39.空の結末
てっきり、まだ意識がないものだと思っていたから、起き上がっているシュリにはぎょっとしてしまった。いつの間に起きていたのだろう。心臓に悪い。先に言ってほしい。いや、言えないか。それなら、代表してヒューノットに、もっとリアクションを取って欲しかった。本当にもう、そういうところ頼むよ。
眠たがっていたプッペお嬢様と場所を入れ替えるようにして、シュリがベッドから立ち上がった後も、ヒューノットは相変わらず、窓辺に立ったまま、まるで最初から気になどしていませんでしたと言わんばかりの態度でいた。
私は知っているんだからな。シュリに触ろうとしたら、手を離せって言ったこと。忘れてなんかやらないんだからな。過保護か。シュリがいなくなった時に、これでもかってくらい焦っていたことだって忘れてないからな。探してくれって、あんな顔をしていたことだって、ずっと覚えててやる。
「――考えなくてはならない事も説明しなければいけない事も、そして問題も山積みだね」
プッペお嬢様と付き添いのルーフさんを残して外に出ると、開口一番にそう言われてしまった。でも、病み上がりにも等しいようなシュリを質問攻めになんて、できそうにはない。確かに、色々と聞きたいこともあるし、確認したこともあるし、意味のわからないことも多いけど。
ヒューノットは、私たちの後ろで静かにしている。というか、ただのだんまりだ。
外の廊下を歩いて階段を降りる間、こんなに目立つ人達を連れていて、果たして大丈夫だろうかと思ったけど、誰かとすれ違う事はなかった。そんなに遅い時間帯でもないというのに、不思議なものだ。
ああ、でも。ひょっとしたら、他の人にはふたりが見えないかもしれない。落ちて来ていた色んなものを認識していなかったのなら、有り得る話だろう。そうなると、傍から見た私は、延々と独り言を喋っていることになってしまうのだろうか。それはそれで不審者すぎて、職質待ったなしかもしれない。そんなのいやだ。いやすぎる。
夜空は静かなもので、あれだけ開いていた穴も今は見えていない。マンションの外に出ても、車どころか自転車ひとつ走っていなくて、空も地上も静かなものだ。最悪、電話をしていたことにしようかと考えながら、近くの公園へとふたりを連れて行く。
ブランコに腰掛けて周囲を見回した。夜の公園は人の気配がない。それどころか、道路から車の音すらしなくて、いつもこんなに静かだったかな、と少し不安になるほどだ。
シュリは私のすぐ近くにある支柱に軽く背を預け、ヒューノットはブランコの前面にある柵に腰掛けた。何だろう。サマになっていると思えばいいのか、現実味がなさすぎると思えばいいのか。とにかく、ふたりとも、ブランコというか、公園が似合わない。
他の人が見れば、外国人がコスプレしているような感じがするのだろうか。まあ、ヒューノットは髪の色と外套を除けば、何とかなりそうだし、シュリもローブさえ脱いでくれたら中の服はノーマルではある。仮面さえ外してくれたら、だけど。言えば、外してくれるのだろうか。もしかして、絶対に外さないのだろうか。そういえば、仮面を外すイベントがあるとか書いてあったような気がするけど。
まあ、とにもかくにも。
「ルーフさん、だいじょうぶかな……?」
私の部屋には、寝ているプッペお嬢様とその付き添いのルーフさんだけが残っている。
それ自体は別に不安でもないけど――いや、そもそも私の部屋だから、ちょっとは危機感を覚えるべきなんだろうけど――だからといって、万が一がないとは言い切れない。
大人の男性がいるとはいえ、悪いけど、男性的な力強さは皆無としか思えなかった。だってルーフさんだし。ちょっと体格の良い女性にも負けちゃいそうな気がする。
「心配ない」
私の複雑な気持ちと心配事とは裏腹に、ヒューノットの答えはシンプルそのものだ。
過保護なのか、信頼があるのか、絶妙に分かりにくい。
もしかして、ルーフさんってめっちゃ強いとかなんだろうか。格闘技できます的な。いや、全然見えないけど。でも、人は見かけによらないとも言う。いや、ヒューノットは完全に見た目通りだけどな。
それとも、何か特別な能力とかがあるのかもしれない。なかったとしても、まあ、うん。何だろう。ヒューノットは、一体ルーフさんの何をそこまで信じているの。分からなくなってきた。
とにかく、ヒューノットが心配ないと言い切るのなら、そういうことにしておこう。何かあったとしても、対処できるのはヒューノットだろうし。次点で、シュリかな。
「……」
