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傍観者 < プレイヤー >  作者: YoShiKa
■ななつめ 侵攻■

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41.願いの通過点












 翌日。

 私が目を覚ましたのは、昼過ぎだった。




 「うわぁ……」


 鳴らなかったのか、止めてしまったのか。

 とにかく、真上すら過ぎてやや斜めを示している目覚まし時計を見て絶句した。

 しかも、カーペットの上で適当に寝ていたはずだったのに、ベッドに戻されている。

 それで気が付かないとか、あまりにも熟睡すぎるだろ。

 そして恥ずかしい。誰だ、誰が移動させたんだ。

 慌てて起き上がったものの、室内には誰の姿もなかった。

 今までのことは夢だったのではないかとすら思えてしまうほどに静かだ。

 ひとまず洗面所に行って顔を洗ってから、再び部屋に戻る。

 すると、ベランダの方から話し声が聞こえて来た。ちょっとだけ安心する自分がいる。


「あっ、ヤヨイーっ」

「ヤヨイさん。おはようございます」


 そこにいたのは、プッペお嬢様とルーフさんだった。

 ベランダには、特にこれといって面白いものが置いてあるわけでもない。

 エアコンの室外機と、物干し竿が二本、洗濯物用のハンガーやピンチの入ったバスケット。

 そんな庶民的なベランダに、彼らのルックスで揃って立たれていると非現実さが一気に襲い掛かって来る。

 ていうか、もう全然おはようの時間でも何でもない。でも、まあ、いいんだ。あいさつだもん。


「おはよう、プッペちゃん。ルーフさん。ふたりで何してるの?」


 風で揺らめくカーテンを片手で押し退けながら、ベランダへと身を乗り出した。


「あのねー、お外を見てたんだよーっ」


 ルーフさんに抱き上げられているプッペお嬢様は、元気にそう答えてくれた。

 けど、まあ、そんな良い景色が広がっているわけもない。

 確かに、向こうの世界にはないものばかりではあるだろうけど。

 昨日の夜、シュリ達と話した近所の公園に視線を向けてから、プッペお嬢様を見た。


「そっかぁ、楽しい?」

「うんっ、たのしーよっ! あっ!」


 やっぱり元気いっぱいに答えてくれるプッペお嬢様は、道路を車が走っていく音に反応した。

 そして、次第に遠くなっていくその姿を指で示して「あれだよ!」と言う。

 車が気になるなんて、男の子みたいだなと思ったけど、まあ、確実にあっちにはない。


「あれはね、自動車って言うんだよ。エンジンを使って走るの」

「えんじんって?」

「あー、んー……げんどうき、とか、かな……」


 原動機付き自転車って言うから、たぶん間違いじゃない。

 けど、エンジンは、エンジンです。これ以上の説明は無理だった。

 私では、プッペお嬢様の好奇心を満たすことはできそうにない。


「そ、そういえば、シュリ達は?」


 こういう時は話題の切り替えに限る。


「おふたりでしたら、偵察へ向かわれました」

「ああ、何かあったってわけじゃないんですね」

「はい。夕方には戻ると、ヒューノットさんは仰っていました」

「夕方かぁ」


 と、いうことは。

 やっぱり、留守はルーフさんが任されたという認識でいいのだろう。

 ヒューノットはともかく、シュリもそう判断したというのなら、少しは戦力になるのかな。

 ルーフさんにとっては守る対象ひとりと、役立たずひとりになってしまって申し訳ない。

 外の風景は相変わらずで、やっぱり特に変化はない。

 やっぱり、他の人達からは見えてもいないということでいいのだろう。

 その方が良いとは思う。認識されてないなら、パニックが起こることもない。


「あ、そーだ。プッペちゃん、おなか空いてない? ルーフさんも、何か食べませんか?」

「いえ、平気です。お気遣いありがとうございます。お嬢様は、いかがですか?」

「プッペもだいじょーぶ!」

「そっかぁ」


 元気で何よりだ。

