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傍観者 < プレイヤー >  作者: YoShiKa
■ここのつめ 真相■

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54.優良な策











 フェルトの森が覗く穴が、ぐんぐんと遠ざかっていく。

 こうして見上げていると穴というよりも、空に浮かんだ異物のように思えて来る。

 周囲を飛び散る星の欠片たちは、キラキラと光を放ちながらも浮かび上がることもなく、ただ落下の一途を辿っていた。

 掴めそうなほどに近い位置にある星の欠片たちへ向ける視線はそこそこに、ヒューノットの顔を見る。

 視線は、合わなかった。


「ヒューノット!」

「何だ」

「今度は放り出さないでねっ!? シャレにならないから!」


 どうにも、あっちこっちでやたらと落下してばかりだ。

 いい加減に慣れたい気持ちと、慣れられるかとツッコミを入れたい気持ちが交錯する。

 ツェーレくんと出会った丘で、これでもかとぞんざいに放り投げられたことは、まだまだ記憶に新しい。

 あのときは雪のおかげで何とかなったけど。いや、下が雪だからって、絶対に無傷なわけじゃない。

 というか、別に無傷だったわけじゃない。何の防御もなくて痛かった。

 足元は、さっき見た限りでは街が広がっていた。

 アスファルトの上になんか放り出された日には、痛いどころの話ではない。

 特にこっち側に戻って来ている今なら、本当にシャレにならないはずだ。

 しかし、ヒューノットは無言。待て待て、やめて。不安すぎる。


「聞いてるっ!?」

「聞こえている」

「ちゃんと聞いてよッ!」


 まるで風のトンネルに入り込んだかのようだ。

 身体ごと周囲を包む強風が、耳元で激しく音を立てている。シンプルにうるさい。

 対抗するように声を上げてみるけれど、ヒューノットの反応は素っ気ない。

 あまりにも素っ気なくて、本当に聞いているのかどうか本当に怪しすぎる。


「飛び降りてどうするつもりなのッ?」


 考えなしだったら、どうしてくれようか。

 しかし、ヒューノットは無言だ。いやいや待って待って。今、だんまり発動はやめてください。


「ヒューノットってば!」


 もう一度名前を呼ぶと、迷惑そうな視線が向けられた。

 そりゃうるさくしている自覚はあるけど、それにしてもひどくないか。

 ヒューノットはいつも何も言わずに行動を起こすから、本当に振り回される。

 振り回す方は気にしないかもしれないけど、振り回される方は本当に大変だ。

 その辺、わかってるのか。


「ちょっとでいいからっ、説明してよっ」


 うるさく声を上げると、ヒューノットはとうとう視線を外した。


「――"あちら側"の底が抜ける」

「えっ?」


 急に言われて、何のことかわからなかった。

 あちら側――ヒューノットたちの世界の方だ。

 底が抜ける。地面に穴が開いて、空が見えていた状態のことかな。

 まあ、地面に穴が開いても空に穴が開いても、大変なことには変わりがない。

 だけど、ホールにいたとき、グラオさんたちが落ちて来たのも天井――上だった。

 あのときは、それこそまるで底が抜けてしまったかのように落下して来た。


「穴が開いたからっ?」

「そうなる」

「えっと、じゃあ、どうするの?」

「星を辿る」


 言葉足らずだ。

 何をするのか、全然ピンと来ない。

 不満そうな顔になってしまったのだろう。

 ヒューノットは、ちらりと私の顔を見るなり、眉間に皺を寄せた。

 いやいや、この場合にその表情になるのは私の方だよ。お前じゃないよ。決してお前ではないよ。断じて違う。


「――レーツェルの狙いは不明だが、明確な事はひとつある」


 ヒューノットの外套が荒い音を立てながら、風に揺らされて広がっていく。

 抱えられている私は、ただ身体を竦めてしがみつくより他にどうしようもない。

 そんな中で落とされる言葉は、不思議と遮られずに耳へと届いてくれる。

 レーツェルさんに関することで、明確なこと。

 

