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傍観者 < プレイヤー >  作者: YoShiKa
■ふたつめ 始動■
5/77

05.しろいいし

――本当に、私は学習しない。











 パソコンデスクの上にあった白い石。その歪な形は、確かに見覚えがある。



 しかし。


 まさかの置き土産にぎょっとしたものの、だからといって、何かが起こるということはなかった。





 夜は普通に眠ることができて、朝も問題なく起きることが出来た。

 翌日から三日くらいは、何か起こりそうな気がして日中もビクついていたけど。

 当然というべきか。これといって、変な現象は起きていない。

 至って普通で、とても平凡な、いつも通りでしかない日常の繰り返し。

 一週間が経過した頃、攻略サイトに書き込みをした。


 ――スタート画面のあと、変な夢を見ませんでしたか――


 一晩だけ待ってから返されたコメントを確認してみると、病院行けとか病んでるとかそんなことは全くないとか夢に見るまでやりこみすぎとか。

 とにかく、否定のオンパレードだ。やっぱりそうか。そうだよなー。

 腹が立つどころか、自分でも確かにそうだと思ってしまう。何を言っているんだって。そんな話を聞かされたとしても、自分が逆の立場なら絶対に信じない自信がある。


 だめもとでフリーゲーム専門の掲示板にも書き込んでみた。

 あの不可思議な体験を私だけがしているだなんて、そんなの選民意識が強すぎるだろって。色んな人がプレイしてるのに、私だけがあんな目に遭うはずがないだろって。

 そんな気がしたからだ。

 結果は散々。何なら、途中からは荒らし扱い。

 諦めそうになっていたけど、ひとつだけ、気になる書き込みを見つけた。



 "ま っしろなイ シ があったら やばい や つ です そ れ"



 勢いよくスクロールしていたものだから、読み飛ばしそうになった。

 その書き込みには、誰も反応していない。返信したとしても、返事が来る可能性は限りなく低い。ここは交流自体が目的の掲示板ではなくて、むしろ好き勝手にああだこうだ言う場所だ。

 とはいえ、可能性が少しでもあるのなら。

 そう思って返信してみたが、案の定これといって反応はなかった。まあ、可能性なんて儚いものだ。


 しかし、白い石というキーワードは、どうにも偶然とは思えなかった。

 書き込みの内容に、そんなことは一言も入れていない。

 私以外にも、あのゲームをプレイした人がいる以上、似た体験をした人がいるのではないかと真剣に考えるようになったのは、チュートリアルから一ヶ月近くが経過した頃のことだ。

 何なら、そろそろ忘れてもいいくらいだろう。それでも、頭から離れない。まるでゲーム中毒だ。プレイすらしていないのに、なんて有様だろうか。

 自分自身に呆れてしまうけど、気になってしまうものは仕方がない。


 とにかく飽き性な私は、フリーゲームをダウンロードしたとしても、最後まできちんとプレイしてクリアするなんてこと自体が稀だった。

 一時期、ちょっと流行った謎解きゲームや大流行したホラーゲームにも手を出した。だけど、途中からは人様のプレイ動画でストーリーを味わって満足していたくらいだ。

 何だったら、時には話をまとめたブログのネタバレで満足してしまうことすらある。我ながらお安い。

 買い始めた割に読まなくなって、結局は最後まで集めなくなった漫画だって多い。クローゼットの隅に積み上げたゲームたちだって、大半が数年モノだ。

 今さら、掘り起こす気にはなれないが、せっかく買ったのだからプレイせずに中古で売り飛ばすというのも惜しいといった按配。

 そんな有様なのに気になったら買ってしまうのだから、本当に私は学習しない。時々すごくのめり込むこともあるけど、あまり長続きはしない。


 だから、そう。

 こんなにひとつの出来事を気にしたことなんて、今までは一度もなかったような気さえしている。



 そして。




 完全に一ヶ月が過ぎても、特に何もない。あれは、やはり夢だったのだろうか。




 休日は家でだらだらと過ごすことが至福である私に、連休の予定なんてある筈もない。というか、入れたくない。数人の友達から誘いは来たけど、意味もなく「ごめん、忙しくて」「また誘って」などと返信してしまった。本当に何の意味もなく。


 連休一日目。ベッドの上でだらだらと、ひたすらスマホゲームに勤しんだ。気が付いたら寝ていて、お腹が空いたらご飯を食べる。お風呂は諦めた。外にも出てないし。


 二日目。朝方にシャワーを浴びた。えらい。買い物に出たけど、人が多すぎて食材だけ買って帰って来た。何せ連休だ。どこもかしこも、人で溢れている。こんな時にわざわざ出掛けるなんてどうかしてる。


 三日目は、買ったまま読み損ねていた漫画を一気に読み進めた。漫画に限らず、本というものは時間泥棒だ。あっという間に日が暮れて、気が付けば夜。これはこれで、私にとって有意義な時間だ。


