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傍観者 < プレイヤー >  作者: YoShiKa
■ここのつめ 真相■

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64.曖昧な歌











「……あれって」


 扉の向こうに広がる一室には、大量の紙が積み上げられている。

 それらを包み込んだ炎は、今にも天井にまで届きそうなほどに大きくなっていた。

 私の手首に触れているシュリの手が、少しだけ強張る。


「定められた未来に成り損ねた過去の遺物さ――まさか、こうなっているとはね」


 黒い燃えカスがちらちらと舞い上がり、どこへともなく散っていく。

 部屋には入らないまま、シュリは静かに息を漏らした。


「しかし、妙だな……――ヤヨイ。レーツェルに、どのような答えを渡したのか。聞いても構わないかい?」


 轟々と燃え上がる炎を前にして、どうすればいいのかなんてわからない。

 戸惑っているところで名前を呼ばれると、少しだけ緊張した。

 私は、何かを間違えたのだろうか。

 何を選び損ねたのだろう。


「えっと……できない、って言ったよ」

「できない?」

「う、うん……ヒューノットは、きっと望んでいないから、って」


 何か、まずかったのだろうか。

 シュリの表情が読めなくて、どうしても不安になってしまう。

 仮にまずかったとしても、後戻りはできないけど。

 いや、できるのだろうか。レーツェルさん絡みだと、できそうにない。


「……望んでないだろうな、って、思ったんだけど……」


 ヒューノットが選択肢から解放されつつある、とは聞いた。

 だけど、完全に解放されたわけじゃない。

 レーツェルさんの言葉に従って、私が頷いてしまったら尚更だ。

 ヒューノットは彼自身の意思とは関係なく、私の選択に従わなければならないかもしれない。

 いや、むしろ解放されるよりも、その可能性の方が高そうな気がする。


「……」

 

 何だろう。すごく、矛盾しているとは思う。

 選択肢があるせいで、ヒューノットは辛い場面を繰り返す羽目になっていた。

 私が選択を放棄した――っていうのは、ユーベルが言った言葉だ。

 とにかくルートが変わったから、ルーフさんの目の色が青に戻った。

 だから、そっちのループは回避できたと言えるかもしれない。

 でも、選択肢から解放するとしても、レーツェルさんの言い方だとヒューノットには自由がない。

 世界を変えるための()()――それはつまり、「世界を変えろ」と命令するようなものだ。

 だったら、()()()()()って何なのか。

 どうすれば、ヒューノットは自由になれるのか。


「――さて、どうだろう。彼の望みは、彼自身に聞いてみなければ真実としては私にも分からない。せいぜい、推察する程度さ。ただ、……そうだね。この場合、君の判断は間違ってはいなかったのだろうと思えるよ。少なくとも、私にとってはね」


 確かに、シュリの言うとおりだ。

 ヒューノットがどう思っているのか、なんて。そんなの、ヒューノットにしかわからない。

 だけど、私の答えを肯定してもらえて、少し安心したことは事実だ。

 ゆっくりと息を吐き出す。

 知らないうちに緊張で強張っていた肩から力が抜けた。


「どうやら、随分と大きく動き始めたようだね。挙句にこちらは少し、出遅れてしまったようだ。いや、出遅れ続けているというべきか。とにかく――どうしたものかな。ヒューノットと合流した方が良いかと思うのだけど。ヤヨイ、君はどう思う?」