「……ツェーレくん?」


 むしろ、そうだとしか思えない。

 レーツェルさんの、ツェーレくんに対する執着心は並大抵のものじゃなかった。

 ただの双子だと、単なる姉弟だと、そう思えないほどの凄まじさがある。

 一体、何に起因するものなのか。それは、全くわからないけど。

 レーツェルさんは、"傍観者がツェーレくんを奪う"と言っていた。

 そして、シュリを裏切り者と呼び、傍観者については無言を貫けとも言っていた。

 シュリについてはもとより、傍観者についても憎悪に似た感情があるのかもしれない。


「――ああ」


 ヒューノットの返事は短い。

 世界のやり直しを選んだのはシュリ。

 空の崩落を見届けられなかったと言っていた。

 祈りを捧げて星を地上に降ろしたのは、レーツェルさんだ。

 そして、ツェーレくんが、降りて来た星――祈り星を空に戻す、はずだった。

 ユーベルは、すべての終わりを望んでいる。

 なら、どうしてあの時、プッペお嬢様たちの無事に感謝したのか。

 あの時点で館にいるふたりのことで存在していたルートは、ふたつ。

 ルーフさんがバケモノになって、ヒューノットに倒されること。

 もうひとつは、バケモノになったルーフさんがプッペお嬢様を襲ったあとに、自分で。

 後者は見ていないし、確認する気にもなれないけど。

 傷付けずに、というのなら、やっぱりあのふたりのことで正解だろう。

 ユーベルの感謝と攻撃の行動が矛盾しているように思えてならない。

 一方のレーツェルさんは、あっちの世界を見捨てて乗っ取りを企てている。

 あちら側で叶えられなかったことを、こちら側で叶えるつもり、らしい。

 その手段が、今の現象と繋がっている、らしい。

 何だろう。

 一体、何だろう。

 見落としていることがあるような気がする。

 何となくではあるけど、何か、重要なことを忘れているような気がしてしまう。

 流されるがままに進んでしまって、肝心なところは何も明確になっていない。

 今は、わかっていることよりも、疑問点の方が多いくらいだ。

 シュリが寝ている間は確かめられないから仕方がないとはいえ――


「――わっ!」


 考えごとをしていたら、周囲が一気に白く染まった。

 まるで湯気の中に放り込まれたかのようだ。全く周りの様子が見えない。

 身体を通り抜けていく風は相変わらず強い。でも、冷たさはほとんど感じられなくて不思議だ。

 雲の中にでも入り込んだのかと思ったけど、周囲には細かな光がたくさん瞬いている。ラメでもちりばめたかのようだ。

 そして、パチパチと何かが弾ける音が、いくつも重なって響いている。

 白いモヤの全体に、点滅を繰り返している薄い金や銀の光が混ざりこんでいるようだ。


「な、なにこれ。星?」

「ああ」

「ほ、星に飛び込んだの?」

「いや……とにかく、星を辿れば掴める筈だ」


 ヒューノットの低い声が落ちて来る。

 その顔を見上げてみるけれど、この距離でさえも見えにくい程に白いモヤが濃い。

 確かに、境界の裂け目では星のような光がたくさんあった。

 そして何より、ツェーレくんは星の後継者だ。星を返す役割を持つ。

 レーツェルさんだって、星に祈りを捧げる役割があった。

 ふたりとも、そして境界も、星とは関係が深い。はず。

 どちらにしても、これといったヒントもない現状では、唯一の手がかりだ。

 ただ、やっぱり何か引っ掛かる。

 シュリは、レーツェルさんとユーベルが同じことをしようとしていると言っていた。

 最終的な目的こそ異なっていても、ふたりがやろうとしていることは同じ。

 何だろう。変な引っ掛かりがあるのに、それが何なのかが明確にならない。

 レーツェルさんと、ユーベル。空と星。地上と空。罪人と災厄。

 ふたりに共通しているのは、やっぱり星だけど。他にも何か、ある気がする。


