、催促するかのような声音で――いきなり宣言したのである。

 当然、里の大人たちは困惑し、次いで、そのあまりに一方的な物言いに抗議した。

 それでも、兵士たちは全く取り乱した様子を見せず、あくまで同じ調子で、年貢を差し出すように、と繰り返すばかり。

 あまりのらちのあかなさに、とうとう数人の里人が激昂し、その激情のまま、兵士たちに詰め寄り、追い立てようと両腕を突き出した、その時。

 兵士の一人が甲高い声で何やら叫んだかと思うと、ほぼ同時に、兵士たちは、それまで先を天に向けていた棒を水平に持ち替え、その鋭い切っ先を、次々に里人たちへ突き立てたのである。

 それから先は、阿鼻叫喚だった。

 悲鳴を上げて逃げ惑う里人たち。兵士たちは、その里人たちを、手近な者から、たとえそれが女子供であろうと一切の慈悲を見せず、片端から串刺しにしていった。

 中には、膝をつき、泣きながら謝罪し、手を合わせて慈悲を乞う者もいた。が、兵士たちは、そのような者の腹にも容赦なく、棒を――矛を突き立てた。

 家々の中に入りこんでは、食料や布地といっためぼしいものを奪い、奪った端から家々に火をかけ……燃えさかる炎の中、混乱し、立ちすくんで泣き叫ぶ子供を殴り倒し、一切の手加減なく蹴りつけた。我が子がぐったりと血に横たわるのを見て、泣きながら駆け寄り、すがりついて号泣する母親。その腹にも、兵士たちは、情け容赦なく矛を深々と突き立てたのである。

 ウォシムはその時、里の端にある畑に出かけていた。

 父親から、その畑の草取りをするよう命じられていたのだが、その日はたまたまよく晴れて気持ちのいい日であり、また、その畑は高台にあって、村を一望することができた。それでウォシムは、草取りはほどほどにし、畦に横たわって流れる雲を見たり、視線を下に向けて、里人があくせく行き来する様子を、脚をぶらぶらさせながら眺めていたのである。

 おかげで、彼は、この惨劇を始めから終わりまで、余すことなく目にすることになってしまったのだ。

 一体幾度、兵士たちの前に飛び出し、げんこで思い切り殴りつけてやろうと思ったことだろう。

 そこから、石つぶてを雨あられと投げつけてやろうと、幾度身構えたことだろう。

 が……ウォシムは、こらえた。

 がっぷりと右腕を噛み、あふれそうになる悲鳴、怒号をおさえ……怒りに震え、今にも駆け出そうとする体をようやく押さえつけて、彼は、ひたすらじっとこらえ続けた。

 今ここで自分が出て行ったところで、なにひとつできることはない。里の皆と同じく、虫けらのように殺されるだけだ。無力な自分にできるのは、ただ一つ、逃げて、生き延びることだけ。生きのびさえすれば、明日を迎えることさえできれば、それから先も、また開ける。とにかく、逃げるんだ。逃げることだけを考えるんだ……。

 夕闇が迫り始めた頃、ようやく殺戮は終わった。

 最後の悲鳴がやみ、村の大半が焼き払われ、村中から集められた物資が山と積まれた横で、兵士たちはかがり火をたいた。

 やがて、とっぷり日が暮れると、酒盛りが始まったらしく、かがり火の方から、野太い下品な笑い声と、自慢げな話し声が、流れてきた。

 それまでずっと、地に伏して様子をうかがっていたウォシムは、ここでようやく、行動を開始する。

 幸運なことに、その夜は新月だった。かがり火が照らす範囲――それと、焼け残った家々の柱が、ほのあかくくすぶっているあたり――以外は、ほぼ漆黒の闇である。普段、日が落ちてからは村の外に出ることなどない、とはいえ、そこは勝手知ったる里の中のこと。ウォシムが道に迷うことはない。

