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傍観者 < プレイヤー >  作者: YoShiKa
■ななつめ 侵攻■

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43.闊歩する人形











 ヒューノットの動きは、やっぱり人間離れしていた。

 役割から考えれば、わからないでもないけれど。

 でも、"あちら側"ならまだしも、まさか"こちら側"でも、こんなにも身軽だとは思わなかった。

 片腕で私を抱えていることもそうだけど、片側に荷物を持っている状態なのに平気で電柱の上に降り立ってしまう。

 バランス感覚が優れているなんて、そんなレベルではない。

 挙句に電柱から民家の屋根に飛び降りると、また駆け出していく。

 二階建てから三階建ての屋根へと飛び上がり、道を挟んだマンションのベランダの欄干を踏み台にして更に進む。

 私はせいぜい横から抱きついたまま、パーカーのポケットに入れた石を気にすることくらいしかできない。

 上下に、そして左右に、これでもかと揺さぶられて、お腹の中がシェイクされているような気がする。


「ヒューノット! ヒューノットってば! ねえっ、どこに行くの!」


 頭上では、溢れ出た星達が弾けて散らばっている。

 道路に落ちたらしい光が視界の端に入るけれど、今は確認することもできやしない。

 ヒューノットの激しい動きに負けまいと、必死に声を上げた。


「――シュリュッセルだ」

「はっ? えっ、なにっ?」


 ヒューノットの声は低くて小さい。

 うまく聞き取れなかったのかと思ったけど、本当に名前を言っただけのように聞こえた。

 一体、どういうことなのか。

 思わず眉を寄せていると、ヒューノットは一度アパートの屋根に降りたあと、一気に降下を開始した。

 腹の底が浮き上がる。ような、気がした。

 次に着地したのは、車の上だった。振動と風を受けながら、閉じてしまった目を開く。

 すると、大きくて広い屋根が見えた。何だ、えっと、そうだ。バスっぽい。たぶんバスの上だ。


「……あいつは、俺ともお前とも違う。そう言っただろ」

「そ、それは聞いた。聞いた、けど、だから、どういうことなのっ?」


 話の繋がりが、全然見えて来ない。

 困惑している私をよそに、ヒューノットはじっと前を見据えている。

 抱えられたまま顔を上げて前を見ると、住宅地を抜けて大きな駅の前まで辿り着きつつあると分かった。

 私のマンションから駅前までは随分と距離があるはずだったのに、あっという間だった。おかげで距離と時間の感覚がおかしくなりそうだ。

 交差点に差し掛かったバスがゆっくり右折すると、ヒューノットは再び大きく跳躍した。

 そして、今度は信号機に飛び移る。折れませんように、と祈るだけで、私は手一杯だ。

 勢いに押されて上下に揺れた信号機が、ふたり分の重みを支えている。

 周囲の人々は、まるで何も見えていないかのようだ。誰も、こちらを見てはいない。

 こんなにも目立つ動きをしているというのに、ヒューノットの姿が見えないのことはまだしも、私のことも認識できていないようだ。

 信号機の揺れが落ち着いたあたりで、ヒューノットは舌打ちをした。

 空を見上げると、大きく開いていた亀裂はなくなっている。ただ、星の様子だけがおかしいままだ。

 街のネオンにも負けないくらい、大量の星が空に輝いている。有り得ない。明らかに星が増えている。ように、見える。


「――わっ」


 あまりにも満天すぎる空に気が取られていた。ヒューノットが急に動き出したせいで舌を噛みそうになる。危ない。

 信号機を蹴って空中に飛び出したヒューノットは、私を散々に揺らしながら、更に何かの看板を足場にして高く跳ねた。

 数秒ほど何もない空間を越えたあと、勢いをつけて宙を横切った。

 そう思った直後には、駅舎の屋根を駆け上がっていく。

 線路が四本に分かれているこの駅は、特急も停まるそれなりに大きな駅だ。路線はローカルだけど。

 屋根上の、比較的平坦な部分に降ろされる。降ろされるというか、何なら落とされたと言う方が近い感じではあるけど。


「もー……どうして駅?」

「人間が多くて好都合だと思った」


 もたもたしながら屋根の上に座り直す。

 ヒューノットはシュリと違って、使う言葉自体は簡潔でシンプルだ。でも、全然わからない。


「……ええと、シュリがどうしたって?」


 ひとまず、話題を戻した。

 ヒューノットは、駅舎の屋根に立った状態で周辺を眺めている。

 駅前のロータリーを行き交うのは、当然ながら車だ。

 ときどき一般車両も入り込んでいて、場所を争うようにバスやタクシーから追い立てられている。

 バスの停留所に並ぶ人々の列も見える。こうやって見下ろすと、まるで人の山だ。

 ネットカフェやフィットネスジム、ドラッグストア、大型スーパーにレンタルDVDの店。少し商店街の方へと視線を向け直すと、居酒屋の看板が立ち並ぶ。コンビニ特有の配色も光として道路に落ちている。

