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SS・乳母リドの憂鬱【肉の日マッスルフェスティバル企画】参加作

肉の日マッスルフェスティバル企画参加用で、悠久~の前日譚にあたる物語です。この話だけ読んでも問題ありません。

途中イラストが差し込まれていますので、不要な方は設定をオフにしてくださいね。

 私の名前はリド・ペリー。先日二十一歳になった若き国王アレクサンドル陛下の乳母だ。


 -*-*-*-


 バルコニーから見下ろすと、物干し場で洗濯物を干し終えた洗濯係の女衆が、華やいだ声をあげているのが見えた。


「ねえ、見て見て。ジェイ・ジェット様が弓を引く姿! いつ見ても凛々しくて素敵だわ」

「ホントね。ああ、見てよ。あの腕の筋肉。あの逞しい腕に一度でいいから抱きしめられてみたい〜」

「見上げるほど背がお高いのに、遠くから見るとスラリとして見えるのよね」

「ええ。訓練中はすごい鬼迫なのに、普段は優美じゃない? わたし、夢でもいいからジェイ・ジェット様と踊ってみたいのよ」

「素敵ね。もしあの方に跪かれて手なんて差し伸べられたら……。ああ、気を失ってしまうかも」

「「「きゃあ」」」


 風に乗って聞こえてくる我が甥への称賛の言葉に、私はくすぐったい思いで肩をすくめた。

 物干し場からは訓練場が見下ろせるが、下からは覗いている女たちのことは見えない。万が一に備え訓練場には防御膜が張り巡らされている。そんなこともあり本人に伝わるはずがないと信じているせいか、女達の夢みるような言葉はとどまるところを知らないようだ。

 賞賛は甥だけにとどまらず、騎士団長のニクスや、国王陛下にも及んだ。なんとも可愛らしいことだ。


 私は、二歳で二親を亡くした甥ジェイ・ジェットを親代わりとして育てた。その甥が逞しく育ったことを誇らしく思う。そのことを(おもて)に出しはしないが、子どもが無事大人になる――この世界でそれはある意味奇跡のような出来事なのだ。

 私が十六歳で産んだ子は、一歳の誕生日を迎えることはなかった。

 我が子と共に乳を飲ませた現国王と、我が子の代わりに育て上げた甥。その二人がともに二十歳を無事超えたことが私には誇らしかった。ただ――


「リド。心配事か?」

「陛下」

 私はバルコニーにやってきたアレクサンドルに頭を下げる。

 男にしては線が細く声も柔らかな国王は、一足先に訓練場から戻ってきていた。

「いえ、心配事なんて何もないです」

 にっこり笑って、茶の支度をする。

 今は二人きりなので、王も少しだけ砕けた雰囲気だ。


 本当ならアレクサンドラと名付けられていたはずの王は、「女」として生まれながら「男」として育てられてきた。この国で女の王は不吉とされているからだ。

 それは資質や能力などからではなく、この国の周期――神の問題だ。

 王には本当なら姉が一人、兄が一人いたが、どちらも三歳の誕生日を迎える前に病で亡くなった。王妃はアレクを産んでそのまま儚くなったこともあり、王は民衆を不安にさせないため、そして少しでも長く生きられることを願って、娘を男として育てることにしたのだ。それでもやはり――


「本当に行かれるのですか?」

 差し出がましいのは承知の上だ。それでも我が子として心を込めてお育てした娘が「嫁を貰う」というのはどうなのだろう。

 本当なら何年も前に、アレク自身が嫁となってもおかしくなかったはずなのに。

 うちの甥ともども、幼いころから騎士として育てられた王は、天馬を自在に操り、神の怒りを収めてもいる。

 先の天災で王が亡くなり、アレクが即位して一年。もう女だと明らかにしてもよいころではないのだろうか。世継ぎを考えるならなおのことだ。


 そんなことを考えている私に、アレクはフッと笑った。

「せっかくの天啓だ。私は従うよ」


 天啓は一月ほど前に降りてきた。

 陛下の夢に訪れたそれは、マグアーラの山に神に愛されし娘が降り立つから、その娘を娶れというものだったそうだそうだ。


 ――バカバカしい!


 私が瞬間的にそう思ったのも当然だろう。

 民衆の上に立つ王侯貴族とは、すなわち魔力の大きな魔獣を扱える人間だということだ。王の力はその最たるもの。魔獣から魔力を引き出し、国の発展に貢献するのが王の役目。

 ただ、その力が強い分、王は神との距離が近い。そのせいでアレクは娘として生きることも、当たり前の結婚をすることもできずにいる。

 口に出すことなどできないが、やはり口惜しい。


「私はね、聖女の印を見るのも楽しみなんだ」

 静かに茶を飲むアレクの本心は分からない。聖女の印が何なのか教えてくれない為、それがどんなものか分からないことも不安をあおる。

「もしや、聖女と言うのは陛下と逆の存在なのでしょうか」

 つい本音が漏れ、ハッと口をつぐむ。

 だがアレクとの間に子を為すとなれば、女として育てられた男だと考えるのは自然なことではないか? もし真逆の環境にあったものでも、いつしか二人の間に愛情が育まれれば、こんなに喜ばしいことはないのでは。