 確かな足取りで高台から丘を下り、村を大きく迂回して、反対側の――江にほど近い里の端へと向かう。

 そこに、里人が魚を捕る時に使う小舟が一艘、ひっそりつないであることを、知っていたのである。

 静かに、あくまで静かに舫い綱を解き、そっと岸辺を両手で突きのけると、ウォシムは、小舟の中に横たわった。

 間もなく小舟は、流れに乗って、ゆっくり江を下り始める。

 船べりを水滴が叩く密かな音を聞くともなく聞きながら、ウォシムは、その日初めて、さめざめと泣いた。

 仰向けになって目をつぶり、手を胸の上で組んだ姿勢のまま、夜が白々と明けるまで、里のみんなを、祖父母を、両親を、兄弟を、許嫁を思い、悼みながら、一晩中、泣き続けたのである。


 江を下りに下り、最後にこの里に流れ着いた時、ウォシムは、心労と旅の疲れとで、半死半生の状態になっていた。

 里の人々は、どこの誰とも知らぬ彼を拾い上げ、手厚く介抱してくれた。

 おかげで、半月も経つ頃には、元気を取り戻し……以来ウォシムは、里人として、里の娘をめとり、子をなして、里のために尽くしてきた。農繁期には、朝早くから夜遅くまで田に入り、体中泥まみれで黙々と働き、農閑期には舟であちこちに出かけ、多くの物珍しい物品と、諸方面の貴重な情報をもたらしたのである。

 それは、妻をはやり病で亡くした後も変わらずに続いた。

 が、一つだけ、以前と変わったのは、諸方への旅に、まだ幼い息子を伴うようになったことだ。

 里人の中には、あまり若いうちからニグィを外へと連れ出すことに、難色を示す者もいた。少なくとも成人の儀を終え、大人の仲間入りをするまでは里の中で過ごし、里の人間関係や仕事をしっかり覚えるべきだ、というのである。

 その理屈を理解しないではなかったが、ウォシムはあえてその忠告を無視し、ニグィを自らの旅へ同行させ続けた。妻を亡くし、後添えをもらう気のなかったウォシムにとって、ニグィは、たった一人の跡取りである。なにがあっても、自らの仕事を継いでもらわなければならない。である以上、なまじ長いこと里から出ずに過ごしたことで、「そと」に対する闇雲な恐怖を抱くようになったりでもしたら、目も当てられない。「そと」で遭遇する多少の危険に目をつぶってでも、この子を連れ歩き、将来立派な交易係に育て上げることが、里に対する自分の恩返しだ……ウォシムは、そんなふうに考えていたのである。

 物心つくかつかないかという時期から、父に連れられ、様々な地へ赴き、土地固有の事物を見聞したおかげで、ニグィは、この時代の人間にしては本当に珍しく、「自らと違うもの」「里では見ないもの」に対する偏見や恐怖を、一切持たず、むしろそれらに並々ならぬ興味を示す、好奇心旺盛な少年になった。しかも、物怖じしない性格で、興味を持ったものに対しては、周囲の大人にも遠慮なくあれこれ問いかけ、納得するまで質問攻めにする。結果、まだ成人の儀を迎えていない子供であるというのに、そんじょそこらの大人はもちろん、見識豊かな老練の交易人と比べてもひけをとらぬほど、豊富な知識と広い見識とを持ち合わせた、聡明な人間になりつつあったのである。

 ニグィが、後々何度も夢見ることになるあの不思議な少年、ヤズと初めて出会ったのは、そんな頃であった。



     4

 その時、ニグィは父親とともに、(うみ)をはるかに下った河口近くの里までやってきていた。

 自分たちの里で育てた小豆や大豆、そして、里人たちが心を込めて作った絹織物や「神酒」を、大量の干した魚や貝、そして珍しい貝の腕輪や珠でできた首飾りなどと首尾よく交換でき、お互い満足のいく取引ができた記念に、と呼ばれたその夜の宴の席で、所在なさげだったヤズを見つけたのである。