 公園くらいしかないマンション周辺よりも、このあたりはずっと明るい。


「あいつは、俺ともお前とも違う」


 ヒューノットの声は、やっぱり小さくて低い。

 色と音が溢れている駅前では、少し聞き取りにくかった。


「――あいつだけは、戻れない」


 それも、聞いた言い回しだ。

 いつだったか。そうだ。レーツェルさんと対峙していたとき。シュリがいなくなったあとだ。

 探してくれと懇願して来たヒューノットを思い出す。

 今の横顔は、何を考えているのかなんて、ちっともわからない。

 まあ、元々ちっともわからないけど。


「世界を繋ぎ合わせる為に、あいつは外側に立った。"こちら側"でもなければ、"あちら側"でもない」


 行き交う車のライトが交差する。

 信号の赤と青が、あちらこちらで瞬くように切り替わっていく。

 それらに従って一斉に歩き出す人々の様子は、まるで訓練された行進のようでいて、全くもって無秩序で不揃いでもある。

 家路を急ぐ人々は空を見上げることもなく、せかせかと目的の方向へと歩くだけだ。

 そんな地上を見下ろすヒューノットは、何かを探している様子で視線を巡らせている。


「……"あちら側"でもない?」


 こちら側――現実世界に、あちら側――ゲーム世界の存在であるヒトガタは干渉できない。

 干渉するためには、こちら側の存在であって、あちら側も認識できるプレイヤーを飲み込むのだと、シュリは言っていた。

 私も含めて、プレイヤーは現実世界の存在だ。そして、ゲーム世界との関わりも持つことができる。

 だから、たぶん。ヒューノットやシュリのことだって認識できる、はず、だ。

 確認したわけではないけど、他の人に見えていない点を思えば、ヒトガタもヒューノットも条件は同じ。

 あちら側に"招かれた"存在であるプレイヤーと接することはできても、招かれていない"こちら側"の人間と接することはできない。

 そもそも、シュリこそがあちら側にプレイヤーを招き入れた"境界の鍵"なわけだから、狙われるのはわかる。

 どちら側の存在でもない――というのは、境界の鍵を飲み込んだから、だろう。前にシュリが言っていたときは、全然わからなかったけど。

 今なら、少しくらい点と点が繋がっている。


「……戻れないって?」


 馬鹿みたいにひねりのない質問が、喉奥から出て来る。

 ヒューノットは、何かを探すように視線を巡らせながら緩やかに息を吐き出した。

 その青い瞳が私を見る。

 一瞬だけ、心臓が跳ね上がったような気がした。


「――繰り返せない。死ぬだけだ」


 ヒューノットの声は、低くて小さい。

 それなのに、まるで耳元で怒鳴られたかのような衝撃に背が震え上がった。

 選択肢によっては、ヒューノットも殺されるようなことがある。例えば、戦わないことを選択したとき。

 それでも、やり直しさえ選べば、ヒューノットは選択の結果を記憶したままでもやり直すことができる。

 記憶があるから、ルーフさんの件で彼は激昂したんだ。

 うっかりしていた。わかることだ。考える間でもない。

 ユーベルだって、確かに言っていた。シュリは、"ナニモノにもなれない"って。

 そして、シュリだってそれを肯定した。立ち位置は、私とヒューノットの間だと。そう言っていた。

 シュリこそが、セーブポイント。シュリは選択の結果も、その未来も、すべて、記憶している。

 やり直せるタイミングまで引き戻してくれるのも、何かあったときに来てくれるのもシュリだ。

 そして、シュリ自身は傍観者による"選択の影響"を受けていなかった。

 当然だ。だって、シュリは案内役でサポート役。すべてを繋ぐ役割を持つ。それこそ、場所も時間も人も、だ。あの平原にいたのは、その為だった、はず。

 シュリがイベントに巻き込まれるようになったのは、いつだったか。

 いつから、シュリは。


「…………」


 だから、レーツェルさんの傍からシュリの姿が消えたとき、ヒューノットはひどく焦っていたんだ。

 本当なら、有り得ないことだったのだろう。

 有り得てはいけないことだったのかもしれない。

 ユーベルが落とした星に撃たれたことだって、イレギュラーだったのかもしれない。

