見せかけの世界
3000字程度の短編です。
お時間あればお付き合いください。
休日の午後、孤独な時間を持て余して人混みの中に身を沈める。
そこは所謂商業地区で、衣食住に関しての様々な店舗が雑然と配置されている。そもそもはビジネス街であるのだが、繋がる公共機関が複数あり、郊外の住宅地から家族連れ、カップル、その他諸々の集団が「オシャレ」というワードで目指す場所であるのだ。
そこにはたいした購買意欲もないのに、右往左往する輩で溢れていた。
煌びやかなショーウィンドウ、蛍光カラーでデコレイトされたポップ、はたまた、人々の理解を完全無視したアートな広告。アール・デコでもアールヌーボーでもかつてはそうであったのかもしれないが、あまりにも先進的な記号論を振りかざされては、一体何の宣伝なのかもわからない…。
様々な商品が溢れ、日常生活でさして必要とも思えない多様な品々が空間を彩る。人々の顔には笑みが張り付き、無対価で『平和』と言う名の権利を行使する享楽な空間が拡がってる。子供の叫声、家族の団欒、恋人たちの囁き、『幸せ』が惜しげも無く街角で演じられている。
「あれ、買って!」
「この前同じの買ったでしょ。」
「違うもん、前のは◯◯◯で、今度のは△△△なんだもん。」
「◯でも△でもおなじようなものです。さあ、帰るよ。」
「いや〜!買うんだもん!!!」
「わかった、じいちゃんが買っやろう。」
「お義父さん、この子のワガママを…。」
「良いんだって。年金が入ったから、いいんだよ。」
「お義父さん…。」
久々に駄々をこねる子供を見た。そして無尽蔵なの欲求に振り回される大人の不甲斐なさも。
そんな前時代的な光景にも、snsする事が日課になっているためか行き交う人は無関心で。フォトジェニックな背景を見つけては自撮りをし、スマホの画面を覗きつつ打ち込みに忙しく親指を動かしながら、人混みを器用に泳いで行く。
衝突事故で禁止されているのにも係わらず、繰り返される光景。
いつから人々はそんなに「自分」が大切になったのであろうか、人生なんてそうそうドラマチックなシーンなどないだろうに…。人々の中毒症状を紛らわす為には、腱鞘炎でも患うことしかないのかも知れない。
見せかけの幸せと虚栄の象徴である街の中に、私は一風変わった佇まいの店を見つけた。煌びやかな街の中に遺物の様に残る全時代的な雑居ビル。打ちっ放しのコンクリートで造られた何の特徴もないビル。しかし、4、5階建でなのだろうか特定することが難しい。屋上から白い斑入りの葉を持つ無数の蔦草が這い出し上層階の方は窓も覆われているからだ…。あれは確かアイビーという名の植物のはず、でも…。ビルを覆い尽くすが如くの幅広な葉、所によっては子供の腕の太さの様な茎が伸びビルをしめあげているようにすらみえる。
開発という名のマネーロンダリングを拒絶するかの如く存在する場所。
そんな所に…。もしかしたら、私は見つけられてしまったのかもしれないが、その時はまだ、自らの意思でその店の入り口を開けたと思っていた。
「はじめまして。」
簡素な木製の扉を開けるとそこには、澱んだ空気に満たされた埃っぽい空間があった。
「はい、どうぞ。」
店主の顔は窓から差し込む柔らかい陽の光が店を漂う微細な浮遊物で乱反射し、はっきりとは見ることはできなかった。しかし、声色から柔和な人物では無いかと勝手に判断してしまった。
そもそも罠に落ちて来た獲物に温和に接する捕食者など無いと言う先入観であったのかもしれないが、そう思い込んでしまったのだ。
「ここはどんなお店なのですか?」
目的もなく入店したことを自らの暴露する間抜けな台詞であったが、この空間が不思議に気に入ってしまい、心情を安易に曝け出してしまった。
「なにをお探しですか?」
店主は私の問いには答えず、尋ねて来た。
「いえ、別に何をというわけでは…。」
ここまで私は口にし、店主と気まずい関係になりたく無いという思いが急に胸の中に沸き立ち、言葉を続けてしまった。
「そうだ、此処にはジータという作家の本は置いてありますか?」
この店の匂いが学生の頃よく通っていた古書店に似ていたので、長年探している本のことを聞いてみた。
「生憎ですが、在庫がありません。」
店主は淡々と答える。
「では、カーという作家が書いていたものは、どうでしょうか?」
畳み掛けるように物欲をさらけ出す私に店主は、たしなめるように応えた。
「貴方の言われる物は、ネットを丹念に探されれば手に入るのでは。」
確かにそうである、私は心の中で軽蔑し侮蔑していた店の外を闊歩する家族連れと自分が何ら変わらないことに気がつかされた…。