 自分の視線に気づいたヤズから笑いかけられ、自分も笑顔を返したニグィは、なんだか照れくさくなり、頬をほんのり赤く染めながら、ますます笑顔を大きくした。

 相手の少年も、なんだかもじもじしていたようだったが、ふと視線を外すと、自分の前に座っていた大人の裾を引っ張り、振り向いたところで、何やら話している。

 しばらくすると、少年は、その大人の後ろに隠れるようにしながら――相変わらず恥ずかしそうににやにや笑いつつ――ニグィの方へと歩いてきた。

「あー……われ、モノヒク。よろしく。そなた、いい人、仲良くしたい、息子、言ってる。そなた、いやな気分なるか?」

 少年の父親である「モノヒク」なる人物は、穏やかな笑みを浮かべ、たどたどしいながら、精一杯丁重な――ニグィのような子供に対する振る舞いとしては、いささか大仰なほどに折り目正しい態度で、話しかけてきた。

 見れば、父親の方も、息子に輪をかけて均整のとれた素晴らしい体つきをし、その全身を、見たこともないほど艶やかで不思議な文様の入れ墨で飾っている。

 ――きっと、この人たちは、どこか自分の知らない遠いところからやってきたんだ、これほど風格があるのにたどたどしく話すのも、きっとそのせいなんだ。

 たどたどしい言葉しか話せない人間を相手にする時、人はどうしても、侮った態度をとりがちである。が、そこは偏見のないニグィのこと、言葉の稚拙さ程度で、相手の「本来の地位」を見誤ったりすることはない。

 ニグィは、深呼吸がてら、大きく息を吸い込むと、

「見慣れない風体をなさっていたため、失礼ながら、ついじっと息子さんを見つめてしいました。気を悪くなさっていたのなら、謝罪申し上げます。私は、江の上流の里から交易に来たウォシムの息子、ニグィと申します。私も、息子さんともっと仲良くなりたいと思っておりました。そちらから同じように言ってくださり、こんなに嬉しいことはありません。ぜひ、一緒にお話ししたいと思います」

 相手に失礼がないよう、言葉遣いに気をつけつつ、精一杯丁寧な、かしこまった態度でもって、一息にそう言った。

 これを聞いたモノヒクは、そのいかめしい頬をゆるめ、ゆったりと大きい笑みを浮かべた。

「そなた、息子の言うとおり、とても、いい人。息子、頼む。いろいろ教えてやってほしい」

 ニグィがいたたまれなくなるほど深々と頭を垂れた後で、モノヒクは、背後にいた息子――恥ずかしがっているのか、体をもじもじとくねらせている――を両手で捕まえるようにして、ニグィの正面に押し出した。

 どことなく威圧感のある入れ墨や装飾品、服装からは想像もできない、その純朴な表情と態度に、思わずニグィの緊張もほぐれ、よそ行きではない自然の笑顔が、その顔に浮かぶ。

「僕はニグィだ。よろしく。君は?」

「俺……ヤズ。よろしく」

 はにかんで笑いながらも、少年はとても嬉しそうにそう返してくれる。

 笑顔と笑顔で向かい合い、それがなんだかおかしくて、今度は二人して、声を出して笑い……気がつくと二人は、ろくろく言葉も通じないというのに、気心の知れた友達になっていたのだった。

 

 それから三日、二人はずっと行動をともにした。

 言葉が通じないのは若干不便ではあったが、事物を指さしては互いにその名を叫び、何かをしてみせては、その動作を示す言葉を叫び、としているうち、二人とも、たちまち相手の言葉を覚え、一日目の終わりには、それなりに意思の疎通が可能になっていた。

 そして、相手のことを深く知れば知るほど、ニグィにとって、ヤズはますます、神秘的な魅力をたたえた不思議な少年、という印象になっていった。

 なにしろ彼は、座り方一つからして、もうニグィたちとは違うのだ。

 ニグィたち里人は、休息をとる時、地面にどっかりと腰を下ろし、片膝を立てるか、あぐらをかく。ところがヤズは、尻の代わりに足の裏を地面につけ、しゃがんだ格好で休息するのである。

