ワイバーンの生息地へ(出題4問)
今はクエストのために遠出をしていて、野宿中である。
朝、俺はテントの中で目が覚めた。
手元の抱き枕が気持ちいい。
プニプニしていて人肌に温まっていて、まるで抱き枕が体温を持っているかのよう。
もふもふもふもふ。
もふもふもふもふ。
気持ちいいなあ。
ふと今いる場所がリアルの自分の部屋ではなくて、テントの中であることに気づいた。
じゃあ今までほっぺを擦り付けていたものは何だろう?
「・・・・・・」
俺が胸元を見ると、アイカを抱きしめて寝ていた。
俺はアイカの体を寝袋の上から手でナデナデしつつ、アイカの頭にほっぺでスリスリしていたようだ。
アイカさん、まじアイカさん。
アイカはまだ寝ているようだ。
寝顔がカワイイなあ。キスしたいぐらい。
まだ寝ているからキスしても気づかれないかな?
こっそりとするなら今のうち。
チューーー。
俺はアイカの口に自分の唇を近づけていく。
じーーーーーーー。
そこには半目のアイカがいた。
あ、やめてその不満顔。
そんな目で見つめられたら癖になっちゃう。
「おはようケンジ君」
アイカが不満そうな顔で言う。
「おはようございますアイカ様。ご機嫌うるわしゅうございます」
「今度は何をしようと?」
「有害図書指定を受けてしまいそうなほどスゴイことをしようと」
「はあー。とりあえず手をどけてね」
「はい」
本気で嫌がらず、許してくれそうな雰囲気でいるのがアイカの優しいところだろう。
俺たちは朝食を食べたあと、食器を洗った。
半堀りで作った簡易カマドは燃えカスごと埋めて片付けた。
燃えカスというのは放置すると怖い。 埋めれば山火事の心配は無いというわけだ。
テントを解体。 キャンプ道具一式をインベントリに収納した。
今日はゆっくりと調理している暇はないかもしれない。
警戒時に素早く食べるための戦闘食料をたくさん作り置きしておいた。
俺たちは武器のみを手に持った。
これが現実だったら、10kgや、人によっては30kgの荷物を背負わなければならなかっただろう。 インベントリってすごいわ。
「ケンジ君はHPの状態はどう?」
アイカが聞いてきた。
ステータスを見ると第二HPが2割ほど減っていた。
第二HPは疲労などで減っていき、主に宿屋で回復する。他の回復手段はほとんど存在しない。
「第二HPが少し減っている」
俺は思ったより減っていたので驚いた。
「私も」
アイカも同様のようだ。
1泊の時点で2割減っているなら、5泊もすれば0になってしまうかもしれない。
HPと第二HPは半々なので、第二HPが0になったら総合HPが半分の状態で戦うことになる。 わりとシビアだ。
ゆっくりしていられない。
さあ出発だ。
道は坂が続く登山道になった。
道になっているのは、ワイバーンの生息地までの道を人が利用しているからだろう。
登山はきつい。少し登っては休むことを繰り返した。
山の高度は森林限界を越えただろうか。
空気が薄い。時間がたつほど休憩時間が多くなった。
「ねえ、パズルしよう?」
アイカが休憩時間にお願いしてきた。
「じゃあ俺から出すよ」
俺は昨日のテントの中で考えておいた問題を言おうと思った。
半数のブロックはサイコロで出した乱数を使って作っており、人の手による形の偏りを抑えた問題だった。
「121111212221323334」
俺は出題した。
「122323233123123233」
アイカは即座に答えた。
「正解。早いね」
俺は予想を超える回答スピードに驚いた。
「まだあるんだ」
「いいよ。もっと出して」
「第2問【123453555123423234】」
「123456566123133332」
「第3問【123423434444321455】」
「123452345123411233」
「第4問【123334443123453321】」
「123412342123411133」
「全部正解だよ」
俺は言う。
アイカの頭をナデナデした。
「えへへ」
アイカは嬉しそうだ。
問題を考える時間よりも解く時間の方が早い。
ただただ、アイカの頭の回転の早さに驚愕するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◆アイカが答えた回答の形
(正解は他にも多数あります)
第1問
■■□□□□
■■◆□□□
■◆◆◆□□
■◇◆◆◆◆
■◇◇◇◇◆
■■◇◇◇◇
(■と◆が出題者のブロック。□と◇が回答者のブロック)
第2問
■◇◇◇◇◇
■◇◆◆◆◇
■■◆◆◇◇
■◆◆◆◆□
■■■■□□
□□□□□□
第3問
□□□□□◆
□□□□◆◆
■◆◆◆◆◇
■■◇◇◆◇
■■■◇◆◇
■■■◇◇◇
第4問
■■■◆◆◆◆◆◇
■□■■■◆◇◇◇
□□□□■◆◆◆◇
□□□□■◇◇◇◇
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