まあ、こうしていても何も始まらない。
疑問に思うことは多々あるけど、それは、ひとつずつ解決していくしかないだろう。そもそも、既に放り出して逃げる選択肢がないような気もする。
選択肢といえば、ヒューノットだ。今は、一体どういう状態になっているのだろう。解放されつつある、とか。シュリはそういう言い方をしていたけど、実際のところは分からない。ちらりと視線を向けてみたけど、彼はシュリの方を見つめているようだ。
その視線を追いかけてシュリを見ると、こちらを見ていた。
うわあ、嫌な三角形だ。
「あのー……質問してもいいかな?」
「もちろんさ。どうぞ」
腰の引けた問い掛けに、シュリはあっさりと頷いて受け入れてくれる。
本当に案内人がシュリで良かった。ヒューノットだったら、質問とか無視されてしまいそうな気がする。あ、そうでもないのか。そういえば、シュリが気を失っている間のヒューノットは割りと喋ってくれた。お前、喋れるんじゃねーかよ。
「えっと……ヒューノットから聞いたんだけど、世界が重なるっていうのは、どういうこと?」
想定できる中で、最悪だと。確かにヒューノットはそう言った。
それはバッドエンドよりも最悪だという意味なのか、それとも広がった可能性の中で最も想定外だということなのか。いまいち、よくわからない。わからないことだらけで、どこから手をつければ良いのかもわからない感じではある。
シュリは少しだけ考えてから、両手を持ち上げて掌を合わせた。その手が再び離れると、ペットボトルサイズの砂時計が現われる。いきなりのマジックに、ちょっとびっくりした。
「たとえば、この状態なら砂の量は同じ。それは分かるね?」
「ああ、うん」
真横に倒された透明の砂時計には、左右それぞれに青い砂と赤い砂が入っている。
正確なところはわからないけど、見る限りだと砂の量はほとんど同じだ。
ガラスのくびれた部分に指を押し付けたシュリは、ゆっくりと砂時計を起こしていく。砂は、まだ交わらない。
「こちら側とあちら側は、基本的には互いの存在を認識する事もなければ干渉する事もない。ただ、こうして」
シュリは言葉を紡ぎながら、指を軽く浮かした。
そうすると、僅かだけ赤い砂が下に落ちていく。しかし、それは本当に僅かばかりだ。どういう仕掛けだろう。
「少しだけ繋がりを開いて、君たちを――傍観者を、招いていたという訳でね。そして、今はこの繋がりが壊れかかっている。そうなれば、どうなってしまうのか。明白だろう?」
シュリが指を完全に離してしまうと、赤い砂が重力に引っ張られて次から次へと落ち始めた。
赤い砂の方が少し重いのだろうか。赤色が青の中に潜り込んでいく。砂だからわかりやすいけど、世界が重なるというのは実際にどうなるのだろう。
そういえば、シュリの説明がどことなくぎこちない。あの、すらすらと朗読するような感じではなくなっている。
確かに、こっちの方がわかりやすくはあるけれど。
「……その扉が、境界ってこと、だよね?」
レーツェルさんが言うにはシュリは、鍵の番人とか境界の守り人とか、あとは門番だとか、そんな呼ばれ方をしているみたいだった。
境界の鍵を隠したのは、誰なのか。世界を閉じ込めたのは、誰なのか――あの声は、まだ遠く、耳に残っている。
あの時のレーツェルさんは、とても怒っているように見えた。シュリに向かって、醜くおぞましい化け物だと、そう吐き捨てた時の表情は、忘れられそうにない。
「……シュリュッセルこそが鍵だ」
数秒ほどの沈黙を経て、答えを落としたのはヒューノットだった。
あまりに意外で、つい驚きのままに視線を向けてしまう。彼は柵に腰を下ろした状態から微動だにしていない。てっきり、静観を決め込んでいるのかと思ったから、本当に意外だ。
「シュリが、鍵?」
バカみたいにおうむ返しをしてしまった。
いや、だって、鍵の番人だとか言ってたじゃん。境界の守り人とか。それは、つまり。どういう。どう、理解しておけば適切なのか。
シュリに視線を向けると、困ったように肩を竦められてしまった。
「より正確な表現をするのなら、私が"境界の鍵"を飲み込んだと言う方が正しいだろうね」
シュリは口許で薄く微笑んだ。
それは、何だか物悲しげなようにも見えて、ついヒューノットへと視線を投げてしまった。私の視線が向いたそのタイミングに重ねるようにして、彼が「違う」と否定を放つ。一瞬ばかり繋がりが見えなかったけど、シュリの言葉を否定したようだった。
「違わないよ」