 ニグィたちがその格好をするのは、厠で、大便をする時だけだ。だから最初、ヤズがその格好でしゃがんだのを見て、

「どうした?ウンコしたいのか?それなら、厠へ行かないと!」

 大慌てで叫んでしまい、ヤズに困った顔をさせてしまった。

 後からよくよく聞くと、ヤズたち「モンの民」は、ゆっくり休息したい時でも腰を下ろさず、しゃがんだ格好をする、という。腰を下ろして座ると、尻が痛くて休めないらしいのだ。

 信じられない、という顔のニグィの前で、ヤズははにかみながら、

「本当だ。俺はこの格好が一番楽。……まあ、ウンコする時もこの格好だけど」

 そうつぶやき……二人は、それからしばらく、げらげらと爆笑したのだった。


 座り方が違うのだから、もちろん、動き方だって、ヤズはニグィとは全然違う。

 小さいうちから野良仕事の手伝いをしてきたせいか、ニグィは、どこへ行くにものしのし、どたどたと歩く。それに比べて、ヤズは静かに、そして優雅に歩くのだ。

 晩秋の、落ち葉が一面に散り落ちた林の中を散歩する時、ニグィは一歩ごとに、がさり、ぐしゃりと盛大に落ち葉を踏み散らしてしまうのに、ヤズは、時折かすかな葉擦れの音を立てるぐらいで、それ以外、ほとんど音を立てない。

「すごいな、まるで山猫か、ヒョウのような歩き方だ!」

 すっかり感心したニグィが、目を丸くして褒めたたえると、ヤズはやっぱりはにかみながら、

「モンの民、元は森の民。森でシシやトリをとる。足音立てると、獲物逃げるから、静かにあるく術、身につけるんだ。これできないと、狩りに連れて行ってもらえない」

 と、最後の言葉だけやや誇らしげに胸を張った後、どうすれば物音を立てずに歩けるのか、その方法をニグィに気前よく教えてまでくれたのである。

「すごいな、ヤズは。本当にいろいろなことを知っている!」

 ヤズのコーチで、「元祖」には到底及ばないものの、以前に比べれば格段に静かに歩けるようになったニグィは、感激のあまり、うれしさと尊敬の念を顔全体に表して、ヤズを褒めそやした。

 と、ヤズは得意顔をするどころか、顔を赤くして恥ずかしがり、 

「そんなことない。俺、知らないこと多い。ニグィの方がずっと物知りだ」

 と、逆にニグィを持ち上げてくれるのである。

 確かにヤズは、ニグィにとっては知ってて当然、できて当然のことを、全く知らないことがあった。

 里人が打ち割った石を曲がった木の枝に縄で縛り付けているのを見て、

「あれは、一体なにを作っているんだ?」

 と、さも不思議そうに尋ねる。

 ニグィにとって、それはどこの里にもある、見慣れた道具に過ぎないものだったから、

「え?なにって、クワじゃないか。知らないのか?」

 と、少々いぶかしみつつ答える。と、ヤズは大いに興奮するのだ。

「知らない!あんなの見たことないぞ!クワとは、なんだ?」

「え、だから、地面を耕す道具だよ」

「耕す?それは、なんだ?」

「え、だから……地面を掘り返して、柔らかくするんだよ」

「なぜ、そんなことをする?」

「そりゃ、耕さないと、作物が育たないからさ。地面を掘り返して、マメやアワを植えるなら、その後に種を蒔いて、水をやる。イネを育てるなら、耕した後に水を張って、そこに苗を植えてやる。そうすると、秋には作物が実るんだ」

「イネや、マメを育てる……には、種を蒔かなきゃいけない。それには、地面を掘り返して、柔らかくしないといけない……から、あの道具で、土を掘り返すのか?」

「まあ、そうだね」

「おおおお!そうなのか!なるほど!わかった!」

 しきりにうなずいて、いかにも感心した、といわんばかり、ふんふんと荒い鼻息をつくのである。そんなヤズを見て、なにをそんなに驚いているのかと、ニグィはひそかに首をひねった。

