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傍観者 < プレイヤー >  作者: YoShiKa
■じゅっこめ 手段■

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76/77

71.星の命に限りがあるのなら、やはり永遠は有限でしかない










 跳ね飛ばされたモドキは、すぐに立ち上がってヒトガタとヒューノットの間に割り込んだ。

 それはまるで、ヒトガタを守っているかのようだ。


 いや、守っている。

 だって、モドキ(あいつ)はヒューノットの代わりだ。


 ヒューノットは、プレイヤーを守らなければならない。


「ど、どうしよう……」


 棒を握り締めて地上を見下ろすことしかできない。

 ルーフさんは、私の隣から庭を眺めている。

 私が変な動きをしたら、ヒューノットの邪魔になるかもしれない。


 ヒューノットの強さは圧倒的だ。

 だけど、モドキは何度弾かれても立ち上がる。

 いつの間にかモドキの片腕はだらりと垂れ下がっているのに、それでも止まらない。

 このままじゃ、ヒューノットの方が消耗する一方で不利だ。

 ヒューノットとモドキが暴れる度に地面が削れて、色の違う層が剥き出しになっていく。

 モドキは疲れを見せない。

 それどころか、痛みも感じていないように見える。


「――ヤヨイさん」


 不意に名前を呼ばれた。


「な、なんですか?」


 隣を見上げると、ルーフさんが落ち着いた瞳で私を見ていた。

 柔らかそうな金髪が、風に揺れている。


「いざとなりましたら、その棒を振ってください。できるだけ大きく」

「お、大きく……?」


 急なレクチャーに理解が追いつかない。

 だけど、棒を落とさないために手に力を入れた。


「はい。できる限り大きく振ってください。そうすれば、一度くらいは身を守る事ができます」

「わっ、わかりました」

「はい。それでは――」


 ぞわりと鳥肌が立った。

 生ぬるくて、だけど冷たくも感じられる強風が屋根の上を通り抜けていく。


 その直後、私たちの周りを大きな影が覆った。


「……っ」


 風に揺れる金髪の向こう側に、口を開いたバケモノが立っていた。

 光をさえぎったのは、黒いバケモノの身体だった。

 ルーフさんの背後に現れたソレは、輪郭がはっきりしない黒の塊だ。

 燃え上がるように黒い輪郭が揺らいで立ち上がっている。

 ワニを連想させる異様に大きな頭部に、鋭く尖った爪がついた巨大な手。

 黒々と燃え上がった輪郭。

 二足歩行の、それは。


 それは。



「――お気をつけて!」



 庭で異形に成り果てたときの、あのときの、ルーフさんとよく似ていた。


 声を上げた直後、バケモノに向かって振り返りざまに何かをぶつけたルーフさんが、屋根の上を駆け出す。

 それを黒いバケモノが追いかけるまでの、一瞬。

 一瞬のはずが、ひどく長く感じられた。

 だけど、私は動けない。反応すら、できなかった。


 洋館の広い屋根を駆け抜けたルーフさんが、棒を大きく振るって大量の泡を生み出していく。

 次々に生まれていくシャボン玉たちが重なって、急速に塊を形成し始めた。

 そして一瞬でドラゴンのような形になった白い塊が、大きな尻尾でバケモノを弾き飛ばす。

 だけど、バケモノは身体を作る黒いモヤが引き裂かれただけで、すぐに形が戻ってしまう。


「ルーフさんっ!」


 屋根から飛び出したルーフさんが、体を包むほどの大きなシャボン玉に乗った。

 そして、すぐに次のシャボン玉を生み出して飛び移り、どんどん高い位置へと上がっていく。

 細かなシャボン玉で作られたドラゴンが黒いバケモノを飲み込もうとするけど、泡と煙で話にならない。

 互いに溶け合っては分離して、それぞれの形を再び作り直している。


