蚤の市のふたり
私は、今、待ち人来たらず状態で、街中のアーケード入口の角にあるファッションビルの前にひとり突っ立っている。
とりあえず、スマホをいじりながら。
現在の時刻は11時10分。ちなみに今日は7月30日、土曜日。
いつもより人が多いのは街中のアーケード内で、毎回人気の蚤の市があるからだ。
蚤の市とは言っても、中古の不用品だけでなく、アンティーク家具、衣類、食器、手作り雑貨やアクセサリー、パンやスイーツ、ジャム、地元の農産物や物産品まで多種にわたる出店があり、フードも充実していてまるでお祭りのようだった。
年に2回開催のこの催しは活気があって、見てまわるだけでも楽しい。
私は、ハンドメイドの雑貨やアンティークを見るのが好きだから、特にテンションもあがる。
いつもは女友達と一緒に来るんだけど、今日は都合が悪いと断られてしまったので、おそらく興味がないだろうなあとは思いつつ、別の人物を誘ってみた。
意外にも断られることなく、二つ返事で『行く』と了承された。
OKしたなら、待ち合わせ時間通り来いっての!
今日の待ち人である松永怜司は、大学の同じ【まちなみ観察同好会】の2年上の先輩であり、講義の無いときや、私が女の子の友達と一緒じゃないときは、なぜだか私の近くにいるか同好会室にいて、なんとなくふたりでいることが増えてきて、なんとなく付き合ってるの? みたいにみんなから思われている……。
所謂、友達以上恋人未満という厄介な相手。
松永先輩は、一緒にいて疲れない。距離感が丁度いい。暑苦しくない。
会話が続かなくても平気なマイペースタイプ。会話は苦手そうなのに、意外とマメに連絡をくれる。
先輩のことが好きかと尋ねられたら、私はたぶん好きって答えられるけど、先輩の方はどうなんだろう?
松永先輩は、待ち合わせ時間には大概遅れてくる。
逆に、私は大抵約束の時間より早く着いてしまうせいで、先輩をいつも30分近く待つ羽目になる。
先輩だって好意を寄せる相手は、待たせないはずだよね。
て、ことは、やっぱり先輩にとって私は恋人未満なのかな。
夏だから、暑いのは仕方がないけれど、今日も朝から暑い。
さっき歩いて来た大通り沿いの道は、暑さで排気ガスとアスファルトの混じり合った独特のもわっとする匂いがしていた。
アーケードの入り口に来ると、今度は蚤の市の熱気とフード系の屋台の誘うような香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
もう、松永先輩よ、早く来ーい!
――少し遅れる
スマホのLI〇Eにそう文字が出てからすでに10分経過。
少しって、何分よ~!?
周辺には、お祭り感覚で待ち合わせらしい若者たちがわんさかとたむろしていて、私は隅の方でひとり寂しく辺りを見渡したり、スマホを見たりしていた。
珍しく情緒豊かな浴衣姿の女の子たちもいて、あたりは華やかな雰囲気だった。
チラッと振り向いてビルのガラスのウィンドウで確認する私の服装はといえば、デート? なのに地味だったかもしれない。
オフホワイトの無地の半袖ブラウスに、紺色のスカッツ。
それにいつもの小さめの紺色のショルダーバッグ。
お化粧だって、ファンデーションと薄い色付きのリップクリームだけ。
自分で言うのもなんだけど、うん、地味だ。地味すぎる。
松永先輩のためにも、もっとオシャレしなきゃとは思うんだけど、だからって、突然そんなことするのも気恥ずかしい。
その時、見ていたガラスに、プロレスラーさんかと思うほど大柄な男の人が、なんだか私の方をめがけてやってくるような様子が映った。
まさかだよね。わ、私にご用じゃないよね。
いまだかつてナンパなんかされたことないし、絶対ナンパじゃないよね。
でも、そうだったらどうしよう?
どうやって断るの? 断ったらどうなるの?
私はドキドキしながら下を向き、素知らぬふりをした。
でもだんだん、心臓バクバク、緊張マックス、恐怖マックス!!