 あの後、シュリは、すぐには戻って来なかった。

 現実世界に戻された私は、何度も名前を口にしていたにも関わらず、だ。ロードができなかった。

 選択をやり直しさえすれば、即座に会えたヒューノットとは違う。 


 ――この世界に、私の居場所はないのさ


 シュリ自身が、そう言っていた。

 思い至らなかった方がおかしいくらいかもしれない。

 聞き逃していたつもりではなかったけど、あまり重要視はしていなかった。

 ヒントはたくさん転がっていたのに、ヒューノットからストレートに言われるまでピンと来なかったなんて。


「おい、見ろ」


 思考に沈んでいた意識が、急に引き戻された。

 慌てて顔を上げると、ヒューノットが地上の何かを指している。


「えっ、なに?」


 ヒューノットの腕を辿って視線を投げながら首を伸ばしてみたけど、何のことだか、さっぱりだ。

 そもそも、雑踏の中に何かがあったとしても、私の目で見えるとは思えない。


「あれだ」


 腕を下ろしたヒューノットは、顎先で何かを示した。

 いや、だから、わかんないんだってば。

 目を細めて、じっと人々の流れを見つめてみるけど、やっぱり分からない。

 ヒューノットが示したあたり――交差点付近を凝視する。赤や青の信号に従って動く人々の数は、まだ減っていない。

 行き交う人々を照らす光の色は無数だ。


「――あっ」


 様々な色の光に照らし出される人々の姿。その中に、違和感が生まれた。

 気が付けば、その違和感は決して無視できるようなものではない。離れているとか遠いとか、その程度で認識できなくなるものではなかった。

 駅からロータリーへ、あるいはロータリーから駅へ。駅の出口から散らばっていく人々の流れに、大きな交差点を通り過ぎる人々の群れに、異質なものが潜んでいる。


「……うっわ」


 おびただしい量の人間に紛れて歩き回っているのは、ヒトガタだった。

 その身体には、何色の光が当たっても意味がない。灰色は染まらない。そのせいで、ヒトガタの輪郭だけがくっきりと浮かび上がって見える。

 徘徊しているヒトガタは、一体や二体ではない。

 まるで影のように人の傍らに寄り添っていて、時々ふらりと人々の間を通り過ぎていく。

 誰も反応を示していない。その様子からすると、雑踏の中にはプレイヤーがいないのだろう。

 だけど、時間の問題だ。もしも、ひとりでもいたら。誰かひとりでも、あのヒトガタを認識してしまったら、パニックになってしまうに違いない。


「ヒューノット、ど、どうしよう……」


 情けなくも、声が裏返ってしまう。

 ヒューノットは、私にちらりと一瞥程度の視線を投げただけで、すぐにまた前を向いてしまった。

 待ってほしい。とても心細い。いきなり、急に、心許ない。


「ヒューノット……?」


 もう一度呼んでみたけど、今度は完全に無視された。

 何だ。どういうことだ。何が起きているのかも、いまいちわからない。

 ヒューノットが何を考えているのか、それも全然わからない。

 さっきまで何かを探している様子だったけど、今は何かを待っているようにも見える。

 人ごみの中を歩き回るヒトガタは、一度気が付いてしまえば無視などできない。

 灰色の影達が蠢く光景は、ただただ異様だとしか言いようがなかった。

 あの中にシュリがいるはずもない。ヒューノットは、何を探しているのだろう。

 もう一度問い掛けようとしたところで、背後に何かが落ちて来た。すとんと、軽い音が聞こえる。

 いや、馬鹿な。大きな駅の屋根に、何が落ちるというのか。


「――ッ!」


 勢いよく振り返ったと同時に、視界の端でヒューノットが動いた。

 次の瞬間には、落ちて来た何かを彼が思い切り屋根に叩き付けているところだった。

 あまりにも速過ぎて何が起きたのかなんて、ちっともわからなかった。

 屋根を覆うパネルの一部が破損して、周囲に飛び散る光景が妙にゆっくりと見える。悲鳴を上げるような余裕もない。

 私はへたり込んだまま、そもそも立ち上がることさえできずにいる。何だ。何が起こったんだ。パニックなのは、私だ。

 ヒューノットが姿勢を戻す頃には、叩きつけられた"それ"はぴくりとも動かなくなっていた。

