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傍観者 < プレイヤー >  作者: YoShiKa
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51/77

――4.見守る者















◆ ◆ ◆














「ねえ、ルーフ。貴方、"理想の王様"というものをご存知かしら?」


 色鮮やかな花々が咲き誇る温室の中、植物をモチーフにした椅子に腰掛けた女性は静かに首を傾げた。

 室内では、淡い青から可憐な桃色まで、様々な色が空間を彩っている。女性の純白に染まった衣が際立つほど、この場所には色という色が溢れていた。温室中央の小さな空間には煉瓦が敷き詰められ、テーブルセットが控えめに花々から場所を譲られており、青々とした葉が花々の美しさを引き立たせ、大きな天窓から取り込まれた光がきらきらと空気を飾る。


「"素敵な王様"のことでしょうか?」


 萎んだ花を摘み取っていた――ルーフと呼ばれた青年は、顔を上げて言葉を返してから、足元に置いてあった銀色のジョウロを手にして立ち上がった。風のない庭では、花たちはただ沈黙している。雨露に濡れる事もなければ、太陽の強すぎる光に焦がされる事もない。緩やかに伸びた蔦から手を離した青年は、整えられた花々の傍らを抜けて女性の傍らへと向かった。

 煉瓦を踏む靴音が、微かに響く。


「――そう。"地上で生まれた神様"のことね。幸せと安寧をもたらす存在ですって」


 小さく笑う女性の腕には、白い布。柔らかな布に包まれているのは赤ん坊だ。すやすやと穏やかな寝息を立てている。

 彼女の傍らに立ったルーフは、赤ん坊が目を覚まさないように無意識のうちに息を潜めた。母の胸に抱かれた幼いこの子は、どのような夢を見るのだろう。今は閉ざされている蒼い瞳が見つめるものは、果たして何だろうか。

 青年は赤ん坊に向けていた視線を持ち上げ、ゆったりと前後に背を揺らしている女性を見据えた。

 この空間は花で満たされている。それは、眼前の女性がそのように望んだ為だった。愛娘が最初に見る景色が、愛娘を囲むものが、その双眸に溶かし込む全てが、美しく穏やかなものであるように――彼女の願いは大きく、そしてささやかだった。

 ゆったりと微笑を浮かべた女性は、赤ん坊を見つめながら口を開いた。


「私ね。まるで、この子の事を言っているみたいに思うのよ。私に、幸せと安寧を運んでくれたもの。こんなにも素敵な贈り物はないわ」


 赤子の丸みを帯びた柔らかな頬に唇を寄せた彼女は、緩やかに頭を持ち上げて青年を見遣る。その視線を受け止めた彼もまた、微笑を浮かべた。そして、ゆったりと頷いて肯定を示す。