 私があっちにいた時に空腹感や眠気を覚えていなかったように、彼らもこっちでは何ともないらしい。

 まあ、だからといって飲食ができないわけではないだろう。

 プッペお嬢様は、ラーメンを食べていたし。

 車にお熱なプッペお嬢様と付き添いのルーフさんを置いて室内へと戻る。

 充電用のケーブルに繋いだままになっているスマホは、ベッド傍の床に放置されたままだった。

 スマホを拾い上げながら、何となく周囲を見回す。

 ベッドに運んでくれたのがシュリだったらいいけど、パワー的にはヒューノットだろうか。

 ルーフさんではなさそうだ。ていうか、彼だったら申し訳なさすぎる。あの細身で、そんな。


「……ん?」


 スマホの通知欄を見ると、いくつかのメッセージが届いていた。

 友人達から、それぞれに違う画像が送られている。

 どの画像も空に穴が開いたような、亀裂が走ったかのような――そんな、写真だ。思わず、背がぞくりと震えた。

 慌ててメッセージを読むと、今ネット上でオカルトとして話題になっているとのこと。

 曰く、見えていない人には何もないが、見える人には何かが見えるというもの――いや、いやいや。そんな。

 別の写真も見たけど、明らかに異質なものが映り込んでいる。

 私には霊感だとか、そういった類のものは全くない。全く。だから、そう、つまりこれは。


「……昨日の」


 穴が開いた空。それは、あっち側と繋がったときのもので、間違いないだろう。

 少々焦りながら、SNS用のアプリを開く。検索すれば、すぐに数十件ものコメントが引っ掛かった。

 情報は広く拡散されているものの、返信欄には嘘だとか自分も見えますだとかただの空ですとか、好き勝手なことが書かれている。

 嘘をついている人もいるだろうし、実際に見えている人もいるだろうし、とにかく確認する術はない。

 見えている人と見えていない人。

 スマホを持つ手が小さく震える。"見えてしまった"私からすれば、両者の差は明らかだ。

 シュリは、傍観者だけは認識できると言っていた。

 私はそれを自分のことだと思ってしまった。けど、違う。私以外にも、"傍観者"はいる。

 あのゲームを、一度でもやったことがある人は、みんな"傍観者プレイヤー"だ。

 空を撮影しただけにしか見えないこの写真に、異様な形を見つけている人は全員プレイヤーということで間違いないだろう。


「……」


 今はまだ、ネット上だけの騒ぎに留まっている。

 いや、留まっているというべきか。それも、時間の問題でしかないような気がする。

 フリーゲームとはいえ、プレイヤーがたかだか数人程度ということはないはずだ。

 ああ、いや、フリーゲームだからこそ、もっといるかもしれないというか。

 掲示板に書き込んだときは、同じ体験をしている人なんて全然いなかったけど。

 でも、クソゲー扱いで散々叩かれていたし、攻略用のサイトだってあったし。

 もしかしたら、何十人といるかもしれない。

 その人たちが全員、あの空を認識できたというのなら、なかなかヤバいことになるのではないだろうか。

 私だけのせいではないけれど、何だかもう、頭が痛い。


「――ていうか」


 私以外の傍観者プレイヤーにも見えているのなら、つまり、彼らの姿だって他のプレイヤーには認識できるということだ。

 ベランダに駆け寄って外を見るけど、ひとまず、今のところはまだ、こちらを見て立ち止まっているような人はいない。

 いや、いたとして、ただの外国人だと思ってくれるかもしれないのだから、考えすぎかもしれないけど。


「プッペちゃん、ルーフさん。そろそろ、中に入りませんかっ」


 ひとまず、目立つことは避けたい。

 私ひとりだけじゃ、このふたりを守り切れるかもわからないし。

 世の中には善人ばかりではないのだから、不安の芽はなるべく刈りたい。


「お部屋で遊ぶの?」

「う、うん! そうだね。そうしよっか。お絵かきとかできるかもよーっ」


 プッペお嬢様は、相変わらずの様子だ。

 そこに、ちょっとほっとする。

 ふたりが部屋に戻って来る間に、机の引き出しからお絵かきに使えそうなものを引っ張り出す。