 ついそんな希望に目を輝かせてしまったのだろう。アレクに噴出されてしまった。


「ま、それでも構わんさ。この国に平穏な時間がもたらされるならね」

「アレク……」

 本心が読めない声に嘆息しながらつい愛称で呼ぶと、アレクは「そう呼んでくれるのは久々だね」と、子どものようににっこり笑う。


「でもね、私の決意は変わらない。大事なことはこの国と国民の安全と平穏な暮らしだ。それはリドも含めてね。めったにない天啓が私に降りてきたことは、きっと良いことだよ。これが他の者だったら、なにがしか別のことに利用されたり伏せられ、好機を逃すことになったかもしれない」

「さようでございますね……」

 王家にかかわりを持つ者として、それは十分に理解している。

 それでも、自ら乳を与え育てた養い子の幸せを願ってしまうのはどうしようもない。

 そんな母心を理解しているから、アレクは二人きりの時、私の言葉を咎めないのだ。



 下からワッと華やいだ歓声が上がる。

 下を覗いてみると、訓練を終えた騎士たちが上がってくるのが見えた。

 その中でも、ジェイ・ジェットとニクスはひときわ目立ち、観覧場にいたらしい貴族の娘たちが「誰が誰にタオルを手渡すか」で盛り上がっていた。


 チラリと横目でアレクを見ると、優しく細められた目から特別な感情は読み取れない。黄色い声をあげる娘たちの様子を楽しんでいるようにも見え、私はひそかに嘆息した。


「おっ。ニクスには亜麻色の髪の乙女、ジェイには黒髪の乙女がタオルを渡しに行ったな」

 くじ引きで勝ったらしい娘たちが、それぞれ目当ての騎士の元に駆けていく。


 ニクスは訓練後とは思えないほど一糸乱れぬ姿で微笑みを浮かべ、丁重にタオルを受け取る。その匂い立つような色気に、何人かよろめく娘の姿が見え、アレクが微かに噴き出す。普段は自分もよろめかせている側だとは、微塵も思っていないような表情だ。


 一方ジェイ・ジェットは上半身をあらわにし、その逞しい肉体を惜しげもなく披露していた。昔聖獣にもらったという黒い眼鏡をはずすと、少しだけ子どもっぽい顔があらわになり、その差異(ギャップ)に娘たちの小さな悲鳴が上がる。大っぴらに悲鳴を上げると、童顔を気にしているジェイが逃げてしまうからだろう。よくわかっている。


挿絵(By みてみん)

(イラスト・管澤捻様)

「私が落ち着いたら、ジェイたちにも嫁を見つけないとな」

 独り言ちるアレクの声は聞かなかった振りだ。

 兄のように慕っているジェイやニクスを思う気持ちも本物だろう。しかし今問題はそこではないのだ。


「リド。お小言はそこまで。みんなが上がってくるからね」

「はい」

 口を開く前に止められ、渋々口を閉じる。そんな私にアレクは優しく目を細めた。それはアレクの母親によく似ていて、懐かしさに胸が締め上げられるような思いがした。今は亡き、優しい王妃様。私の手に娘を託してくださった日を、ついつい昨日のことのように思い出してしまう。


「リド、大丈夫。きっといいことが起こる」

「陛下?」

 夢見るように瞳をきらめかせたアレクは、「そんな予感がするんだよ」と、いたずらっぽく片目をつむって見せた。

「とりあえず、聖女は美人だといいな」

「――そうですね」

 そういう問題ですか? そもそも貴女様より美しい女性など、そうそうおられないとは思いますけどね?



 事実、陛下たちが連れてきた聖女は美しく、この国の色々な運命を変えることになるのだが、この頃の私はその片鱗さえも気づいていなかった――。



(おまけ ▽ニクス・ブラード▽イラスト雨音AKIRA様)

挿絵(By みてみん)

長らく分岐してしまうストーリーのどれを選ぶか悩んでいた今作ですが、改稿し、新たに連載をすることにしました(他のバージョンをどうするかは未定です)。

新たなタイトルは「烈火の騎士は男装の王に嫁いだ聖女に永遠の愛を捧ぐ」です。

https://ncode.syosetu.com/n9731gt/

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1・2話は既読でしたが、内容を忘れておりまして読み直しました。 公園でライブ~のあたりで「うん、これは間違いなく読んでる。でもどうなるんだっけ^^;」と。 記憶力が劣化しております! 加齢…
[良い点] 良きマッチョでした(。-`ω-) しかも私のイラストも使っていただけて( ゜Д゜)ありがとうございます! それにしても男装王のお話、気になりますな!( ゜Д゜)
[良い点] すみません、3話目しか読んでないんですが、相変わらずぐぐっと惹きつける文章で、とても魅力的でした!! リドさんは、事情を理解しているだけに気を揉みますね(ノД`) 自分が育てたようなもんな…
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