 幼いその手が触れるもの。その全てが、優しく柔らかなものでありますように――彼もまた、そのように願わずにはいられなかった。

 愛おしそうに赤ん坊を見つめている彼女の頬に、さらさらと流れた薄紫の髪が触れる。その横顔を見つめていた青年は、不意に視線を向けられて目を丸くした。


「ねえ、ルーフ」

「はい」

「貴方、この子を守ってくれるかしら?」


 薄紫の瞳に見据えられた青年は、静かに頷きを返した。

 温かな室内には、彼と彼女。そして、赤ん坊。他に、言葉を聴く者などいない。

 赤ん坊のために用意された温室は、いつでも花に満ちている。温かな空気も美しい花も静かな空間も柔らかな光も、全てがすべて、彼女が赤ん坊のために望んだものだった。


「私が傍を離れていても、この子が傷付かないように」


 彼女は歌うように声を放った。

 その腕の中で揺らされる赤ん坊は、穏やかな夢の中で頬を和らげている。


「私が隣にいられなくても、この子が寂しくないように」


 柔らかな胸に抱かれた赤ん坊が頬擦りをするように僅かばかり身じろいだ。

 淡い金の髪が包む頭から額に指を滑らせた女性は、薄らと開かれた小さな唇に指の腹を寄せた。


「私が触れられなくても、この子が悲しくないように」


 ゆっくりと赤ん坊から離れた指先は、彼へと伸ばされた。

 触れられるがまま重みを明け渡した彼の手は、彼女の手指に導かれて赤ん坊へと近付けられていく。


「この子を、精一杯に愛してくれるかしら?」


 青年は再び彼女の視線を受け止めると、指先を僅かに強張らせた。

 その瞳に見つめられる度、僅かに緊張が走る。彼女が微笑む度に鼓動が加速するように、彼にとっては極々当然のことだった。

 ふわりと淡く開いた小さな掌。導かれるがままに指先を差し入れると、赤ん坊は青年の指先をぎゅうっと握り締めてくれる。

 無意識のうちに胸へ留めていた呼吸を再開した青年は、ゆっくりと膝をついて赤ん坊と顔の高さを合わせた。

 顔を覗き込むようにして見遣れば、目を閉じたままの赤ん坊が笑うように頬を緩める。そんな表情が堪らず愛しくて、彼もまた自身の頬が緩む事に耐えられなかった。

 まだ幼く小さな存在。いつしか、この庭を美しいと思う日が来るだろう。彼女から贈られた優しい庭の中で注がれた、たっぷりの愛情に気が付く日が来るはずだ。


「――勿論です。貴女と、この子に誓って。命を賭してでも、お守り致します」


 顔を上げた彼の答えに、彼女はゆったりと頷いた。

 形のよい唇が微笑みを浮かべ、長い睫毛が彩る目元が再び赤ん坊へと視線を落とす。

 すると、不意に赤ん坊はその小さな両腕を伸ばして宙を引っ掻いた。ふにゃと、頬を緩めたあと、唇を動かして空気を食む。ゆったりと揺らしてやれば、赤ん坊は再び心地良さそうにして小さな手を引っ込めた。

 じっと赤ん坊の挙動を見つめていたふたりは目が合うなり、互いに向かって笑みを浮かべた。

 この愛らしい幼子は、たくさんの愛に包まれて生きていくことだろう。

 小さな手に強く握られていた自分の指を見つめて目を細くしたルーフは、大人しく寝入る赤ん坊に視線を落とした。















◆ ◇ ◆














 ひどく震える手を見下ろした青年は、まず最初に周囲一面へ飛び散った赤い液体に目を奪われた。

 黒いモヤが立ち上がり、身体からゆっくりと離れていく。黒く染まっていた視界が次第に鮮明さを取り戻すにつれて、眼前に広がる景色を受け付けられなくなる。

 踏み躙られた花々の隙間に伏せた、小さな身体。その頭部は、うつ伏せのまま動かない。乱れた金色の髪。小さな手が握り締めた人形の手足が、指の隙間から覗いている。周囲には散乱したぬいぐるみ。綿がこぼれて飛び出ている。

 折れた茎。散った花びら。踏まれた葉。引き倒された花々が、ぐったりとしている小さな身体の周囲を飾る。


「――あ、う、ぁ……っ」


 全身の震えが止まらない。鼻腔を突き抜けるのは生々しい血液の香り。ぬるりとした感触が肌に残り、手や頬から滴り落ちている。赤黒く染まった指先。まるで素手で土を握り締めたように、爪の間にも赤黒い何かが挟まっている。

 青年は、両膝をついた姿勢のまま動く事が出来なかった。

 何をした。誰が何を、誰に何を、何が起きたのか。どうして、一体なぜ、何がどうなって――疑問が混乱の中で渦を巻く。足元に敷かれた煉瓦にも生臭い液体が付着していた。痛い程に熱を持って加速する心臓に反して、四肢が末端から冷えていく感覚に襲われて、呼吸ひとつ満足に出来はしない。


「あッ、あっ、あァ、っぁあ、あっ……」


 口を閉じようにも、小刻みに震える歯がカチカチと音を立てるばかりで唇が塞がらない。

 両脚を引き摺るようにして這って、崩れ落ちている小さな身体を抱き上げた。愛らしい瞳を隠している瞼は、ぴくりとも動かない。あれほどよく話していた可憐な唇も、今は微かに開いているだけで淡い呼吸ひとつ漏らしてはくれなかった。弛緩したまま投げ出された四肢。人形を握り締めた手指は硬い。もう片方の手を取れば、ふっくらとしているはずの小さな手には、もう柔らかな感触などない。


「おじょう、さま、おじょうさま? おじょうさま、どう、して、どうしてっ、何がっ……」


 守ると決めた筈だった。それが、"彼女"との約束でもあった。この小さな少女の為に、出来る事は全てやると誓ったのだ。出来うる限りの願いを全て叶えようと、それこそが自分自身の願いでもあった筈だ。

 そうだったというのに、眼前の現実が否を突きつける。

 少女の白い頬に落ちるのは赤い雫だった。自分の顔から滴るそれが、自分のものではない事は彼自身がよく分かっている。次いで、透明な水が赤色を流した。嗚咽が漏れる喉の奥が焼けるように痛い。

 なぎ払われた草花を踏みながら近付く気配に顔を上げれば、そこには彼もよく知る人物が立っていた。濃紫の髪を少し乱したその人物は――青年の友人だ。友人の青い瞳に射抜かれて、青年は心底から震え上がった。


「……あ、あぁ、わ、たしが、私が……」


 震える手が足元を這い、割れたガラスの破片を掴んだ。

 指の腹が切れて手首まで血が伝う。だが、知った事ではなかった。その程度の事は、もう青年の意識にも入らない。


「――違う」


 青い瞳の人物は、黒い外套を揺らして踏み出した。


「お前の所為ではない」


 苦々しく眉を寄せた友人の一言に、青年は首を振る。

 例えそうであったとしても、結果は変わらない。幼い少女が目を覚まさないのであれば、青年にとってはそれで全てが終わりだった。花園で眠る人形は、決して身代わりになってはくれない。

