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同棲するふたり・秋①~後日談

同棲をスタートさせるふたりのお話。

2話か3話で終わります。


「実は、私ね、松永まつなが先輩と同居することになったんだ」


 私は一大決心をして、大学で仲良くしている同じ科の上原里紗うえはらりさに重大な事を打ち明けた。


「へえ。同居っていうか同棲だよね。とうとうそうなったか」


 里紗からは、軽く綺麗な笑顔で返された。


 あれ? あまり驚いていないみたい。里紗の反応が薄い……のが逆に気になる。


 私たちは大学の学食で、並んで座って少し遅いお昼を食べていた。

 私はきつねうどん。里紗はカレーうどん。

 うどんやそばを食べる時、ああ、日本人で良かったと最近しみじみ思う。

 て、今は違う話。


「だから、結婚前提で松永先輩と、ど、同棲することになったんだよ。驚かないの?」

「うん。だって、友陽ゆうひと松永先輩は、ふたりのラブな世界が出来上がってたもんね。誰も驚かないよ」

「え~っ!?」


 ラブな世界って、そ、そうだったの?


「なに友陽の方が驚いてんの」

「だって、里紗がそんな風に思ってたなんて……。意外だったから」

「ふ~ん。本人たちだけはそんなんじゃなかったっていうパターン? まあ、マジで惚気のろけてないから許す」


 そう言って里紗は、セミロングの髪を左手で抑えてうどんをゆっくりすする。

 カレーうどんって、カレーの汁が飛び散らないように気にしながら食べる必要があるから、外で食べるのは結構勇気がいる。

 それをスマートに食べる里紗は、器用だなあとつくづく思う。

 て、感心している場合じゃない。


「で、どういう流れで同棲になったの? とりあえず聞いてあげるよ」


 思っていたより食いつきが悪い、ような気がする。


「えっとね。突然のことであまりうまく説明できないんだけど、先輩が私の事好きで、結婚するつもりだって言ってくれて。今住んでるアパートが取り壊しになるから、卒業まで私の所に住まわせて欲しいって、お盆に帰省するときに一緒について来てうちの親に挨拶してくれたんだよ」



 そう、あの時は、私もどきどきしたなあ。

 先輩ったら紺色のスーツをビシッと着て、姿勢よく正座して、呆気に取られている私の両親を目の前にして、


『友陽さんと結婚を前提としたお付き合いをさせていただいています。勝手なお願いなのですが、私が卒業する3月まで友陽さんのアパートに婚約者として同居することを、お許しいただきたく参りました。卒業後、入社して半年の研修を受け、配属先が決まりましたら、改めてまたご挨拶に参ります。結婚はもちろん友陽さんが大学を卒業してからにします。結婚前に友陽さんを妊娠させたりは致しませんので、どうかお願いします』


 顔色一つ変えずにスラスラと言ってのけた先輩が、ものすごくカッコよく見えた。

 でも、膝の上に置いていたこぶしは、ぎっちぎちに握り締められていたから、きっと先輩も緊張してたんだと思う。

 だから、妊娠のくだりで、両親と私が同時に息を飲んだことに、先輩は気が付いていなかったよね。

 急にアタフタし出した両親に、先輩は一枚の紙きれを渡した。

 そう、それは某有名メーカーの内定通知書。

 それを見た両親が、途端に落ち着いて来たというか、明らかに安心しました的な、表情からけわしさが抜けた状態になった。

 効果てきめんだった。


『い、良い事にしよう。善は急げと言うしな』


 お父さんが、コホンとわざとらしく咳払いしながら言った。

 お母さんが目をキラキラさせながら、大きく何度も大袈裟に頷いた。


 良いんだ……。


 そこからは、すっかり打ち解けた雰囲気だったなあ。



「友陽、早く食べないと、うどんのこしが無くなるよ」

「あ……」


 ボーっとしてしまっていた。

 里紗の反応を再度窺う。

 って、里紗、カレーうどん食べ終わってるしっ!? 汁まで無いしっ!