 そうだ。ルーフさんは戦えないんだ。

 あの人は守る方に特化していて、戦うことができない。

 だから、影――漆黒の代理人はルーフさんに手出しができなかった。


 だけど、アレは。バケモノは違う。

 役割を超えられない影じゃない。


「……もしかして……」


 高い位置まで舞い上がったルーフさんが、建物から距離を取っていることに気付いた。

 洋館から、バケモノを引き離そうとしている。

 建物の中には、プッペお嬢様がいて、屋根の上には私がいて――


 ――これじゃ、本当に傍観者(見ているだけ)だ。

 何もできない。

 バトンサイズの棒を握り締めたまま、固まっているだけだ。

 ただの足手まといになってしまっている。


 何をどうすれば、ヒューノットはモドキに勝てるのだろう。

 ゲルブさんと戦ったときみたいに、何か打開策はないのか。

 探しても、考えても、何も思い浮かばない。

 指示を出しているヒトガタをどうにかすればいいのかもしれない。

 だけど、そうしたとき、成り代わられたプレイヤーはどうなるのかわからないし。

 そもそも、ヒトガタを先にどうにかしたとして、モドキが止まるのかわからないし。


「……あぁあっ、もうッ!」


 これなら、選択肢を出してもらった方がずっといい。

 だけど、そんなことを言っている場合じゃないのはわかっている。

 思考がぐちゃぐちゃになって、訳がわからなくなって来た。

 どうして、あんな奴らがいるの。

 なんで、こんなときにバケモノが出て来るの。

 いっそ泣きたい気持ちになったけど。


 泣いたって意味なんてない。

 ご都合主義で助けてもらえるのは、お姫様くらいなものだもの。


 私には、シュリから預かったペンダントも、ルーフさんに渡された棒だってある。

 それぞれ一回ずつだとして、それでもチャンスは二回もあるわけだ。

 今はどうなのかわからないけど、私はこっちにいたら、ケガをしない、かも、しれないし。


 屈んでいた腰を伸ばして立ち上がったとき、ヒトガタと目が合った――ような気がした。

 ゆっくりと、その腕が伸ばされて指が私を示す。


「――クソがッ!」


 モドキの一撃を避けて宙に飛び上がったヒューノットは、そのままヒトガタの傍に着地した。

 さっきまでなら、そこにモドキが向かう。

 だけど、今は違った。

 モドキは、ヒトガタに近付かない。

 ヒューノットがヒトガタの頭を掴んで地面に叩きつけると、白い何かが飛び散った。


 その間に濃紫色の長い髪が、黒い外套と共に揺れる。

 地面を駆けていたはずの足が宙を踏み、まるで階段を蹴り上がるように距離を詰めてきた。


「……ひっ!?」


 モドキが向かう先にいるのは、私だけだ。

 ヒトガタからモドキに出された指示が、どういうものだったのかはわからない。

 私が立っている位置よりも、随分と高く舞い上がったモドキに表情はなかった。

 ただ、青い瞳が私をまっすぐに見据えている。


 たなびく髪も、揺らぐ外套も、距離を詰められる数秒も、何もかもがゆっくりだ。

 身体が強張って動けない。

 足の裏が屋根に吸い付いてしまったかのようだ。

 たった数秒を数分に錯覚してしまうほど、余裕がない。


「――ヤヨイ! 逃げろッ!」


 怒号が聞こえて目を向けると、飛び散った白が地面から伸びてヒューノットの脚を捕らえていた。

 ここからじゃ見えにくい。

 だけど、それらは手のようにも見える。

 大量の白い手が地面から伸びて彼の脚に絡み付いていた。

 倒れたヒトガタの身体は四肢が崩れて、辛うじて胴体だけが残っている状態だ。


 ぞっと背が震える。

 ヒューノットが何かを叫んだ。


 これじゃ、あのときと同じだ。

 全く、同じ状態になってしまっている。

 シュリが食べられそうになったあのとき。

 バケモノの尻尾に脚を取られたヒューノットは、自分でその脚を切り捨てた。

 ()()()()()()()()