 握り締めたガラスの先が喉元を捉える。

 世界の価値は等しく一定。だとすれば、価値を失ったのは自分自身の方だったのだろう――青年は、眠る少女の横顔を最期の景色として選択した。














◇ ◆ ◇














 意識が浮上する感覚。覚醒する一歩手前の、まるで夢にたゆたうような瞬間。少し異なるのは、ここが柔らかな寝台の上でもなければ滑らかなシーツの上でもないという事だろう。

 瞼を持ち上げた先には、友人の顔があった。遅れて、青年は自分の上に彼が馬乗りになっているのだと気が付く。身体がまるで鉛のように重たい。目を開いているだけで、やっとだ。

 それどころか、何が起きているのかと不鮮明な頭に思考を巡らせるだけで精一杯だった。

 膨張したような感覚と痺れが走っている手は動かそうとしても、自分のものではないかのように言う事を聞いてはくれない。


「――……っ、……」


 声さえも上手く吐き出す事が出来ない青年は、呼吸ひとつ満足に繰り返せないでいた。

 友人の名前も、伝わるように発する事が出来たかどうか、怪しいほどだ。

 馬乗りになっている友人の重みは、あまり感じられない。ふわふわと、自分自身の重みさえも薄くなっていく。腹部から下は、痺れているような感覚さえもない。


「……お前は悪くない」


 カランと、乾いた音がした。視線だけを巡らせると、煉瓦敷きの床に友人の剣が落ちたのだと知れる。

 手ぶらになった友人は、眉間に皺を寄せたままだ。見つめてくる青い瞳。青年は、その強い意思を感じさせる青が好きだった。


「……あいつは、大丈夫だ。部屋にいる。何ともない」


 熱を抱いた大きな手が頬に触れると、青年は強い安堵感に包まれた。

 あの小さな、幼い少女は無事なのだ――それさえ分かれば、十分だ。嘘をつくような友人ではない。良かったと声を返したくとも、喉奥から空気が漏れ出るばかりで音にならなかった。何かが込み上げてくるが、それを吐き出す力さえも残ってはいない。

 耳の奥が詰まっているようだ。音がこもって聞こえている。

 頷きの代わり、微かに頬をすり寄せた青年に対して、馬乗りの彼は歯噛みする表情を浮かべた。

 頬から滑り落ちた手が静かに喉元を捉える。


「……安心してくれ」


 苦しげな表情を浮かべたのは、馬乗りになっている彼の方だ。

 感情を押し留めて堪えている様子を見せる友人に、青年は腕を伸ばしたかった。しかし、そんな事さえ叶わない。それどころか、意識が不意に途切れ、時折はぐらりと視界が揺れる。自分が既に正常な状態ではないのだと、青年は思い知った。そして、それと同時。頭の奥でぶちりと何かが千切れる音がして、視界が完全に黒く染まった。














◇ ◇ ◇














 パチン、と。鋏の音が響く。

 天窓から舞い降りる光を反射させたサンキャッチャーが不規則に揺れる。何の事はない。少女が、手の届く範囲にあるそれらを揺らして遊んでいる為だ。


「ねー、ねぇー」


 パチン、と。鋏の音が響く。

 長い指先が摘み取ったのは、淡い桃色に染まった花一輪。


「はい。何でしょう?」


 傷ひとつない花を見つめていた青年は、ゆったりとした仕草で少女に視線を投げた。

 少女はテーブルに凭れかかり、退屈そうな仕草を隠そうともしていない。上半身をずるずるとテーブル上に投げ出していく。

 そのテーブルには、たくさんの花が置かれている。赤に青、黄色に紫、そして桃色に白。丁寧に並んだ花を見つめながら、少女は不満げに唇を尖らせた。


「ママに会いたい」


 パチン。

 鋏の音が響いて、そして止まる。

 掌に受け止めた白い花を見つめたあと、青年は困ったように笑った。


「……会えますよ。もう少しだけの辛抱です」


 宥め透かして誤魔化し続けて、そろそろ限界だろうとは感じていた。少女は恋しがっている。傷付かないように守る事は出来ても、寂しくないように傍らに在る事は出来ても、悲しくないように努める事は出来ても、少女自身が彼女を恋しがる気持ちばかりは留めようがなかった。

 二輪の花を手にテーブルへと近付いた青年は、不貞腐れたように頬を膨らませる少女の傍らに屈み込んだ。

 いつだった事だろうか。同じテーブルで、まだ赤ん坊だった少女の傍らで膝を付いた日のことを思い出した。あの日の少女は、彼女の腕に抱かれていた。ふと脳裏に過ぎった光景は、今こうして見つめているものとはまるで異なる。しかしながら、青年は彼女と少女を重ねて見つめていた。