緩やかに首を振ったシュリは、ゆっくりと私を見下ろした。その向こう側に見えている空には、星がある。星は、街の明かりがあるせいだろう。満天とは言えない程度にしか、見えていない。
「空を怒らせておいて、その結末を受け入れなかった事は事実さ」
シュリに対して、ヒューノットはやっぱり物言いたげにしている。
不服そうにも見える彼の様子は、怒りとはまた違うものを堪えているように感じられた。
空といえば、この場合はやっぱり星を思い出す。
子を奪われた母の嘆きを我々は聞いている――それは、シュリの言葉だ。星が子どもなら、空は母親ということなのだろうか。もしもそれが、たとえ話ではないのなら、確かにひどいとは思う。
だけど。それは本当に、意図的なものだったのだろうか。
「そこのところが、よくわからないんだけど……空は、どうして怒ったの?」
「――我々にとって空を飾る星は、希望と願いの象徴だ。そう言ったね?」
「う、うん。それは聞いたよ」
「地上の子は、願いを叶えたくて星に祈りを捧げる。そして、祈りを受け止めた星の子は降りてきて、願いを叶えてくれた。その中でね、地上に残る子がいたのさ。帰りたくない子もいれば、帰れなくなった子もいる。地上の子も返したくなくてね。帰りたくない星の子の願いを叶えている振りをして、地上に閉じ込めてしまった。騙したようなものさ。空が星を求めて探し始めても、隠してしまったまま――ひどい仕打ちだろう?」
「で、でも! ……ツェーレくんがいるのに」
彼こそが、星に触れることを許された唯一の存在――だと、レーツェルさんはそう言っていた。
シュリも、ツェーレくんは星の雫を受け止める者だって言っていた。流れ落ちた星を受け取って空に返していくって。
もしも、空が怒った原因が、星の子とかいう子どもが地上に降りたまま帰らなくなったことなのなら、ツェーレくんの役割で解決できたはずだ。
数秒ほど沈黙したあとで、シュリは肩を竦めるような仕草をしながら腕を揺らした。
「帰りたがった星の子を戻す事は出来ても、帰りたがらなかった星の子を空に返す事はできなかったのさ。何故なら――星の子が、地上の子だからだよ」
「……は?」
思わず素が出てしまった。
完全に無意識だ。
ヤバいと思った直後には、ヒューノットから鋭い視線が飛んで来た。目で人を殺せるのなら、私は今死んでいる。
「ちょ、ちょっと待って。でも、星の子は空にいて、地上の子は地上でしょ? で、祈りを捧げるのは地上の子で、祈りを受け止めて降りてくるのが星の子で……」
何だか、頭がこんがらがって来た。
いよいよ、わけがわからなくなってしまう。
「地上の子は星が創り出した存在なんだよ」
さらりと言われたけど、唐突な情報に対して私の処理が追いつかない。
「え、えっ、待ってよ、もっとわかりやすく……」
「空からすれば、孫だね」
そういうことではない。
空の子どもが星で、星の子どもが地上の子というのはわかった。
そこはわかるとして、そうではなくて。
「うぅ、待ってよ……星が地上の子のお母さんだとしても、星と地上の子がイコールにはならないと思うんだけど……ッ!」
母と子は別だ。母と子が同じなのなら、それはもう分裂とかクローンとか単為生殖だとか、そういう話になってしまう。
そんな、プラナリアじゃないんだから。いや、プラナリアは確か再生だったかな。ああ、もう、そういう分野は得意じゃない。
「しかし、イコールになってしまうのさ」
のさ、じゃねえよ。
本当に、ちっともわからない。
どうすればいいのかとヒューノットを見ても、助け舟はなさそうだ。まあ、そもそも、ヒューノットの助け舟って最初から泥船っぽいんだよね。って、だから、そうではなくて。
意味がわかりませんという気持ちが、露骨なまでに顔に出ていたのだろう。シュリは少し思案げな仕草を見せた。
「……不可解は尤もだ。ただ、全てが完全な等号として成り立つわけではないのさ。"地上の子"とひと括りにしても、実は種類があってね。星の子が創った地上の子もいれば、星の子が転じた地上の子もいる。前者は厳密には異なるが、いわば母と子の関係にあり、後者は形を変えた星の子だと思ってくれて構わないよ。そして、地上に落ちて割れてしまった星のうち、片方が空へと戻り、片方が地上に残る場合もある――たとえば、それがレーツェルとツェーレだよ。地上に残った片割れから生まれた双子。空に戻った方の星を受け継いだのが、ツェーレだけだったという話さ」
いきなり、すごい話をぶっ込まれてしまった。
自然と眉間に皺が寄ってしまう。
わかりにくいという話ですらない。