 こんなの、ループと大差ない。


 私は相変わらず動けなくて、何もできないまま――


「――!」


 着地と同時にモドキが私の首を掴んだ。

 勢いのまま引きずり倒されて、屋根に叩きつけられる。

 首の後ろから背中、腰、脚にかけて、激痛が走った。

 首筋に食い込む指が痛い。

 喉が塞がれて、声どころか息ができなくなる。

 握り締めていたはずの棒は、どこかに転がってしまう。


 一度は跳ね上がった身体が、勢いよく落ちたせいでまた全身を打ちつけた。


 私の上に馬乗りになっているモドキの、長い髪が頬に触れる。


「……ッ」


 自分の喉から、声とも音ともつかない何かが漏れ出た。

 痛いというよりも熱くて、その熱が怖くて恐ろしい。


 払おうとしても、太い腕はビクともしなかった。

 脚で暴れても、がっちりと押さえつけられてうまく動けない。

 私の抵抗なんか、モドキには何の意味もない。

 身体をよじることさえできなくて、腕一本で、手ひとつで、容易く押さえつけられてしまう。

 喉の奥から吐き気がこみ上げるのに、それを逃すことさえ許されない。


「っ、……ぁ゛……ッ」


 首に掛かる手を掻きむしっても身体を蹴り上げても、モドキは全く動かない。

 息苦しさにもがしていると、何かが転がってきた。

 耳のあたりに当たったそれは、ルーフさんから渡された棒だ。


「――……っ!」


 無我夢中で掴んだそれを、めいっぱいの力を込めてモドキの首筋に叩き付けた。

 その瞬間、耳元で激しい破裂音が響き渡って、モドキの手から力が抜けて離れていく。


 肺に空気が一気に入り込んで、嘔気と一緒に激しい咳が出た。

 何度咳き込んでも止まってくれない。

 屋根に転がったまま胸を押さえてうずくまると、視界の端でモドキがぶっ飛ばされた。

 それを見ている余裕もなかったけど、誰がそうしたのかくらいはわかる。


「ひゅ、ひゅう、のっと……」


 咳の合間に呼んでみたけど、うまく音が出ない。

 ヒューノットとモドキは、きっと同じ力だ。

 あの力が首を絞められて数秒と持つはずがない。

 だから、たぶん、さっきのはほんの一瞬だったのだろうけど。


「はっ、ひ……う……っ」


 咳も止まらなくて、吐き気も落ち着いてくれなくて、身体が馬鹿みたいに震える。

 ほんの一瞬だったはずなのに、すごく長く感じられた。

 息苦しさ自体よりも、ずっと恐怖の方が上だ。


 激しく暴れる心臓のせいで、息苦しさが止まらない。


「――っは、すまない、ヤヨイ。お前……っ、まさか。痛いのか」


 モドキを蹴り飛ばしたらしいヒューノットが、私のすぐ傍に膝をついた。

 痛いし苦しいし怖い。

 やっと呼吸できるようになって来ると、恐怖心が一気に増した。


 どうして。

 こっちにいるのに、痛いのか。

 シュリの投げた石すら当たらなかったはずなのに、どうしてモドキは私に触れられるのか。


「……はぁっ、は……はっ……」


 乱れた息を繰り返していると、喉が乾いて張り付いてくる。

 まるで全力疾走したあとみたいに、私の身体は酸素を求めていた。


 どうして。


 なんて。


 意味のない疑問だ。


 モドキはヒューノットの器で、今はプレイヤーに成り代わったヒトガタの手足。

 私にとっての、ヒューノットと同じ。


 ヒトガタが、()()()()()()()()()()()()だけじゃない。


 モドキも、ヒューノットに。




「……っ、すまない。今すぐ――」



 ボタボタと何かが降って来た。


 私の身体に当たったのは、赤い液体だ。

 それが、服にどんどん広がっていく。



「ど、どうして……」



 崩れ落ちたヒューノットの向こう側に立っていたのは、



「ツェーレくん……」



 モドキでもなく、ヒトガタでもない。


 大人の姿になった、ツェーレくんだった。

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