先輩はがっつり肉食系!!~閉鎖的空間アゲイン~
松永先輩と同棲を始めて一週間になろうとしてるけど、私はまだ慣れなくて、ちょっとだけ緊張してる。
特に、お風呂上り、洗面所から出てすぐ先輩と目が合った瞬間とか。
先輩は何も気にしていないみたいだけど。私のパジャマ姿とか。普段着姿とか。
私の方をチラッとさりげなく見るだけで、すぐ別のことをしだす。
先輩は気を遣う人じゃないし、とにかくマイペース。部屋ではいつもスウェット。
ふたりでいる時も大概はロフトにあがってパソコンでカチャカチャ何かしてたり、下のテーブルで難しい本を読んだり。
気が付くと、ゴロンと横になって座布団で寝てたり。
そんな先輩だけど、たいがい朝は私が目覚めて部屋から出ると、もう起きていて流し台に向かっている。
朝食は、私が持っているホットサンドメーカーで作るホットサンドとインスタントコーヒーが多い。日によって、ホットサンドの中身は様々。ハムやチーズ、レタスやトマトを挟んだり、ツナや卵、アボカドなんかもいける。先輩は、ことのほかそれが気に入ったみたいで、いそいそと毎朝挟むだけの材料の準備をしてくれている。
お昼は大学で。今週は頑張って私が二人分のお弁当を作ってみた。
玉子焼きと冷凍食品がメインだけど。
先輩は、それでもとても、嬉しそうに持って行ってくれたから、慣れたらもう少しましなのを作ろうかなと思う。
ふたりでする夕食の準備は何気に楽しい。一緒に買い物に行って、スーパーをぶらぶらして、何食べる? なんて聞き合ったりして。
帰ってきて、ふたりで分担して材料を切ったり焼いたり煮たり。味が薄いとか濃すぎるとか、甘いとか辛いとかあーでもないこーでもないと言いながらふたり分作る。
同棲の醍醐味かなって思う。
家事分担は、大まかだけど共同の場所の掃除機をかけたり、お風呂のお掃除は先輩。
トイレのお掃除と、洗濯は私。さすがに先輩に私の下着を洗って干してもらうのは恥ずかしすぎるもんね。
先輩のボクサーブリーフ? を干す時もかなり恥ずかしいけど。
同棲を始めて最初の金曜日の夜、内定をもらった会社に寄ってくるので遅くなると先輩からLIN○が来た。
夕食も内定仲間と食べてくるとのことだったので、私は適当に残り物を食べて、お風呂も済ませて、ダイニングテーブルでゼミのレポートを書いていた。
先輩からいつ連絡が入るかと思うと、スマホが気になってしまう。
「先輩、まだかな? 10時半か……」
その時、トントントントンと素早く階段をかけ上がってくる音が微かに聞こえてきた。
あの靴音、先輩だ! 先輩の足音はいつも早い。
それから廊下の一番奥まで歩いてくる音も。
私の鼓動も早くなる。先輩帰って来たっ!
チャリという鍵を出す音がして、ガチャガチャと鍵を刺してドアを開ける音が鳴り響く。
「友陽! ただいま! ごめん、遅くなった」
「お帰りなさい! 先輩」
私がそう言って出迎えると、私に向けられた先輩の目が優しさを宿す。
そんな時、一緒に住んでるっていいなあ、って思う。
先輩は今日は髪をきちんとしてスーツ姿。すごく大人な感じがして、ドキドキする。
「先輩、お風呂わいてるよ」
そう言って、胸の鼓動を誤魔化した。
「サンキュー、じゃあ、先入るかな」
先輩が私の横を通り過ぎながら、サラリと私の髪をその大きい手で撫でていく。
きゃああー。この甘いトキメキをかみしめる。
そして先輩はだいたい30分くらいで、お風呂から出てくるんだよね。
普段着のスウェット姿。ラフな格好だけど、こんな姿を見られるのは私だけだと思うと嬉しい。
「先輩、何か飲む?」
「ああ、ありがとう。じゃあ、麦茶で……。友陽、あの、話がある」
「うん……?」
話って、なんだろう? 改まる話?
先輩の表情はいつも通りで読めないけど、悪い話じゃないよね。深刻な顔してないもんね。
「会社で今後の話を聞いてきた。俺は入社後半年間はM市の研修センターで研修をして、そのあと全国で4ヶ所ある研究所のどこかに配属になる。どこになるかはわからない。配属先が決まったら、その街に住むことになる。友陽が大学を卒業する頃には、俺も少しは落ち着くと思うから。前にも言ったけど、卒業したら、俺の所に来て欲しい。来てくれるよな」
先輩が少し眉を寄せて、自信なさそうに話すなんて珍しい。
「はい。先輩」
私はもうそのつもりだから、大きく頷いた。でも、あれ?
