22.歓談――閑談
まるでお手本のような薄い金を持った髪は、とても柔らかそうだ。見た感じからして、好青年といった印象を受ける。好青年というものが実在しているのなら、こういう人のことなんだろうなと思えるような。そんな人の良さそうな雰囲気と顔立ち。
花々に囲まれて振り返ったルーフさんの瞳は、プッペお嬢様と同じ青色だ。
いや、少し薄い。水色のような、薄緑のような、そんな色だ。
あの灰色とも銀色ともいえない不思議な色合いは、そこにはもうない。
それが、違和感の正体だった。
「……」
むしろ、よく一発で気付かなかったな私。
私たちの姿に気が付いたルーフさんは、少しだけ驚いてから微笑を浮かべた。銀色の細長いジョウロを持ったまま、ゆっくりと身体ごと向き直る。
場所と持ち物が相俟って、すごくデジャブだ。
でも、星が入り込んでいたはずの瞳は、もう変わっている。
きっと、彼の中にはもう星がいない。と、思う。思いたい。
「――見られてしまいましたね」
淡く微笑んだ彼は、ゆっくりとした動作でジョウロを下に向けた。
ぽたりぽたりと、ジョウロの先端から漏れた水が足元に落ちていく。
「み、見るつもりはなかったんですけどねっ」
人形のことを言っているんだろうと慌ててしまって、何か怪しい会話になってしまった。
逃げたい気分だったけど、後ろから乱暴にぐいっと押されて室内に足を踏み入れてしまう。
押したのは、ヒューノットだ。振り返る必要もないくらいに明確だ。
数滴の水を払ったルーフさんは、取り出したハンカチでジョウロの先端を拭った。
そして、それを木製の小さな台の上に置く。花に埋もれて見えていなかったけど、テーブルがあるらしい。
「いいえ、構いません。いずれはお話しなければならないと思っておりましたので……ヒューノットさんも、そのように」
そう言われて、肩越しにヒューノットを振り返った。
乱暴に扉を閉じた音のあとで、ばっちりと目が合う。
だからといって、やっぱりヒューノットは何も言わない。本当にシュリと足して二で割った方がいいと思う。
「どうぞ、こちらへ――」
ルーフさんは、ゆったりとした動作であの木箱を示した。
少し躊躇したが、後ろから小突かれて仕方なく歩き出す。
というか、ヒューノットは何のつもりでせっついて来るんだ。
「……」
硝子の蓋の下。
花々に囲まれて眠る人形は、やはりプッペお嬢様とよく似ている。
でも、似ていることと同じであることは、全く違う。どれだけよく似ていても、別物だ。
私が木箱を挟む形でルーフさんの向かい側に立つと、ヒューノットは当然のように彼の横に立った。もう何も言うまい。
「この人形について、どのように感じられますか?」
「……どのように、って」
そう言われてましても。
困惑しながら人形を見るけど、いくら精巧に出来ていても人形は人形だ。
動き出そうなほどだとも思うけど、動いてもおかしくないとは思えない。
「まあ、人形は人形っていうか。……プッペお嬢様に似てるかな、ってくらいですかね」
我ながら雑な感想だった。
ヒューノットは何か物言いたげな視線を投げてきたけど、ルーフさんは頷いてくれた。優しい。
「この人形は、お嬢様の器と成り得るものです」
「はい?」
なんだって?
何か、いきなりヤバいことを言い出したぞ。
私が怪訝そうにしていると、ルーフさんは困ったように視線を泳がせた。
良かった。おかしくなったのかと思った。失礼だけど。
「この人形は、お嬢様がお生まれになった際に頂いたものだと聞いております」
まあ、お祝いの品って感じだろう。
雛人形的なあれかな。
「人形は生き写し。お嬢様を主にして、その身代わりとなる存在でもあり、器そのものだとも聞きました」
だから、それがめっちゃ怪しいんだってば。
もう一度、人形を見てみた。木箱の中は柔らかそうな布が敷き詰められていて、ちょっとしたベッドになっている。
硝子の蓋だし、木箱の周囲を花が飾っているし、どう見たって棺桶の印象が拭えないんだけど。白雪姫みたいな。いや、あれは全部が硝子製だったかな。まあ、その程度の違いなら微々たるものだと思う。
「……正直なところ、私も大変戸惑いました」
「でしょうね」
おっと、声に出てしまった。
ヒューノットが睨みつけて来たけど、ルーフさんはやっぱり頷いてくれた。優しい。
「お守りのような人形かと、最初は思っていたのですが……違うようだと気が付いたのは、成長していると知った時でした」
怖っ。
何それ。こっわ。
髪が伸びる日本人形の比じゃない。
もう一度、ガラス越しに覗き込んでみる。サイズ的にも、ほぼプッペお嬢様と一緒だ。と、思う。うわ、怖っ。
「人形の贈り主に詳細を窺ってみたのですが、……お嬢様にもしもの事があった場合、こちらが器の代わりになるとの返答でした。心が入れば、万が一のあとも生き続ける事が出来るだろうと」