 米を蒸すのに使う「(こしき)」を見た時も、田の泥の中に足が沈まないようにはく「田下駄」を見た時も、ヤズは同じように好奇心丸出しで質問し、用途を知るたびに、興奮してはしゃぎ回った。その様子を見るうち、

「どうやら、ヤズは田畑やイネと関わる道具について、なにも知らないらしい」

 ニグィは、そう気づいたのである。

 里人の命をつなぐものは、米だ。だから、どこの里であろうと、イネを育てることは、暮らしの中心であり、里人は皆、そのために必要な知識を身につけている。ニグィにとって、それが当然だった。だから、田畑や米について、なにも知らない――ということはおそらく、「米」を生活の柱としていない――というのは、ひどく衝撃だった。それを理解すると同時に、ヤズが、どれほど遠くからやってきた、どれほど自分と違う人間であるか、心底理解できたように感じたのである。

 そのような意識があったからこそ、「明日は里に向けて出発」という日の夕方、ニグィは、ヤズに、

「僕の里は、ここから(うみ)を七日ほど遡ったところにあるんだ」

 そう、話していたのかもしれない。

「うみ?さかのぼる?」

 ところが、ヤズはなんだか不審げな様子である。

「そう。うみ。ほら、ここの里のすぐそば、向こう岸が見えないほど大きくて、ゆったり流れてる……」

 と、そこまで説明したところで、ようやくヤズの顔が晴れた。

「ああ!淡海(あわうみ)!ニグィたちは、淡海を「うみ」と呼んでいるのか!」

「……あわうみ?ヤズたちは、うみをそう呼ぶのか?」

 と、今度は、ニグィがいぶかしげな顔をする。

「ええと……ニグィは、ここの「あわうみ」を、向こう岸が見えないぐらい大きい、といっただろ?」

「うん。だって、本当にそれぐらい大きいだろ?」

「そうだな。でも、舟で一日か二日、流れを横切れば、向こう岸に着くよな?」

「そりゃあ……うん」

「それに、ゆったりとだけど、水は流れてるし、作物を育てるのにも使える」

「うん、そりゃあ、それがうみだから……」

「この水が流れていく先は、どうなってるか知ってるか?」

「……しらない」

「この水をどんどん下っていくと、やがて、向こう岸がなくなる。水の色も変わって、もっともっと深い、透明な濃い青になる。そして、水の表面が大きく揺らぎ出すんだ。おれたちは「なみ」って呼んでる」

「そうなのか?」

「ああ、そうだ。そして、そこの水はしょっぱいんだ。この水をかけたら、作物はみんな死んでしまう。だから、その水のそばにいる奴らは、その水を煮詰めて、塩を作ってる。おれたちがここまで運んできた、お前たちが魚を干す時に使う、あの塩だ」

「そうなんだ……」

「ここらの水は、塩が混じってない、「淡い」水だ。だから、おれたちは、あわうみと呼ぶ。うみとは、全然違うものだ。うみは、大きいんだ。あわうみよりもっともっと、ずっと大きい。その全部が、しょっぱい水なんだ」

「大きいって……そんなに大きいのか!?」

「ああ、大きいな。うかうかしてると、すぐに迷子になり、波に飲まれて死んでしまう。うみは、きれいだけど、怖いところだ。おれたちは、そのうみを、十日の間旅して、ここへやってきたんだ」

「……本物の「うみ」か。そんなものがあるんだ……」

 ニグィはそれまで、一度もそんな話を聞いたことがなかった。が、ヤズの正直で純朴な人となりは、ここ数日の付き合いでよく分かっていたし、なにより、彼の顔には、実際に経験してきた者以外には決して見られない「心からの実感」が、ありありと浮かび上がっていた。そのため、ニグィは、それまでの彼の経験からすれば、ほとんど荒唐無稽だとさえ思える話――ヤズの語る「うみ」の話を、まるごと、素直に信じていた。

