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傍観者 < プレイヤー >  作者: YoShiKa
■いつつめ 新規■

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26.枝分かれ









 ツェーレくんが案内してくれた場所には、見覚えがあった。

 いや、生では見たことがない。ただ、確かに見たことがあった。

 というか、こんな景色忘れて堪るかボケという気分だ。


「……」


 一見すると、外観としては荘厳な教会を思わせる建物。

 しかし、それは中に入り込むまでの感想に過ぎない。

 一歩。たった一歩で、最初の印象はガラリと変わる。

 扉をくぐるまでもなかったが、無邪気な笑みを前にして引けなくなった。

 ちなみに私は、そういう趣味ではない。断じて。


「こちらです、こちらっ」


 たたたっと、身軽な小走りで奥へと向かうツェーレくん。

 そして、それを歩きながら追う私。そんな私の後ろには、ヒューノット。

 これが単なるピクニックだったなら、まあ、うん、ヒューノットを除けば、ほのぼのとした微笑ましい光景だったかもしれない。

 だが、古めかしい灰色の階段を登った先に広がっていたのは、そんな微笑ましいものではなかった。

 真っ直ぐに奥へと伸びる中央の道には、元々は赤だったと思われるくすんだ色の絨毯が敷き詰められている。

 天井は、とても高い。吹き抜けになっているのかと思うほど、外の明るい光を取り込んでいる。

 二階建ての一軒家くらいはありそうな高さの天井を広々とした薄青の壁が支えている、けれど。

 その壁一面をびっしりと覆い尽くす勢いで飾り立てているのは、装飾品でもなければ絵画でもなく、ましてや窓なんてシンプルなものではない。

 人の、形をした何か、だ。

 ずらりと整列させられた人らしきものたちは、全て同じ体勢で固められている。

 髪の長さや背の高さ、腕の長さや身体の大きさには個性があるけれど、そんな些細な差異はくすんだ灰色に統一されている所為ですっかり埋没していた。

 腕を肩の高さまで持ち上げた全部が、揃って頭を垂れている姿は見たことがある。

 あの、絵にあった光景だ。何段にも整然と並べられていて、何とも言えない不気味さがある。

 もちろん、生きている人間ではないのだから、というか、あれがもし生身の人間だとしたら全員死んでいる。

 だから、人形だろうと思いたいけど、それにしてはあまりにも精巧すぎる。

 真正面に視線を戻せば、大きな大きなステンドグラスがお出迎えだ。天井から床まで、正面の壁すべてがガラスで出来上がっている。

 ガラスに薄らと色付けされた光が落ちて来ているけれど、それよりも取り囲む壁面の異常さが強くて、全然美しいとか綺麗だとか思えない。

 雰囲気は最悪だ。

 その巨大なステンドグラスの足元。中央を駆け抜ける通路は、更に奥へと伸びている。あちら側はどうやら渡り廊下のようになっているらしく、天井が低くなっているのが見えた。

 まあ、そうしなければ、ステンドグラスに直接の光が当たらないとは思うけれど。

 ステンドグラスの前――正確には、その足元。通路の真ん中で待っているツェーレくんは、別に私たちを急かしはしない。

 前は巨大すぎる一面ステンドグラス。左右の壁は、びっしりと灰色の人形だか何だかが飾る。そして、小さな男の子。

 アンバランスなんてものじゃない。

 仰天博物館か。ギャップ勢ぞろいか。


「ツェーレくん、ここ……すごいね……」


 色んな意味で。

 追いついたと同時に、ついつい、そんな言葉を口にしてしまった。

 変な文句でなくて、本当に良かったと思う。無意識って怖い。


「うん! すごいでしょ。あれはね、あねうえの作ったちゅーこくだよ」


 ツェーレくんは、どこか誇らしげに胸を張る。けれど。

 何だ。彫刻と言いたいのか。ええー、全然そんな。彫刻には、見えない。

 せいぜい、乾いた泥にまみれた人間が並べられているようにしか見えないです。

 いや、それ自体だって、どういうシチュエーションだよっていう気持ちにはなるし、それだけリアルなのだと言われたら、まあ、そういうものなのかとも思うかもしれないし、でも、さすがにその分野に疎い私でも頷けなかった。

