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傍観者 < プレイヤー >  作者: YoShiKa
■ななつめ 侵攻■

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44.揺らぎの裂け目で












「うひぃっ」


 頭を少し持ち上げると、走り出したバスを追いかけるヒトガタ達の姿が見えた。

 思わず変な声が出てしまうくらいには、異様な光景だ。

 何というか。ゾンビ映画を見ているような気分になる。出演はしたくなかった。

 こんな奴らを引き連れて、ヒューノットは一体どこに行こうというのか。

 私の部屋か。あのマンションなのか。入れるか馬鹿野郎。人数を考えろ、この馬鹿野郎。


「――おい。この辺りに広場はないのか」

「えぇっ?」


 どうして、いきなり、そういうことを言い出すのか。

 正直なところ、私の方は全然全くちっとも、それどころではない。


「なるべく開けている場所だ」

「いや、意味が分からなかったわけじゃないからねっ!」


 言い返したタイミングで、ヒューノットが再び駆け出した。

 バスの上を走ったと思えば、踏み込んでいきなりのジャンプ。

 そして、宙に浮いたと感じた直後には、ビルの壁を蹴って更に上を目指す。


「うぅ……」


 吐きそう。

 内臓がシャッフルされてる。

 もう、すぐそこまで、色んなものが込み上げて来ている気がした。

 しかし、ヒューノットはお構いなしだ。ビルの屋上らしい場所に辿り着くと、地上は随分と遠くなっていた。

 ヒトガタを引き付けろとか言っていた割りに、これではむしろ逃走だ。

 よもや、私の安全を確保してくれたとかではなさそうだし。

 きちんとした柵のない屋上は、人が上がることを考慮された場所ではなさそうだ。

 ヒューノットは私を屋上の中央付近まで運んでいくと、抱き上げたときとは違って優しく下ろしてくれた。

 近くには、貯水タンクだか何だかわからないものが、フェンスに囲まれて佇んでいる。

 そのあたりには、室外機のようなものもあるのだろうか。振動音と何かの重低音が混ざっている。


「作戦があるなら、ちゃんと教えてよー……」


 その場に屈み込みながら抗議した。


「そんなものはない」


 一蹴された。

 いや、作戦を隠されているよりも、思いつきで振り回される方が腹立つ。

 屈む姿勢にも疲れると、汚いとは思いながらも腰を下ろした。

 私が走り回っていたわけではないのに、変に心臓がバクバクと煩い。

 大きく息を吐いて、空を仰ぎ見た。

 よく晴れた空には亀裂も穴もなく、たくさんの星が瞬いている。普段から見えている星よりも、ずっと多い。

 腰を下ろしてしまった私を放置して、ヒューノットは屋上の端へと歩いていく。

 そして、柵もない屋上のギリギリ立てる位置で、やっと足を止めた。地上を見下ろしているようだが、真似をする勇気も度胸もない。

 ヒューノットが何をするつもりなのかも、何がしたいのかも、ちっともわからない。

 わからないけど、あいつ絶対に説明する気ないな。

 振り回された所為か、緊張の為か。体温が上がった身体に、冷えた風が少し心地良い。

 ビルの壁にぶつかって吹き上がってきた風に、ヒューノットの髪や外套が大きく揺らされる。


「……」


 そのまま降りないだろうな。

 いやいや、まさか。

 口許が引き攣るのを感じつつ、ゆっくりと立ち上がる。


「ヒューノット、何してるの?」

「待っている」

「え、何を?」


 この男はいちいち言葉が足りない。

 そういうの、別に格好良くないんだからな。

 まどろっこしい男はモテないんだからな。たぶん。少なくとも、私は好きじゃない。

 仕方なく歩み寄ってみるけれど、身体に当たる風が強くなってきて怖い。柵もフェンスもないなんて、ちょっと無理。

 結局、ヒューノットの十歩ほど後ろで止まってしまった。

 常人の限界だと思う。


「お前を見つけた土塊共が集まっている。そいつらに釣られて、他の奴らも来れば良いんだが」


 説明された。

 私をエサにされたのは、ちょっと業腹ではあるけど。

 まあ、プレイヤーを狙っているのなら、ヒューノットの言うツチクレ――もとい、ヒトガタたちが寄ってくるのは確かにわかる。