先輩の話を、再度頭の中で整理してみた。
え? それじゃ、しばらくは、それって……。
「友陽、結婚しような」
力強い目に戻った先輩のはっきりした声が、真剣に私に語りかけて来る。
曖昧な所が一切ない。私だって、もう覚悟決めてるし。
私もしっかり見て、返事をしなくちゃ。
「はい!」
「ありがとう、友陽」
先輩が目を細めて柔らかく微笑んだ。
だけど、ちょっと待って。研修とか全国でとか、配属とか。って、ことは!?
今更だけど。
「あの、先輩が卒業しちゃったら、私が卒業するまで、あんまり会えないかもしれないの!?」
「そうなるな。入社してみないと、なんともわからないが」
「M市遠い……。新幹線で1時間以上かかる」
「研修に慣れたら友陽の顔を見に来るし」
先輩はなんでもないように淡々と話す。
そんな……。毎日顔を合わせて、ここで一緒に暮らして、3月になったら、一旦離れちゃうんだ。
「そこまで不安そうな顔しなくても、案外すぐだよ、友陽。俺がいないからって、他の男と遊ぶなよ」
「え? なに冗談ぽく言ってるの! 先輩の方こそ、職場の綺麗な女の人に捕まらないでよ」
「俺はモテるタイプじゃないから、全く心配いらない。友陽の方が可愛くてボーっとしてるから誰かに攫われそうだ」
「そ、そんなこと……」
私は勢いよく立ち上がって、先輩のほうに近づくと思い切り痛いくらいに先輩に抱きついてやった。
「友陽……」
痛いのは私の方だったけど、心の中に迷子のような寂しさが広がって、もがくように先輩につかまった。
本当は、もう離れたくないのに!
「友陽を置いて行きたくはないけど、少しの間、辛抱な」
先輩は私の背中をしっかり抱いて、優しく宥めるように大きな手で私の頭をまた撫でてくれた。
「だから、友陽と絆を繋いでおきたい」
「はい。だから婚約って……」
「そうだ。だから……」
「え?」
突然肩に手を回され、そのまま座布団に押し倒された。
「え? え? 絆を繋ぐって……」
まさか、儀式をすること?
えええ、今夜? すっかり油断してた。
えっと、大丈夫なんだっけ? 色々と。
「大丈夫だ。慣らすとこからゆっくり始めるから。スギから教わってきた」
す、杉本先輩(=肉食)ですと~~!?
「本番は友陽の都合に合わせる」
慣らす? 本番? い、意味がよくわからないんですけど!?
な、にをもってして大丈夫というのでしょうか?
先輩も杉本先輩と同類(=肉食)だったの!?
「せ、先輩、ここは痛い、背中」
「あ、そうだな。悪い悪い。じゃあ、移動しよう。友陽の部屋にするか? それとも俺の方?」
「待っ……」
「スギが待ってはゴーサインだと言っていた」
「い、いやいや……この場合、違うんじゃ……」
「イヤは焦らしているんだと言っていた」
先輩の低い声と熱い息が耳にかかって、くすぐったい。じゃ、なくて~。
な、なにそのご都合主義っ!!
ゴラアアア~杉本ぉ~!!!
先輩が目から何か焼けるような光線を出してる!!
もはや蛇に睨まれたカエル。
ううん、カエルは可愛くない。そうだ、せめてウサギ。
違う違う、ズルしてないのに因幡の白兎状態になるとか、あり得ない~。
だって、こんな突然……。
なんて、思っている間に、先輩にサッとお姫様抱っこされた!
わりと力持ち。なんて、感心している場合じゃない。
すっかり先輩のペースになってるしー!
先輩が私の部屋のドアを開けて、ずんずんと中に入って、敷いてあるマットレスだけの簡易ベッドに私をゆっくり降ろした。
先輩は、私の両脇に手をついて、見下ろしている。
ど、どうしていいかわからなくなった。
「好きだ。友陽、可愛い。焦ってる友陽、可愛い……」
ま、待って待って! 先輩の両肩を両手で押し上げる格好になっているけど、腕が震える。
わああ、出た、先輩のキャラチェンジ!? キリっとしてる目とか目じりとかこれでもかというほど垂れてるし、なんだか、ま、眉毛も下がってる。
それに、可愛い、可愛いって……。言い過ぎ!!
ずるい、先輩!
魔法みたい。どくどくと血管が心臓が破裂しそうな勢いで音をたてはじめた。
先輩の可愛いの呪文が半端ないくらい脳に響いて、脳が蕩けてしまったかも。
火傷しそうに熱い先輩の薄い唇が私の目元に降りてきた。そして頬に、唇に。首筋に。
ああ、でも、同棲してるんだし、こんなに求められてるんだしいいかなって思ってしまう。
なんてチョロいんだろう、私。
そして、私は結局、松永先輩のそのワニのような獰猛な口と獲物を掴むような大きな手に、好き放題優しく攻められて……。
……捕食されたのでした。
私の都合に合わせるとか、なんとか、おっしゃってましたよね~先輩!!!
私の都合、どこ行ったっ!?
