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Dreamers: the third stage  作者: くろーばあஐ‬
1/1

悲劇の種


       ◈◈◈



  波打ち際   目を痛めつけるほどに輝く水面     増えていく人だかり



 高く昇っていた太陽は、今日の役目を終えようと少し西に傾いた。


  少し温度の上がった砂浜に寝そべる男が一人。


 何十人と増えた人の一番後ろ。

座りこんだ少女は、確かに聞いた。



 横たわる父の隣にひざまずく母の、耳をつんざくような悲鳴を。



   この悲劇の原因の自分を責め立てるような、耳鳴りを。



       ◈◈◈





 ヤバい、もうダメかも...!


 本日二度目の死を覚悟し、ぎゅっと目を瞑ったとき。

 青紫の長髪をなびかせ、凛とした赤い目で、

「...そんなに怯えなくてもいいだろ...その幽霊でも見るような目をやめろ」

 呆れ顔で吐き捨てるような言葉を聞いたと同時に、私はエルに飛びかかっていた。



「わかった、説明しなかった私も悪かったから......いい加減不満げにするのはやめてもらえるか」

 エルは反省してなだめようとしてくれたが、私はふんっと少し頬を膨らませてそっぽを向いた。

 頭の隅でエルの両頬を涙目のつねりでほんのり赤くしてしまったことにちょっと罪悪感を感じたが、それ以上に怒りがこみ上げてきた。

 きっとこの人のことだ。私が幽霊とか妖怪とかのオカルトっぽいやつが苦手なのも知っているはず。心のどこかで私が怖がるのを楽しんでいたこともないはずがない。


 はぁ、と横でエルがため息をついた。ため息つきたいのはこっちなのに。

 ちょっと噛みついてやろうかと振り向こうとした直前、エルは唐突に話しだした。

「あー、あのな。これは私が創った、この世界とは別の世界だ。平行世界だのパラレルワールドだの、呼び方はたくさんあるがこいつは決めてないから好きなように呼んでくれ。そんで、この隙間は出入り口だ。触れれば中に入ることができるが、一度入るとおそらく戻れない。......私がここに出てこれたのも、奇跡に近いしな...。ともかく、これを見たら今後は下手に触ったり近づいたりしないでくれ。わかったな」

 エルは一通り話し終え、最後にぼそっと「すまなかったな」とだけ呟いた。

 思わず振り返った。エルはそっぽを向いていたが、ほんの少し俯いて震えている気がした。


 ああ、そっか。この人本当にいい人だから、自分がしたことを悔やんでるのかも。初めて会った私のことも良くしてくれたし、悪気はなかったとしても心の内は辛いのかな...。


 そんなことを考えていた矢先。

「......ふ、フフッ」

 ...あれ、聞き違いかな。エルが吹いたように聞こえたが。

「プフッ...」

 今度は間違いない。確実にこの人吹き出した...!

「ち、ちょっと!何笑ってるんですか!!」

 思わず立ち上がって未だに肩を震わせて笑い続けるエルの背中に講義する。

「いや、すまな...ぷはっはははははっ」


 色々な感情がごちゃごちゃに混ざった複雑な心境で、おそらく私の顔からは溶岩が吹き出ているだろう。

 これは今朝の成績を露呈させたのと同じ感じだ。凄く恥ずかしいし何処からか怒りも湧いてきてしまう。

 今までこんな感情抱いたことない。この台詞、少女漫画なら『これって恋?』ってなるんだろうが、怖がる様を人に見られ、あまつさえ反省してるのかもと期待したのに裏切られて嗤われることが恋なら、私は一生独身でもいい。


「...っはぁ...もう大丈夫だ。すまなかった」

 脳内を適当な思考で埋めつくしエルの笑い声をシャットアウトしていると、笑い疲れたのかようやくおさまった。

 エルはこっちを振り返り、涙を浮かべた目尻を拭った。

 ...なんか笑ってると私より可愛いな、この人。

 同じ顔なのに、ちょっと負けた気分。まあ、もう既に複雑骨折通り越して粉々になったので、折れる心なんてないですけど。

「...何が面白かったんですか。そ、そんなに笑い転げるほどじゃないでしょう」

「...ん?ああ...お前の怯える顔もなかなか面白かったが、ちょっと思い出し笑いも含まれていてな...ふふっ、懐かしい、かなり昔の思い出、だがな」


 エルは部屋の隅を見て、懐かしそうに目を細めた。

 昔の思い出...