 だからといって、あんな風に扱われてオッケーとは言わない。絶対に言わないからな。


「一ヶ所に集めて、一気にっていう作戦?」

「ひとまずは、ある程度の数を把握するつもりだ」


 そういう話を先に言っておいて欲しい。

 まあ、確かに、相手の出方がわからない以上、緻密な作戦を立てたところで意味がないようには思えるけど。

 それはもういいとして。この近くに、広場なんてあっただろうか。

 遊具のある公園はいくつかある。駐車場だったら知っているけど、ヒューノットが求めている場所でなさそうだ。

 みんなで存分に暴れても大丈夫ですよ、なんて場所は、ちょっと思いつかない。

 そもそも、どれくらいの数がいるのかもわからないヒトガタを集めきれる気がしなかった。

 しかも、今のところはヒューノットしか戦える人がいない。あまりにも、多勢に無勢だ。

 そりゃあ、数がすべてだとは言わないけど。

 何はともあれ、ヒューノットが待つというのだから、それ以外に選択肢もない。

 ゆっくりと肩から力を抜いた次の瞬間、背後の空が音もなく一気に明るくなった。ぞわっと全身に鳥肌が立つ。

 振り返るよりも先に、光から数秒ほど遅れて激しい風が吹き荒れた。

 反射的に片腕で顔を庇いながらヒューノットを見ると、もうさっきの場所にはいなかった。


「――うわっ」


 二度、三度。今度は激しい音を伴って光が弾け、バラバラと何かが落ちて来た。

 ヒョウかと思ったけど、違う。ヒョウでもアラレでもない。ましてや、雨でもない。

 足元で跳ねて転がっていくのは、ビー玉より少し小さい程度の何かだ。

 落ちた数秒後には、音を立てて煙を放ち、消えてしまう。

 熱は感じないなと思った直後、黒い外套が視界に入った。


「ヒューノット!」


 雨のように降り注ぐ玉から、ヒューノットが庇ってくれた。

 てっきり、自分だけ逃げたかと思った。いや、そこまでは思ってないけど。

 急にいなくなったから、何かあったかなー的な。逃げたと思いそうになっただけというか。


「あの中に飛び込むぞ」

「はい?」


 何を言い出すのかと思えば、本当に何を言い出すのかだよ。

 もうこっちの思考が全然追いつかない。

 追いついたとしても、理解できそうになかった。いや、それを追いつかないというのか。

 何だか、既にパニックだよ。どうしてくれるんだ。

 まるで打ち上げ花火のごとく空を瞬間的に明るく照らしているモノを、いまだ直視もできていない。

 眩しくて、それどころではなかった。

 弾ける音が重なる度にビクついているというのに、飛び込むって何ごとだよ。できるはずがない。

 とか何とか思っている間に、ヒューノットは問答無用で抱き上げて来た。

 逃げられない私は、慌てて外套ごと掴みかかることくらいしかできない。


「いやいやいやいや待って無理ちょっと止まってまだ心の準備が――ぎゃああぁあーッ!?」


 飛び込むぞと言われたから、てっきり一緒に入るのかと思ったのに。

 ヒューノットは必死に制止を求める私を、無情にも光が弾ける中心へと投げ入れた。

 悲鳴を上げながら両手で頭を庇って目を閉じるけど、点滅気味に放たれる光が瞼の裏側を照らして怖い。

 耳元で、何かが割れる音がする。頭のすぐ上を、何かが掠めていく。

 手足にぶつかって流される細かい何かは、砂利のように感じられた。熱はなく、当たった痛みもそれほど強くない。

 ふっと無風になったと同時、光も音も途切れた。

 一瞬の静寂。

 急激に鼓動が跳ね上がって、耳のすぐ内側に心臓があるかのようだ。

 あまりにも激しく騒ぎ立てる心音がうるさくて、耳を塞ぎたくなってしまう。

 全身が、異質な感覚に包まれる。重力から解放されたかのように、落ちることさえなくその場に停滞するような感覚だ。

 ごくりと喉奥が鳴った。

 何秒か。何十秒か。それとも何分か。何十分か。時間が、ひどく長いように感じられる。

 頭を抱えてうずくまるように丸まった私は、顔を上げるどころか目を開くことさえできない。

 ぐるんぐるんと全身が回転する。

 いや、実際に回っているのかどうかはわからない。

 上だの下だの、方向感覚が全くない。

 雪崩れに巻き込まれたら上下が分からなくなるという話は聞いたことがあるけど、そんな気分だ。

 辛うじて右と左くらいならはわかるけれど、そんなものが分かったからといって何の意味もない。

