52.憂鬱な空
――お空がね、白くなったら、おしまいなんだよっ
――真っ白になるのっ!
――お星さまがいなくなって、お日さまみたいに白くなったらいいんだって
プッペお嬢様から聞いた話だ。
そこに、人形たちが口々に告げたワードが重なる。
あのときは何気なく聞いていたけど、お星様がお日様みたいになれば終わりだと確かに言っていた。
空が白くなったら、プッペお嬢様のママは仕事が終わる。
でも、それは空の寿命が来たときを意味するらしい。
つまり。
それって、つまり。プッペお嬢様の、ママって。その仕事って。
「えっと、ちょっと聞いてもいい?」
頭が混乱して来た。
この子たちの言っている内容が嘘だとは言えないけど、調べている段階なら間違っている可能性はある。
だって、そうだ。もし空が落ちてしまったら、世界は終わるはずなんだ。
空の崩落を、そして世界の終焉を、シュリは見届けらることができなかったと言っていた。
星を失った空が死んでしまえば、世界だって崩壊する。
プッペお嬢様のママが、そのことに関係しているなんて有り得ない。
有り得ないと、思いたかった。
「いいよー!」
「きいてー!」
「なにをー?」
「わかるー?」
「どれをー?」
人形たちがそれぞれに声を上げる。
ひとまず呼吸を落ち着かせて、地面に書かれた文字を見た。
見たところで、読めないんだけど。
「神様のさいご、っていうのは、どういうこと?」
ひとつずつ、確認していくより他にない。
私の手元には、情報が少ないからだ。
シュリだって、肝心なところは答えてくれていない。答えられないのだろうとは思うけど。
静かになった人形たちは問いを受けるなり、それぞれに顔を見合わせた。そして、ぐるりと周囲を見回していく。
何を探しているのかと思えば、どうやら、それを調べた子を探しているらしい。
やがて、前に押し出されたのは赤髪の女の子だ。白いブラウスにピンクのスカートが可愛らしい。
赤髪の女の子に続いて、とんがり帽子を被った女の子も出て来た。黒で統一されたワンピースが魔女みたいで可愛い。
「かみさまのさいご!」
「そらとちじょうのはざまでは、かみさまはけっしてうまれない!」
「ちじょうでうまれたかみさまは、りそうのおうさま!」
「そらのおうさまは、そらでうまれたかみさまのこと!」
ふたりの女の子は、それぞれにメモのようなものを取り出して読み上げ始めた。
できれば、そのメモが欲しいけど、どうせ読めない。
それに、贅沢を言っている場合でもないだろう。今は、じっと耳を澄ませるしかない。
「そらのじゅみょうがきたとき、そらのおうさまはしんでしまう!」
「そらのおうさまがしんだとき、ちじょうではうぶごえがあがる!」
地上で生まれた神様が、理想の王様だという話はグラオさんたちから聞いた。
でも、空の王様というキーワードは初めてだ。
正統な星の後継者であるツェーレくんが理想の王様、つまり地上で生まれた神様。
だとしたら、空の王様っていうのは誰だろう。
「おうさまは、かみさま!」
「かみさまは、おうさま!」
女の子ふたりの声が重なった。
「おうさまのさいごは、そらのさいご!」
「そらがおわってしまうとき、おうさまもしんでしまう!」
「おうさまがしんでしまったら、そらもしんでしまう!」
「きちんとおうさまがいたのなら!」
「そらには、じゅみょうがこない!」
「もし、そらにじゅみょうがきたのなら!」
「それは、おうさまがいなくなったから!」
王様が死んでしまったら、空も死んでしまう。でも、王様が死なない限りは空も死なない。ということか。
いや、でも、それなら空の王様が死んだときに地上で何が生まれるっていうんだ。産声って、そういう意味ではないのか。
「おうさまは、かみさま!」
「かみさまのさいごには!」
「じゅんぱくいろがそらをおおって、しんじつだけがとりのこされる!」
「まっしろは、おわりとはじまり!」
じっと聞いていた声が、そこで終わる。
直後には、周囲の人形たちから拍手が巻き起こった。
フェルトの手で拍手とかできるんだ。っていや、そうではなく。
「王様って、空と地上にひとりずついるの?」
そう問いかけると、ふたりは顔を見合わせた。