 クレヨンや色鉛筆でもあれば良かったんだけど、せいぜいカラーペンくらいしかない。申し訳なさ過ぎる。

 ついでに言うと、お絵かき用の紙なんてものもない。

 ルーズリーフの束を引っ張り出して、ベッド横に折り畳み式のテーブルを広げる。


「ルーフさん、ちょっといいですか?」


 プッペお嬢様が腰を下ろすまでを見届けてから、その傍らに立っているルーフさんに声を掛けた。


「ヒューノットと連絡が取れる手段とか、ない、ですよね……?」


 自分自身でも、聞いている途中で結論が出てしまった。


「え、あ、ええ……すみません……」


 ほら見ろ、困らせてしまった。

 謝ってくるルーフさんに謝り返してから、スマホを取り出す。

 いや、まあ、連絡先とかないんだけどね。ヒューノットがスマホを持っているわけでもないし。

 それか、せめてシュリと連絡が取れないだろうか。

 でも、セーブだって微妙に仕様が変わったみたいだし、こっちの世界で呼んでも応じてくれないかもしれない。


「けど、夕方には帰って来るよー?」


 カラーペンをいじるプッペお嬢様は、ゆったりとした調子だ。まあ、そうだろう。

 私だけが妙に焦ってしまっている。

 焦ったところで意味はないし、他のプレイヤーが害をなすわけでもないのに、だ。

 ひとつ深呼吸をしてから、ルーフさんにも座布団を渡して座るようすすめる。

 ちょっとだけ戸惑われた。

 しまった。床生活なんかしたことないよね、そりゃそうだ。

 でも、郷に入っては郷に従えだ。がんばってルーフさん。

 戸惑った様子には気付かない振りをして、プッペお嬢様を見る。


「……そうだね。じゃあ、帰るまで待つしかないかな」


 行き先も分からないし、探したところで見つかるとも限らないし、何なら私の方が迷子になりそうだ。

 塀や屋根をぴょいんぴょいん移動できる人に追いつけるとも思えない。

 私の他にこの子たちを認識できる人間がいることも、その人たちにレーツェルさんたちが接触できる可能性も、今やっと気が付いた。

 何となくではあるけれど、あまり歓迎できるような気はしない。

 だからといって、私が焦ったり騒いだりしたところで、事態は好転などしないわけだ。

 シュリが、プレイヤーを傍観者と呼ぶ意味が、改めてわかってきた。

 私たちはあくまで、外側から眺めていることしかできない。

 "選択肢"を委ねられる割には、強い決定権なんて持ち合わせていない。


「――大丈夫ですよ」


 そわそわと落ち着かない私の様子に対してだろう。ルーフさんが声を掛けてきた。

 穏やかそうな声色に頼り甲斐のある力強さなんてものはない。

 だけど、そのゆったりとした声は、落ち着きを持ってきてくれる。


「ヒューノットさんが戻るまでは、私がおふたりをお守り致します。彼のように戦う事は難しいのですが、ある程度でしたら退ける事は出来ますので……」


 ある程度って、どれくらいだろう。

 思わず見つめてしまうと、ルーフさんは困ったように笑った。


「そのような事態にならない事が最善ではありますが……」


 確かにそうだ。

 私は緩い頷きを返してから、室内に視線を巡らせた。

 別に何があるというわけでもない。ふたりがいる光景と自分の部屋が、あまりにもミスマッチすぎて現実感もない。


「ルーフさんって、ヒューノットと仲が良いんですか?」


 落ち着かない気持ちを無視するために、ルーフさんを巻き込んでみた。

 ひとりでうだうだ考えていたところで解決するような問題でもない。

 ここはちょっと、雑談で意識を切り替えておこう。

 唐突な問い掛けに、ルーフさんは少し驚いた表情を浮かべた。


「そのように言われますと、答えに困ってしまいますが……良くして頂いているとは思います」


 何だその答えは。イエスかノーだろ、ここは。

 当たり障りのない返答から読み取れるのは、ノーの方だ。

 まあ、確かに呼び方から既に親しさがないというか。


「古くから交流がありますので……ヒューノットさんが許してくださるのなら、仲が良いとお答えしたいところではあります」