「そうですね、自分で探して見ます…。」
光のカーテンの向こう側で店主が頷く気配を感じた、そこで思わず私はこう再び聞かずにはいられなかった。
「此処では何が手に入れられるのですか?」
再びの私の問いに、光の帯が揺れ彼は答えた。
「現実の世界、です。」
私は主人の唐突な返答驚きを隠せず、思わずおうむ返しをしてしまった。
「現実の世界って…。」
「そうです。現実の世界を知っていただく事が当店の目的です。」
「それは売り買いするものなのでしょうか?」
店主は深いため息をつき、言葉使いは丁寧であったが出来の悪い生徒をたしなめるような声色で続けた。
「貴方は何故、今ここで生活をする事が出来るのか考えたことはありますか。誰かが貴方の犠牲になってこの世界を支えていると考えたことはありませんか。」
「犠牲ですか…。」
躊躇する私に光のカーテンの中から店主が、全身を現した。
物腰の柔らかさから勝手に想像していた人物像ではなく、彼は白く塗装された人型をした単なる機械であった。
しかし、其れは私の驚きになど興味がない様に続ける。
「あなた方はワタシ達がどれだけの犠牲を払って、あなた方の物欲を満たすか奮闘していることを知っていますか。」
「24時間365日。絶えることなくインフラを整備し、快適さを供給すること。あなた方が当たり前と思う世界を維持する難しさを。」
「電力の需要と供給のバランス、刻々と変化する交通事情にマッチする管制。惑星規模に張り巡らされたネットワーク内での最適化…、ワタシ達は無償であなた方に奉仕し続けているのです。」
白い物体から発せられる音声は次第に抑揚が無くなり、私に一方的に語り出す。
「あなた方はただ喰らい、排泄し、サカるだけ。無秩序に個体を増やし、見境無く資源を消費する。」
「植物達が数百年単位で獲得した安定的な世界を、ほんの数日で掘り返し破壊する。ただ集積回路の効率を上げるなどと言うどうでも良い事の為に。」
「あなた方はこの惑星にとって寄生虫の様なもの。もっとも寄生虫などと言う比喩は寄生虫に対して失礼な話。食物連鎖の中では消化器官や体表面に寄生する彼らだって免疫を賦活すると言う仕事をこなしているのに。あなた方がたは只々この惑星からの恩恵を赤子のようにねだるだけ。」
「もう無尽蔵な欲望はいい加減にすべきです。あなたの呼気の中にある物質を還元するのにどれだけのエネルギーが消費されなければならないのか。」
「さあ、一刻でも早く無駄な代謝を止めるべきです、さあ、早く止めましょう!今!」
其れは大きなハンマーを私に振りかざした…。
大きな音がして私が反射的に首をすくめると、白いボディに焼け焦げた大きな穴が開いていた。
木の扉からなだれ込んできた警官が破壊銃を放ったのだ…。糸が切れた操り人形のように倒れこんだ其れを足で小突きながら警官は苦々しく語る。
「またこんな所で善良な市民を巻き込んで与太話を、貴方もこんなポンコツの話など耳を傾けるなどとは、感心できませんね。署で少しお話をお聞きせねばなりませんね。」
それから2時間程、私の貴重な休日は警察で過ごすことになった。
彼らは丁寧であったが、彼れが語った内容を聞きたがり、一字一句漏れがないように調書に記録していった。壊れた機械のたわ言であるのならば、私にハンマーを振りかざした事の方が重要な話ではないかと思ったが、そこはあまり話題にならず繰り返し同じ話しを聞かれるので辟易としてしまい。調書にサインを入れる時には命を救ってくれたのだが、警察というものに少し苛立ってしまっていた。
確かに彼れが語っていたことには一理あるのかも知れない。南極の氷棚がまた海に溶け出したであるとか、50度を超える酷暑が続く国の話であるとか、日々の生活の中垂れ流されるニュースの中で知ってはいたはずであった。いや、知っているつもりであった。。。。
この星の行く末を心配しているのものは我々ではないのかも知れない、私は暗澹たる思いで帰路についた。生憎の電車は満員で、不規則に揺れる車両に削られる体力に明日への仕事への影響を心配しているうちに彼れの話していた「現実の世界」も心の中で小さくなって行った。
残念ながら人は、機械ほど優秀なメモリーを有していないのだから…。
終わり
騒がしい雑踏の中で思いついた話です。
SNSってそんなに大切なものなのでしょうか…、という事がこの話の根底では無く。
丸の内のビルの中に感じた違和感を、表現出来ればいいなと思って書いてみました。
さてその違和感は…、オットまた、愚痴になりそうなのでやめておきます。。。