「ごめんなさい、しらないの」
「だって、みたことないもの」
「そっかぁー……」
そういえば、グラオさんだって会ったこともないって言っていたな。
まあ、神様なんて、当たり前だけど、そうそうお目にかかれるものではない。
そして、この子たちも今の話以上のことは知らないのだろう。
「ありがとうね。えっと、それじゃあ、嘘つきのお星っていうのは?」
次の子を求めて片手を軽く上げてみると、わらわらと集まる人形たちの波からいくつかの手が挙がった。
波を掻き分けて出て来たのは、口ひげのついたおじさんと麦わら帽子の男の子とポニーテールの女の子。
こうして眺めていくと、パーツや作り方もそうだけど、デザインも個性的だ。
「うそつきのおほし!」
「しんじつをかたるくちをもたず!」
「いつわりのことばをあやつるおほし!」
そのままだ。
おじさんから始まり、男の子、そして女の子へと続く。
こういう説明じゃないとだめなのだろうか。
三人とも、やっぱりカンペというか、それぞれにメモを持っている。
「こころがはんして、たしかなことをしめしても!」
「しんじつをかたるくちをもたず!」
「ぜったいに、ほんとうのことはいえないの!」
あれ。それって、どういうことだろう。
本当のことを言いたくても、言えないという意味だろうか。
今は、ただじっと三人を見つめる。
「うそいつわりにくるしんだとしても!」
「しんじつをかたるくちをもたず!」
「つたえたいものは、ことばにならないおほし!」
男の子のセリフは、ひとつしかないらしい。
ふむふむ頷いていると、口ひげさんが紙を高く掲げた。
でも、読めない。
「いつわりのすがたを、すてさったとしても!」
「しんじつをかたるくちをもたず!」
「おうさまのなごりを、みつめるだけのおほし!」
「まるで、かがみのようによりそおうとも!」
「しんじつをかたるくちをもたず!」
「あなたには、いえないことばかり!」
「おさなごが、えほんのゆめをみるように!」
「しんじつをかたるくちをもたず!」
「おはなしできるのは、いつもゆめのようなおほし!」
女の子が言い終えると、拍手が巻き起こった。そういうシステムらしい。
何だかよくわからないけど、嘘しか言えない星がいる、ということか。
真実を語る口を持たずっていうことは、本人の意思とは関係ないのだろう。
まあ、それが、今回の件に関係して来るようには思えないけど。
やっぱり、重要なのは王様と空の話だろう。
「三人とも、ありがとう」
ひとりずつ頭を指先で撫でると、ぴょこぴょこと跳ねられた。
たぶん、喜んでいるのだろう。
口ひげさんは大人だろうから迷ったけど、仲間はずれもアレだし撫でておいた。
怒られなかったから、きっとセーフだ。
「みんな、誰かに調べてって言われたの?」
そう聞いてみると、人形たちはやっぱり顔を見合わせた。
「ぐらおさん!」
「げるぶさん!」
返って来た声はバラバラだけど、内容は二択だった。
まあ、そうだろうとは思った。特に驚く点もない答えだ。
それなら肝心なのは、ふたりが何のために調べさせたか、だけど。
この子たちが、そこまで知っているようには思えない。
勘繰りすぎて誤解されても嫌だし、保留かな。
「そうなんだね。みんな、ありがとう。また、何かあったら聞いてもいい?」
「いいよー!」
「もちろん!」
「だいじん!」
「だいじょーぶ!」
「やよいちゃんー」
「おっけーっ」
「おしえてあげるーっ」
「うん、ありがとうねー」
両手を振ると、それぞれに手を振り返してくれた。
ちょいちょい名前を呼ばれるのは、グラオさんの影響かな。
人形たちが方々に散っていく様子を見ながら立ち上がる。
空の寿命の話と、空の王様については収穫だったかもしれない。
どう結びつくのかが問題だけど。
ひとまず、プッペお嬢様のママだ。仕事は、星関係だったはず。空の寿命も、星と関係している。
ママと空については関係ないと思いたいんだけど、やっぱり否定するだけの材料もない。
「……うーん」
どうしよう。ちょっと憂鬱だ。
考えれば考えるほど、悪い方向に流されてしまいそうになる。