「……つまり、肉体の代わりに人形を使えばいいって感じですか?」
「そのようでした」
怖すぎて嫌だ。
ミイラにして蘇らせるみたいな。いや、あれよりずっと滅茶苦茶な気がする。
肉体が滅んでも大丈夫って何だよ。あ、いや、それはミイラの方も同じだっけ。
「私は信じられませんでした。それに、恐怖すら感じました」
そりゃそうだ。
緩やかに首を振ったルーフさんは、明らかに困っている様子だ。
だからといって、人形を処分することも出来ないのだろう。人形に何かがあったとき、主であるお嬢様に何かが起こらないとも限らない。と、私なら思う。
「……え、もしかして、この人形をどうにかして欲しいって話ですか?」
だったら嫌だ。
「ああ、いえ、……そうではありません」
違った。良かった。
普通にお断り案件だもん。絶対に私の手におえる感じではない。
もちろんヒューノットだって専門外だろう。この、ザ・肉体派みたいな感じのヒューノットだもん。脳筋とはまでは言わないけど。デリカシーとかなさそうだもん。イメージだし、偏見だけど。
「この人形は、こちらの部屋で眠り続けていただきます。ずっと。お嬢様はプッペお嬢様、ただお一人。代わりも何もおりません。――ただ、この人形に関する事で、気になる点がありましたので、お伝えしておこうかと思いまして……」
ルーフさんは戸惑いがちではあるけど、それでもきちんと処遇は決めているようだ。
まあ、私だったら、どっかに封印したいけど。どこにって、話ではあるけど。
ちらりとヒューノットを見ると、不機嫌そうなまま人形を見下ろしていた。怖い。
もう一度ルーフさんを見る。何だか言いにくそうにしているけど、ヒューノットは助け舟なしだ。そういうところは平等なんですね、とか言いたくなった。言わないけど。
「――この人形の贈り主、つまり作り手でもあるのですが、その方はこのように仰っていました。……"祈りの星を溶かし込めば、器は完全として生まれ変わる。それは神を作るにも等しい。我々は統率の主を目覚めさせる必要がある"と」
「……祈りの星?」
「はい。それが何を意味しているのかについて私は分かりませんが、先ほどヒューノットさんから窺ったお話でも星の件が出て来ましたので……お伝えしておこうかと」
「はあ、なるほど」
なるほどとか言っちゃったけど、全然なるほどくない。
ちらちらとヒューノットが話に出て来るけど、ふたりでどんな話をしたというのか。いや、別にそこは知りたくないけど。どんな話でも勝手にしろよという感じではある。
私、ハブられたし。
「ええっと……それで、その、作り手というか贈り主っていうのは……」
「はい。かつて、祈りの丘と呼ばれた場所に住んでいる女性です。名をレーツェル。シェーレという弟君と暮らしておられます」
レーツェル、という名前を口にする瞬間、ルーフさんの瞳がヒューノットを見た。
まさか、何か関係がある人なのだろうか。元カノとかだったら笑える。いや、やっぱり笑えない。
「祈りの丘、かぁ」
正直、その人と会うこと自体に気が乗らない。絶対に面倒臭い。利益になる話には思えなかった。
そりゃ、まあ、ルーフさんの好意には感謝しかないんだけどね。
でも、いかにもヤバそうな人だとしか思えない。ここは相談だ。誰と、って。そりゃシュリしかいない。通るべきルートなら仕方ないけど、回避オッケーなら回避したい。怖すぎる。話が通じなさそうな人が一番ヤバい。新興宗教のお誘いの人とか、そんな感じな気がする。いや、まだ遭遇したことなんてないけども。
「あー、うん。ルーフさん、ありがとう。ちょっと考えてみます」
「はい。もし、お役に立てそうでしたら、いつでもいらしてください」
「ありがとうございます。じゃあ、そろそろお暇しますね」
ていうか。正直なところ、めっちゃ深刻な戦闘力不足だと思う。
シュリも強いとは言い難いし、私なんか完全にお荷物だ。ヒューノットだけがまともな戦闘員だけど、これも常に絶対というわけではない。
だからといって、ルーフさんは完全に非戦闘員だ。協力を求めるとすれば情報提供だろうけど、それもシュリに聞いたほうが確実な気がする。そう言っちゃうと元も子もないけど。あ、いやいや。癒し要員。それだ。プッペお嬢様も合わせて、癒し要員だ。
「あっ、プッペお嬢様には、また来るって伝えてもらっていいですか?」
色々と中途半端だし、お昼寝している間に用事が終わって帰っちゃったよというのは、あまりにも味気ない。
部屋から出る手前でそう言うと、ルーフさんは快く請け負ってくれた。
さすが、現時点で唯一の好青年。私的にはとっても良い人だ。逆に言うと良い人止まりで損するタイプだなって気もするけど。って、何の話だ。
玄関先まで見送りに来てくれたルーフさんと別れ、門をくぐって外に出る。そこで何となく振り返ってみると、ルーフさんはまだこっちを眺めていた。姿が見えなくなるまで、見送ってくれるのだろうか。律儀というか、何というか。来た時と同じように黄色い扉を開けば、草原が広がっていた。良かった。これで違う場所だったら、真剣にシュリを連呼するところだった。