「なるほどね。松永先輩すごい。同棲の挨拶なのに、友陽のお父さんお母さんはうまく丸め込まれたんだ」

「丸め込まれたって……。言い方~」

「あ、ごめんごめん。ご両親公認ならいいけどさ。それにしても、早いよね? 友陽は卒業してすぐ奥さんになることには抵抗ないの? 社会に出て、チヤホヤされる若い独身時代を楽しめないね?」

「チヤホヤとか私には絶対ないよ……。それと、先輩と詳しい話はまだしてないけど、卒業して結婚しても、まずは就職して仕事するつもりだよ」

「偉い偉い。新卒で婚約者ありか。ついでに束縛もありみたいだけど、いいな、もう。妬ける!!色々おめでとう、なんだよねっ」


 里紗が完璧に整えてある眉を下げて、口元を綻ばせた。

 ようやく里紗のいつもの笑みを貰って、なんだか安心した。

 そうか、さっきはカレーうどんに神経を集中させてたんだね。きっと。


「うん、ありがとう。里紗」

「この、幸せ者~!」


 里紗が、肘で私の腕をグイグイっと押してきた。

 もう、照れちゃうよ。


「そーだ。あたしはさあ、結婚するならせめて相性を試してからにするな」

「相性?」

「普段じゃなく、夜の……」

「……げほっ。ゲホッ、ゲホっ」


 そ、そんなこと……。気管に汁が入ってむせた。

 里紗ったら、表現が露骨じゃないところがさすがだけど、こんな学食ところで~。

 マジで相性ってあるの?


「先輩と結婚するなら、そういうこともするってことだよ。まあ、同棲するんだから、お試しはできるよね」

「それはなんとなくわかってるけど、はっきり言って心の準備はまだで。だって、松永先輩だよ? 関心あるのかな?」


 唇にキスしてくれたのだって、あの蚊帳かやの時だけだったし。

 そういえば、あれからふたりだけの時だってあったのに、甘いムードなんて何も無し? だったし。


「あるに決まってるじゃん。若い男だよ。まだそれっぽいことほのめかされてないかもしれないけど。っていうか、友陽が気が付いてないだけかもよ」

「そ、そうかな。あの、里紗は、結婚前に……試すの?」

「うん。たぶん」

「そっか」

「おかしな性癖とか持ってたら嫌じゃん」

「そ、そんな……。先輩に限って」

「色々聞いたことあるからさ。見た目じゃわからないらしいよ」

 

 里紗は、私の耳元でコソコソと思わず絶句するような話をしてくる。


 そ、そ、それって、SとかMっていうやつですか? 小道具? コスプレ? なにそれ?


「……」

「あ~、ごめんごめん。そんなにビビりなさんな。この話は終わり。あたしはまだ好きな人だって、恋人だっていないから、友陽のほうがずっと経験値は高いよね。あたしは耳ざといだけ」