「えぇっ?」


 そんな。シュリにもわからないことが、私にわかるはずもない。

 どうするかなんて。そんなことを言われても、困ってしまう。

 そもそも、シュリが判断に迷うなんて初めてのことじゃないだろうか。

 新たなルートで、シュリも戸惑っているのかもしれない。表情は、見えていないけど。


「……ご、合流した方がいいんじゃないかなぁ……」


 ぜひとも、そうして欲しい。

 私としては、シュリの意見に賛成だ。賛成というか、反対する理由がない。

 まあ、シュリが言わなかったとしても、できれば合流した方がいいだろう。

 戦力的な問題もある。私ひとりじゃ、何かあったときに対応できない。

 私だけじゃ、シュリを守れない。


「それなら、ここから出よう。ここは確かに安全ではあるけれど、干渉は出来ない場所だからね。いずれにしても、あちらに行かなければならないだろう」

「あちらって?」

「祈りの丘さ」


 さらりと告げられてしまった。

 一瞬ばかり身体が強張る。あの場所にはあんまり、というか、全然いい思い出がない。

 確かにツェーレくんには会えたけど、それ以上の問題が山積みだ。


「嫌かい?」

「そ、そうじゃないけど……」

「構わないよ、ヤヨイ。進む事も引く事も、君には必要な事だ。君の手札に適切なカードがないというのなら、私の手札から喜んで差し出そう。さあ、どうしようか」


 どうしよう、と言われても。

 絶対にこうした方がいい、なんて自信もない。

 そもそも、選択肢がないのに選べなんて、ちょっとあんまりだ。

 少し焦りながら考えてみるけれど、やっぱり、合流した方が良い気がする。


「ヒューノットに会った方がいいとは思う……けど、ヒューノットはさっきの、ええと、階段の下だよ」

「しかし、あの場所で君はレーツェルに会ったのだろう?」

「え、ああ、うん、そうだけど……場所っていうか、建物でね」

「ならば、やはり同じ事さ。あの場所と祈りの丘が何らかの繋がりを得たと考える方が妥当だ。ヒューノットが君を先に行かせたのなら、やはり戻るよりも進む方が適切だろう。今はバグに付き合っている場合でもない。出遅れた分を取り戻す必要があるだろう。神聖な静寂に取り残される事は得策ではないしね。或いは……平原か。そちらから呼ぶ方が良いかもしれないね。どうしたい?」

「う、うーん……それなら、平原かな……」


 祈りの丘から学校に繋がっているとも限らない。

 それに、できるだけ、さっさとヒューノットと合流したいというのもある。

 レーツェルさんと会うにしても、まずはヒューノットがいた方がいい気がした。


「平原だね。では、こちらだ。おいで」


 片腕を振るって扉を閉ざしたシュリは、私の手を離して一足先に歩き出した。

 今度は、ホール側面の壁にある扉だ。数歩進んだ先で、立ち止まって振り返ってくれる。

 そういうところが、ヒューノットとは違う。


「あの、あのさっ」


 私が隣に追いつくと、シュリは静かに扉を開いた。

 廊下に出ると同時に問いかけてみる。


「ルーフさんは? ゲルブさんたちの家で、留守番だったはずなんだけど」

「大丈夫だよ、ヤヨイ。彼には、きちんとお屋敷に戻ってもらったからね。送り届けたから、確かだよ」


 それなら、よかった。きちんと送ってくれているあたり、さすがシュリ。

 やっぱりルーフさんには、プッペお嬢様の隣にいて欲しい。

 代理人と対峙したときには、どうしようかと思ったけど。確かに助かったけど。

 そういえば、ルーフさんの武器というか、道具ってシャボン玉でいいのだろうか。

 いいんだろうな。何というか。成人男性が所持するには、あんまりにもファンシーだ。忘れよう。

 赤色の絨毯が続く廊下の壁にも、絵画が掛けられている。

 並びは統一されていて、きっちりと一定間隔だ。

 私の頭よりも高い位置にある窓から薄い光が差し込んでいるけど、時間帯はわからない。


「彼には彼の役割があるからね。いつまでも、借りておくのは申し訳ない」


 シュリと並んで歩いても、狭く感じないほどの廊下だ。

 廊下というより、本当にちょっとした展示室にも思えて来る。


「ルーフさんの役割って……やっぱり、プッペお嬢様絡み?」

「そうだとも。彼には、あの子を守ってもらわなければならない。それに、あの子も彼が傍にいてくれるよう願っている筈だからね。互いの願いさ。奪うべきではないものだよ。例え、世界がどのように転んだとしてもね」


