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傍観者 < プレイヤー >  作者: YoShiKa
■じゅっこめ 手段■

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72.杞憂に至る原因は、不必要な過度の期待に過ぎない











 全てが、ゆっくりと見えた。

 ルーフさんのふわふわとした髪とは違って、さらさらとした直毛の髪。

 それが、風に流されるように揺れている。


「――ヤヨイ」


 どうか彼ではありませんように、と。

 そう祈っても、無音の中に響いた声はツェーレくんのものだった。


 彼の声だけが、ハッキリと私の意識に入ってくる。


 耳を塞ぎたくても、身体が動いてくれない。


「――僕らが、間違っていると思いますか」


 ヒューノットから引き抜いた手を戻した彼の声は、冷静だった。


 間違いも正しいも、そんなことは分からない。

 誰が正しくて、誰が間違っていて、何が本当で、何が嘘なのか。

 どれを選択しても、進む先はいつでも暗い。

 先が見えてくるまでは、何があるのかも分からない。


 私の選んだ結果で開かれた道筋が、本当に正しいのか、なんて。


「僕らを知れば、きっとわかります」


 ツェーレくんはそう言って微笑んだ。


 それは、あのとき聞いた言葉だった。

 噴水のある中庭で、ヒューノットとレーツェルさんが言い争っていたとき。


 幼い姿から入れ替わるように立っていた彼が――ツェーレくんが言った言葉。


 両手で包むように手を握られる。

 どうしようもない。明らかな、デジャブだ。

 まるで、同じ展開を、違う場所で繰り返しているみたい。


 固まっている私を見つめていたツェーレくんが目を伏せる。

 その顔立ちは、まるで作り物のように、絵画から抜け出たかのように、整いすぎていた。

 ツェーレくんの声以外、何も耳に入らない。

 それも、あのときと同じだ。


「――……お願いです。どうか聞いて、ヤヨイ」


 ツェーレくんに囁かれると、手が強張った。

 びくっと腕が揺れる。

 だけど、緊張しているのは私だけみたいだ。



「どうか、聞いてください」



 ツェーレくんの声は、懇願の響きを持っていた。

 許しを欲しているように。

 救いを求めているように。

 頼りない声の、小さな震えが私の胸に響く。


「僕らを知れば、きっと分かります」


 触れているツェーレくんの手から、ぽたぽたと液体が落ちていた。

 それが、私の手首にも伝って流れてくる。


 視線を下げることなんて、出来なかった。

 声すら出せない。

 彼に伝えたいことがあるのに、唇を開くことすらできなかった。



「だから」



 ツェーレくんが震える唇で言葉を紡ぐ。

 その様子は、まるで怯えているかのようだ。

 あのときと同じ言葉を口にしているのに、あのときとは違う様子を見せている。




「逃げて」




 その瞬間、ガクンッと足元の支えがなくなった。

 ゆっくりと、ツェーレくんが手を離す。

 掴まろうとしたのに、彼の手は意外とにも無情だ。

 指先の引っ掛かりさえも無視して、手が離れてしまう。


「――ッ」


 視線を足元に落とす数秒だけが視界の全てがスローモーションになる。

 そして、真っ黒な穴に吸い込まれる瞬間から急速に加速した。


 真下から吹き上げてくる風に晒されて、目を開いていられない。

 腕を伸ばしても触れるものはなく、足先から震えが駆け上がってくる。


 どれほど落下しているのか。

 建物の中ではない、ということしかわからない。

 周囲は真っ暗で、目を開いても閉じても同じだ。


「――ぎゃっ!」


 落下が急に終わって何かにぶつかった。

 柔らかい何かがクッションになって、衝撃を吸収してくれる。

 真下の何かにぶつかって弾かれて、柔らかい地面に転がった。


「……な、なに?」


 目を開くと、一面真っ白――な壁だ。

 周囲には大きなぬいぐるみがたくさん置かれている。

 サイズがどうの、なんて話ではない。

 ぬいぐるみは、どれもこれも私よりずっと大きかった。

 白一色のぬいぐるみたちが、大量に転がっている。


 随分と柔らかな床だと思ったけど、私が乗っているのもぬいぐるみだ。

 フェルト生地のようだ。

 ゲルブさんやグラオさんと同じように、ずんぐりむっくりな体型をしている。


「……」


 ここはどこだろう。

 見回しても、ぬいぐるみしかない。

 立ち上がろうとしても、ちょっと、いや、かなりぬいぐるみが邪魔だ。


「わっ!」


 少し身じろいだだけで、ぬいぐるみ同士の隙間に落ちた。

 動きにくいことこの上ない。

 弾力のあるぬいぐるみの間から更に落ちると、やっと床に辿り着いた。

 ぬいぐるみを押し退けながら、何とか先に進む。


 どっちが前で、どっちが後ろなのかは分からないけど。

 そもそも上から来たのだから、どっちに行っても新規ルートだ。


 巨大なぬいぐるみの間を何とか進むけど、どんどん窮屈になっていく。

 歩くのはあきらめて、四つんばいになってみた。

 その方がまだ、進みやすい。


「えっ……?」


 ぬいぐるみの森から抜け出したと思ったら、人の足があった。

 ゆっくりと視線を持ち上げていく。


 素足だ。

 ほっそりとした脚があって、純白のローブが膝から上を隠している。

 更に視線を持ち上げると、子どもだということがわかった。


 セミロングの黒髪に、アーモンド形の赤い瞳。