「わ、私だって全然。そんな、経験値高いなんて……」


 そう、里紗は、綺麗でスタイルも良くておしゃれでしっかりした感じの素敵な女子。

 恋人のひとりやふたりいそうな雰囲気だけど、未だに誰もいないって言ってる。


 まだご縁がないんだと思う、きっと。

 この人!! っていう出会いとご縁。


「いいよね、松永先輩。ちょっとぶっきらぼうな感じが、今どきのただ優しいだけの男子じゃなくて」

「うん、そう……だね」


 確かに、見た目とか態度も素っ気ない? そうだった……かな。


「ほんとにおめでとう。友陽」

「ありがとう」

「そっかあ、先輩と一緒に住むなら、気軽に友陽の部屋に遊びに行けなくなっちゃうね」

「あ、そんな、気にしないで来てよ」

「ありがと。友陽も、先輩と喧嘩でもしたらうちに泊まりに来ていいからね」

「ありがとう、里紗!」


 私はまたうどんをすすった。


 松永先輩と私はたまたまご縁があったんだ。

 これからも大切にしたい。

 先輩とのご縁。先輩のこと。

 そして、もちろん素敵な友達、里紗とのご縁。里紗のこと。



♢♢♢♢♢♢



 瞬く間に月日は流れ、落ち葉が舞うようになった秋の日のある土曜日、松永先輩と同居というか同棲をスタートさせる日。


 松永先輩の荷物を運ぶのは、引っ越し業者さんを頼まずに、杉本先輩の軽自動車を借りて2往復しただけで済んだ。

 布団一式に衣類と日用品、専門書とノートパソコン以外はほとんど身ひとつで、先輩は私のアパートにやってきた。

 先輩が使っていた電化製品は古い物しかなかったので、すべて処分して来たそうだ。


 私のアパートは、実は私の伯母さんが大家さんなので、嬉しいことに2間ある角部屋を親戚価格で借りている。

 一間が屋根裏部屋ロフトのようになっている、いわゆるメゾネットタイプというやつだ。

 先輩には狭いけど上を使ってもらって、下のDK続きの6畳間が私のスペースになる。


 狭いDKにある小さい机を囲んで先輩と向かい合って座ると、先輩が身を乗り出した。


「卒業まで世話になる。確認の意味もあるが、きちんと伝えておく。友陽が大学を卒業したら、俺と結婚して、家族になって欲しい。これからもよろしく」

「はい、先輩。ふ……じゃなくて、こちらこそ、よろしくお願いします」


 私も同じく背中をピンと伸ばす。ちょっと緊張したせいか、不束者ふつつかものですが……と思わず言いそうになってしまった。

 えっと、言ってもよかったのかな。

 でも、こんな会話を先輩と交わすことになるなんて。


 先輩は口角を僅かに上げて、右手を差し出してきた。


 え? 握手? なんだよね。

 恋人同士なのに、握手ってなんか違うような気もしたけど、私も右手を先輩の方へ出した。

 しっかり握しめられて、上下に揺すられた。……なんだろう、この違和感。


 でも先輩の目は真剣そのものだった。




 先輩をこの部屋に迎えるにあたって、私のほうの準備はというと、ロフトにあった私の布団と小物をよけたのと、お揃いの食器を少しだけ買い足したくらい……。

 先輩に蚤の市で買ってもらったファイヤーキングのマグカップ。

 今度見つけたら色違いでもいいから絶対にもうひとつ私が買おう。

 やっぱり好きなカップだから、先輩とふたりで一緒に使いたい。

 それから、部屋着や下着をすべてちょっと可愛いのに新調した……のはナイショ。

 だって、同居となれば洗濯物だって見られちゃうわけだし、女の子だし、ヨレヨレの下着を干すわけにはいかない。

 先輩のパ、パンツとかも、一緒に洗うのかな。ヤダ~。恥ずかしい!


「友陽」


 私が色々思い巡らしていると、先輩が紙とペンをテーブルの上に置いていた。


「同居すると言っても、全部友陽に家事をさせるつもりはないから。分担しような。まずは……」


 先輩は思いつく家事をサラサラと箇条書きしていく。

 何度も私に同意を求める切れ長の目に少し薄い唇、ペンを動かし整然と書き進めていく大きい手の動きに見入ってしまった。


 本当に、今日から先輩と一緒に暮らすんだ。そして、その先には結婚も……。


「? 何ぼーっと見てるんだ?」

「あ、ううん。何も」

「……何か……いたのか?」

「へ?」


 先輩が突然硬い表情になって、なぜか後ろを振り向いた。

 何かいたのかって、、、、どうしてそうなる~? 

 先輩にちょっと見惚れてただけなのにいいいい。


 先輩が何か言いたげに、私を見据えている。


 なになになに、、、、、なんか、その先の話を聞くのが怖くなってきたんですけど。


「今だから言うけどな、あのアパート訳アリだったらしい」

「はあ? 何を言っていらっしゃるの? 先輩?」

「だからァ、霊感の強いやつには見えたらしい」


 イヤ~ッ!!! 聞きたくない方の話じゃった~!

 今さら言わんでも良い話~!

 

 気が付くと右手が無意識に動いて、先輩の手を掴んで震えている。


「スギな、昔から見える体質たちで、あの部屋の隅でおばあさんの霊が座ってるのをたまに見てたらしい」


 ひいいいい~!!?

 私、何も知らずに何度もあの部屋にお邪魔して、先輩とおばあさんの霊と……過ごしてたんだ!?

 うそでしょ~。


「杉本先輩、見える体質たちって……前から?」

「ああ、小さい頃から見えてたらしいぞ。自分の部屋に掃除機をかけてると、普通に床に足だけ見えたりもするらしい」

「ひええええ。せ、せん、ぱいは見える人?」

「俺はまったくそういうのないな。見たことも無いし、金縛りとかもない。スギがおばあさんの霊からは悪意を感じないっていうから、格安物件だったし引っ越さなかった」


 普通は引っ越すよね。だから格安物件だったとか? 大家さん訳アリなら言うよね。

 取り壊しって、除霊しなくても大丈夫なのかな?


「先輩について来てないよね。おばあさんの霊……」

「ああ、スギに見てもらったけど、大丈夫だってさ」

「よ、良かったあ。先輩……あの、今日は帰らないで!!」


 私は、先輩ににじり寄って、両手で先輩の腕にしがみつく。

 頼りにしてますよ、先輩!! 先輩を見上げると、頭を撫でられて少し安心した。


「友陽、落ち着け。今日から俺たち同居だから。俺の帰る所はとりあえず、ここだから」

「そうだった、先輩、良かった~。夜はひとりじゃないんだ!」

「まあ、そういうことだ……。なに喜んでるんだか……な」


 先輩がその時盛大にため息を吐いた理由は、よくわからなかった。


一度完結させましたが、その後のふたりのお話を書きたくなって、書いてしまいました。

もう少しだけお付き合いください。

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