 また、私を呼ぶ声が聞こえた気がした。思わず目を伏せ、思考の世界にもう一度潜り込む。


 そういえば、私はエルのことを何も知らない。今日会ったばかりだけど、私が疑問に思ったことしか彼女は話していない気がする。


 彼女が何処で産まれ、何を見て、何を感じて、どんな人に出会って、どうしてここにいるのか。


 全部知りたいとは思わない。だが、教えてほしいことは少なからずある。彼女の過去。どんなことがあったのか......いつか、互いに心を許せたとき、彼女に話してもらいたい。できれば、私も話せるように。


「...おい、聞こえているのか。ボーッとしすぎだぞ、お前。まだ13のクセに」

「...なんですか、失礼な」

 突然の呼び掛けに驚きはしたが、最後の一言で一気に先の怒りが少し戻ってきた。

「ああ、すまない。聞こえていないから何言ってもいいかなと思ってな」

 エルは私の顔を覗き込むと、にぃっと悪戯っぽく目を細めた。その挑発的な視線に精一杯の睨みで応戦する。彼女のよりは迫力に欠けてしまうと思うが。


 最初に会ったときより随分表情が豊かになったなぁと思いつつ、彼女の瞳に映る私を眺めていると、

「私が前より表情が豊かになっているのは、人間の体に慣れてきたからだ。数十年ぶりだからな、人間の姿を持つのは」

 私は彼女に向ける感情を怒りから不信感に切り替えた。なんだこの人。エスパーか。今さらそうだと言われても驚かないけど。


 ...というか、あれ?私、何か大事なことを忘れている気がする。確か、さっきのエルの話...違う、老人かって言われたことじゃなくて...


「えぇ!?世界を創ったぁ!!?」

 あまりの音量に大声を出し慣れていない喉が裏返る。

 たった今思い返して驚いた私に、エルは「今さら?」とでも言いたげな顔をした。

 いや、私もそう思う。今さらな話題だとすっごく思ってる。

「だって、さっきはちょっと別のところに気が向いちゃって...」

 これが私の言い分。仕方ないじゃん、エルが紛らわしいことするんだもの。

 エルは「まあいいや」というように頷き、説明を始めた。

「さっきから何度か言っているが、私は人じゃない」

「精神体だけってやつですか?」

「それもそうだが、たとえ人間の姿を得たとしても普通ではないのだ。こうして別世界を創ることもできるし、あと...不老不死だな」

「ふろー...ふし...?」

「老いもせず死にもしないということだ」

「...それって、あなたにとっていいこと...ですか?」

「......いや」

 私の言葉を否定したっきり、エルは俯いて黙ってしまった。


 このときもまた、私は少しいいなと思ってしまった。口に出さなかったのは、きっと言えば機嫌を損ねてしまうと思ったからだ。


 『全てを理解する能力』『常識外れなことができる能力』『不老不死』...

 本当に嘘みたいな話だ。漫画とかの中でしか見ないような『異常』が目の前に存在している。しかも私と同じ見た目で、私を救おうとしてくれている。


「まるで、アニメやドラマの主人公じゃん...」


 口端から零れた言葉は誰の耳にも届かないまま、私の脳内を反響した。

 私が主人公だなんて馬鹿馬鹿しい、と自嘲気味に笑みが漏れた。


 きっと、私が求めていた変化ってこれのことなのかも。

 エルさんの言う通り、ファンタジーな頭だなぁ。

 口元に手をあて、思わず小さく吹き出した。「どうした?」と覗き込み尋ねる同じ顔の人に、彼女と同じくらい、いやそれ以上に悪戯っぽく目を細めてみせた。


「あなたも、私と同じですね。化け物さん」



       ◇◆◇



「...はあ、そうか。へえ」

「...あの、ちゃんと話聞いてます?」

 一通り話し切り、私は夕飯の支度をするべくキッチンに降りた。

 普通の家庭ではちょっと事情が違えど、学校であった出来事を人に話すなんて、小学生低学年以来かも。料理をしながら、久しぶりのことにちょっとテンション上がっていたのに。