 おおっと、予想外。

 でも、それはあまりにも、ヒューノットに遠慮しすぎではないかと思うけど。


「うーん。私が見る限りは、親しいように思いますよ」


 許すかどうかっていうのなら、ヒューノットは許しそうな気がする。

 私がそんなことを言い出したら、タダでは済みそうにないけど。そもそも比較することが間違っている。

 ルーフさんは、お絵かきをしているプッペお嬢様を見つめながら小さく笑って頷いた。そして、こちらへと視線を向けてくる。


「ヒューノットさんは優しい方ですから」


 うそだ!


 と、叫びそうになった。危ない危ない。

 いや、まあ、冷酷非道の極悪人とまでは言わない。助けてはくれる。

 だけど、優しいとはまた違うような、そんな気がしてならない。


「……うん、まあ、えっと、そうですね」


 ルーフさんに対しては、それなりに気を遣っていて優しいような気はする。

 優しいというか、甘いというか。

 ああ、いや、でも、シュリに対してもそうか。

 特にヒトガタたちと戦っていたときなんて、わかりやすかった。

 でも、あれも優しいというよりは、何だろう。

 親切心や優しさでそうしているという感じではない。どちらかといえば、義務感というか。


「不器用な方ではありますが、ヤヨイさんの事も気に掛けておられるかと思います」

「あー……うん、そうかも、ですね」


 それは、ちょっと否定できない。

 全く無視されているわけではない。スルーされることはあるけど。

 でも、問いや話を黙殺されることはあっても、助けや救いを求めて跳ね除けられたことは一度もない。


「なんというか……そういう役割だから、とかですか?」


 そうだ。義務感。

 私の――というよりも、プレイヤーか。その手足となるわけだ。

 シュリが案内人という役割を持つように、ヒューノットにもそういう役割があるはずだろう。たぶん。

 ルーフさんは少しだけ考えてから、曖昧に頷いた。


「ヒューノットさんは、その、何と言いますか――」

「――……ヒューノットは剣であり、同時に盾でもあるからね」


 声が聞こえて顔を上げると、閉じたはずの窓が開かれた上でシュリが立っていた。

 ナチュラルにそこから出入りしているのだろうか。わざわざ玄関を教えたのに。


「わぁーっ、おかえりなさーい」


 プッペお嬢様の声が明るく響いた。可愛いから許す。

 無邪気な声に対して、シュリはゆるゆると手を振った。


「ただいま、いい子にしていたかい?」

「してたよ!」

「ふふ、それは何よりだ」


 お絵かき途中のプッペお嬢様を撫でるシュリは、何だか子ども慣れしているように見える。

 まあ、シュリが苦手な相手っていうのが、いまいち思い浮かばないけど。


「――ところで、ヤヨイ。よく眠れたかい?」

「あ、うん。えっと、もしかして……」

「ああ、君をベッドに運んだのはヒューノットではないよ。安心するといい」


 エスパーかな。

 でも、ヒューノットが一番適任のような気がしていた分だけ、謎が深まった。

 いやいや、まさか。やっぱり、さすがにルーフさんということはないだろう。

 持ち上げるとかいう次元ではない気がする。もう一度確認してみる。うん、細い。

 そうなると、もう候補はひとりしかない。


「えっと、じゃあ、シュリ、ありがとう……?」

「どういたしまして」


 やっぱりそうだった。

 シュリには、もう何度か抱えられているから、ちょっと諦めの気持ちもある。

 いや、何を諦めているのかっていう話だけど。

 今さら、体重とか気にしている場合でもないんだけど。


「――さて。すまないが、あまり良い知らせはないんだ。やはり、我々がこちら側に来てしまった事は、単なる偶然の産物ではなかったようでね。どうやら、レーツェルは目的があって世界を巻き込んだと見て間違いなさそうだ。見切りをつけた彼女の行動としては納得のいく流れではあるね。置き去りの終着点を放棄するのなら、新たな未来の創造地点を強引にでも引き寄せる方が確かに生産的だ。生み出す者の選択としては、矛盾がない」