登山を続けて、ついにワイバーンの巣の近くまで来た。
ワイバーンの集団は山頂付近に住んでいた。
安全のためだろうか。近くには水も食料もないだろうに、ずいぶん高い場所にいるものだ。
ワイバーンはそれぞれの個体がバラバラになって地面に巣を作っていた。巣は石で作られていて、鳥の巣を大型化したような形をしている。
卵がある巣もあるので、もしかしたら一年中が産卵期なのかもしれない。
いるのは全部で100匹ほどだろうか。
ワイバーンはくちばしがあり、鳥を大型化したような見た目をしている。体毛はなくて皮膚は露出している。
「よし卵を取ってこよう。 プロテクション」
俺は防御スキルを使って準備をする。
「ホーリーヒーリング」
アイカが自分に回復魔法をかけた。
「使う意味はあるの?」
俺はアイカに素朴な疑問を投げ掛けた。
「これは持続型モード。ダメージを受けた瞬間に、MPの残量がある限り自動発動し続ける」
アイカは言った。
なにそれ便利そう。
アスペルガーオンラインには、魔法やスキルを自動的に発動するスロットというものがある。
そこに魔法やスキルをセットしてスロットを有効にすると、唱えなくても自動発動してくれるのだ。
俺はプロテクションをこのスロットにセットしていて、プロテクションの効果が切れると同時に効果をかけ直すようにしている。
攻撃魔法や攻撃スキルをスロットにセットすると、ターゲットを発見すると自動的に発動し続けるようになる。しかしMPがガンガン減っていくので、攻撃スキルや攻撃魔法をスロットにセットすることはあまりないだろう。
レベルが低いうちは1つしかなく、レベルが上がるにつれてスロットの数が増えていく。
スロットの数が増えると、魔法やスキルを自動発動させられる数が増えるのだ。
今回アイカは回復魔法をスロットにセットした。
一撃で倒されない限り回復し続け、ダメージを受けるとHPよりもMPの方から先に減っていくようになる。
欠点としてはどんなに些細なダメージでも回復魔法が発動してしまうことだ。もし常用したら、MPがいくらあってもすぐに枯渇してしまうだろう。
俺とアイカは防御でガチガチに固めると、ワイバーンに向かっていった。
一定距離まで近づくと、巣に座って卵を温めているワイバーンがこちらを睨んできた。警戒している。
これ以上近づくと攻撃されると本能が告げた。
俺はアイカにジャスチャーで後退を伝えると、2人でそそくさとその場を去った。
俺たちはワイバーンの巣からやや離れた場所にいた。
卵を直接とってくる方法は失敗に終わった。
親ワイバーンが卵を厳重に守っている。
当たり前の話だが、はいどうぞと言って自分の子を差し出す親などいないのだ。
あとはできる方法と言えば、親ワイバーンを倒して卵をとってくるか。
それとも餌を取りに巣を離れたタイミングを狙って卵をとってくるか、ぐらいかなあ。
「どうしよう?」
俺はアイカに聞く。
「ケンジ君に任せるよ」
アイカは応じる。
俺たちはどうすることもできず、ワイバーンの巣を見張り続けるのだった。
一日経過した。
気がついたことがあった。
とある巣だけは卵があるのに親ワイバーンが帰ってこなかた。
巣が放棄されたか、それとも親ワイバーンが死んだのだろうか。
「あの巣の卵を狙おう」
「らじゃー」
俺たちは防御で固めてワイバーンのいる場所に向かっていった。
まるでヤクザの事務所にお邪魔しているような気分だった。
周りはモンスターだらけ。 集団で襲われたらひとたまりもない。
幸運なことに、どうもワイバーンはあまり他の巣には関心がないらしい。
遠くにいる状態では攻撃してこなかった。
あくまでも自分の巣を守ることに関心があるようだ。
それでも近づきすぎると攻撃されるかもしれないから、ビクビク怯えながら慎重に迂回をして目的の巣に向かった。
巣に到着した。
卵は直径30cmほどの大型だった。
生物なのでインベントリには入らない。手持ちでギルドまで持って帰るのだ。
卵を抱えつつ、何十という数のワイバーンの睨みに耐えながら巣をあとにした。
巣から離れた場所にやって来た。
無事にワイバーンの卵を取れたぞ。
下山してあとはギルドに帰ればいいだけに見えたが、そうはならなかった。
山の麓までやって来たとき、モンスターと遭遇した。
【ストーンゴーレム】
いかにも人工的な見た目をしていた。
連続野宿と、登山の疲れも影響しているのだろう。 第二HPは半分ほどに減っていた。
そして俺はワイバーンの卵採取でスキルを持続して使っていたためにMPが切れた。
MP回復薬というのは大変高価な物で、初級冒険者には手が届かない代物だった。
そんな高価な物は持っていません。
MPは一定時間ごとに一定量が回復するので、回復するには待つしかなかった。
ストーンゴーレムがこちらに敵意を向ける。
(とにかくアイカを守らなければ)
バチコン!