 あんな生々しい彫刻ねえだろうよと言いたい。


「あねうえは、すごいんだよっ! 何でも、つくってしまうのですっ」


 どうやら、ツェーレくんはお姉ちゃんが大好きらしい。

 この悪趣味な場所で、この子は本当に一種の清涼剤だなぁ、なんて思っていたけれど。

 あれ。確か、ツェーレくんは双子ではなかったか。

 お姉ちゃんって、あんなものが作れるほどの年ではないのでは。

 疑問が浮かんだものの、先に歩き出した小さな背を追うことを優先した。

 後ろからついて歩くヒューノットは、特に何も言わない。

 ヒューノットが黙り込んでいるのはいつものことで、別に気にはならない。

 ただ、真後ろに立つことだけは、やめて欲しい。

 足音を吸収してしまう絨毯は、古くても質の良いものには違いないのだろう。

 重厚な絨毯が連続していて、私は慣れそうだけど。

 ステンドグラスをくぐり、更に奥へと進む。通路はまだまだ続いていた。

 ドーム型になっている廊下の壁には、さすがに何もない。


「ツェーレくんのお姉ちゃんって、どんな名前なの?」


 長すぎる廊下を歩いていけば、あっという間に追いついてしまった。

 小さな歩幅に合わせて歩調を緩めながら、ちょっと探りを入れてみる。

 くるりと振り返ったツェーレくんは、大きな目を瞬かせて「レーツェルっていうんだよ」と答えてくれた。

 それじゃあ、やっぱりだいぶ幼子のはずだ。ううん、よくわからない。


「そっかぁ、レーツェルちゃん」

「うん。ヒューノットと、なかよしなんだよ」

「えぇ……」


 そんな馬鹿な。


 思わず本音が漏れそうになった。

 小さな女の子と仲良くしているヒューノットとか、全然ちっとも全くこれっぽっちも想像できない。

 だって、プッペお嬢様も不満そうだったし。

 ヒューノットって、そもそも女の子の扱いが下手そうだし。

 これでプレイボーイとか言われたら、さすがに八百長を疑うレベル。

 実はパリピでしたー、なんて言われても困る。

 ていうか、プレイボーイの八百長って何だよ。もはや、わけがわからない。


「仲良しなの?」


 肩越しにヒューノットを振り返ってみたけど、見事に視線が合わない。

 どこ見てるんだよ、お前。

 しかも、完全にシカトされている。

 実はロリコンでしたとかじゃないだろうな、お前。さすがに引くからな。

 前を向くと、にこにこと笑みを浮かべているツェーレくんと目が合った。あ、うん。かわいい。

 しかし、私はショタコンではない。


「ヤヨイも、きっとなかよしになるよっ」

「そう?」

「うんっ!」


 進行方向に背を向けている小さな肩に触れて、くるりと前を向かせてみた。

 そして、その背を後ろから軽く押してみる。

 すると、面白がったように笑い声が上がった。うん。かわいい。

 廊下は走るなというけれど、早歩きは走ってないから大丈夫だろう。

 ツェーレくんの背を押して、ほんの軽く早歩き。

 押されて笑うツェーレくんは、何だかもう、本当にひたすら無邪気だ。

 プッペお嬢様以来の微笑ましさ。

 このまま大きくなったらイケメンになるんだろうなあ、なんて考えていたら、水の音が聞こえて来た。

 下げていた視線を持ち上げると、そろそろ廊下が終わる頃だ。

 扉のない入り口をくぐると、中庭のような場所に出た。

 真ん中には白い煉瓦で造られた噴水があって、噴水の中央には同じく白い石の彫像が立てられている。

 天井はすべてガラス張りで、まるでガラスの蓋を被せたような箱庭のような印象だ。

 廊下まで続いていた絨毯とはがらりと変わって、通路は白い石畳が示してくれている。

 最初に見た、くすんだ色合いはここにはない。純白だけが、空間を作り上げている。

 噴水と同じく白い煉瓦で作られた花壇は、噴水を囲むようになっていて、まるで波紋が広がっているようなデザインだ。

 それぞれの花壇の間は、人がひとり通れる程度には開かれている。

 そもそも、散歩でもする為に作られた通路なのか。そんな気がして来た。

 木まで植えられていて、本当に中庭っぽい。


「……もしかして、ここもお姉ちゃんが?」