今の私は、きっとすごい表情を浮かべているに違いない。
「割れてしまった星は、片割れを探すものなんだよ。元々はひとつだったのだからね、寂しくなって当然さ。不完全な自分の半身を探して、空からまた降りてきてしまう。本当なら、レーツェルも星を受け継ぐところだが、彼女は生み出す者だったからね」
「ストップちょっとたんま!」
シュリはそんな風にさらっと言うけど、ちょっと整理したい。
というか、何ならノートに書いて説明して欲しい。
割れた星があって、これがAとBだとしよう。地上に残った星Aが双子を生み出した。まあ、わかる。わからないけど、そういうシステムなんだろう。割れた星から双子が生まれたとか言うから、ややこしいんだよ。そして、空に帰った方の星Bは、割れた半分を探してまた地上に降りてきた。うん、まあ、わからないでもない。
これで、本当なら星Aと星Bはひとつの星に戻る、はずだ。なのに。
「それって、双子じゃなかったら星は元に戻ったって意味でいいの?」
「いいや。そういうわけではないよ。たとえ、双子ではなかったとしても、割れてしまった星は基本として、ひとつに戻れはしないんだ。傍らに寄り添い合う事は出来てもね。決して、元の姿に戻る事は叶わない」
なかなかシビアな話だった。
割れてしまった星は元には戻れない。
それでも、ひとつになろうとする。なろうとするというか、"戻ろうとする"かな。ひとつに。あれ。
「……ええと、この際、双子云々は無視してもいい?」
「構わないよ」
「えっと、割れた星が地上の子になって。残った星が空から降りて……それで、どうなるの? ひとつには戻れないんだよね?」
「そうだね。元の姿には戻れない。だから、空に戻った方の星は地上にいる子を食べてしまうのさ」
うわあああ、何だそれー。
聞けば聞くほど、わからない。そんなさらっと、当たり前みたいに言われても困る。
「食べるってどういうことなの……」
「そのままの意味だよ。星の子には、地上に降りてから空へと帰るまでに制限があるのさ。光を纏う姿のままでいるのなら、いつでも空に帰る事ができる。しかし、望もうが望むまいが、地上へと降り立つ為の翼をなくしてしまったら、空に帰る事は困難になってしまう。そして、あまりにも地上で過ごす時間が長いと、地上に適した姿になってしまって空には帰れなくなる。基本的には、地上に残った星の子が自力で空に戻る術はないと考えてくれて構わないよ」
もう一度、ヘルプの意味を込めてヒューノットを見たけど、もう私を見てすらいなかった。この薄情者め。
シュリに視線を戻すと、緩やかに首を傾げられてしまった。
くそう。何だよ。下手な謎解きよりヒントがない。
「簡単に言うとね。星が人の姿になったら、もう元の姿には戻れない。人の姿になった時点で、星ではなくなるのだから空にも帰れはしない――という事さ」
簡単にはなった。
確かに、言い方は簡単になったけども。
この場合の困惑ポイントは、言い回しとかいうレベルではない。
「人の姿になった片割れを見つけたところで、もうひとつにはなれない。という事は、分かるね?」
「それくらいは分かるけど……」
「今までに、君は星に食べられた人を見た事があるはずだよ。思い出してごらん」
馬鹿な。そんな捕食シーンを目撃してしまったら、怖すぎて声も出ない。トラウマになってしまう。
大体、星が人を食べるとか、そういう、そんな感じの……あれ。もしかして。
「……それって、ルーフさん?」
ビクリ、と。
肩を震わせたのはヒューノットだった。
そんな様子が視界に入ったけど、視線を転じた時にはもう、何ともなさそうな顔をしている。
「そうとも。以前の彼は、瞳に星を宿していたね?」
「う、うん……確かに、色は変わってたかなって思うけど……」
「彼の中に入り込んだ星は、やがて巣食って広がり、心身ともに壊してしまうのさ。そうしなければ、人の形をした器を捨てる事が出来ないからね。その星が、地上に降りて迷った子なのか、片割れを探すために戻った子なのかは、あまり関係がない」
「ええと、人の中に入り込む星は、割れちゃった星だとは限らないってこと?」
「そういうことさ。星の後継者ではない地上の子は、星を受け入れる事ができない。元々は星の子であったとしても、地上の子になってしまえば別物だからね。だから、無理矢理に星が入り込めば、壊れてしまうのさ」
ルーフさんがあんな姿になってしまったのも、ゲルブさんが暴走したのも、そういうこと、だったのだろう。
目に星が入るというのは、ちょっとよくわからないけど。ゲルブさんは、わかりやすく飲み込んだと言っていたし、実際に吐き出した。