「大丈夫だ、ちゃんと聞いてる。続けろ」

 なぜこうも雑く相槌を打つのか。興味ないわけじゃなくとも、もっと言い方とかあるだろうに。たとえ全知全能の神様みたいな人でも、コミュニケーション能力は欠如するのだろう。覚えておこう。


 今私が話している内容は、これまでの私の生活、日常、そして今日あった奇妙な出来事。

 帰り道に考えていたエルが原因ではないかという仮説。その正体を知るため、こうして全て話している。

 と言っても、私は十中八九エルが関わっていると思っている。クラスの人間があんなにコロッと態度を変えるわけないと知っているからだ。皮肉なものだけど。


 話し終わってから、エルは何事か考えていた。机に肘を付き口元で手を組み合わせた、いかにも「考え事しています」みたいなポーズで、私が夕飯を作り終えた後も、しばらく黙り込んでいた。


 ちなみに、エルの分も用意して置いた。エル曰く、「最初のうちは何一つ口にせず数百年はいたから食事はいらない」とのことだが、エルの目の前で一人で食べるのはちょっと気まずかったので出した。


「...そうか、そんな風に扱われるのか...失敗、か......?」


 『失敗』?

 何のことだろう。あの人は何か作戦でも立てていたのだろうか。『扱われる』というワードも気になる。

「何か隠していることでもあるんですか?ちゃんと話してください」

 沈黙に耐えられず思ったことを投げかけてみたが、反応はなかった。もしかしたら、私の仮説は間違っていたのかもしれない。


「......いや、これを言うのは後ででも大丈夫だ。先にお前の学校での扱いについて言っておかなくてはな」

 そう言うとエルは私の作ったミートソーススパゲッティに目を落とし、普通にフォークで巻いて食べ始めた。その手つきは、なんというか綺麗で、貴族とかの高い位の所作に似ていた。

 行儀いいな、この子。もしかして、テーブルマナーとかも熟知してるのかも。


 ふと、エルの食器のぶつかる音を聞いてハッと我に返った。

 関係のないことを考えて凝視してしまった。彼女の話をしっかり聞かなくちゃ。


「...さて、ずっともったいぶっていても埒があかないだろう。一つずつ話していこうじゃないか」

「まず、今日のことについてですよね。あれはあなたの仕業で間違いないですか?」

「ああ、そうだ。その前に...お前の中にある『種』について話さなくてはいけない。少し長くなるが聞いていてくれ」

 『種』?花とか植物を育てる、最初の段階の豆みたいなあれのことだよね。でも私の中にあるってどういうこと?さっきの『失敗』というワードもここから来ているのだろうか?


 エルは一旦フォークを皿の上に置き、話し始めた。

「よく聞いておけ。...ずっと昔のことだが、ある人物が『種』...『悲劇の種』というものを生み出した。それは人の心に巣食い、植えつければその人間は何かしらの‹悲劇›が芽生える。それだけでは終わらず、『種』は育つための栄養を必要とする。そのため‹悲劇›から今後の日常に影響を与える。...人を不幸にするために造られた最低の装置だ。これがお前とあと5人の中に存在する」

「...『悲劇の種』...私とあと5人...?」

「ああ、私はそれの回収をするためにこちらの世界にやって来た。...聞きたかっただろう、私がここに来た理由が」


 こくりと頷いた。

 私でも噛み砕けるようにゆっくり話してくれたおかげで、2回目3回目を要求しないで済みそうだった。

 何かしらの‹悲劇›......。

「思い当たる節、ありそうだな」

 そっと頷いた。

「強制はしない。が、大切なことだ。話せるか」

 思い出したくなかったが、隠していても仕方ない。先ほどから何度も浮かんでは沈むを繰り返す彼の顔をハッキリと浮かべた。


 全てを失ったあの夏へ、思い出を巡らせる......。




       ◀◁◀


 私は、産まれたときから父がいなかったわけじゃない。父はいる......いたのだ。

 冷たい人だった。母を大切に思い、溺愛していた。だから、産まれてくる子供には無関心だった。

 どんなに幼くても、毎日軽蔑の目を向け続けられたら自分が嫌われていることくらい理解できた。だが、母はちゃんと私も愛してくれていたので、母を悲しませないために殺したり暴力を振ったりすることはなかった。


