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満月と雪の寓話

作者: もにゃみ

記念すべき初投稿。冬童話2020参加作品です。

 全ての音を吸い込むような一面の銀世界。


 一晩中森に降り続いた雪が止み、その夜は月が柔らかな光を投げかけていました。


 黒猫は1日ぶりの散歩に出掛けて、白い息を吐き出します。昨日までとは森の景色が一変していました。全てが白一色で覆われて、シンとした空気の中で、サクサクという自分の足音だけが妙に響くようです。


 闇夜に紛れることを得意とする、艶のある漆黒の毛並み。満月を思わせる煌めきを見せる黄金色の瞳。夜の化身のような、その猫はとても美しく、気高い猫でした。

 いつもは心が安らぐ夜の散歩ですが、今日は自分の影が気になって落ち着きません。それでも美しい景色に惹かれて、一歩、また一歩と森へ足を進めていきます。


 いつもの散歩コース、森の中ほどに木々が開けた場所があります。いくつかの切株が月に照らされ、月光浴にはもってこいの場所です。

 その場所に、黒猫のお気に入りの場所に、そのコはいました。


 お行儀よくきっちりと足をたたみ、切株の上でじっと蹲る姿に、黒猫は一瞬で目を奪われました。月の光を全身に纏うように煌く真っ白なウサギは、黒猫に気付く素振りも見せません。

 黒猫は、ウサギを驚かせないようにそっと遠くから見つめ続けました。胸がドキドキして、触れてはいけない神聖な存在を見つけてしまったことに、戸惑いと喜びを感じていました。


 黒猫は一晩中そうしてウサギを見つめ続けました。


 小さな小さな声で、「お友達になってよ」と繰り返しながら。





 翌日も黒猫は森へ出掛けて行きました。

 

「あのコは今夜もいるかしら」


 また会えるかもしれない期待と、もし居なかったら…という、ほんの少しのザワつきを胸に感じながら、知らず知らずのうちに早足で森を進みます。

 そして、いつもの場所が見えたとき。


「あ!いた!」


 昨日と同じ場所に、そのウサギは座っていました。けれど、心なしか少しやつれたように見えます。

 黒猫の喜びに膨らんだ胸が一瞬でしぼみました。


「どうしたんだろう?具合が悪いのかな…」


 少し項垂れて見えるウサギの姿に、心配になった黒猫は昨日よりもう一歩、近付いて様子をみることにしました。


「大丈夫?心配だよ」


 そう一晩中つぶやいて。





 また翌日のことです。

 その日、黒猫は大きな決意を固めて森を歩いていました。その口には真っ赤な木の実を咥えて、半ば走り出しそうな勢いで。


 そのコは、今夜も確かにいました。

 けれど、その姿は昨日より更に一回り小さくなり、今にも消えてしまいそうな儚さに満ちていました。


 黒猫は勇気を振り絞って、ウサギのいる切株まで近付きます。

 そして、ずっと練習し続けていた言葉を口にしました。その声は少し震えて掠れていたけれど、ありったけの想いが詰まったものでした。


「お友達になってよ」

「大丈夫?」

「キミが心配だから、少しでも食べられそうなものを持ってきたよ。ほら、キミの瞳によく似てる真っ赤な木の実を見つけたからさ」


 黒猫は一生懸命話し掛けます。怖がらせないように、必死に言葉を紡ぎます。


 それでも、ウサギは黒猫を見ようとはしませんでした。返事もありません。


「お友達に、なってよ…」


 黒猫は、なにも答えようとしないウサギに、なんとか想いを伝えようとしましたが、その言葉は虚しく夜の暗闇へ溶けてゆくだけ。

 

 黒猫の黄金色の瞳から、ホロリと雫が零れ落ちました。ホロリホロリと流れ出す雫は止まらず、静かに黒猫の頬を濡らします。



「我が子のように思っていた黒猫が泣いている!あんなに胸を痛めて震えている!おぉ…」


 夜空から黒猫をいつも見守り続けていた月が、泣きました。黒猫の悲しみを思って、泣きました。

 


 キラキラと煌めく月の光が、雨のように降り注ぎます。悲しみに沈む黒猫へ。そして、物言わぬウサギへ。


 月の雨を浴びたウサギが、みるみるうちにその姿を失い、溶けていくさまに、黒猫は目を大きく見開きました。


「消えないで!お願い!」


 とっさに伸ばしたその指先に…



 ふわり。


 ふるふるっと全身を震わせて、雪の欠片を振り払ったのは、真っ白な毛皮をまとったウサギでした。


 そのウサギは後ろ足で立ち上がり、月の匂いを嗅ぐように鼻先を空へ向けました。


「ふふっ。あなたの瞳、あの満月みたいね」


 ウサギがにっこりと黒猫を見つめました。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 雪うさぎ可愛いですね! 描写の美しいお話でした。
2023/04/29 11:18 退会済み
管理
[一言] 物言わぬ雪うさぎに吹き込まれた命。 真っ白なうさぎと、真っ黒な猫。見た目は正反対の二匹ですが、これからきっと仲良く暮らしてくれることでしょう。夜の散歩を二匹でしていたら、お月さまも「一緒にま…
[一言] 黒猫さんが毎日心配していた子は雪うさぎさんだったんですね。 だから日に日に小さくなっていくし、話しかけても返事してくれないし黒猫さんを見てもくれない。 そうこうしていたら、最後、雪うさぎさ…
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