「……お嬢様。奥様は、必ずお帰りになられます。ただ今は、とても大切なお仕事があるのです」


 椅子に座り直した少女の手を握り、ゆったりと揺らした青年は静かに言葉を続けた。


「あのお方にしか出来ない事です。もう少しだけ、お待ちください」


 静かな眼差しを受け取った少女は、それでも些かの不満を滲ませたままだ。

 握られた手を揺らしているのは、甘えたがっている証拠だという事を青年は知っている。だから、触れた手指の腹をなぞるように撫でてやりながら、言葉を待つ。


「……プッペよりたいせつ?」


 唇を尖らせた少女の一言に、青年は即座に首を振る。


「――いいえ、まさか。そのような筈がありません。奥様にとって、お嬢様こそが宝物です。この美しいお庭も、あのお人形たちも、お嬢様の為だけにあります。そうでしょう?」


 彼女はこの子にたくさんの愛情を注いだ。

 この館ごと、全てがこの少女のために存在している。

 寂しさを埋めるには足りないかもしれない。それでも、少女は確かに感じ取っているはずだ。青年は、じっと見つめて言葉を重ねた。

 少女はやや間を置いて、渋々といった調子で頷きを返すものの、やはり納得していない様子ではある。


「そしたら、ルーフも。プッペだけのおじかんして」


 目を丸くしたあとで笑った青年は、そうっと少女を抱き上げた。まだ小さな、軽い身体。少しだけ体温が高い。頬はふっくらと丸みを帯びていて、まだまだ幼い愛らしい輪郭だ。

 ゆったりと歩き出しながら、青年は静かに口を開いた。


「では、今日はお嬢様のお好きな事だけをしましょう。お好きなものだけをお食べになって、お好きな事で遊びましょう。私も、今日はお仕事をしませんから」


 テーブルの周囲を歩き回りながらなだめていれば、少女はやがて笑みを浮かべてくれる。

 その事に安堵の息を溢した青年は、ゆったりと数回ほどテーブルを回ったあと、少女を椅子に下ろして再び足元に傅いた。

 いつしかあの空が純白に満ち、彼女がその役目を果たした暁には、安寧の館で少女と共に過ごす日が来るだろう。

 そうならなければならないのだ。その希望が、その夢が、その未来が、奪われるような事があってはならない。

 青年は、少女の手を取り、その柔らかな甲に口付けた。


「貴女の仰せのままに――」














◆ ◆ ◆














 鋭い刃物の切っ先が、喉元に触れている。

 剣の柄を握り締める両手。胸板をまたいだ脚。背に感じる冷たい土の固さ。燃えるように熱い肌。絶え間なく溢れ続ける液体と、途切れる事のない鼓動。眼球の裏に強い熱を感じながらも瞼を持ち上げれば、自分を見下ろす友人の姿が見えた。

 青年の身体はひどく重かった。まるで、地面に縫い付けられているかのように、ぴくりとも動かす事は出来ない。


「――すまない」


 友人の声に青年は僅かばかり、その瞳を揺らした。

 曖昧に輪郭がぼやけている視界の中で、それでも濃厚な紫色の髪はよく知る友人のものだと認識する事ができる。


「すまない……」


 繰り返し落とされる謝罪の声は震えていて、耳に届くまでの間に掻き消えそうな程に弱々しい。

 眼前の友人に何かを問いたくて開いた唇からは、情けない風の音が漏れただけで声を出す事は出来なかった。青年は、息苦しさを覚えていない。痛みも殆ど感じてはいない。だが、だからこそ、自分がそろそろ終わるのだろうと感じていた。


「……また、お前に――――」


 友人の言葉は途中から聞こえなくなった。

 呆気なく無音になった世界で、唇が何かを紡ぎ落とす動きだけを見つめている瞳も、やがて瞼に遮られて視線を閉ざしていく。

 青年には心残りがあった。約束を果たせない事だ。彼女と交わした約束を、そして少女を守り切れない事が気掛かりだった。友人が浮かべた表情も気になっていた。その謝罪の意味も、何も分からないままだ。どうしてこのようになっているのかも、どうして友人の身体に数多の傷が走っているのかも、何も分からない。

 やがて視界は暗闇へと染まり、音も光もない空間に落ちる。全身は軽くなったものの、手足は依然として本来の役割を放棄したままだ。

 青年は、守らなければならなかった。彼女と交わした約束も、少女の事も、そしてあの庭も、守り切らなければならなかった筈だ。それが叶わないのであれば、どうか少女が愛しい母と再会できるよう、どうか彼女が愛しい娘と再会できるよう――せめてと、願うばかりだった。

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