「ま、待って待って! もっと、こう、わかりやすく……」

「ざっくりと言えば、世界の乗っ取りだね」

「いやいや、そんな」


 あまりにもざっくりすぎる。

 しかし、説明をあっさりとがっつりから選ばせて来た頃を思い返せば、まあ、うん、妥当だ。

 いや、妥当ではないけど。

 シュリは、そういうところが妙に極端だから、わからない話でもない。わざとじゃあるめえな。


「"空の崩落"という未来を抱えた世界を捨てる気でいるのさ。いわば、約束されたバッドエンドだ。私はそれを、傍観者に選び直してもらう形で、我々では切り開く事の出来なかった未来の開拓を試みていたが彼女は異なる」

「う、うん。レーツェルさんは、傍観者なんていらないって言ってたね」

「そう。彼女は、バッドエンドを抱えている世界自体を放棄する選択をしたようだ。こちらを――ヤヨイ。君達の世界を、彼女の理想に作り変える気でいるという事だよ」


 あちらの世界では思い通りにならないから、こちらの世界で未来を作ろうということか。

 ええ、何だその果てしない計画は。


「元より、そのつもりだったのかもしれない。夥しい量の傀儡は、その為に用意したと見て良いだろうね。こちら側のキーさえ飲み込めば、彼らは成り変わる事が出来てしまうのだから」

「か、かいらいって?」

「ホールにいただろう? あの人形達さ。彼らはあの時点では自我を持たない、彼女の手足に過ぎなかった。つまり、空の器だよ。現時点において、彼らはこちらの世界に強く干渉する事は叶わないが、それは繋ぎ目を解けば事足りる」

「……ちょ、ちょっと待って。頭を整理するねっ」


 シュリが喋れば喋るほどに訳がわからなくなってきた。

 制止を求めると、きちんと黙ってくれるからまだ助かる。

 ええと、何だ。

 現実世界とゲーム世界の鍵はシュリが飲み込んでいて、元々はシュリが扉を開いたと言っていた。

 そこから行き来したのは傍観者――もとい、プレイヤーだ。

 そして、今のところ、ゲーム世界と繋がったことで発生した現象を認識できているのはプレイヤーだけ。

 人形は器。人形は肉体の代わりになる。

 それは、"理想の王様"を作るときの話だと思っていたけど、プッペお嬢様の人形もあったわけで。

 もしかして。


「……あのヒトガタに、プレイヤーを飲み込ませるってこと……?」

「生憎と、ご明察だよ」


 本当に生憎だ。否定して欲しかったのに、あまりにもあっさりと肯定が返された。

 シュリの表情は仮面に隠されたままで、全く見えない。

 だけど、ほんの少しだけ。

 本当にほんの少しばかり、声には焦りがにじんでいるように思えた。


「双方の世界と繋がりを持っているのは――境界の鍵と、招かれた傍観者だけ。君の言う"ヒトガタ"が傍観者を取り込んでしまえば、いわば双方の世界に通じる合いの子が生まれるに等しい。そうなれば、ヒトガタは傍観者以外への干渉も可能になる――由々しき事態だ」


 思っていたよりも、ずっと大変なことになっている。

 私はシュリたちと一緒だから安全ではあるけど、他のプレイヤーたちは事情を知らない上に無防備だ。

 今のところはネットの中とはいえ、見えている人たちが騒ぐようになれば探し出すことが容易になってしまう可能性だってある。

 両方の世界との繋がりを持つプレイヤーを食べることで、成り代わる――つまり、ヒトガタが現実世界の人間になるという意味だとすれば、プレイヤーを食べたヒトガタの姿も行動も、現実世界の人間すべてに影響を与えるということになる。