「うん、そうだよ! あねうえが、たくさん作ってくれるのですっ」


 それはもう、ははうえの間違いではないでしょうか。

 ちょっと思ったけど、よその家の事情に首を突っ込んではいけない。戒めだ。


「すごいね。お花もたくさんあって、退屈しなさそう」

「うんっ、だから、いっぱい見ててー。ぼくはね、あねうえを呼んできますっ」


 その場で小さく跳ねたツェーレくんは、そう言い残すなり駆け出した。

 噴水を大きく迂回して奥へと抜けていく背を眺めていたけれど、途中で木に遮られて見えなくなってしまう。


「あんまり走らないでねー!」


 ひとまず、そう言っておいた。

 あんなに頑張って走らなくてもいいのに。急いでいない私としては、多少時間が掛かっても構わない。

 むしろ、転ばないようにきちんと注意をして欲しいくらいだ。

 ひとつ息を吐いたあと、気を取り直して噴水に近付いた。

 白い石で作られた像は、ふたつ。布に包まれた赤ん坊を抱いた髪の長い女性と、何だろう。ローブを纏った人。性別は、ちょっと分からない。

 女性は両膝をついて前屈みになっていて、豊満な胸元に抱いた赤ん坊へと顔を近づけている。

 あやそうとしているのか、話しかけているのか。そんな感じだ。

 足元まですっぽりとローブで覆った人の方は、女性の隣で中腰になっていて、人差し指を赤ん坊に握られている。

 目元や瞼、鼻などを見れば、彫刻なのだというとわかる。さっき見た壁の人たちとは違う。

 ただ、指を握る赤ん坊の小さな掌や、布の質感、流れるような髪あたりを見ていると、すごく柔らかそうにも見えて来た。

 特に指が僅かに食い込んだ肌の質感なんて、まるで本物のようだ。

 作り物だとわかっているのに生々しさがある。何だこれ。彫刻すげえ。


「この人、男の人なのかな……?」


 長い髪の女性が赤ん坊の母親だとしたら、隣にいるローブの人は男性で父親だろうというのは安直な見方なのだろうか。

 いや、でも、そんなわざわざ曲解できないし、解釈の仕方なんて分からない。


「どうだか」


 私の言葉を拾ったヒューノットが、珍しく言葉を返してきた。

 返事なのか独り言なのか。ちょっと微妙なラインではあるけど。

 確かに男性にしては、隣の女性と肩幅あたりは差がないようにも見える。

 肝心の体格は、ローブのおかげではっきりしない。まさか、手抜きか。

 まじまじと見れば見るほど、ローブの人は性別不詳だ。

 まるで姉妹で寄り添っているようにも見えるし、赤ん坊に求められているようにも見えるし、本当はこちらが母親なのかと思うくらい。

 ちらりとヒューノットを見たけど、その目は石像に向いているだけだ。

 石像の足元から溢れる水は、小さな音を立てて波紋を広げている。

 何も話さずにいれば、水の音が聞こえるだけの空間だ。


「……」


 ヒューノットの横顔を眺めてみる。

 相変わらずの無愛想な印象はそのままではあるけど、最初の頃とはとっつきにくさが違う。

 別に今がとっつきやすいという意味ではなくて、まあ、初対面の印象なんて大体あてにはならないんだけども。

 でも、最初とは印象が変わっていることは確かだ。いけ好かないけど。

 例えば、ルーフさんのことで怒っていた時とか。例えば、シュリに怒鳴っていた時とか。

 あれ、全部キレてるな。

 ヒューノットはキレキャラだった。


「おい」


 咎められた。


「何か用か」


 違った。

 見すぎて嫌がられていたらしい。


「や、そうじゃないけど……」

「間抜け面を向けるな」


 ひどい。

 まあ、別にその程度で傷付くような可愛い女でもないけれど。そんなメンタルだったら、とっくに帰ってる。

 ふんと鼻を鳴らしたヒューノットは、再び視線を石像へと向けた。

 私も何となく、その視線を追うようにして石像を見る。

 別に動き出しそうな様子とかはない。ただの石。


「ヒューノット」

「何だ」


 話しかけて声が返されるのはレアな気がしていたけど、実際そうでもないのかもしれない。

 いや、基本的には黙殺されているような気もするな。ううん。微妙。