 よくよく見ると、"それ"は灰色の肌をしている。伏せた状態ではあるけど、あのヒトガタだということは分かった。

 ヒトガタの頭部がパネルにめり込んでいるけど、これはどう処理されるのだろう。

 そう考えるくらいには、変なところで冷静だった。

 いや、事故とか事件とか、そういう次元じゃないな。全然冷静ではなかった。


「……ふん。やはり来たな」


 やはりとか言ったぞ、こいつ。

 改めて屈み込んだヒューノットは動かないヒトガタの頭部を叩いた。

 つまり何だ。ヒトガタが来るであろうことを予測していたというのか。


「……え、ちょっと、待って。罠だったの?」


 私はハメられたのだろうか。

 罠というか、何だろう。エサにされたというべきか。

 ヒューノットは完全にシカト状態だ。

 おいまてお前ちょっとくらい弁解しろよばーか。


「……っ」


 ヒューノットが、いきなりヒトガタの身体を引き起こして上向きにした。

 こんなにも間近で見たことはなかったけど、本当に人間っぽい。

 いや、まあ、そもそも人を模して作られているのだから、それ自体は当然ではあるんだけど。

 それだけじゃない。目元から鼻筋、耳や唇に至るまで、本物の人間に見えるくらいの精巧さだ。

 肌を灰色に塗られただけの人間だと言われても、うっかり信じてしまいそうになる。

 でも、ヒトガタは身体のパーツが外れたとしても、血が出るわけでもない。

 というか、仮に血が出たとしても、そんな状態で動ける時点で人間ではない。

 叩きつけられた衝撃で外れたのだろう。片方の腕が、肘あたりで外れかかっている。

 そのあたりを見れば、人間ではなくて人形だと分かる。分かるけど、あまり見たいものでもない。

 しかし、そんな私のことなど、ヒューノットはまるで気にしていない。

 それどころか、ヒトガタの胸辺りに手刀を叩き落した。ぱっくりと割れた断面は、乾いた泥のようだ。

 当然のように血は出ず、生々しい肉が覗くわけでもない。皮膚だって、割れてしまえば陶器に近かった。弾力など、まるでない。

 それでも目を逸らしてしまうのは、やはり形が人間だから、だろう。

 その上で、ちらちらと視線を向けてしまうのは好奇心というべきか。こんなの人間の性だと思う。あるいは、業だ。

 ヒューノットは、ただ淡々と、塗装を剥がすようにベキベキと音を立てて胸元を開いていく。

 すると、急に眩しい光が漏れ出た。思わず眉を寄せて視線を向けると、その光はヒトガタの胸の奥から出ている。


「……ちょっ、ヒューノット!」


 ヒューノットが何の躊躇いもなく、光が溢れている胸部に手を突っ込むものだから、今度は顔ごと背けてしまった。

 人間ではないとはいえ、やっぱり視覚的に刺激が強すぎる。

 生々しい粘性の水音なんてものは聞こえて来ない。ただ、何かが崩れる音がするだけだ。

 それはそれで、何だかシュールでもある。

 やがて光が途切れて消えてしまうと、ほどなくして湯気のようなものが上がり始めた。


「……チッ」


 舌打ちされた。

 いや、私がされたわけではないか。

 腕を引っ張り出したヒューノットは、何かを握り締めている。

 シュウシュウと音を立てて燻っているモノ。それが何か、私は知っている。

 思わずパーカーのポケットに手を当てた。預かった分は、確かに残ったままだ。

 しかし、ヒューノットが持っている方の石はほどなくして手の中で割れてしまった。

 ボロボロに崩れて細かな砂になるまで、あっという間だ。しかも、色は白ではない。ヒトガタの身体と同じ、灰色の石。


「それって、やっぱり星だったり……?」

「ああ。元はな」


 やっと口を開いてくれた。

 しかし、どうやら期待はずれだったようで、ヒューノットの機嫌は少し悪い。

 私にはどうしようもないことだから、そのイライラをぶつけるのだけはやめて欲しいところだ。


「お前がいれば、少しはマトモな奴が引っ掛かると思ったんだが」


 ヒューノットは落胆気味に声を落とした。

 こいつ、やっぱり私をオトリに使いやがったな。


「次から、そういう試みをするときは一言欲しいんだけど」


 思った以上に不満そうな声が出た。

 いや、まあ、本当に心底から不満ではあるけど。