 私が小学2年生くらいの頃。

 夏休み中、父と母の3人で海に行った。なかなかない経験に、とてもはしゃいでいたのを覚えている。誘うように青くキラキラ光る水面に、思い切り飛び込もうとして母に止められたっけ。とにかく、ワクワクして仕方なかった。


 海へ正の感情を抱いたのは、それが最後だった。


 ライフガードをつけ、ようやく海に入った。母はビーチでシートを広げたりしていたので、父と2人だった。

 私は泳げなかったから、父に手を引かれるがままにどんどん岸から離れて行った。海に入れた興奮で、全く不信に思わなかった。


 かなり沖の方に来たとき、突然ライフガードが外れた。一瞬浮力を失い沈みかけたが、全力で手足を動かしたおかげでなんとか水面に顔を出し、大きく息を吸った。

 しかし、大きな力で肩を抑えつけられ、再び海に沈んだ。父が押していると気づくには遅すぎた。

 必死に水を掻いて、かなりの量の海水を飲んでも気にせずに空気を求めた。

 よく聞こえなかったが、父が「お前がいなければ」とか「邪魔だ」とか言っていた気がする。

 もう呼吸なんてできず、意識も朦朧としてきた時、


 巨大な波が大きく口を開けて私達に覆い被さった。



       ▷▶▷


「気がついた時には、病院にいて...その間の記憶は全くなくなっていました。でも大体、予想はついていました。あの波に飲まれて、父じゃなく私が生き残ったってこと」

 一旦話すのを止め、上目遣いでエルを見た。さっきの反応とは違い、しっかり頷きながら私の話を聞いている。

「それで、父がいなくなったことに母は大きなショックを受けたのですが、ちゃんと私を生かすことができるように努力してくれました」

「...それで、『種』が与えた残りの不幸とはなんだ」

「...私達、その後引っ越ししたんですよ。理由は......」

 思わず言葉が詰まる。

 どうしよう。ここにきてすごく苦しくなってきた。別に言えないんじゃない。彼女の為になるなら話したい。


 でも......もし、怖がられたら。嫌われたら。折角母以外の味方ができそうなんだ。失いたくない。ここに来た時から私のことを案じてくれた、こんないい人をがっかりさせたくない。


 ............ニゲテバッカリノハンザイシャガ。


 ドクンと心臓が大きく脈打つ。自然と呼吸が荒くなる。

 ああ、まただ。あれからずっと私を責め立て続ける声だ。

 止めてよ、わかってるよ。悪いのは私だ。ただの怖がりだ。そんなのは痛いほど理解してる。わかってる、わかってるから...


「......もう、止めてよ...」

「おい、いい加減戻って来い、この馬鹿」

「...痛ぁッ!?」


 後頭部の鈍い痛みで現実へ意識が戻っていく。

 殴られた...しかもグーで。学校でされても全然気にしなかったのに、ちょっと涙が出るほど痛かった。

「...ッつぅ...すみません、またボーッとしてました。ええっと...何でしたっけ?」

「『種』が残した後遺症の話だ。引っ越した理由を聞いている」

 心なしか、不機嫌そうにしているように見える。まずい、ちゃんと言わなくちゃ...


「...やっぱり、怖いか」

 言わなくちゃいけないことはわかってる。それがきっと彼女の為であり、私の為でもある。

 それでも、言っていいのかと不安がずっと残っている。同じように言われたらどうしよう。


 未だに迷い続ける私に嫌気がさしたのか、大きなため息が向かい側から顔にかかる。いつの間にかなくなっていたスパゲッティーの皿を見ながら、頬杖をついてエルはぶっきらぼうに言った。

「...君がどんな生物でも、嫌いになったりしない。一度思ったら一直線のタイプだから...」

 ...え、何、急に。

 随分口調の変わったエルを、唖然として見ることしかできなかった。空いた口が塞がらないってこういうことか、と、こんな時でも一人変に納得してしまった。

「......私の、古い友人の言葉だ。私のことを良く思ってくれるいい奴だった...お前と同じでな。......そんな顔で見るな、恥ずかしい...」

 ほんのり頬を赤らめ、ぷいとそっぽを向く彼女から、かわいそうなので一旦目をそらし、その言葉を脳内に反芻させる。

 もしかしてエルは、嫌ったりしないから何でも言ってくれってことを言いたいのかな。わざわざ彼女の友人の言葉を使って......