「……わぁっ!?」


 またまた、考えごとをしていたせいで、すっかり油断していた。

 全然、学習していない。

 唐突に空の色が戻って、白いモヤから抜け出した。

 そうすると、急に落下速度が上がっていく。

 まるで、真下から引っ張られているかのようだ。

 ヒューノットにしがみつく手に力が入るけど、この程度では何も防げそうにない。

 直後にぐるりと視界が上下に一回転して、今度は悲鳴を上げそうになった。

 寸前のところでそれを飲み込めたのは、回転の動きがヒューノットによるものだとわかったからだ。

 びっくりさせんなし。


「――ッ!」


 すとん、と。

 着地の音は小さく、そして軽い。

 あんなに騒ぎそうになったのが、馬鹿馬鹿しいくらいだ。

 パラシュートも何もつけずに飛行機から飛び降りたものなのだから、私の反応が正しいはずだけど。

 やっぱり、ヒューノットは何を言うわけでもない。


「はー、びっくりしたぁ……」


 降ろされたことで、やっと足元に硬い感触が戻って来る。

 おかえり地面。ただいま私。

 安心してその場に屈み込むと、どこかの屋上であることに気が付いた。

 人の気配はない。

 広々とした屋上は、ビルの上とも違うようだ。

 貯水タンクのようなものはあるけど、その他には柵もなく、がらんとしている。

 周囲には他に高い建物もない。というより、見えない。

 まるで、雲が降りている山のように、一面が霧に包まれている。

 それを確認した時だ。


 激しい振動と音が響き渡った。


 地震でも来たのかと思うような揺れ。

 何か大きなモノが崩れたと思わしき音のあと、重たいものが落ちたり割れたりする音が続く。

 揺れに驚いて膝をついている私を置いて駆け出したヒューノットは、屋上の縁へと向かった。


「――ちょっ、ヒューノット……ッ!」


 置いていかれると思って慌てて立ち上がったのに、ヒューノットは柵も何もない屋上の縁を蹴った。

 空へと軽く舞い上がった後、その身体はあっという間に落ちていく。

 ということは、音の原因は下――外にあるということだ。たぶん。

 さすがに、あれは追いかけられない。

 周囲を見回すと、扉があった。施錠されていませんようにと願いながら駆け寄ってドアノブに手を掛ける。

 鉄製の扉は少し重たいけど、問題なく開いてくれた。

 中に入ると、すぐに階段がある。

 左右に手すりのついた広い階段は、何となく見覚えがあった。

 いや、ここに来たことがあるわけではない。こういう光景に見覚えがある。


「……学校?」


 階段を駆け下りて広い踊り場を抜ける。

 壁に嵌め込まれた防火扉を横切って廊下を覗き込むと、右側にずらりと窓。

 そして、左側にはドアと窓――教室だ。やっぱり、どこかの学校らしい。

 外はまだ日があるけど、薄らと暗い。

 そのせいだろう。廊下の一番奥にある非常扉が、妙に存在を主張しているように見えた。

 少し迷ったけど、階段へと戻る。知らない建物内をうろうろしている場合でもない。

 ここが何階なのかはわからないけど、校舎だとすれば、高くても三階くらいだろう。きっと。

 手すりに触れながら階段を駆け下りていく。人の気配はない。無人だ。生徒どころか先生もいない。

 しんと静まり返った学校は、何だか異様な空間だ。

 息が上がったところで、やっと一階に辿り着く。

 廊下に飛び出して左右を見回せば、少し離れた位置に下足室があった。

 背の高い下駄箱が並ぶ通路を抜けて大きな扉に触れるけど、ビクともしない。


「なんでここッ!」


 だったら、屋上に鍵を掛けろと、ちょっとだけイラついた。

 でも、内側からの開錠は可能だ。乱暴に施錠を解除したあと、扉を押し開く。

 外に広がっているのは、やっぱり運動場だった。どの学校でも見た感じは同じになるのだろう。