別に確証もないし、あの子たちの調べた結果が本当とは限らないし、よく似た話だというだけかもしれない。
可能性だったら、いくらでもある。だからこそ、やっぱり思うところはあるんだけど。
とにかく、色々と確かめないといけないことがある。
ママの仕事内容についてはもちろんだけど、ママ自身の正体だって気になってしまう。
でも、妙な話だ。
ママの仕事が空に関係しているとして、どうして"空が白くなったら仕事が終わり"なのか。
空が死んだら仕事はなくなる。でも、そのときは、世界が終わるときでもある。
だとしたら、そもそも仕事が終わる状態ってなんだ。世界が滅亡したら、娘のもとに戻るも何もあったものじゃない。
「……」
だめだ。ひとりで考えたところで、埒が明かない。
そもそも、正解がわからないんだから、どうしようもない話だ。
プッペお嬢様のママについては、ルーフさんが知っていそうではあるけど、確認するのはちょっと勇気がいる。
もしも、ヤブヘビになったら目も当てられない。
さて、どうしたものかと大きな家に視線を向ける。
あのふたりは、何か会話をしているのだろうか。
していなくても、別に不思議ではない。話し込んでいたとしても、それはそれで不思議ではない。
どのタイミングで戻ればいいのだろう。
まあ、ルーフさんはともかく、ヒューノットはシュリの傍から離れないだろうから、任せてもいいはずだ。
ていうか、ただただ、戻りにくいだけだ。
あとは、そう。グラオさんたちは、森に向かうと言っていたけど。
「でもなぁ……」
どっちだ。
方角がわからない。
フェルトの街は、四方すべてを森に囲まれている立地だ。
ふたりが同じ方に向かったとも限らない。
ゲルブさんは木よりも大きいから、見つかりそうなものだけど。
せかせかと動き回るフェルト人形たちを蹴らないよう、足元に気をつけながら歩き出す。
ひとまず、あの家に留まっていたところでやることはない。
ヒューノットに言われたから気にしているわけではないけれど。
私にだって、何かできることがあるはずだ。
ていうか、そもそも手の届く範囲だけ守れ的なことを言ったのはヒューノットなのに。
いったい何がどう不満なんだ。どういうつもりなんだ。危機感がないって言いたかったのか。
危機感というか、そんなのあったところで役に立たないじゃん。
そりゃ、私にはレーツェルさんをストップさせられるような力はない。もちろん、策だって思いつかない。
でも、ヒューノットは今のところ、私がプレイヤーのトップだと言っていた。
それならやっぱり、出来る限りのことはやりたいところだ。何ができるのかは、全然わからないけど。
「……あ」
そういえば、シュリから預かったネックレスを返し忘れている。
ずっと着けていたから、うっかりそのままになっていた。
もう、ヒューノットも言ってくれたら良かったのに。まあ、肝心のシュリは眠ったままだけど。
鎖を指先で辿って、冷たい鳥篭をなぞってみる。
鳥篭。矢の刺さった心臓。これも、何か意味があるのだろうか。ない、とは言い切れない。
美術館、いや、画廊か。
あそこでも見たから、特に意味のないただの装飾品とは思えない。考えすぎかな。
街の外れまで来ると、フェルト製の木々が並んでいるだけで人形はひとりもいない。
そして、グラオさんたちの姿もなさそうだ。
立ち並ぶ木々に沿って、ゆっくりと歩いてみる。
さすがにひとりで森に入るような、無用心な真似はできない。子どもじゃないんだし。
しばらく歩いたところで、何か音がした。
足を止めて耳を澄ませていると、その音は少しずつ近付いて来る。
背伸びをして森の奥に視線を向けてみると、遠くから揺れ動く木の頭が見えた。
黄色が緑の間で揺れている。
そして、あのサイズ感。間違いない。
「――ゲルブさーん!」
こんなに姿が見えていないのに、確信を持って呼べる相手はなかなかいない。
立ち止まったゲルブさんは、私の方向へと頭を向けたようだ。
がさがさごそごそと木々を揺らしながら向かって来る。
「……どうかしたのか」
わさぁっとフェルトの木を掻き分けて出て来たのは、やっぱりゲルブさんだった。
押し退けられた木々たちは、手が離れると同時に元の位置へと戻って来る。
