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そして、俺は今日も策を練る。~松永視点

『大丈夫ですか? 救急車呼びますか』


 優しい鈴の音かと思った。雑音ばかりの朝の駅で、俺の耳に頭に心地よく響いてきた声。

 声の主を確かめられずにはいられなかった。

 あのか。細身で短めの髪。屈んでいて顔はよくは見えない。

 駅のホームのベンチで嘔吐した女性を介抱している。


 状況的に、ぼうっと見ている場合ではない。

 階段をかけあがって、改札の方へ行く。

 駅員がいたので、ホームで見たままをかいつまんで説明した。

 あとは自分にできることはないと判断し、改札を出ると大学へ向かった。




 俺は子どもの頃から人づきあいが苦手だった。人前で話したり、答えたり、意見を言ったりするのも苦痛だった。

 それでも、外へ出て行けば、嫌でもそういうことをしなければならない。

 だからいつも緊張していた。

 それは俺の元々の吊り目できつい印象を与える顔を余計怖く見せていたようで、よく目つきが悪いだの、いつも怒ってるだの、そんなことを言われていた。

 小学校、中学校と、クラスメイトとは必要最低限の会話はあっても、なんとなく彼らから遠巻きにされていたのはわかっていた。

 おかげで自分の好きなことに時間を費やすことができたし、興味のある分野の読書や勉強には集中できた。

 まずまずの成績を取って、普通に生活していたので、親も教師からもひとりでいても個性としか思われていなかったようだ。

 仲の良い友達がいないというのは、少し寂しい気持ちはあったが、それなりには満足のいく生活を送っていた。


 地元の高校に進学してすぐ、俺に近寄ってきた不思議な奴がいた。

 そんな奇特な杉本は、俺を一面だけで判断しない人間だった。

 杉本と友人関係を築くようになって、杉本の特殊な事情も知ることとなった。

 杉本は、その特異体質を試金石のようにしていた。

 最初に杉本が俺に関わってきた時に、はっきりと告げられた。


『オレ、頻繁に見えるんだよね』

『何が?』

『普通の奴には見えない霊ってやつ?』

『そうか。辛いのか?』

『慣れた』

『ならいいけど』

『オレのこと、怖くないか?』

『いや、体質だろう。おまえこそ、俺が怖くないか?』

『はあ? 霊たちよりはよっぽど怖くないよ』


 その時はなんだか嬉しかった。後から思い返したら、比較対象が霊って……。少し腹が立ったが。

 まあ、たったそれだけの会話だったが、俺は杉本の友達テストに合格したらしかった。

 類は友を呼ぶというが、俺たちは呼び合ったのかもしれない。


 杉本のおかげで、おそらく楽しいと思える高校生活をおくることができた。

 人並に、友達と外出して遊ぶという行為をした。杉本は、遊ぶことに関しての知識が豊富だった。

 見た目も良く人当たりも良い杉本は人気者のように見えたが、いつも一線を引いていて、大概は俺といた。

 ところが、<彼女>という特別の存在はいつの間にか作っていた。

 彼女はクラスメイトの風間澪かざまみお。杉本の特異体質を知っても、離れていかなかった。むしろ杉本を手玉に取るような物怖じしない女子だった。



 <彼女>……俺には縁遠い存在だな。

 俺もそのうち誰かを好きになるんだろうか。

 そんなことを頭の隅で思っていた。



 親元を離れ進学した大学でも、杉本以外の周りから受ける俺への反応はさほど変わらなかったと思う。

 ただ、それなりに熱心に励んでいると、教授や同じ分野の仲間から声をかけられたり、頼られたりするようになっていた。

 俺も以前よりは人付き合いが苦手とはあまり思わなくなっていた。


 そして杉本の趣味に付き合わされ、奴の立ち上げたまちなみ観察同好会を手伝うことになった。




 その日は、いくら新入生をサークルに勧誘するためとはいえ、チラシを配るのも、知らない相手に

お願いするとか、話しかけるとか、緊張の極みだった。

 ただの、自意識過剰かもしれないが。


 杉本がトイレに行くと言っていなくなって、ひとりでチラシを配っていたが、なかなか受け取ってもらえない。

 愛想が悪いからだと思う。

 とにかく、杉本に言われた通りに、目の前に来た新入生にチラシを渡すだけだ。

 大概の新入生が受け取ってくれない。他所よそのは受け取っているのに。

 何かコツでもあるのか。無視して素通りだ。良くて、頭を下げて断られるだけ。


 そんな諦めの境地の中、ようやくチラシを受けとってくれた学生がいた。と、思ったら、誰かに押されて俺の懐に倒れ込んできた。

 咄嗟に受け止めた。

 ほっそりした体つきで、短い髪から、ふわりと流れてきた甘い香りが鼻をくすぐる。

 チラシは落としてダメにしてしまった。

 杉本に文句を言われそうだが、この子をしっかりと受け止める方が重要だと俺の脳が瞬時に判断した。