ゴーレムのパンチが俺に命中した。
俺はHPが半減した。
バチコン!
俺はHPが0になった。
「のおおおおおおおおおおおおお!!!」
叫んでいるのはリアルでパソコンの前に座ってこのゲームをしている俺である。
「待っててケンジ君。いま蘇生してあげる。ゴーレムを倒したあとで」
アイカは持っていた卵を木のそばに置くと、ゴーレムと対峙した。
「ホーリーヒーリング」
アイカが自分に向けて回復魔法を唱える。持続型の魔法だろう。
バチコン!
ゴーレムのパンチがアイカを襲った。
アイカのHPがガクンと減った。
そして次の瞬間に魔方陣が出現。アイカの体が光の柱で包まれてHPが回復した。
「ライトアロー」
アイカが魔法の準備をする。
魔法というのは準備時間があり、物理攻撃のようにすぐには攻撃できない。
ガツ!ガツ!ガツ!
ゴーレムの攻撃がアイカを襲う。
魔法を放つ間にゴーレムから3発ほど攻撃を受けていた。
そのたびにアイカのHPがガクンと減って回復するのを繰り返した。
ライトアローの魔法が発動した。
アイカの後方に光の矢が現れてゴーレムを襲う。
効いてはいるが致命打にはなっていないようだ。ゴーレムは固い。
アイカはゴーレムから何発も攻撃を受けるが、かまわずライトアローで攻撃し続けた。
こういうのって何て言ったっけ。
そうだ、ごり押しだ。
アイカは防御を無視して、ごり押しでゴーレムにダメージを与えていた。
ズキューン!
最後の光の矢がゴーレムを貫通しすると、ゴーレムは倒れた。
アイカはゴーレムを倒した。
(あれ? 俺ってもしかしてイラナイ子じゃね?)
「ホーリーリサセテーション」
アイカが俺に蘇生魔法をかけてくれた。
「ホーリーヒーリング」
アイカは続いて俺のHPを回復してくれた。
俺はゲーム内に復帰した。
「一時はどうなるかと思ったけど、アイカのお陰で助かったよ」
やれやれである。
俺がどれだけスキル頼みの戦闘をしてきたかがよく分かった。
「ケンジ君が生き返って良かった」
アイカが言った。
ストーンゴーレムを倒してアイテムがドロップした。
【ゴーレムアーマー】
素材アイテムのようだ。
王都に帰ったら、何が作れるか装備屋で聞いてみよう。
「お願いがある。私はもうMPがないから、町まで護衛して」
アイカがお願いしてきた。
「任せて。アイカには指一本触れさせないよ」
雑魚敵討伐なら任せてください。
俺は先導して雑魚敵を倒しながら進んだ。
暗くなったので森の中で一泊した。
心配なことがある。卵のことである。
俺たちが見つけたとき、卵は放置されていた。
どれくらいの間放置されていたのかは分からないけど、もしかしたら卵はもう死んでいるのかもしれない。
死んだから親ワイバーンは巣を捨てたのかもしれない。
アイカは寝るときも卵を抱いて温めていた。
クエストのためといえばそれまでだが、俺も卵から赤ちゃんのワイバーンが孵ってほしいと思う。
卵を運んでいるうちに愛着が湧いてきたのだ。
翌朝、王都に帰った。
一度倒された俺の第二HPはもちろん0だが、疲労のせいかアイカの第二HPも0になっていた。HPはMAXなので倒れることはないが、総合HPは半分になっていた。
長旅はなかなか厳しいでござる。