同棲するふたり・秋②~後日談
松永先輩と家事の分担の話やら片付けやら、なんやかんやしているうちに、とっぷりと日が暮れた。
とっくに照明はつけていたけど、外も暗くなったので窓のカーテンを引いた。
夜。先輩とふたりきりの初めての夜だよ。
どきどきしてきた。どうしよう緊張。覚悟しておいた方がいいの?
儀式、するのかな? 先輩は、どう思ってるんだろう。
今日はやっぱり勝負下着? 白がいいかな、それともピンク?
の、前に、さっきから先輩の様子を逐一観察してたけど、ソワソワした感じでもなし、ましてやウキウキでもない。
うーん、普通過ぎて読み取れなかった。
「友陽、疲れたろ? 休憩してていいぞ。俺、何か弁当か晩飯の材料買ってくるから」
自分の荷物の整理をしていた先輩が、ロフトから降りてきた。
「あ、えっと、今日明日の分は冷蔵庫に色々買っておいたから大丈夫だよ、先輩。夜は焼うどんにしようと思うんだけど。私、作るよ」
「ありがとう、友陽。焼うどんか、食べたことない。楽しみだな」
「先輩、その間にお風呂、お先にどうぞ。さっき沸かしておいたから」
「すまない。じゃあ、風呂を使わせてもらう」
先輩が洗面所に入って行くと、息が漏れた。
まあ、今考えても仕方がない。流れにまかせよう!
焼うどん、作るぞ~。
先輩が楽そうなスウェットの上下を着て洗面所から出てきたタイミングで、焼うどんも完成した。
キャベツと人参と豚肉と鰹節を炒めて作った醤油味の簡単焼うどんを、お皿に盛りつけていると、先輩が近付いて来た。
焼うどんから湯気がほわほわと上がると同時に、先輩からもお風呂あがりのあったかい気配を感じる。
流し台に立つ私のすぐそばに先輩がいて、私の手元を覗き込んでいる。
ただそれだけなのに、胸が音をたてる。
「良い匂いがする。うまそうだな。俺がテーブルに運ぶ」
「うん! 私、お箸を持って行くから」
そしてふたりで目を合わせて、
「「いただきます!!」」
食卓で向かい合って、できたてで熱々の焼うどんをフーフーしながら一緒に食べる。
一緒に食事する人がいるって、嬉しいのは知ってるけど、なんだか今日は特に嬉しい。
「うまい、友陽。この焼うどん、気に入った」
「良かったあ。先輩の好みに合って。明日は先輩の豚キムチチャーハンね」
「了解」
「やった!」
今、先輩の切れ長の目に映るのはここにいる私だけ。
先輩とこうしてご飯を食べるのが日常になるんだ。
なんだかとても幸せな気持ち。にやけちゃう。
もちろん、両親と食卓を囲むのも幸せだった。
毎日になって、それが日常になると、忘れてしまうかもしれない。
でも、それはそれで……。たまに思い出せばいい。
食事の後片付けと洗い物は先輩がすすんでやってくれて、私は脇で食器を拭きながらフライパン、食器やお箸をしまう場所を説明した。
「じゃあ、私もお風呂に入ってくるね」
「ああ、俺は適当に本でも読んでるから」
洗面所のドアを閉めた。服を脱ぐの、なんか緊張する。
友達の里紗が泊まりに来た時とは全然違う。
急にドアを開けられたり、覗かれたり、そういう緊張や心配ではなく、別の。
新しい下着、勝負下着というにはシンプルなデザインだけど、いつもよりは多少レース多めで小さいリボンが可愛い感じにくっついている所が気に入って買った上下セット。セットものは初めて。
それから、水色で同系色の細いレースの縁取りがアクセントの無地のパジャマ兼部屋着。
シンプル・イズ・ベストだよ。私にフリフリでお嬢様みたいなパジャマなんて合わないしね。
だからって、同棲相手の女の子の部屋着がジャージやスウェットはさすがにがっかりされると思う。このくらいが丁度良い感じだよね。
先輩、お風呂上がりの私をどんな風に見てくれるのかな。
可愛いとか言って、見惚れてくれるかなあ。
私が期待を込めて、お風呂から出て来てみると、先輩はテーブルに本を広げっぱなしで突っ伏して寝ていた。
うん、先輩はこんなもんだよね。
荷物は少ないとはいえ、引っ越し作業で疲れたよね。
でも、ここで寝ないで、きちんと布団で寝て疲れを取って欲しい。
「もしもし、先輩。ロフトに行って寝たら?」
私は、先輩の肩をトントンと……叩いた。
「ゆう、ひ……ブタ」
へ? ぶぶぶ豚? ひ、ひどい、同棲初日に勝手に寝て、ひとのことブタってなによおお。
「……可愛い……」
え、何を寝ぼけて~。
どんな夢みてんの? もう、先輩ったら。
肩を叩く力が増していたようで、薄目を開けた先輩に手首を掴まれた。
「ひゃ……」
先輩が私を道連れにそのまま今度は大きめの座布団に倒れ込んで……、また寝息をたてはじめた。
この状態、私、どうしたら!?
「……」
ね、寝たの? 先輩。
先輩の寝顔って、なんだろ、目を閉じてるせいかすごく優しい感じ。
意外と睫毛が長いし、少し唇が開いてて、どことなく色っぽい感じ。
規則正しい息遣い。
私の手をしっかり握りしめたまま。
手を放して欲しいような、欲しくないような。
私も急激に眠くなってきた。まあ、このまま寝てもいっか。
まだまだ室温はあったかいし、このままここで寝ても風邪ひいたりはしないよね。
婚約者らしく、先輩にくっついてみた。
これって、添い寝ってやつ? ラグは敷いてあるけどDKの床。
目を閉じて、先輩の身体の温もりを感じているうちに、次第に私の意識も自然と薄れていった。
そして、
――友陽、起きろ。寝るなら自分の部屋に行け
「やだ、眠い、めんどくさい……」
――襲われたいのか?
「え? 霊に? やだ、怖い……」
――霊? ばかか!
「ひとり怖い……」
――子どもかっ!
「布団まで連れてって」
――正気かっ? じゃ、なさそうだな。まったく……
意識の片隅で先輩とそんな会話をして、身体がふわりと浮いて運ばれて、どこかに沈んだ。
――パジャマ姿、可愛いな。友陽、ずっと大切にする……
そして、あたたかい何かが、頬に触れたことは覚えている。