 浮くような沈むような、ワケのわからない感覚だけが繰り返される。


 『――――これで終わりなら、見届けようじゃないか。それとも、怖いかい?』


 不意に声が聞こえて来た。

 誰の声だろうかと、考える間でもない。

 それは、シュリの声だ。


 『――――お前は恐ろしくないのか』


 続いて、ヒューノットの声が聞こえて来る。

 でも、ふたりの声はどちらもエコーが掛かっているように響いた。

 恐る恐る目を開くと、周囲は一面赤色だ――いや、赤というか、朱色というか、橙色というか。


「……あっ」


 目に飛び込んできた空だった。

 ぐるりと見渡す限り、夕焼け空が広がっている。

 ただ広がっているだけじゃない。まるで、ドームの中に広げられているかのように、少しだけ歪だ。


 『――――まさか。そんなわけないよ』


 シュリの声がまた聞こえた。

 視線を巡らせてみるけれど、姿は見えて来ない。

 よくよく見ると、一面の夕焼け空は少しおかしなことになっていることに気が付いた。

 向かって右側は薄く青へ向かうグラデーションを描いているし、左側は燃えるような濃厚な赤になっている。 

 左右から伸びる青と赤を目で追う。

 二色は伸びた先で薄くなっていて、ちょうど私の正面にあたる空が白っぽくなっている。

 色の移り変わりは、まるで一日の空を眺めているかのようだ。

 ただ、朝と夕、そして昼かな。そんな空はあるというのに、夜がないように思えた。


「……!」


 はっとして振り返ると、背後に広がっているのは爽やかに晴れた空を連想させる深い青だ。

 そちら側には、きらきらと光る何かが散っている。

 目を凝らしても遠すぎてよく見えない。けど、あれは、そうだ。たぶん、星だ。

 無数の星が降り注いでいる。

 さっき、屋上で見たような強烈な光こそないけど、空から淡々と星が落ちているように見えた。

 ふよふよと漂う身体は、まるで水の中にいるかのようだ。

 それにしては浮かばないし沈まないし、どういう状態かわからないけど。

 少しずつ周囲の景色が変化していく。

 私が落ちているというよりも、空が上がっていくという感覚に近い。

 固定された位置から変化する空を見るという意味では、まるでプラネタリウムでも眺めているかのようだ。

 決して、そんな優雅な気持ちではないんだけど。


 『――――約束する』


 今度はヒューノットの声が聞こえて来た。

 見回しても、やっぱり姿はない。

 グラデーションを描く空には、次第にぽつぽつと紫色の小さな裂け目が出来始めた。

 元の色と混ざり合って、少しずつ空がマーブル模様になっていく。

 濡らした筆を振って散らせたような紫色は、まるで水に落とした一滴の絵の具のように急速に広がっている。


「――いてっ!」


 空を見つめていたら、一気に落下した。

 どすんっと尻餅をついて、無様に転がってしまう。

 いつぞや、ヒューノットに投げられたときのことを思い出した。

 いや、今回だって投げ込まれたんだから、結果的にはヒューノットのせいだ。あの野郎。

 お尻をさすりながら立ち上がると、そこが平原であることに気が付いた。

 どこの平原も大体似たような景色だとは思うけど、たぶん、"あっち側"の平原だ。シュリの場所。

 色合いの均衡が崩れていく空のもと、平原はどこまでも続いているように見える。

 何だろう。これは。いつの光景なのか。何の話なのだろう。

 まだ遠くだけど、少しずつ星が落ちている範囲が広がっているように見えた。


「……あれ?」


 少し離れた位置に人の姿がみえた。

 ヒューノット――では、ない。

 黒いローブを纏ったその人は、長い黒髪を風に揺らして、星の落ちている空を眺めている。

 足を踏み出してみると、意外と歩くことができた。落ちるのかと思ったけど、何歩進んでも地面は抜けない。

 全然信用はできないけど、止まっていたって仕方がない。

 歩いて距離を詰めていくと、その人が手首に細いブレスレットをしていることに気が付いた。

 体型はほっそりとしていて、風に揺らされて乱れたローブの合間から覗く脚もすらりと長い。

 何だろう。すごく、デジャブ、だけど。


 『――……』


 長い黒髪の人が振り返った。

 まるで絵画から抜け出てしまったかのような、そんな印象を受けるほど整った顔立ちをしている。