「こっちが"続きだ"って言ったよね?」

「ああ」

「俺も見たことがないって」

「ああ」

「それじゃあ、ここから先の出来事をヒューノットは知らないってこと?」


 シュリの言葉によれば、ヒューノットは覚えているらしい。

 案内人であるシュリがエンディングを迎えても記憶を保っているのは、わからないでもない。

 ヒューノットも、シュリと同じように覚えていて、だから、選択肢を拒絶した、らしい。けど。

 私の問い掛けに対して、ヒューノットからの返事はない。

 このタイミングでシカトとかお前なんなんだよ。

 まさか、答えられない系の質問をしてしまったのだろうか。

 シュリだったら、素直に答えられないって言ってくれるぞ。基本的には、わかりにくいけど。


「……」


 何というか。

 ヒューノットは、肝心なことは口にしてくれないように思える。

 その理由は分からない。単純に話したくないのか、それとも話せないのか。

 何らか理由があるのかどうか。

 まあ、あったとしても、それは言われなきゃ分からないわけだし、察しろっていうのは無理な話だし。

 それにしても、何か引っ掛かる。

 どう選んでもバッドエンドになってしまう、というのはわかる。ルーフさんなんて、特にそうだ。

 どちらにしても、彼は死んでしまう。ヒューノットが手を下すか、自分で死を選ぶか。

 その違いしかない。

 ゲルブさんの時も同じ。

 戦えば、ゲルブさんを死なせてしまう。戦わなければ、ヒューノットが死んでしまう。

 そこには救いがない。でも、確かエンディングは増えていると聞いたはずだ。増え続けている。

 それはつまり、選択の枝分かれがあるか、結果が少しずつ違っているはずだ。

 ステージが進んでいない状態で別パターンのバッドエンディングがいくつも発生すれば、増えていると表現できるけど。

 ここから先には進んだ者がいないというのは、一体何を示すのだろう。

 少なくとも、ストーリー上の進行具合では私が一番らしいけれど。

 プレイヤーの知らないところで、彼らは交流しているのだろうか。

 そうでなければ、ツェーレくんがヒューノットに懐いていることが説明できない気がする。

 そもそもとして、こちらのスタート時点がこの世界の始まりというわけではないのだから、その前後にストーリーが存在しているのは全くわからない話でもないけど。

 結局、考えたところで分からない。

 ひとまず、思考を放り投げることにした。


「――……"最悪"は、知っている」


 不意にヒューノットが言葉を投げてきた。

 それをうまく拾えなかった私は、それこそ、彼の言う間抜けな顔をしてしまったに違いない。

 ただ、ヒューノットの視線はこちらを向いてはいなかった。その青色は、真っ直ぐに石像を見つめている。

 何をそう熱心に眺めているのかは分からない。


「……最悪って、……バッドエンドのこと?」


 返事はない。

 けれど、肯定だろう。たぶん。

 ヒューノットは視線をそのままに、緩やかな調子で息を吐いた。

 その青い瞳が何を思って石像を映し込んでいるのか。やっぱり、まだ分からない。


「――選択肢に間違いはない。好ましくない結末が導き出される場合があるというだけだ」


 ヒューノットの声は落ち着いていて、その視線はどこか遠くを眺めているようでもある。

 横顔からは、その表情からは、彼の感情を窺い知ることは難しい。


「正否はない。同一の選択を行なったところで、結末が変わるパターンも存在する」


 淡々と落とされる声はシュリとは違っているようで、何だかよく似ているようでもある。

 言葉が途切れて、溜息のように深い呼吸音がした。

 私はただヒューノットを見ているだけで、距離を詰めることも言葉をうまく噛み砕くこともできない。

 やがて、沈黙がゆっくりと周囲を包んだ。

 静寂というには、微かな水の音が空間に溶けている。

 数分ほどしてから衣擦れの音に誘われて、そっと隣を見た。

 ヒューノットが外套から腕を出して、後ろ頭を掻いている。何だか、珍しい仕草に思えた。