逆に普通の木だったら、へし折られていたのではないだろうか。
フェルト製で良かった。
「あ、いえ、大丈夫です。何も起きてないんです。見つけたので、呼んでみたというか」
「そうか」
確かに何もなく呼ばれた側は迷惑だろう。
ちょっと反省した。
いや、全く用がないというわけでもないんだけど。
「かぎのひとは」
「あ、まだ寝てます」
たぶん。
後ろを振り返るけど、遠くに家々が見えているだけだ。
彼ら兄弟の家は特別大きいから、ここからでも屋根が見えている。
顔を前に戻すと、同じように遠くを眺めていたゲルブさんも私を見た。
「ゲルブさんたちは、森で何をしていたんですか?」
「さがしものだ」
「探し物?」
「そうだ」
聞いた以上のことを饒舌に語る人もいれば、聞かれた最低限のことしか返してくれない人もいる。
何というのか。こっちの人たちは、絶妙に極端だ。二人組に分類できそうな人たちは、特にその傾向が顕著すぎる。
「探し物って、見つかったんですか?」
「ああ」
「えっと、その、探し物っていうのは……」
何ですか、と。
聞くよりも先に、森の中から灰色の頭が飛び出して来た。
「――さがしたではないか、げるぶ! いったいぜんたい、どこへいってしまったのかと……おや、やよいちゃん。こんなところに」
同じずんぐりむっくりではあるけど、グラオさんの方は辛うじて木々の間をすり抜けて来た感じだ。
ていうか、ゲルブさんったらお兄さんを置いて来たのか。
キャラに似合わないことするなあ。
「大丈夫です、何も起きてないです。シュリはまだ寝てます!」
先に説明しておいた。
たぶん、同じことを聞かれるような気がしたからだ。
グラオさんは、ふむふむと頷いてからゲルブさんの隣に立った。
「いへんがないのは、なによりだとも。しかしながら、こちらはそうはいかなくてね。たいへんなことがはんめいした。そうだろう、げるぶ」
「ぜんだいみもんだ」
「そうなのだよ、まったく。ぜんれいがないことでね、しょうしょうこんらんしている。どうしたものかな、げるぶ」
「ほうちはできない」
「もちろん、そうだとも。やよいちゃん。すまないが、ひゅーのっとくんをつれてきてくれないかな。たいせつなはなしがあるんだ」
「ふたりともだ」
「ああ、そうだね。とうぜんだとも。ふたりでおいで、やよいちゃん。おきていたら、かぎのひともつれてきてほしい」
「えっ、あ、うん。はい。わかりました」
何だろう。何を見つけたのだろう。
すぐに踵を返して、歩いて来た道を走って戻る。
ヒューノットを呼ぶように言うのだから、本当に何か異常があったということだろう。
家の間を抜けて街の中心に辿りつくと、足元に人形たちがいるから大変だ。
急ぎながらも踏まないように蹴らないように、気をつけて走らなければならない。
ちょうど、家の前に辿り着いたあたりで一旦足を止めた。
急に走ったから、ちょっと息切れだ。運動不足なのは、否めない。
はーっと息を吐いて整えて、いざ扉を開こうとした瞬間、内側から開かれた。
「――何だ」
立っていたのはヒューノットだ。
出ようとしていたのか、気配に気がついて出迎え――は、ないな。せいぜい扉を開きに来たくらいか。
「えっと……グラオさんたちが、何か見つけたからって呼んでるよ」
ヒューノットは眉を寄せた。
何かって。せめて、そこを聞いて来るべきだった。これでは、子どものおつかいレベルだ。
だけど、ヒューノットはその点には何も言わなかった。
代わりに室内を振り返り、「少し出る」と短く言い放つ。
覗き込んでみると、入ってすぐのリビングっぽい部屋にルーフさんがいた。
どうやら、こっちの部屋で話をしていたらしい。
まあ、確かにシュリが寝ている部屋に留まっているのもおかしいか。
ルーフさんへと頭を下げ、出て来たヒューノットを避けて立つ。
あっちだと森を示すと、ヒューノットは行くぞとばかりに顎先を軽く振ってから歩き出した。
何というか、もっとこう、ルーフさんみたいに扱って欲しい。
「――……すまなかった」
「え?」
急に謝罪を向けられて、反射的に声が出た。
前を歩くヒューノットは振り返らない。
「……お前を責めても仕方がなかった」