嫌な汗も出て来た。
周りにこんなに大勢可愛い女の子がいっぱいいるんだもん、私じゃないよね。違うよね、違うよね。
なにも、よりによって地味な私に向かって来なくてもいいよね~~!!? 松……。
「友陽!!」「AKビルどこか知ってる?」
!? 二つの声が同時に重なって聞こえた。
確かに私の名前は友陽だけど。
顔を上げると、私のすぐ目の前には、筋骨隆々のプロレスラーさん、そして片やまあまあ背はあるけど、柳のようにひょろっとしている……松……永先輩? がいた。
私はというと口はパクパクするものの、咄嗟に言葉が何も出て来なかった。
「AKビルだったら、このアーケードをまっすぐ行って丸越デパートの向かいですよ」
松永先輩が無表情で、プロレスラーさんに向かって臆することなく説明している姿を、私はただ傍観していた。
吹けば飛びそうな松永先輩なのに、さすが男子。全然怖がっていない。
どうもありがとう、と、プロレスラーさんは先輩に丁寧にお礼を言うと、丸越デパートの方へ向かって行ってしまった。
見た目で判断してビクビクして申し訳なかったけど、やっぱり、私だったの? それにしてもどうして私だったのかな。
そこは聞いてみたかった。うん。
「待たせてごめん、平河。昨夜夜中までレポートまとめてて、起きれなくてさ」
何事もなかったかのように、松永先輩が平然と言う。
我に返った私。
「ま、松永先輩、お、遅いよ!」
「LI〇E見てないの? 少し遅れるって送ったよ」
「そ、そういう問題じゃない」
「あと、この人混みだから、歩くのに少し時間がかかった」
「それを見越してその分早く家を出るのが大人でしょ? 私たち、もう成人してるんだし」
「ふん、ふん。成人ねえ」
先輩の視線が私の頭からつま先まで、品定めするように移動した。
「……どこが?」
「ひど……。私も浴衣でも着てくれば少しは……」
「浴衣? 興味ない」
興味なしかよ~!? やっぱりね。髪もショートだから、可愛い感じにお団子とかできないし。
松永先輩がいつもラフなシャツとデニムだから、私も合わせてなんだかこうなっちゃってるんだよなあ。
今日も先輩は、定番のカーキ色のシャツにデニム姿。
「平河の浴衣姿かあ」
「いいよ、もう。わざわざ想像しなくていいから」
そう、松永先輩はいつも私の事は名字で呼んでいる。
だから、さっき驚いたのは、先輩が私を下の名前で呼んだから……なんだよね。
『友陽!!』
ねえ、さっきどうして私のことを名前で呼んだの?
そう聞きたくて仕方がない。
でも聞くタイミングがつかめない。
「で、どこから見て回る?」
先輩はさっさと行こうとする。
「待ってよ。もう、歩くの早い!」
私は先輩の手を掴んだ。
もう、なんでそっちから繋いでくれないの!?
そんなに目を見開いて、驚いた顔して、私を見てどうする!
松永先輩のバカ!
「人が多くて、は、はぐれそうだから……」
私の方が必死で言い訳してどうする!
「確かに……」
そう呟いて、先輩は手の向きを変えてしっかり私の手を握り直した。
それだけで心臓が跳ね上がった。
「!?」
「この向きの方が違和感がない。落ち着く」
松永先輩の少しきつい目が優しさを帯びて、口角も微かに上がった。
笑ってる?
「……は、さようですか……」
手を繋ぐの……初めてだよね?
私は嬉しいけど、先輩はどう?
私は先輩に嫌がられなくてホッとしてる自分の心を隠すように、そう呟いた。
♢♢♢♢♢
私は、すぐに蚤の市に夢中になって、松永先輩の手を引きながら見て回った。
松永先輩は嫌そうな顔しないで、ついてきてくれる。
「ねえ、綺麗だね。レジンのアクセサリーや小物、人気なんだよ」
「レジンって、樹脂か?」
「うん、透明な液体なんだけど、ペンダントやブローチの台にビーズとかのパーツを載せてレジン液を注いで、UVライトか紫外線で固めて作るの。シリコンの好きな型に流し込んで作ってもいいんだよ」
「ほう……」
「わあ、可愛い。モザイクタイルで作った置き時計だよ! デザインが凝ってるね。私も作れるかなあ~」
「平河は手先が器用なんだし、材料さえあれば、作れるんじゃないか?」
「えへっ、そうかな」
「……」
「うわー! 素敵~、これ、ファイヤーキングのマグだよ~。この独特の乳白ガラス、この厚みがいいんだよね」
骨董品を並べているお店の前で、私は以前から気になっていたアメリカのヴィンテージもののマグカップを見つけた。
慎重に手にとって持ち上げて、マグをじっくりと見まわす。