「……お前は、現時点で、最も好ましいルートを通っている。誰一人も脱落せず踏み止まった。その先へと進んだのは、確かにお前が初めてだ」


 好ましいルート。

 今のところ、全員が生き残っているから、だろうか。


「……じゃあ、えっと、ヒューノットが知っている展開になる可能性もまだある、ってこと?」

「そうなる」


 ということは、すなわちバッドエンドじゃないか。

 何だそれ。ストレスマッハすぎる。

 それにしても、こんなにすらすら喋るヒューノットってレアだ。激昂している時は、まだしも。

 とにかく。今は、枝分かれしたルートのうち、最も正解に近い場所にいるということか。

 辿り着き方が違って来るから、さっきの道筋では何処に行くのかわからなかったという意味なのだろうか。

 まあ、だとしたら、『続き』であろうことが明白であっても、その先に何があるのかは知らないというのは正しいのだろうけど。

 わかりにくいんだよ!


「そっかぁ……」


 相槌を打ちながら、石像へと視線を投げた。

 さっきからヒューノットは、一体何をそう熱心に眺めているのか。

 その視線の目的を探ろうとしてみたけど、そもそも高さが違った。

 どこを見ているのか、いまいちわからない。

 よし。この流れならイケそうだ。聞いてやろう。


「ヒューノット。さっきから、ずっと見てるけど、知ってる人?」


 知ってる人ってお前。

 自分で言っておきながら、何か一歩間違えると喧嘩を売っているようになってしまうと気が付いた。

 煽られていませんように。とか、適当に思いながら、そーっと隣を見てみる。


「いや、知らん」


 ですよね。

 答えてくれた奇跡に乾杯。

 こんなところで運を使いたくなかった。


「ただ、前にはなかった」

「前?」

「ああ」


 何だそれは。何の新情報だ。

 前って何だよ。どういうことだよ。

 じーっと視線を向けていると、青い瞳がやっとこっちを見た。


「お前には、これが何に見える」

「え、何って……女の人と赤ちゃんと、ローブの人、かな……」


 未だにローブの人が男か女かすら、ちっとも分からない。

 外套を揺らして肩を竦めたヒューノットは、口許を微かに歪めた。

 それは、今まで見てきたどの表情とも違う。

 再び石像へと視線を向けたその瞳が、僅かに細くなる。そこで気が付いた。

 ヒューノットは、ただ石像を眺めていたわけではない。

 石像が模した姿に、あるいは、その向こう側に別の誰かを見つけていたというわけか。

 それが赤ん坊なのか。長髪の人なのか。ローブの人なのか。全員のことなのか。面影がどう溶け込んでいるのか。

 わからないまま、小首を傾げた。


「俺には――――」


 放たれかけた言葉が途中で切れた。

 紡ぎ損ねた音が、声と共に喉奥に飲み込まれていく。

 何が彼の意識を遮ったのか。

 ヒューノットが背後を振り返ったことで、やっと私も気が付いた。


「――……いらっしゃい。またお会いしましたわね」


 数歩ほど後ろに立っていたのは、二十歳くらいの女性だった。

 お手本のような金色の髪に碧眼。光が通り抜けるような白い肌の、ほっそりとした女性だ。

 垂れ目はおっとりとした穏やかさを漂わせてくれるが、何だか儚げで危うい印象でもある。

 足元までの全部を覆い隠す長袖の、光沢のない黒色のロングワンピース。

 言い方はちょっと悪いけど、まるで喪服のようだ。


「――あなたも、ようこそ」


 ヒューノットに向けられていた視線がこっちに向いて、一瞬どきりとしてしまう。

 何だろう。妙に緊張してしまう。

 それは、相手が美人だからだとか、知らない人だからだとか、そういうものではない。

 妙にピリついた緊張感が漂っていた。

 薄らと微笑んでいる表情に違和感がある。何だろうかと思ったが、すぐに分かった。




「そして、はじめまして」





「私はレーツェル。この教会の主をしております」







 目が笑ってない。





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