 そんなの、パニックになってしまう。

 いや、プレイヤーだけじゃない。

 その理屈だと、シュリから鍵を取られたら、あるいはシュリが食べられたら。

 それこそ、相手の思う壺だ。世界を行き来する扉を、常時解放してしまうようなもの。


「彼女からすれば、傍観者に対する報復も兼ねているのかもしれないね」

「そ、そんなこと言われても……」


 確かにプレイヤーのせいで、レーツェルさんは散々だったのかもしれない。

 そのあたりは、あくまで部外者である私には推し量れないものがあるだろうけど。でも、それにしたって。


「大丈夫だよ、ヤヨイ」


 白い指先が視界に入る。

 無意識のうちに俯いていた私の頬に触れた手は、少しひんやりとしていた。


「最善を尽くすよ。これは、君達を招き入れた我々の――私の、責任だ」


 世界の終焉を見届けられなかった。受け入れることができなかった。

 そう言っていたシュリが紡ぐ責任という言葉は、単語としての響きよりもずっと重い。

 ヒューノットが、あの時どうして自分のせいだと言ったのかはわからない。

 けど、たぶん、そう言うからにはシュリの選択は、彼のためでもあったのだろう。あるいは、"みんなの"か。


「君にも、少しだけ手伝ってもらわなければならないかもしれない。手を貸しては、もらえないかな?」

「そんなの――」


 別に私は、正義感や義務感が人より強いわけじゃない。

 使命感なんてものに駆られるほど熱い人間でもない。

 勇敢でもないし、知恵が働く方でもないし、あくまで普通の、極々変哲のない一般人だ。 


「――もちろんだよ」


 それでも、頷いた。

 何というか。そうせざるを得なかった。

 それは、強制されたという意味ではなくて、単純に言えば、私にとっては当たり前だった。


「セーブは、できるんだよね?」


 しかし、私はへたれでもある。

 思わず改めて確認すると、シュリは口許で薄く笑ってくれた。


「ありがとう、ヤヨイ。無理を言って、すまないね。だが、セーブは保証しよう。案内人としても、最善を尽くすと約束するよ」

「えっと、それとさ。そのセーブポイントっていうのが、こう、いまいちわからないんだけど……」

「セーブポイント自体は、私だと思ってくれて構わないよ。ただ、有効かどうかはタイミングによると思って欲しい」

「あー。なるほどー」


 なるほどとか、知ったような風に言ってしまった。

 私は別に、ゲームの仕様とかに詳しいわけでも何でもない。

 オートセーブではなくなったらしいけど、特別に何かをしなければならないわけではないのなら、私からすれば仕様の変更はない気がした。

 つまりは、シュリ任せだ。そこは、信用するしかない。

 いや、すごく不安ではあるけど。シュリに対しての不安ではないけど、不安は不安だ。


「あと、ひとつ聞きたいんだけど――」


 質問しようと口を開いたときだった。

 地響きのような音が届いて、数秒ほど遅れて夕暮れに近付き始めていた空が明るくなる。

 とはいえ、それは本当に一瞬の出来事だ。夜道で車のライトが一瞬当たったような、そんな程度の。

 そのたった一瞬で、私はシュリに抱きすくめられてしまった。

 正確には、頭を守るように抱き寄せられたというべきか。


「――ヒューノット!」


 ルーフさんに庇われたプッペお嬢様が声を上げる。

 その声に応じて視線を上げると、ベランダではない方の窓枠にヒューノットが乗りかかっていた。

 片手には、光る何かを握り締めている。


 シュウシュウと音を立てて煙を散らしながら燻るそれには、見覚えがあった。

 見間違えるはずもない。





「――……」




 それは、災厄が落とした星に、よく似ていた。

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