 後から思えばそれは正解だった。

 初めての柔らかな感覚に戸惑った。


『す、すみません!』


 鈴? この声。

 腕の中のが必死に謝ってくる。

 このが悪いわけではない。


『きみは悪くないんだから、謝る必要はないよ』


 緊張もあって、堅い物言いをしてしまっていた。


『なにやってんの? マツ』


 そこへ戻ってきた、杉本の助け舟。



 見るからに人の良さそうな雰囲気の女の子に、押しまくる杉本。

 このは……、あの時の。駅のホームで見かけた娘だ。

 ここの学生だったんだ。1年生か。



 そして、彼女はその日の同好会の説明会に、律儀にもやって来た。


『来てくれてありがとう~。きみお名前は?』


 杉本はへらへらと笑いながら、当然のように名前を訊いている。


平河友陽ひらかわゆうひです』


 俺は、この時から……。

 平河から目が離せなくなっていった。




 杉本は、その日以降、平河の話を頻繁にするようになった。

 俺をその気にさせようとしているのは明らかだ。


『友陽ちゃん、可愛いよな』


 杉本が俺を見ながらニヤニヤするのが気にくわない。

 けしかけられていることがわかっているのに、なんともモヤモヤして仕方がない。




『おまえ、友陽ちゃんが気になるんだろう? 気に入ってるよな』

『……』

『その年で初恋か?』

『……』


 恋。俺が恋? まさか。




『まずは友陽ちゃんの近くにいるようにするんだ。これ大事。不器用で恋愛初心者のお前がどうこうなんて、できっこないだろ?』


 確かにその通りだが、言い方があるだろうに。


『友陽ちゃんも明らかに男に慣れてない。まずはお互いの存在に慣れろ。オレが霊に情がわいたように、きっと友陽ちゃんもおまえに情がわく』

『霊に情? っておい、俺は霊レベルか』

『まあまあ、よく考えてみろって。世の中のペットたちを。笑わなくても喋らなくても、家族同然に愛されてるだろ? 純粋に飼い主のそばをうろついてるだけで、愛されてるんだから、ペットにできて、おまえにできないわけがない』

『ペットとか霊とか、色々俺に失礼な気もするが、その考察は的を射ているかもしれない』

『そうだろ? できる限り友陽ちゃんのそばにいろ。視界に入っておけ』


 

 俺は杉本のアドバイス通り、努めて平河のそばにいるようにした。

 かなり努力のいることだったが、意外にも平河のそばは居心地が良かった。

 平河は、思いのほかすぐ俺に打ち解けてきた。

 元々、杉本のような気さくな性格なのかもしれない。ただ、無防備な所もあるので色々心配でもあったが。

 同じ同好会で同じ活動をするというのは、接触する機会も増えるのでかなり有効だった。


 平河は、俺のことをどう思っているのだろうか。





 夏休み前に、以前から大学の紹介でアルバイトをしていた某メーカーから、内内定をもらった。

 内定は嬉しいことだったが、就職すればここに残る平河と過ごす時間はほとんど取れなくなる。

 杉本は、風間とは遠距離で恋人同士だ。どうやって風間と……。


 たまたま俺のアパートに泊まりに来ていた杉本に切り出した。


『なあ、スギ、俺は平河より先に卒業する。そうしたらそばにいられない。おまえと風間はどうやって恋人関係を持続させてるんだ?』

『まめに連絡かなあ。それが一番。オレたちが卒業するのは仕方がないことだし、あとは友陽ちゃんに首輪をつけておくんだよ』

『く、首輪っておまえ!』

『比喩だろ。アクセサリーとか好きなもんとか、プレゼントしておまえを強く印象付けて繋ぎとめておくんだよ。友陽ちゃんは絶対義理堅い女の子だから、たぶん浮気はしないと思う。まあ、無理だとは思うが一番いい方法は、友陽ちゃんの最初の男になるんだよ』

『えっ!?』

『友陽ちゃんを抱け』

『な、おまえ、軽々しく言うなよ!!』

『オレは、こっちの大学に来る前に澪と済ましてきたぜ』

『う、嘘だろ。そうなのか? それなのにこっちでチャラチャラと……』

『心外だな。誰にも触ってないし』


 ……本当かよ。


『その意外そうに無表情な顔するの止めろ。傷付く』

『悪い』


 杉本は、大きく息を吐き出した。そして、


『長い付き合いなんだから、わかれよ。オレは基本、女の子にはみんなに優しいの。そのほうが、得だぜ。おまえみたいにムスっとしてるよりな。少しは明るく振舞う努力をしろ。まあ、そのむっつりな顔でも友陽ちゃんはおまえを嫌ってないみたいだから、貴重な女の子だぞ。絶対捕まえておけ。放すなよ。おまえは良い奴だ。自信を持って、友陽ちゃんに素直になれ。気持ちをぶつけろ。遠慮するな。押して押して押しまくれ。おまえのすべてをかけて、友陽ちゃんをものにしろ。友陽ちゃんを落とす策を練ろ。大丈夫だ。自分を信じろ。友陽ちゃんにおまえという存在を刻み込め。男は優しさと勇気と自信だ!』