汚れたり欠けたりもしていないし、色も翡翠色で、好みだった。
3000円かあ。このお値段なら、わりと安い方かも。
「こういうの、平河は好きなんだな」
「うん、大好き!」
「欲しいのか?」
「どうしようかなあ、アンティークは千載一遇のチャンスとは言うけど、でも……」
「見せて」
松永先輩の目の前にマグを差し出すと、
「これ下さい」
先輩が、お店の人に向かってマグを指さしながら言った。
「ええええ~!? 私、まだ買うって決めたわけじゃ」
「俺が買ってやるよ。気に入ったんだろ?」
「え!? いいの?」
「昨日バイト代入ったから、特別な」
急にどうしちゃったんだろう。まるで、本物の彼氏みたい。でも、嬉しすぎる~。
「嬉しい! あ、ありがとう!!! 松永……さん……」
「きゅ、急に『さん』とかやめろ。き、気持ち悪い」
「ひどい、気持ち悪いとか。そっちだってさっき私のこと名……」
「あ~、腹減ったなあ。そろそろ休憩して飯にしようぜ」
もう、とぼけちゃって~。
ありがとうございました、とお店の人に、綺麗にラッピングされたファイヤーキングのマグを満面の笑みで渡された。
ちょっと恥ずかしかった。
「……さ、行くぞ、平河。色々うまそうなのはあるけど、俺はやっぱり焼きそばが食いたい」
「わかる! パンやスイーツも好きだけど、私も最初はたこ焼きかな」
「……最初?」
「へへっ……。それから、あそこのくるみパンとあっちの焼き菓子も食べてみたい!」
食べたいものが次々と頭に思い浮かんで、頬が緩む。
全部は無理だから、どれにしようかな。迷うな、もう!
「……知らねーぞ。胃もたれしても」
暑いから緩く握られていた手を、なぜだかギュッとされた?
フードコーナーの屋台で焼きそばとたこ焼きを買うと、私たちは、ちょっとした広場の花壇のブロックに座り食べ始めた。
たこ焼きの上で踊るかつお節、出来たてをフーフー言いながら食べるのが美味しい! 幸せ!
「焼きそば、ありがとな」
「いいよ、焼きそばくらいおごらせてよ。だって、マグカップ買ってもらったし、嬉しかったもん」
「そうか」
松永先輩は、焼きそばにがっついた。でも、食べ方が汚くないんだよね。
「あのさ、俺のおんぼろアパート、取り壊しになるんだ。だから、来月までに出てくれって、大家さんから言われてたんだけど……」
「え~!? そうだったの? 大変だね。じゃあ、新しく住む部屋探すの?」
「いや。俺は3月で卒業だし、平河ん所、2部屋あって広いだろ。俺をしばらく置いてくれないか?」
「は?」
「家賃は7割俺が払うから」
え~~~、いきなりの同居というか、まさかの同棲申し込み!?
それって、あ、ありなの? ありなの?
だって、お互いの部屋へ行ったって、何も全く恋人らしいことしたことないし、甘いムードもなかったし。
その辺、お互いの気持ちを、まずはっきりさせてからじゃないの?
ていうか、まさかルームシェアとか言ってるの?
「そ、そんな、急に突然そんなこと言われても」
「だめか?」
「だって、私のアパート、ルームシェアしていいなんて契約書に書いてなかったからまずいよ。女の子なら相談できるかもしれないけど、男は絶対だめだと思う」
「じゃあ、婚約者なら?」
「ぶぶっ!! ゲホゲホ……」
「大丈夫か、おい」
たこ焼きのタコが喉に詰まった。
は、話が飛躍しすぎててわかんない!
先輩が、私の背中をさするとペットボトルのお茶を飲ませてくれた。
「あ、ありがと。……あの、先輩? 婚約者って、何言ってんの?」
「何って、そのままの意味」
「だって、あの。先輩は……、その、なに? 私と結婚するつもりなの?」
「そうだけど。だって、俺、もうバイト先から就職の内定もらってるようなものだし」
え!? え!? え~!?
なななななな、何がサラッと、そうだけど、だ~~~!!!!
「そ、そ、そういふ、問題じゃなふて、何か色々すっ飛ばひてない?」
「落ち着け、平河。たこ焼きを食べるか話すかどっちかにしろ」
私は頭の中が混乱していて、松永先輩の話している内容をほとんど理解できていない。
「仕方がない。見終わったらうちに来いよ。ばあちゃんが使わないっていうから、珍しいもの貰ってきたし。俺の部屋でゆっくり話そう」
「う、うん……」
私の脳内パニックをよそに、松永先輩は涼しそうな目を細めて私を見ると、また焼きそばを食べ出した。
私はといえば、当然このあと蚤の市をゆっくり満喫するどころの話ではなくなっていた。
しばらくぶりの企画参加、緊張しました。