 そして、いつの日にか、その不思議な「うみ」へと行ってみたい、と思ったのである。


 翌日。手に入れたものを小舟に満載し、自分たちの里へと帰る途中のことである。

 ニグィは、父親の命令通りに帆を操りながら、ヤズのこと、そして、彼から聞いた様々の見知らぬ土地のことを、父に語り聞かせていた。

 ウォシムは、自分に似て、無口で、いつも寂しげな息子が、目を輝かせ、身振り手振りを交えて一生懸命に話す姿に、目を細めていた。が……その話が、江のはるか下流にあるほんものの「うみ」まで及ぶにあたって――しかも、息子の顔には、ありありと「うみ」への期待と憧れが見て取れる――彼の顔から穏やかさは吹き飛び、代わって、むっつりと難しい表情が浮かび上がった。

 そして、いつかはその「うみ」を渡って、自分もヤズの住む土地へと行ってみたいと、息子が言い出したところで、ついに、

「ニグィよ。ゆめゆめそのようなことを申してはならぬ」

 そう、口にしたのである。

 父の口調の、あまりの厳しさと苦々しさに驚き、狼狽しつつも、ニグィは、なおも食い下がった。

「父上、なぜでしょう?私はただ、ヤズのところまで行ってみたいだけで……」

「里に必要な物は、あの地で十分手に入る。それ以上に遠くまで出かける必要はない」

「しかし、私は……」

「黙れ」

 日頃、寡黙ながらめったに感情を高ぶらせることのないウォシムの、激しいいらだちがこもる一言に、ニグィは、思わず息を呑んだ。

「お前にも何度か話したかと思うが、我らは、もともと流れ者だ。運良く里人たちに受け入れられ、里人になったものの、里人の多くは、いまだ我らを本心から受け入れておらぬ。我らと里人との間には、目に見えぬが、厚く、堅い隔たりがある」

「……はい」

「その隔たりを減らし、真に里人として認められる術は、ただ一つ。ひたすら里のために尽くすことだ。交易の仕事を引き受けているのも、それが里のために役に立つからにすぎぬ。里のために我欲を捨て、里人以上に里人であろうと努力することこそ、我らの務め。里を失い、途方に暮れていた我を救い、受け入れてくれた恩を返し、ますます里が栄えるよう、身をすり減らすことこそ、我らの義務。危険と苦難に満ちた「うみ」を越え、何があるのかも分からぬ地へ行きたい、などという下らぬ夢を見る暇などない。考えてもみよ、その夢を里人に聞かれでもしたら、どうなるかを。ああ、やはりあの者たちはよそ者で、都合が悪くなれば、里を捨てて逃げ出す恩知らずなのだ、と思われるに決まっておるではないか。よいか、下らぬ夢は、今すぐに捨てよ。そして、ひたすら交易に精を出せ。行き先の里の言葉を覚えよ。里の野良仕事に精を出せ。里に溶け込み、里人となって、いつか里に骨を埋めること。それこそが、我らの……おぬしのやるべきことなのだ」

「……はい」

 ニグィは、不承不承ながら、うなずかざるを得なかった。

 里で生まれ育ったニグィは、里の支えなしに生きていくことはできない。それでなくても「よそ者」「よそ者の息子」として、微妙な立場に立たされている以上、仕事に精を出し、里人たちの信頼を勝ち得られるよう努力し続けなくては、生活の基盤そのものが成り立たなくなってしまう。

 これがもし、生粋の里人である母親が生きていれば、そこからのつながりで、自然と里人からの信頼を増していくことができたのかもしれない。が……すでに母親は鬼籍である。ならば、後は、自らの努力により、里人との間にある氷の壁を、少しずつ溶かしていくよりほかない。

 だからこそ、父のウォシムは、年中苦労をいとわず、身を粉にして働き、困っている者には手を貸し、自らの才覚で得た物も、気前よく分け与えてきた。そのようにして、自分やニグィの生きていく場所を、少しずつ、確固たるものにしてきたものである。

 ニグィには、それがよく分かっていた。だからこそ、せっかく抱いた夢を泥の中に投げ捨てよ、という父の無体な命令にも、うなずかざるを得なかったのである。

「よいか、ニグィ。自らの思いの真ん中に里を置け。自らの希望や欲望に動かされるな。何事も、里のためになるかどうか、それのみを考え、行動せよ。それが、回り回って、おぬしのためになるのだ」