「まあ、えっと、うん」
よくも落ち着いていられるな、と。
あの言葉のことだろうと、見当がついた。
ヒューノットの表情は窺えないままだ。その声は普段通りで、落ち着き払っている。
「急いているのは俺の方だ。手段が見えず、お前に当たってしまった」
いや、違う。
ヒューノットの声は、少しだけ震えていた。
まるで溜息を堪えているかのような、言いたいことを押し込めているような。
よくわからないけど、いつものヒューノットっぽくはない。
どうしたんだろうなと思っていたところで、ヒューノットが止まって驚いた。
急ブレーキを掛けて立ち止まると、ゆっくりと振り返られた。
「――お前を巻き込んだ事は、好ましくないとは思っている」
ヒューノットの青い瞳が真っ直ぐに私を見る。
普段はどこか、別の場所に外れていることが多い視線を、改めて向けられると少し緊張してしまう。
「だが、俺達にお前が必要である事は確かだ――現時点においてお前が、傍観者として、……プレイヤーとして唯一の権限を持っている」
「え、あ、うん。それは、聞いたけど……」
何だろう。
ルーフさんに何か言われたのだろうか。
ふたりがリビングにいたということは、シュリはまだ眠っているはずだから、話した可能性がある相手は限られる。
どちらにしろ、急にこんなことを言われた私としては戸惑いしかない。
「今の俺達は、傍観者を失えない。だが、俺達の為にお前を犠牲にするつもりもない」
だから、"どのようになったところで、お前の責任ではない"と言ったのか。
あのときは、傍観者だから責任を感じる必要はないのだと言われたように思ったけど、たぶん、きっと、違ったんだ。
ヒューノットの青い瞳が足元に視線を落とした。
「……俺は、お前が自分の世界を守りたいと感じる事は当然だと思う」
ゆっくりと瞼が持ち上がる。
少し目つきの悪い、釣りがちの双眸が私を見た。
きっと言葉を選びながら話しているのだろう。
「あちら側を救う為にこちら側を差し出したく思ったとしても、俺達はお前を責められない。誰しもが、己の居場所を守りたがるものだ」
「いや、そうかもしれないけど……」
どう反応すればいいのか、わからない。
言葉を選んでいるみたいに思ったけど、嘘だ。全然選んでないぞ。
必死に否定を重ねていると、ヒューノットはゆっくりと息を吐いた。
それは、どこか緊張しているような、そんな調子にも見える。
まさかヒューノットが緊張するなんて、しかも、私を相手に緊張なんて。有り得ないと思いたい。
何だよ、一体。全然ヒューノットらしくない。
「……つまり」
「つまり?」
「……万が一の場合は躊躇するな。自分が生き残る事を考えろ――以上だ」
業務連絡か。
いつもなら早々に歩き出しているところだけど、今のヒューノットは私の反応を待つようにその場に留まっている。
そもそも、俺が思うことに俺達が思うこと。単独のときと複数のときって、どう違うんだ。
何だ。何の違和感だ。どういうことだ。
「……」
もしかして、なんだけど。
本当にもしかして、なんだけど。
「あの……ヒューノット。ひょっとして、シュリの代役してる?」
「……」
めっちゃ無視だ。完全に沈黙された。
しかも、急に歩き出された。完全に図星の反応じゃん。わかりやすいにもほどがある。
ていうか、しまった。言うべきではなかったかもしれない。
「ヒューノット、ヒューノットっ、ごめんってば!」
急いで後を追うけど、もう全く振り返ってくれない。
更に少し歩けば、すぐにグラオさんたちが見えてきた。
まだ距離はあるけど、目標が見えているのはわかりやすい。それにしても、あの兄弟は大きい。
短い腕をぶんぶんと振っているグラオさんが、ちょっとだけ可愛い気がした。
しかし、近付いてからよくよく見てみれば、どうやらふたりは焦っているようだ。
ヒューノットが少しだけ早足になると、私の方は小走りだ。
「ひゅーのっとくん、やよいちゃん!」
「いそいでくれ」
「たいへんなことになっているのだよ、すぐにかくにんしてほしいんだ」
「じめんが、そらになっているのだからね!」
まさかの言葉に、がくんっと前のめりになって足が止まった。