 オトリに使われたのはいいとして、いや、よくないけど、もうこの際はいいとして。

 せめて、一言くらい伝えてくれたとしても良かったはずだ。


「挙動不審になるだろ、お前は」

「……」


 否定できなかった。

 いや、それにしても、だろ。

 私がそうなったとしても、使い道としては同じだったら伝えろよ。


「お前の警戒が相手方に伝わる事も好ましくない」


 何だそれ。

 敵を騙すにはまず味方からってことか。嫌われちゃえ。

 目で不満を訴えてみるけど、ヒューノットはちっとも気にしていない様子だ。


「だけど、何かあったら怖いし……」

「予想外の動きをされては守る事も出来ん」

「そうかもしれないけど……」


 くっそ、なんでだ。どうして勝てないんだ。

 ヒューノットなんて口下手の極みのはずなのに。

 ああ、でも、寡黙だからって口下手とは限らないのか。

 そもそも、ヒューノットは寡黙キャラでも何でもない。シカトぶっこいてるだけだ。

 シュリが寡黙とかって紹介するせいだよ、もう。


「……」


 よし。一旦、落ち着こう。深呼吸だ。大人になろう。

 ゆっくりと息を吸う。そして、吐く。

 あ、だめだ。ムカつく。

 もう一度、静かに呼吸を繰り返した。

 落ち着け。落ち着け私。ヒューノットがこんな感じなのは、今に始まったことじゃない。

 何だかんだ言いながら、守ろうとはしてくれている。がんばれ私。


「じゃあさ、こうしよう。せめて、呼びかけに対して無視はしな――――」


 ――しないでください、と。

 言い終わる前に、傍らのヒトガタが急に燃え上がった。

 いきなりの出来事すぎて、頭が真っ白になってしまう。

 酸欠に陥った金魚のように口をぱくぱくさせるだけで、会話どころではなくなった。

 青い炎を纏ったヒトガタは、別に動き出す気配も何もない。


「――ひぃっ!?」


 青い火だるまと化したヒトガタから距離を取るべく立ち上がった直後、ヒューノットが腕を伸ばして来た。

 片腕を掴まれたと思ったら、脇の下に頭部を差し入れられて肩の上に担ぎ上げられる。左肩にしがみつく手は、もう必死だ。

 太腿あたりをヒューノットの右腕が支えてくれているけど、さっきのように脇で抱えられるよりも、ずっと高くて、めちゃくちゃ怖い。

 あと、すごくお腹が圧迫される。怖いのに、ヒューノットはすぐさま屋根を蹴って宙に飛んだ。


「ちょ、ちょっ、ちょっ、まっ、うあぁぁああっ!」


 眼下に広がるのは、駅前の光景。

 だけど、今は光景というよりも、ただの高所というだけの話で、そこに何があるとかそんなのどうでもいい。

 駅舎から飛び降りたヒューノットは、ロータリーの端を覆う雨避け用の屋根に飛び移って駆け出した。


「うるさいぞ」


 これでもかと迷惑そうに言われたけど、それどころではない。


「気付かれたな」


 文句を言おうとしたら、そんなことを言われた。

 ハッとして地上に視線を落とすと、人ごみの中を徘徊していたヒトガタのうち、数体が立ち止まってこちらを見ている。

 思わず身が竦んだ。

 さっきはまだ、ヒューノットの脇腹に抱きついていられたけど、今はあまりがっつり抱きつくこともできない。

 放り出されたらおしまいだ。いや、放り出されたら、いつでもおしまいではあるけど。そうではなくて。不安の度合いが違うというか。


「いいぞ、気を引け。奴らを群集から追い出せ」

「はぁっ!?」


 元々、それが狙いだったのだろうか。

 だから、そういうことは最初に言えってさっきから言ってるんだよ。もう最悪だ。

 ロータリー中央に建っている時計の上に乗り移ったヒューノットは、ぐるりと周囲を見回した。

 しかし、何かに頓着した様子もなく、あっさりと今度はバスの屋根に飛び降りる。良いタイミングでバスが走り出すと、振動がダイレクトに伝わって来た。

 特にヒューノットの肩から伝わる振動がすごい。あと、お腹にも来る。やばい。



 全然、守られているような気がしない。うそうそ、守ろうとしてくれてるとか全く思えない。数分前の私は馬鹿だった。

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