 ただ今は、そんなことを懐かしんでいる場合でもない。


「ヒューノット!」


 呼んでみるけど、返事はない。

 そして見渡す限り、姿もない。

 私自身が不安だというのもあるけど、ヒューノットのことだって心配だ。

 シュリと私を身を挺して庇ってくれたときに思ったけど、どうせ生き返るからって無茶苦茶すぎる。

 そうしないと助けられないとか、そういうのは確かにあるとは思うけど。

 だけど、それにしても、やっぱり無茶だ。


「ヒューノットってば!」


 やみくもに駆け回るほどの体力はなかった。

 単純に走り回るだけじゃヒューノットに追いつけるはずもない。

 とにかく周囲を見回して、それらしいものがないかを確かめるけど、人の姿は見えない。

 ヒューノットの急な単独行動は初めてではないけど、あんなに唐突なのは初めてだ。


「ねえっ、ヒューノット!」


 もう一度、声を上げてみるけど返事はない。

 どっちかといえば、返事をするよりさっさと迎えに来てくれそうではあるけど。

 屋上から見えていた濃い霧は、運動場には降りていない。

 学校の敷地外だけが、白く染まっているといった感じだ。

 校舎を振り返ってみるけど、特に崩れている場所はない。

 運動場を囲む別棟の校舎も同じだ。特に変わった様子は見つからない。

 あとは、あとはなんだ。

 学校って、他に何があったっけ。

 焦っていると頭がちっとも働かない。どうしようどうしようと、その言葉だけが頭の中をぐるぐると回る。

 ギギ、と、何かが軋む音がして、運動場に顔を向ける。

 すると、ちょうど移動式のバスケットゴールが倒れ込むところだった。

 濃い砂ぼこりを上げながら、運動場の端に横たわっている。

 遅れて似たような音がして対角を見ると、そちらのバスケットゴールもぐらりと揺れて、そのまま倒れ込んだ。

 痛いくらいの音が耳に届く。


「……」


 運動場には、誰もいない。

 誰も触れていないのに、どうして。

 ゴールの周囲に舞い上がった砂が風に流されていく。

 息を飲んで数秒ほど待ってみたけど、何も起こらない。

 自然と強張っていた肩から、意識をして力を抜いた。


「――うぉ……ッ!」


 すると、今度は開いたままだった、背後の扉が乱暴に閉じられた。

 思わず変な声を上げて、ビクンッと跳ね上がってしまった。

 人の気配はない。

 誰の姿も見えていない。

 それなのに、誰かが、あるいは何かがいるような感じだ。

 静まり返った校舎の中にも、運動場にも誰ひとりとしていないのに、奇妙な感覚だけが残る。

 空は明るいけど、快晴というわけじゃない。

 薄らと曇っている。まあ、雲がなくても霧があるんだけど。

 いや、そもそも空のあれは、雲なのか霧なのか。ちょっと見分けがつかないけど。


「……あれ?」


 校舎の方をじっと見つめていると、何かが動いたような気がした。

 目の錯覚だったのだろうか。

 もう一度、何かが横切ったように見えたあたりに視線を向け直す。

 そちらに集中していると、さっき出て来た扉がまた大きく開閉した。

 びっくりするから本当にやめて欲しい。

 ビクッと跳ね上がった肩が戻るよりも先に、立ち去る誰かの影が見えた。


「待ってッ!」


 明らかにおかしい。

 絶対に異常だ。

 だけど、気が付いたら叫んでいた。

 運動場に向かいかけていた体を戻して、再び下駄箱が並ぶ出入り口へと向かう。

 背の高さからして、ヒューノットではなかった。

 もっと小さい。小学生くらいだ。

 小学生の中でも、特に小さい。低学年のような、そんな背の低さ。

 女の子か男の子か、そこまではわからない。


「待ってよ!」


 扉をくぐり抜け、立ち並ぶ下駄箱の間を通り抜け、再び廊下へと入り込む。