 もちろん、そうだとは思う。

 ルーフさんの瞳に星さえ入らなければ、そもそも、あんな選択肢だって発生していない。

 あの人たちは、平穏に暮らしていいはずだ。プッペお嬢様のママが不在だって問題さえ、除けば。


「……ねえ、シュリ。色々と聞いてもいい?」


 シュリにとっても、先が見えないルートに入っていることは確かだ。

 だからって、制限が解除されたとも言い切れないけど。

 でも、知りたいことは山ほどある。ヒューノットと合流してからでもいいけど。


「勿論、構わないとも。私に答えられる事であれば、何でも答えよう」 


 長い廊下を歩き出しても、距離が離れることはない。

 シュリが、歩調と歩幅を私に合わせてくれているからだ。

 そういうところは、少し嬉しい。


「……選択肢のことなんだけど」


 前に来たとき、すべての絵を見たというわけではないから、増えたとかは言えない。

 だけど、廊下に並んでいる絵は見たことがないものばかりだ。

 それらを眺めたあとで、シュリを見上げる。

 すると、シュリもまた私の方に顔を向けていた。


「本当に、ツェーレくんを助ける方法ってないの?」


 その方法さえ見つかれば、レーツェルさんがこの世界を捨てる理由はなくなるはずだ。

 もしかすると、そんな単純な話ではないかもしれないけど。

 でも、有り得るのなら、可能性があるのなら、試してみる価値はある。たぶん。


「……存在しない。特に現時点では、そう答えるより他にないね」

「どうして?」


 シュリの声は、やっぱり冷静だ。

 その冷静さが少しだけ、今は少しだけ悔しかった。


「彼が星の後継者である限り、彼自身に与えられた運命を捻じ曲げる事は困難だからだよ」

「それじゃ、後継者から外れるっていうのは、できないの?」


 勢いよく食い下がると、シュリは少しだけ肩を竦めた。

 困っているのか。それとも、呆れているのか。

 仮面に表情が隠されて、そのあたりはわからない。


「言っただろう? 星の子は、地上では生き延びる事ができないと」

「それは、聞いたけど……星の姿じゃなくなったから、ツェーレくんじゃ空に返せないっていうのもわかってるよ」


 そして、星を奪われた空は怒ったわけだ。

 星が人の姿になったら、もう元の姿には戻れない。

 人の姿になったら、星ではなくなる。だから、空に帰ることもできない。

 だからって、どうしてツェーレくんが何度も殺されなきゃいけないのか。

 それが、わからない。


「星がどうして、本来の姿を捨てるのか」


 前を向いたシュリは、まるで独り言のようにつぶやいた。

 廊下はまだ長く続いたままで、不自然なくらいに向こう側が見えていない。

 ずらりと並ぶ絵画は、徐々に間隔が狭くなって、増えているように思えた。


「星のままでは、地上で生きられないからさ。しかし、空に戻れば生き延びることができる。星に与えられた選択肢は、星のまま空に戻るか、地上の子として姿を変えるか。この二択さ。それも自ら選ぶわけではない。星のまま死ぬか、地上の姿に変わるか、空に帰るか。ほとんどの星の子は、選ぶ事ができなかったのさ。空に戻るためにはツェーレの力が必要だが、レーツェルがそれを望まなかったからね」

「……ツェーレくんを、理想の王様にしたかったから?」

「そうさ。結果として、レーツェルは空を怒らせた。空から、星を奪い続けたのだからね」


 ツェーレくんを"理想の王様"にするために、レーツェルさんは"いのりぼし"を落とした。

 そして、ツェーレくんは祈りを抱えて重くなった"いのりぼし"を食べる。

 ツェーレくんの中に"いのりぼし"が溜まって溶ければ、あとは器に入れるだけ。

 植物と共に眠っていた、ツェーレくんの器。あれは、大人の姿だった。

 ツェーレくんを死なせているのは、レーツェルさんだ。何度も、何度も、繰り返している。


「前にも言った通りさ。レーツェルが求めているのは、"理想の王様"となるべくして定められた弟だ。星の嘆きを聞き、或いは傍観者に感化され、もしくは世界に制されて思い留まるような彼は、彼女にとって"素敵な弟"ではない。つまり、結局のところはレーツェルがツェーレを許さないのさ」


 レーツェルさんは、ツェーレくんを"理想の王様"にしたい。

 だけど、"理想の王様"になるということは、作られた器に入るということだ。

 彼は彼のままで生きることを、許されていない。

 "理想の王様"になることを拒絶すれば、レーツェルさんに殺されてしまう。

 だめだ。どうしても、レーツェルさんが絡むと穏便に済まない。

 ツェーレくんが助かれば、それでいいと思ったのに。

 シュリは、静かに首を振るう。


「――君の世界に落ちた時から、我々はずっと足踏み状態だ。依然として彼女の目的すらわからないまま。眼前の問題に振り回されて、その場で延々と歩く練習をしているようなものさ。その間にも、彼女は着々と計画を進めている事だろう」


 確かに、そうだ。

 公園で話したときと、何も状況は変わっていない。

 それどころか、悪化すらしているような気がする。

 しかも、こちら側は打つ手がないのに、あちら側は好き放題だ。


「……でも、わかったことがあるよ。レーツェルさんの計画に、ヒューノットが必要だってこと」


 それは、公園で話し合ったときには、まだわからなかったことだ。

 レーツェルさんが働きかけて来たからこそ、判明したこと。

 その理由までは、わからないけど。

 まあ、そう簡単に手の内を見せてはくれないだろう。底知れない感じがして、やっぱり苦手だ。


「ああ、そうだね。そのようだ。ヤヨイに解放を求めたという事は、ヒューノットに強制して何かをさせなければならない必要性が生じたのだろうね」

「……だったら、まだ遅くないよね?」


 ヒューノットは、まだこちら側にいる。

 少なくとも、彼が自分の意思であのときエラーだと言われたような行動を取らない限り。

 それと選択肢から、完全に解放されない限りは。


「その筈だと思いたいところだ。一先ずは、彼を含めて話し合おう。我々はもう少し、足並みを揃える必要があるだろうからね。あちらには手札が多すぎる。しかし、我々も無力ではない。持ち得る限りの手札を揃えて、尽くせるだけの手は尽くそう」


 ゆっくりと、シュリが足を止めた。

 つられて私も立ち止まる。


 ハッと気がつけば、目の前に扉が立っていた。大きな、両開きの扉だ。





「警告しておこう。ヤヨイ。物事は存外にシンプルだ。見てくれに騙されてはいけないよ。その奥にはきっと、無意味ではない価値が眠っている。一見して無駄なように思えるものも、見る角度を間違えているだけなのさ」



 それは画廊へと繋がる扉に入る前に、言われた台詞だ。


 一体、何の警告なのか。


 戸惑っている間に、シュリがゆっくりと扉を開く。いや、扉の方が勝手に開いたように見えた。







 開いた扉の向こうから姿を見せたのは、真っ白に染まった――いや、色を失った平原だった。

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