 いや、何というべきか。まるで人形みたい、とも言えるかもしれない。

 中性的で均整の取れた、彫刻のような――


「――あっ」


 彫刻だ。

 中庭のような空間。そして噴水。そこにあった白い石像に、とてもよく似ている。

 赤ん坊に触れていたローブの人だ。

 あの石像の瞳にルビーをはめ込んだような、そんな感じがした。

 呼びかけようとした私のすぐ脇を誰かが駆け抜けていく。

 ローブの人に駆け寄ったのは、ヒューノットだった。

 紫の髪。黒尽くめの服装。背を向けているから顔は見えないけど、背の高いあの男は確実にそうだ。

 何が、どうなっているのか。

 困惑している間にふたりの姿が景色ごと一気に遠ざかる。

 足元にあったはずの地面はなくなっていて、それなのに立った状態を維持できたままだ。





 『――もう、いいんだよ』






 『――すべてが終わったら』






 『――――忘れてしまって』









 空が遠くなって、周囲が暗闇に包まれていく。

 その中で、声だけがゆっくりと静かに落ちて来た。


「……おわっ!?」


 不可思議さの余韻に浸るような時間すらない。

 唐突にガクンッと全身が、何かに引きずり込まれるような勢いで落下した。

 そして数秒もすればトンネルを抜けたかのように、真っ暗な中から急に放り出される。

 垂直落下に近い。

 長い筒から落とされたようなものだ。

 決して見たくはないというのに、自然と目が下を向く。

 眼下に広がっているのは、見事な夜景だった。

 地上で見上げても視界が足りないほど背の高いビル群でさえも、今は小さく遠い。

 夜の街は真上から見ると、まるで星が散っているかのように、たくさんの明かりがついている。

 もはや、どっちが上でどっちが下なのかわからないくらいだ。


「――ヒューノット!」


 ぞわりと全身に震えが走ったそのとき、落下の感覚と同時に抱き止められた。

 受け止めるように私を横抱きにしたヒューノットは、どこから現われたのだか、全くわからなかった。

 というか、わからないことが多すぎて、もうどこから対処すればいいのかサッパリだ。


「さっきまで何してたの!? 本当にびっくりしたんだから!」

「……さっきまで?」


 外套をがっつり握り締めながら文句を言う私に対して、ヒューノットは怪訝そうに眉を寄せた。

 空中を蹴って数段ほど進んだあと、ふわりと軽く舞い降りた先は鉄塔だ。

 カツンッと硬い音が鳴って、何だか安心する。

 いや、こんな高い場所で安心も何もないんだけど、空中よりは良い。


「……一分と経ってはいないが」

「そ、そんなはずないよっ! 投げたあとの話だよ? ちょっとほったらかしにしてたでしょっ」

「……投げていいのか?」

「よくないけどッ!!」


 どうしよう。

 ヒューノットが明らかに困惑している。

 見た感じはただただ、ひたすらに不機嫌そうなんだけど。

 話が通じてなさすぎて、困らせている空気だけはひしひしと感じられた。


「……ていうか、投げてないの?」

「ずっと持っていた」

「持ってた……」


 私は荷物か何かか。

 しかし、よくよく思えば、抱き上げられた時の形そのまんまだ。


「この高さで投げたら死ぬだろ」


 いや、まあ、そうなんだけど。

 確かに、そうなんだけども。

 ああ、ヒューノットに正論を向けられるとは思いもしなかった。

 

「……え、ほんとうのホンットーに投げてない?」

「ああ」

「絶対に?」

「ああ」

「一瞬も?」

「ああ」

「確実に?」

「……ああ」


 疑い始めればキリがない。

 投げ込まれたというのは、錯覚だったのだろうか。

 でも、ヒューノットだったら投げる程度は有り得る気がする。

 最初にツェーレくんと会った場所で、実際に投げられるし。

 まあ、あれは着地と同時ではあったけど。

 だけど、投げ出されたのは確かではある。

 私の確認に何度も何度も頷くヒューノットには悪いけど、色々と説明がつかない。


「……離されたいのか?」

「いやいやそんなまさかないです」




 頷き続けたヒューノットに反して、私は必死で首を横に振った。

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