 その細い首には、ネックレスが引っ掛かっている。

 何も入っていない小さな鳥篭が、チェーンの先にぶらさがっていた。


「こんにちは」


 子ども特有の高い声がした。

 四つんばいでぬいぐるみの間から出てきた私は、きっとすごく間抜けだ。

 だけど、猫のように目を細めたその子は、あまり気にしていないように見える。


「こ、こんにちは……」


 おずおずと這い出して立ち上がる。

 周囲を見回しても、やっぱり白い壁と白い床、そして白いぬいぐるみが大量にあるだけだ。

 他には、だれの姿も見当たらない。


「あの、ここって……」


 さっきまで、屋根の上にいたはずだ。

 落ちたとしても、庭か、建物の中に落ちるはずだったのに。

 そうではなかった、ということは、別の場所に来たということだろうけど。


 状況が把握できていない私に向かって、その子は緩く微笑んだ。


「エントラオフェンさ」

「え?」


 聞き慣れない単語が飛んできて、思わず聞き返してしまった。


「エスケイプとも言うよ」


 だけど、その子は気を悪くした様子もない。


「ホール、ロッホ、好きに呼んでいいんだ。ここには名前なんてないからさ」


 その子は、両腕を軽く広げた。

 結局、答えなんてないらしい。


 まるで、シュリみたいな子だな。

 シュリほど難解で饒舌ではないけど。


「君が落ちてきたのは、最果てだね」


 また、意味がわからないことを言われた。

 示されるがままに天井を見上げると、そこにはぽっかりと穴が開いている。

 穴の向こうには青空が広がっていた。


「君はきっと探しものをしているんだね。だけど、ここにはないよ」 

「……どうして?」


 あまりにも、あっさりと言い切るから、つい問い返してしまった。

 すると、その子はまた微笑んだ。


 どこかで見たことがある顔だな。いつ見たんだろ。


「ここには終焉の残滓か、産声のない抜け殻しかないからだよ」


 産声のない抜け殻。

 そう言われて、私はぬいぐるみたちを振り返った。

 動き回っているフェルト人形を知っていると、確かにここのぬいぐるみには命がない。

 ような、気がする。


「幼子の夢は深くて甘い。最果ては、いつだって朝が呼び込むものさ。夜は恐ろしいからね」


 やっぱりシュリに似てる気がして来た。


 さらさらと決まり文句のように言葉を放つその子は、少年なのか少女なのかもわからない。

 小学校低学年くらいに見えるけど、違うのかな。


「ボクらは朝を必要としないからね。だから、君の探しものはここにはないんだよ」


 そう言うと、その子はくるりと踵を返した。

 ない、と言われても、私だって来たくて来たわけじゃない。


「ま、待って。それなら、ここから出る方法とか、わからない?」


 呼び止めると、その子はぴたりと足を止めた。

 そして振り返りながら「出たいの?」と不思議そうに聞く。


「出たいよ。だって――」


 言いかけて、止まる。

 何のために戻らなければならないと思っているのか。

 本当なら、私がしなければならないことでもない。

 ゲームの話だし――いや、現実と融合しつつある、けど。

 でも、それだって私のせいじゃない。

 ああ、いや、私が選んだせいだった、かな。


 思考がぐちゃぐちゃしてしまって、自分でもわからなくなってしまった。

 逃げ出したい気持ちは、ある。

 怖かったし、痛かったし、だけど。


 ヒューノットのことも、シュリのことも、ツェーレくんのことも。

 放ってはおけない気持ちだって、確かにある。


 ふと気が付くと、その子は私のすぐ前に立っていた。


「大丈夫だよ。ここはエントラオフェン。迷い子を取り込む趣味なんて、ボクらにはないからね」


 エントラオフェン。

 何だろう。どういう意味なのかな。

 困っていると、手を差し出された。


「おいでよ。連れてってあげる」

「ど、どこに?」

「君が望むところだよ。君の望みは、ここにはないようだからさ」


 悪戯っぽく笑う顔に見覚えはない。

 小さい頃のツェーレくんとも似ていなくて、プッペお嬢様とは年齢からして違う。


 戸惑っていると、小さな手が揺らされた。


「ボクはここから出してあげられないけど、君が望めば良いんだよ」

「そうなの?」

「うん。そうだよ。ここはそういうところだから」


 いまいちピンと来ない。

 だけど、この子以外にヒントがないことも確かだ。


 おずおずと手を差し出しかけたとき、「だってさ」と続けられた。


「君はプレイヤーでしょ?」


 ビクッと手が震えて止まる。

 よく聞く単語だけど、何か違う響きだ。

 顔を見ると、その子は笑っていた。


「……ヤヨイっていうの」

「うん。プレイヤーのヤヨイだね。知ってるよ」

「知っているの?」

「うん。ボクらはよく知っているよ」


 肯定が軽い。

 そもそも、この子が言う"ボクら"は誰を示しているのだろう。

 この場所に他にも人がいるということか。


「あの、君は?」


 あっさりとプレイヤーを知っていて、私の名前も知っている。

 だけど、私は今までこの子を見たことがない。

 今までのプレイヤーが行き詰った分岐に、この子がいたのだろうか。


「ボク?」



 その子は、赤い目をぱちりと瞬かせた。


 そして、やっぱり猫のように目を細めていく。




「ボクは、リュックザイテ。だけど、みんなは()()って呼ぶよ」




 笑うその子の後ろに、濃紫色が見えた。

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