 すると、真上に並んだ電気が点灯した。

 前方、そして後方に、私のいる場所を始まりとして順々に灯りがついていく。

 本来なら生徒で溢れているはずの廊下。誰もいない今は、寒々とした印象だ。

 階段の方を見るけど、踊り場にある蛍光灯は沈黙している。

 一階にいるのだろうか。

 誘われているような感じだ。

 罠かもしれない。

 でも、ヒューノットやシュリならまだしも、私を罠にはめる必要性を感じない。

 私ひとりだけなら、襲って、それで終わりだろう。相手に警戒されるポイントがわからない。


「……」


 じっと耳を澄ませていると、遠くで走るような音がした。

 前か後ろか、それはちょっとわからない。


「誰かいるのーッ」


 声を上げてみるけど、廊下に響き渡るだけで返事はない。

 どいつもこいつもシカトかよ。

 だったら、こっちから行ってやるんだからな。


「……」


 そうは思ったけど、ちょっと怖い。

 いや、ちょっとやそっとどころの問題ではない。とにかく怖い。

 だけど、こんなところにひとりでいる方がずっと怖い。

 そーっと一歩を踏み出してみる。

 足元の廊下はただの廊下。

 硬い感触が足裏から伝わる。

 一歩。二歩。三歩。次第に歩みを速めて、小走りになり、そして駆け出す。

 遠慮なく廊下を走っていると、小さな人影が見えた。

 でも、その影は奥の角を曲がってしまって、すぐに見えなくなる。


「……っ」


 何だろう。

 私は、あの子を見たことがあるような気がする。

 誰だろう。

 いや、正体はわからない。

 顔をはっきりと見たわけじゃないし、そもそも姿かたちだって明確じゃない。

 少しずつ足音が近付いて来る。

 二人分だ。

 私と、もうひとり。

 歩幅は小さいような気がする。

 角を曲がると、廊下の先で扉が開かれた。

 引き戸じゃない――ということは、教室ではない、はず、だ。たぶん。

 こちら側に開かれているせいで、誰がいるのかいないのか、全く見えない。


「……待って!」


 声を上げて廊下を駆け抜け、そして扉に手を掛ける。

 そして乱暴に大きく開いて脇を通り抜け、勢いを保ったまま室内へ飛び込んだ。

 壁にぶつかった扉が跳ね戻って来るけど今は気にしていられない。

 入って数歩のところで立ち止まり、荒くなった息を整える。

 顔を上げると、そこが図書室であるとわかった。

 いや、図書室というか、もっと大規模だ。図書館というか。いや、同じかな。

 とにかく、戸惑うくらいに室内は広かった。壁一面に書架が置かれていて、天井まで隙間なく埋まっている。

 そして、その書架には分厚い本がぎっしりと詰まっている。

 

「……」


 足元に視線を落とすと、絨毯が敷き詰められた床が見えた。

 本来は広い空間であるはずの室内を狭めているのは、すべてが書架だ。

 書架の間を通らなければ、奥には行けない。


「……嘘」


 見覚えがあった。

 ここには、一度来たことがある。

 学校だからどうのという話じゃない。

 光景が似ているとか、そういう話じゃない。

 背後で扉が閉まる音がしたけど、振り返る余裕はなかった。

 ゆっくりと脚を動かして、整然と立ち並ぶ書架の間を抜ける。

 やがて、辿り着いたのはテーブルと椅子が置かれたスペースだった。

 四角いテーブル。四つの椅子。

 椅子は四脚とも、きちんとテーブルの下に押し込められている。

 

 そして、テーブルの上には一冊の本が取り残されていた。


 深紅のハードカバー。辞書のように分厚い。











「――どうしたの、ヤヨイ」














 息を飲んだそのとき、背後で声がした。

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