♢♢♢♢♢♢
それから、なんだかんだで、あっという間に3月になり、先輩は大学を卒業。
研修先へ旅立つ前日は、グズグズ鼻をすする私をなだめて、たくさんギュッとしてくれて……。
ひとりになった私が寂しくないように、先輩は毎晩電話してくれて、お昼にはLIN○も。
一ヶ月に一度のペースで週末に来てくれて、親友の里紗からは既に単身赴任の旦那かと冷やかされ……。
そんなこんなで、先輩は半年の研修期間が終わって、偶然にも私の実家のあるY市の研究所に配属になった。
それと同時に、先輩はうちに挨拶に来てくれて、独身寮ではなくすぐに社宅に入りたいので、手続き上、先に入籍したいと私の両親と自分の両親を説得。先輩の優しそうなご両親が慌てて、うちにご挨拶にいらっしゃった。
その結果、私は学生にもかかわらず、戸籍上は<松永友陽>になって、先輩の婚約者? を一気に飛び越え嫁ー!?
先輩は相変わらずでした。
♢♢♢♢♢♢
先輩が早々に社宅に引っ越し、泊りにおいでと言われたので、先輩の所に今日は初めて泊まる。
て、いうか、もう私たちの新居? なんだけどね。
新婚さんって、いうの? なんか恥ずかしい響き。
最寄り駅のホームに、会社帰りの先輩が迎えに来てくれていた。
電車を降りたら、スーツ姿の先輩がいた。
髪の毛をきっちり切りそろえた先輩の紺色のスーツ姿、きまってる!
もう、この人、私の旦那さんなんだ。
私も先輩に似合う大人の女性を目指して、今日はシックだけど綺麗な刺繍のあるこげ茶色のワンピースに就活用に買った少しかかとのあるパンプスというお嬢さま仕様。
パンプスがこんなに歩きづらいなんて。足の裏も踵も痛い。絆創膏を貼ってきて正解だった。
これを履いてお仕事してる女性、すごいよ。
「先輩!」
「よく来たな、友陽。もう、先輩じゃないだろ?」
「そ、そうだね」
先輩は、笑ってたけど微妙に苦い顔。
「その格好」
「どうかな?」
「まだ学生なんだし、無理するなよ」
「え?」
可愛いって、褒めてくれないんだ。頑張ったのに。
ちょっと先輩の反応が寂しい。
視線を落として強ばった私の頬が、先輩の掌で温かくなった。
「勘違いするなよ。友陽は俺の嫁さんだから俺だけの前で可愛ければそれで良いのにって思った。俺のエゴ。似合ってるよ友陽」
先輩はそんな甘い言葉を吐くと、私の頭を撫でて旅行鞄を持ってくれた。
「うん」
俺の嫁さんって言ってくれた。
嬉しい、照れちゃうなあ、もう。
「こっち」
先輩の隣をぴょこぴょこ歩いている私は、周りからはどう見えるんだろう。
私、この人の奥さんなんだよ! と他人の視線を感じるたび、叫びたい。
「友陽。疲れたか? ほら」
先輩が振り向いて、手を出してくれた。
それは、手を繋ごうってこと?
私は、先輩の手に飛びついた。
ちょっと子供っぽかったかな。
「疲れてないよ!」
「そうか、じゃあ帰ったら×××……」
え、っと、なんだかとても恥ずかしいこと言われたような。
しばらくなのはわかるけど、先輩のばか。
駅から15分くらい歩いたところに社宅という名のマンションがあった。
外壁が白い小さめのマンションだけど、すごい、管理人室がある。
「友陽の家にもなるんだぞ」
「そっか。すごい、綺麗なマンションだね」
「たまたまだけど、新築らしい」
「やった!!」
5階までエレベーターであがると、先輩はすぐ横の部屋の鍵を開けた。
玄関の床は大理石みたいなテカテカな石が敷かれていた。
そしてフローリングの廊下!
そして、突き当りはリビングダイニング。アパートとは違って広い! 窓大きい!
ほとんど何も置いてないからというのもあるけど、小さいテレビと白い折り畳みテーブルと座布団がこじんまりと置いてある。
「きちんとした家具はさ、一緒に買おうかと思ってるから。今はこれだけ」
「うん。先輩」
「だから、先輩じゃなくてさ」
先輩に肩を抱き寄せられた。
「えへ、旦那さま?」
上目づかいで冗談ぽく言ってみた。
「……」
先輩が一瞬固まったように見えた。けど。
「こっち、寝室」
先輩に肩を抱かれたまま、促されて、玄関からすぐの部屋のドアを開けてみたら……。
へ……。なにこれ?
「ムードがあっていいだろう?」
先輩が片方の眉を上げて、さも得意そうに言い放った。
「ムードって……。なんの? キャンプとか?」
そこには、布団が敷いてあって、なぜかどこかで見た緑色のアレが吊ってある。
そう、先輩の幽霊アパートで落っこちて来た蚊帳!?
ねえ、新築マンションの新婚夫婦の寝室に、蚊取り線香やらカビやらの臭いのついた蚊帳ってどうなのぉ~~!?
これで、このお話は完結とします。
ここまでお付き合いくださった皆さま、どうもありがとうございました。