まだ頭がこんがらがっているけど、少しずつわかってきた、かも。
「空に戻れなくなった星の子や、割れた片方を探す星の子が、そうやって地上の子を食べてしまうのだけどね。星の子は、決して壊そうと思っているわけではないのだよ。単純に空へと帰りたくて、或いは自分の片割れとひとつに戻りたくて、そうしているだけの話なのさ」
「でも、それって……」
結局のところ、星の子は空に帰ることができていない。
単純に地上の子を壊してしまって、それで終わりになっているような気がしてしまう。
「……壊れちゃったあとって、入り込んだ星はどうなるの?」
何となくヒューノットを気にしながら、問いかけてしまった。
それはつまり、ルーフさんがあの異様な姿になったあと、の、話だ。
そして、星を飲み込んだゲルブさんが、大きく膨れ上がって暴れ狂ったそのあとの、話でもある。
つまりは、バッドエンド。
ヒューノットはそれを、きっと一番間近で見てきたはずだ。
「――壊れて仕舞いだ」
何となく視線を向けていた所為か。
答えを投げて来たのはシュリではなくて、意外にもヒューノットだった。
「……星も?」
「共倒れだ。何も生みはしない」
それでは、ますます解決していない。
結局、星は地上で暴れただけで、自分の帰る道さえも見つからないまま。
そして、地上の子は星に食べられて、おかしくなって壊れて終わり。何というか、とても虚しい話だ。
シュリを見ると、小さな頷きが返された。ヒューノットの答えで、間違いないのだろう。
「……」
何だろう。
本当に何も解決してはくれないわけだ。
地上の子を犠牲にしたところで、星の子は空に帰れない。
内側から食べられるという感じか。食べられて、壊されて、それだけ。
「……星が帰れなくなるのは、人の姿になったり人を食べたりしちゃった時っていうのは、わかるんだけど……」
ちらりとヒューノットを見たけど、もうそっぽを向いている。
シュリに視線を向け直すと、仮面越しにこちらを見つめていた。
「……ツェーレくんは? ツェーレくんは、星を受け継いだんだよね?」
「そうさ。彼は正統な星の後継者だからね。星に食われる事はなく、自分の中に受け入れる事が可能だった。だから、地上に降りた星の子をその手で掬い上げる事が出来るのさ。しかし、片割れを受け入れたからといって、彼が星に戻る事は出来ないけれどね」
それは、まあ、そうだろう。
シュリの説明だと、一度人の姿になってしまえば、星は元の形には戻れない。
たまたま適合したからといって、人の姿として生まれたツェーレくんが星になれないのは理解できる。
ううん、まあ、何だ。ややこしいけど。
「うん、星にならないのはわかるよ。けど、ツェーレくんがいたら、空は怒らないんじゃないの? どうして返せないの?」
正統な星の後継者。
レーツェルさんは、その言葉をとても執拗に繰り返していたように思える。
きっと、とても価値があることなのだろう。
ヒューノットにもレーツェルさんにもできないことが、あの子にだけできるというのなら尚更だ。
「言ったね? ツェーレは、地上に落ちた星を返す事が出来ると」
「う、うん。言われたよ。だから――」
だから。
星を返せばいいのではないかと、問いを重ねかけて気が付いた。
「――あ……」
地上の子は星の子だ。空に帰りたくない子もいれば、帰れなくなった子もいる。地上の子も、返したくない――意味がわかった途端、勢いが失速してしまう。
星の子が"作った"地上の子は、星ではないからいいとして。
でも、星から転じた地上の子や、割れた星の片方から生まれた地上の子は、元"星の子"だ。星ではなくなったから、空には帰ることができない。
「……星の子が作った地上の子以外は、元々星の子ってことでいいよね? 地上の子を作った星の子って、空には帰れるの?」
「勿論さ。星の姿さえ保っていればね」
帰るか帰らないか。そういう問題ではない。
地上に降りた星は、地上の子になったり割れてしまったりして、形が変わったせいで帰れなくなってしまうわけだ。
望んだか、望んでいないかなんて、そんなことは関係ない。
形が変わっていたら、星の姿ではなくなってしまったら、それでおしまい。
ツェーレくんは、星の雫を掬うと、シュリは言っていた。つまり。そう、つまり。
「……星の姿じゃないから、返せない」
私の呟きに、シュリは小さな頷きを返して、そして口を開いた。
「――星を失った空が望んだ結末は、世界の終焉そのものだよ」