「……分かりました」

 芽生えて間もないうちに、自らの希望をうち捨てなくてはならぬ無念さと、しかしそれこそが正しい道であるという諦観とで、ニグィは自然、言葉少なになった。

 舳先が水を切る音が絶え間なく聞こえる中、風を捕まえた帆桁が、ぎい、ときしむ。

 寡黙な男と、無口な少年を乗せた舟は、力強い風により、江の、流れているのかどうかも定かではないほど穏やかな流れに逆らって、ゆっくりと進んでいく。

 

 このとき以降、数十年にわたり、ニグィは、里に溶け込むことだけを考え、里人の誰より里人であろうと務め続けた。そして、なんとも皮肉なことに、里を第一に考える男であったがこそゆえ、彼は、いつ命が尽きてもおかしくはない、というほどの老境に至った時、ほんとうの「うみ」を越えることになるのである。



     5

 ニグィが生きたのは、紀元前七世紀頃である。

 この時代は、ウォシムやニグィのみにとどまらず、人類全体にとって、苦難の刻であった。

 温暖化が終了し、寒冷期を迎えつつあったのである。


 現在の「地球温暖化は災厄である」というフレーズを聞き慣れた人間からすると、「温暖化が終焉を迎えた苦難の時代」などという言葉は、実に意外に響くかもしれない。だが、これは歴史的な事実である。

 ニグィの時代より四千年ほど前――すなわち、紀元前八千年頃。ようやく最終氷期の影響も終わり、地球全体が温暖で豊穣な時代を迎えた。

 日本では「縄文海進期」と呼び慣わされている時代である。

 その頃、平均気温が現在よりも1~2度高く、極地域の氷も大幅に溶けていたため――それこそ、北極に氷はなかった、とさえ言われている――海水面も現在よりも5~6メートルほど高かったらしい。

 この縄文海進期こそ、人類史上でも指折りの「豊穣な時代」であった。

 考えてみれば、当然のことだ。

 地球上の平均気温が安定して高く、極地方の氷が溶け出して、利用可能な「水」の様態をとる――つまり、大地により多くの太陽エネルギーと、多量の雨が降り注ぐ――のだから、当然、植物がよく繁茂するようになる。

 植物がよく育てば、その植物をエサとする動物の数も増える。結果、それらの動植物を狩猟採集して生活している人間も、数を増やしていくことになる。

 それだけではない。

 寒冷化時代には、乾燥や低温のため、人類の生息が不可能であった土地であっても、工夫を凝らせば――肉や乳を利用できる動物を捕まえ、管理したり、自生する植物の中から食用になるものを選び、それらがよく育つように手入れしたりすれば――なんとかその土地で定住し、生きていくことも可能になる。

 こうして、人類は農耕や牧畜を開始した。

 これらの技術――及び、温暖湿潤で、安定した気候――は、人類の定住生活を可能にする。定住生活は、人口増加を促し、人口が増加すれば、さらに作物の収穫量を増やすことができる。それは、食物の備蓄と余剰へとつながり、それらの余剰は、食物生産に関わることのない「余剰人口」――王や兵士、学者や役人、商人や職人といった「専門技術を持つ人間」――を養うことを可能にしていく。

 こうして、人類は、四大文明を代表とする都市文明を築いていった(「文明」の発達した土地が、労せず食物を手に入れられる楽園のような土地ではなく、やや気候の厳しい中緯度地方が中心であったのも、そのような場所では「生き抜くための工夫」が必須だったからであろう)。