 と、勢いよく長々と畳みかけられた。


『お、おお。わかった。やってみる』


 策を練る……か。


 杉本は、自分のバックパックを引き寄せると、

 

『そんじゃあさ、手始めに今後の勉強のため、これを一緒に観ようぜ。マル秘極上テクとか、書いてあった』


 そう言って、一枚のDVDを取り出した。


 はあ? な、なんだこのエロ……。


『この娘、ちょっと友陽ちゃんに似てないか?』

『似てない!!! そんなの観るかーー!!』


 一瞬で頭に血が上った。


『こっちでもいいぞ? ちょっと澪に似てるだろ?』

『おまえ、殴る!』

『まあ、落ち着けって。澪の部屋であいつが隠してた漫画をこっそり見たんだが、驚いたぞ。俺たちが観てるエロ画像と何も変わらんぞ』

『たちってつけるな、たちって!』

『聞けよ、ありがたい情報だぞ。隠れ肉食がモテてるんだ。つまり草食と見せかけた肉食が女子は好みらしい』

『は? それは風間の趣味じゃないのか?』

『それもそうだが、他の多くの女子もだ。だから、肉食万歳なんだよ』


 こいつ、頭イカれたか。


『そんな目で見るなよ。確かだぞ。それにな、調べたんだが、俺様っていう強引に攻める奴も人気らしい』

『普通嫌われるだろ』

『それが、女子にはそうでもないんだよ。そうとは限らないというか。まあ、ただな、絶対条件があってだな。オレはクリアだが、おまえは微妙』

『俺が微妙ってなんだよ。どんな条件があるっていうんだ』

『ふふん、イケメンであることだ』

『なっ……』


 なんだ、そのどうだ!! みたいなスカした顔は!


本気マジで殴っていいか!?』

『まあまあ、そのグーを抑えて。しかし、マツは、だいぶコミュニケーション能力があがったよな。まあ喋るようになったし。喜怒哀楽も結構顔に出るようになったし。表情も優しくなったよな。友陽ちゃんのおかげだな』


 そうなんだろうか。だとすれば、最初は杉本と風間のおかげでもある。

 不愛想な俺と真剣まともに付き合ってくれた。

 そして、平河……。平河のことを思うと胸のあたりが温かくなる。



♢♢♢♢♢♢



 今日の講義が終わったので、同好会室に行こうと席を立って歩きだす。


「松永くーん、この前の佐藤教授の講義受けた? わたし、ちょっと具合が悪くて休んじゃったの。良かったらノート見せてくれないかな?」


 同じゼミの……。名前、誰だっけ? よく知らない女子にノートを貸すなんてごめんだ。


「……悪いけど、俺、字が汚いから見せられない」

「いいよ、少しくらい汚くても」

「たぶん読めないくらいひどい」

「そ、そっか。それなら、しかたがないね。他の人に聞いてみる。呼び止めてごめんね」


 確かに、以前は女子にこのように話しかけられることなどなかった。


 俺は、たぶん変わったんだろう。



「松永先輩~!! 今から同好会室行くんですか!?」


 大学の渡り廊下を歩いていると、中庭の方から平河が手を振りながら軽やかに駆けて来る。


 優しい鈴の音。


 そして、今日も俺は策を練る。


杉本の恋愛指南?は、上級心理カウンセラーでもいらっしゃる藍上おかき先生の、ためになるエッセイ【恋人作っチャオ】を参考にさせていただきました。

藍上先生、ありがとうございます。


作者の2020年2月13日の活動報告に、藍上先生からの解説付きのご感想を紹介しています。ご興味のある方はどうぞご覧になってみて下さい。


【恋人作っチャオ】のURLはこちらです。

https://ncode.syosetu.com/n8885ff/

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読しました。 ほう。若い男子はこのような会話をしているのですね。女子とあまり変わらないではありませんか。松永先輩の心中が垣間見える回で、うきうきが止まりませんでした。 恋?  恋です‼…
[良い点] スギ・・・いい奴。(笑) そうか、男子は男子で大変なんだな~ (〃▽〃)♪
[一言] 若い男二人のやりとりが可愛くて可愛くて!!w おばさんにはたまらない一作でした、ありがとうございましたww
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