カモメのモネ
僕は閉口した。
どのようにしたらこの悲しみを表す事が出来るのだろう。
海は太陽に照らされてきらきら光っている。
僕は涙も出ない目を前方に向けて、2時間程空を飛び続けた。
何にも考えがまとまらず、小さな島へ足を降ろした。
ここには誰もいない。
他のカモメたちは今日も魚を求めて空を飛んでいる。
僕は島に足を降ろしてから、近くの崖の辺りで横になった。
もう一歩たりとも動きたくない。僕は何にもしたくない。
空から一羽のカモメが飛んできた。お母さんだ。
「モネ、どうしたの?大丈夫?」
僕は黙ったまま首を横に振った。
「今、魚を捕まえてくるからまっててね。」
お母さんはそういうと、勢いよく飛び出し、やがて見えなくなった。
僕は一人になった。
風は心地よく僕のからっぽのこころを通り抜けていった。
昨日、やさしかったお父さんが死んでしまった。
あんなに頼もしくて、働き者で、いつでも家族を守ってくれたお父さんが、
最後には冷たくなってもう二度と僕の名前を呼ばなくなった。
僕はまだ若いのに、年老いたカモメのようにため息をついて、ただじっと時が過ぎるのを願った。
お母さんが戻ってきた。
お母さんは魚を置いて、家に帰ってくるよう言い残し、家に帰っていった。
魚は食べる気がしない。
目の前には空と海が広がっている。
目に映る景色はすべて青色である。
夜になって、夜が明けて、昼間になってまた日が落ちていく。
生まれてから何度目の夕日だろう。
赤色から次第にオレンジ色になり薄紫色になった。
太陽がゆっくりと海に沈んでゆく。
なんて美しいんだろう。
傷ついたこころに染み渡る。
夕暮れの余韻を残して、そのまま眠りについた。
夢の中で雲より高い天国のような場所まで飛んで、そこでお父さんに会った。
辺りはお花畑で良い香りと美しい虹が架かっていた。
お父さんの近くまで行った時、目が覚めた。
もう昼を過ぎていた。
「大好きなお父さん…」
横を見るとこの間お母さんが置いていった魚が無くなって、代わりに新しい魚が置いてある。
生きるとは魚を食べることだ。
僕はもう生きたくない。
寿命までの人生が空しく感じた。
僕は今、現実を受け入れるほど難しいものはないと思う。
魚は死んだまま、モネは横になったまま時が過ぎた。
枯れ木にかろうじて残っている枯れ葉のように感じた。
「あと残り数日の命だ。」
そう思いながらふと魚を見た時異変に気付いた。
「あれ?魚が腐ってる。お母さん最近来てないのかな?」
心配になってふらふらになりながら家族の巣に戻るとお母さんの姿は無かった。
「おかしい。いつもならここにいるはずなのに。」
心臓の鼓動が速くなっているのが分かった。
誰もいない家族の巣の光景が頭から離れなかった。
近所やいつもお母さんが飛ぶ場所を隈無く探して、知り合いにお母さんを見てないか聞いてまわった。
お父さんとお母さんとの思い出が走馬灯のように頭をよぎった。
家族3人で空を飛んでいた昔の思い出が頭に浮かび、その光景が今まさに消えかかっている。
「嫌だ。嫌だ。嫌だ。」
次第に空は暗くなる。
周囲を気にせず叫びながらお母さんを探し続けた。
「お母さーん。」
頭にはお母さんの安否だけである。
さっきまで死ぬことばかり考えていた自分は、
何としてもお母さんを探しだそうという自分に変わっていた。
どれ程飛び続けただろう。
やっと太陽が顔を出して、辺りがぼんやり明るくなった時
海岸で倒れているお母さんを見つけた。
「お母さん!」
僕は急降下してお母さんの所まで降りて、くちばしでお母さんを揺すった。
「お母さん!大丈夫?お母さん!」
「…なんだ。モネじゃないか。魚を探してたら少し疲れてしまって気を失っていたよ。来てくれたんだね。」
お母さんは弱々しく答えた。
僕はお父さんの事で頭が一杯で自分の事しか考えていなかった。
お母さんの事を気にしてあげられなかった事を後悔した。
「ごめんね。お母さん。僕は自分の事しか考えてなかった。これからは家族の巣に帰って前のように魚を捕って生きてくよ。」
「うん。それがいい。お母さんもお父さんが死んで、モネが元気無くしたから、私が頑張ろうとしたんだけど疲れて飛べなくなっちゃった。全てダメになるかと思ったけど、モネが来てくれたから何とかなりそうね。」
「お母さんを支えて生きていくよ。」
僕がそう言うと、お母さんは優しくうなずいた。
波は寄せては返し、
日の光は優しく疲れた体を暖めた。
それからお母さんと一緒に家族の巣に戻って魚を食べて、お母さんと一緒に眠りについた。
僕は家族によってここまで育てられ、
家族の為にこれから生きていけるのだと思った。