 更に四日目は、録り溜めていたのに放置していたドラマを眺めながら、お菓子とカップラーメンを食べて過ごした。自堕落万歳。体重の増加は少し気になるけど、まあ、一日程度の暴飲暴食なんて誤差の範囲だと思う。



 五日目。

 昼過ぎまで寝ていた私は、目が覚めてからしばらくはベッド上でごろごろしていた。パジャマ姿のまま、こうやってだらけて過ごすのは好きだ。だから、こんな時間も別に悪くない。ふと、視線がパソコンに向いた。

 あれから、特に必要がなかったから、パソコンは起動すらしていない。


 白い石は引き出しに放り込んだのだったか、ゴミ箱に落としたのだったか、ちょっと記憶が定かではなかった。気にしていたというのに、この有様。飽き性な上に雑なのが、私の性格だ。


 考えるのはやめようと思って、起き上がる。顔を洗って、服を着替えて、食パンを焼いて、バターとジャムをたっぷりと塗って遅めの昼食。ちゃんと買い物に行かないとなーと考えながら、またベッドに戻る。


 やばい。ループ。


 頭の後ろで腕を組んで寝転がり、ついでに脚も上げて左の膝上に右の脹脛を乗せた。ガラの悪さがやばい。ヒューノットのことを言える立場じゃない。



「…………」



 本当にやばいのは、もう一ヶ月が過ぎ去ったというのに未だにあの日の事を覚えていること。そして、飽き性の私が、今もそれを引きずっていることだ。

 そういえば、チュートリアルでは言われなかったけど、何があったらバッドエンドになるのだろう。ストーリー上の話なのか。選択した結果なのか。それとも、戦いで負けたとか、そういう類なのか。

 今考えると、仮面の人のチュートリアルは圧倒的に説明不足だ。ぴんと来ない言い回しばかりで、シンプルに伝えようとはしてくれなかった。


 ちらりと視線を向ける。

 当然、パソコンは沈黙したままだ。そのモニターには、何も映し出されてはいない。だって、もし電源をつけて、あの瞬間の結末が映し出されたら? あのふたりの、どちらかが。なんて。


 ――トラウマなんてものじゃない。


 ぞわりと背筋が震えて、勢いをつけて一気に起き上がった。

 室内は薄暗くなってきて、カーテンを引いたままの窓から微かに入り込む斜陽が、デスクに当たっている。


 あの選択が既にバッドエンドだったのだろうか。「戦わない」と言っていたら、あのふたりは何もせずに終わったのだろうか。


 銀色の、猫を模した仮面の人。


 仮面の人。




「何だっけ……」


 デスクの前に立って、白い石があったあたりを撫でた。部屋は雑然としていて、どこに何があるのか。自分でも、すぐにはわからない。パッと見た感じは片付いているけど、それはモノをクローゼットに押し込んでいるからだ。大量のゲームも漫画も、収納力に限界が来たらさすがに処分するしかない。

 それにしても、やばい。本当に、あの石をどこにやったか覚えていない。いよいよ、自分の記憶力が怪しい。

 あと、仮面の人の名前も思い出せない。

 噛みそうな名前だった。何だっけ。シ。シ。ス。違うな、シル、何だっけか。



「あ、シルッセリュか」

「――シュリュッセル・フリューゲルだよ」

「ああ、そう。そんな感じだった――――は??」



 声が聞こえた気がして、慌てて後ろを振り返った。

 そこにあるのは、カーテンが引かれたままの窓と、何の変哲もない壁。

 薄らと差し込んでいた斜陽も、既に足元へと落ちてしまっている。


「…………」


 確かに聞こえた気がしたけど、気のせいだったのだろうか。頭の中で、あの台詞を繰り返してしまっただけなのだろうか。

 それにしては、とても鮮明だったけど、いや、いやいやだって、そんな。有り得ない。


 仮面の人がいるかもしれないなんて、考える方がどうかしている。

 余計なことを考えているから、こんな状態になるんだ。

 寝すぎで、頭がぼうっとしているのかもしれない。連休中はずっとだらだらしていたから、平日になったらキツいだろうな。そんなことを考えながらデスクを見た時、手元に何かがあることに気が付いた。



 白い歪な、あの、石が、転がっている。



 反射的に腕を引いて顔を上げた時、既にパソコンのモニターはなかった。

 少しばかり冷たく感じられた風が緩やかに頬をなぞり、軽い調子で髪を揺らしていく。


「……」


 足元に視線を落とせば、橙色の光が落ちていた床ではなくて芝生が広がっている。見上げれば、天井の代わりに青い空が頭上を覆っていた。


 そして、前を見れば





「――おかえり、傍観者(プレイヤー)





 当然のように、仮面の人が立っていた。

 見覚えがありすぎる光景はスタートと同じ、いや、ひとつだけ違う。

 仮面の人の傍には腕を組んだヒューノットがいて、明らかに苛々している様子で、こっちを見てる。

 視線を向けないようにした。こわい。こわすぎる。目つきが悪い。




「……ええ、っと」

「シュリュッセル・フリューゲルだよ」

「ああ、うん、そうでした……」






 本当に、私は学習しない。

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