 「地球温暖化」こそ、人類に文明を与えてくれた「知恵の女神」だったのだ。


 ところが……残念なことに、いい時期は、長くは続かない。

 古気候学によれば、この豊穣極まりない「地球温暖化時代」は、紀元前四千年をピークに、徐々に下り坂へと向かい始める。

 むろん、温暖化時代以降も、比較的温暖な時期が、ある程度長く続いたりすることもあった。が、紀元前四千年~一千年の「時代の趨勢」として、地球は、ゆるやかに、本当にゆるやかにその気温を低下させ、それに伴い、降雨量も減少していったのである。北極海には巨大な氷塊が再び浮かび、南極やグリーンランドには分厚い陸氷が成長し、その分、海水面は低下。豊かな森林・草原地帯であったサハラも、降水量の減少とともに広大な砂漠へとその姿を変貌させていく。

 人類は、この「地球によって与えられた試練」ともいうべき気候変動にも、よく耐えた。

 一度手にした「文明」という武器によって、海水面の低下によって広がった沖積平野を耕地として利用し、灌漑設備を発達させ、農業技術を進歩させ……わずかずつではあるが、なんとか人口を増やし続けていったのである。

 だが、それも、紀元前千年頃を迎える頃、限界を迎えた。

 それまで小康状態であった寒冷化が、再び本格化し始めたのだ。

 もちろん、これもゆるやかな変化であり、いきなり地球の年平均気温が大幅に下がったわけではない。

 しかしながら、このような「移行期」と呼ばれる時期、気候は不安定化する。

 地球の気候が安定し、温暖な時期であっても、当然、不作の年はある。たまたま夏の気温が低く、作物が思うように育たず、十分な収穫がない年が、数年に一度は巡り来るものだ。さらに運が悪ければ、その不作の年が数年間も続くことさえある。

 が……それでも、その「苦難の数年」さえ乗り切れば、次の年にはきっと豊作がやってくる。そのことを経験的に知っているからこそ、「文明化した人々」は、毎年の収穫から一定量の作物を備蓄し、数年間の不作の間も飢えることのないよう、備えるのである。

 ところが、寒冷化の時期には、この「常識」が通じなくなる。気候の不安定化のせいで、それまで長くとも数年で終わっていた「寒い夏」が、七年、九年、下手をすると十数年も連続するようになるのだ。

 これが狩猟採集民であれば、不安定な気候もそれほど大きな問題にはならない。野や森、川や海には、雪深い冬によく捕れる魚や、気温の低い夏によく実る果実がある。気候が安定しているときに比べ、長く山を歩き、よりきつい労働をしなければならないかもしれないが、一族の民全員が飢えに苦しむ、ということにはならない。

 ところが、「文明人」――農耕に手を染め、定住生活をはじめた結果、わずか数種類の作物に、日々の食料を頼り切る形になってしまった人々は(ごく一部、例外的に豊かな地域に住む人々を除き)そうはいかなくなる。

 それでなくとも、気温の低下、降雨量の減少により、耕地から得られる収穫が減少しつつある時期なのである。そんな中、十年以上にも及ぶ凶作に備え、莫大な食糧を備蓄することなど、どれほど用心深く、先見の明のある民族とて、そうそうできはしない。

 作物の収穫量が減少すれば、それはそのまま、一族の――都市全体の飢えとなる。飢えが続けば、弱い者から死んでいき、ついには都市そのもの、文明そのものが崩壊してしまう。

 それを防ぐには、何とかして、どこかから食料を手に入れてくるか、あるいは、より広い耕地を獲得し、一族が生存可能な量の食料を生産するか、どちらかしかない。

 せっかく築いた「都市」を存続させ、「文明」を維持し、一族を――少なくともその一部を――生き延びさせるには、他者からの食料の「強奪」か、土地の「征服」しか、選ぶ道はなかったのだ。

 こうして、世界各地で、多くの人々が鍬を矛や槍に持ち替え、近隣の都市や町や里を襲うようになっていく。もちろん、襲われる方とて、みすみす強奪や征服を許すはずもない。攻める側と同じく武装し、自らの領地を柵で囲って、自衛することになる。

 後は、言うまでもない。血みどろの争いと、憎しみの連鎖。終わることのない闘争、果てしない戦の連続。

 こうして世界は、殺伐とした、きな臭い時代へと突入し……紀元前七世紀を迎える頃には、すっかりそれが常態化していくのである。


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