「...ぷふっ」

「...何か可笑しいか」

「いえ、ただ、不器用だなって...」

「...悪かったな」

 エルの言いたいことがわかって、可愛いなと思うと同時に、心の底から安心した。そうか、嫌わないでいてくれるのか。優しい、いい人だ。本当に。

 目尻から溢れそうなものを、最近飛んで来た花粉のせいにして、もう一度話す勇気を絞り出した。


「引っ越した理由は...近所や学校等...至る所で犯罪者扱いを受けたからです。居心地が悪くなって、住所も名字も変えて逃げるようにその街から消えました」

「犯罪者...?」

「はい。父を殺したのは私だって責められて...もちろん、世間的には事故ということになっていますが。...他の人には、私が殺されかけたのは言いませんでした。父の評判はそこそこ良かったし、誰かに言えば、同情を買うことはできたかもしれないけど」

「母に伝わるのを恐れた」

 私は、首を縦に振った。

「...その街から逃げたのは良かったのですが、引っ越し先でもこの扱い。父が呪いでもかけているんだろうとか思ってました」

「まあこれも、一種の呪いだけどな」

 エルの冗談っぽい言葉に「間違いないです」と笑って返す。


 とりあえず、言うことは全部言ったはずだ。ふう、と口から空気が漏れる。

「...さて、次はあなたの番ですよ、エルさん。今日のこと、説明してもらいますからね」

 「逃げないでよ」というような威圧感をもって言ったつもりだったが、めんどくさそうなため息のせいで威圧感がちょっと萎んだ。悲しいかな、私にそういうのは向いていないのだろう。目の前の人の方が何倍も絵になる。

「...そうだな。話すと言ったからには言わないとな...」

 その気になってくれたらしい。いったい彼女が何をしたのかを知りたい。身を乗り出して聞き入った。


「今日、まあ実験程度にお前に能力をかけていた。『悲劇の種』を持つ人間には、多少の能力による干渉はできるからな。その時にかけたのは、『存在を薄くする』ものだ。お前は教室の隅にいる『だけ』の存在になった。変に目立たないから、いいと思ったんだがな」

「効きすぎた...だから、さっき『失敗』って言ったんですか」

「聞こえてたのかよ...。そうだ。少々想定外だっただけだ。また調整すれば戻る」

「......そんな風に思ってくれる人、会ったことない...」

 ポツリと思ったことが漏れる。私のことを色々気にかけてくれる人なんて、母くらいしかいなかったから。

 いいのかな。私がこんないい人に優しさをかけてもらって。犯罪者と罵られた、私が。

「...どうした、泣いているのか?」

 エルの言う通り、いつの間にかボロボロと涙を溢れさせていた。視界が滲み、エルの顔がハッキリ見えなくなった。そういえば、さっき飲み込んだ涙も、同じ理由で出かけてたっけ。脆いな、私の涙腺。

 どうでもいいことを考えているうちに更にヒートアップし始めた。

 嬉しい、嬉しい、嬉しい。その感情だけが頭を埋め尽くす。

 私が泣いている間、エルはじっと泣き止むのを待っていてくれたと思う。


 私は泣いた。この感情を噛みしめながら。

 気がつくと、私はベッドの上で寝ていた。泣き疲れて眠ってしまった私を、エルが運んでくれたのだろう。お礼を言おうと辺りを見回したが、そこに彼女の姿はなかった。まるで今日の出来事が夢だったように、何もなかった。

 ただ、今日を過ごした証明として、デジタルの目覚まし時計は今日の夜11時を示していた。







     -亜世界にて-



 ...聞こえるか。私だ。...姿が変わってる?そんなこと、いちいち気にするな...おい、前の姿の話をするな。


 ...ああ、大丈夫だ、安心しろ。一つはちゃんとあった。残り5つも必ず見つける。幸い、近くにあるようだしな。

 

次は、ちょっと干渉し難そうだが......何、『No.1』を使えばいいだろう。それに、あれは何もしなくても勝手に集まる。

 


 ...もう時間だ。また、会いに来るから。...それまで存在(いて)くれよ...。...それじゃあ、また次の夢で。




               おやすみ。

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