「……ヒューノットってさ、ルーフさんと仲良いの?」
草原に出て、シュリの姿を探しながら聞いてみた。
後ろにいるヒューノットは静かで、時々振り返らないといなくなってるんじゃなかろうかと疑ってしまう。
話しかけたついでに振り返ると、これでもかと眉間に皺を寄せていた。よく見る表情でもある。
「……唐突に何だ」
「や、何となく……タイプが違うし、仲良いのかなーって」
まあ、タイプが違うというのなら、シュリとヒューノットだって随分と違う気がするけど。
仲良しという感じではないけど、関係は良好なんだろうなという気はする。シュリはヒューノットについて、"例外のエラー"を除いて、概ね信用しているようだし。たぶん。ヒューノットがシュリをどう思っているのかは、ううん。どうだろう。ちょっとわかんない。
「……俺が知るか」
ヒューノット自身について聞いたのに、素っ気ない言葉が返って来た。
まあ、これはつまり、ルーフさんに聞けという話なのかな。次に行った時に聞いてみよう。意外と親切ですよとか言われたら、絶対に大笑いするしかないけど。
少し小高くなっている場所を通り過ぎれば、いつものように佇むシュリの姿が見えてきた。
私たちが戻って来るのを知っていたかのように、ひらりひらりと手を振っている。ものすごく気軽そうだ。ていうか、めっちゃ気安い。
「――やあ、おかえり。あの二人には、きちんと会えたかい?」
声の調子も相変わらずで、この人って調子崩れることとかあるのかな、なんてちょっと思う。
「会えたよ。あ、あー、会えたっていうか、プッペお嬢様は寝顔しか見てないけど」
近くまで歩み寄って立てば、やはりシュリは細身で背が高い印象が強い。
当然のようにその斜め後ろあたりに立つヒューノットは、やっぱり背が高くてがっしりしている。イカつい。ゴリラとは言わないけど。
「それは良かった。他に変わったところは、あったかな?」
もしかして、わかっていて聞いているのだろうか。
そうは思うけど、私はひとまず頷いておいた。
シュリは口許で薄く笑って、「どんなこと?」と問い掛けてくる。
何だか、今日のシュリはやたらと質問が多い気がして来た。いつもなら、はいどうぞ聞きたいことがあれば何なりと、くらいの感じなのに。
「ルーフさんから星がなくなってたかな。別に確かめたワケではないんだけど」
そう。それは見た感じの話だ。プッペお嬢様曰く、星が入っているという瞳の色が変わっていた。あの星のせいでおかしくなっていたのだとすれば、もう安全になったと認識していいのかもしれない。それなら、まあ、何というか。あのふたりを助けたという表現で正しいような、そんな気はする。
小さく頷いたシュリは、斜め後ろのヒューノットを肩越しに振り返った。何だそれ。何の合図。私も知りたい。そうすると、ヒューノットの方は数秒ほど遅れてから、ゆっくりと頷きを返した。そのあとで、シュリの視線が私に戻って来る。
「それは良い兆候だよ。今までにはなかった事だからね。やはり、君はすごいよ。ヤヨイ」
褒められた。
何をしたのかはよくわからないけど、まあ、褒められて嫌な気はしない。私は割と単純な性格だ。得してると思う。
ふと、ルーフさんのことを考えたところで思い出した。
「シュリ、ルーフさんが"メイフのザクロ"って話をしてきたんだけど」
「冥府の柘榴かい?」
「ルーフさんっていうか、ルーフさんではないかもしれないルーフさんなんだけど」
自分でも何を言っているのか、わからなくなりそうだけど。
けれど、シュリは理解してくれたようだ。小さな頷きを返してくれた。
シュリの斜め後ろにいるヒューノットは無反応だ。何なんだよ、もう。
「冥界の王が女神に差し出した柘榴に例えた話だとすれば、……そうだね。事実としての類似点は少々否めないが、しかしながら、君が気にしなければならないような事ではないさ。実に些細な話だ。言っただろう? 君を制する事が出来る存在は、この世界にはいないんだ。君が帰りたいと願うのなら、いつでも帰る事が出来る。私を呼んでさえくれたら、何処にいようともいつだろうとも、すぐさま迎えに行くとも。問題は、君が"帰る事が出来ない"と不安になってしまう事さ。――いいかい、ヤヨイ」
「え、あ、はい?」
そういうものなのか。
とか思いながら聞いていたから、いきなり名前を呼ばれて変な声が出てしまった。
シュリを眺めていると強制的に視界に入ってくるヒューノットが、またちょっと睨んでくる。
だから、どうしていちいち睨まれないといけないの。あ、いや、もしかして、睨んでいるように見えるだけの可能性もあるのかもしれない。だとしても、怖いけど。どっちにしても怖いとか終わってるけど。
「不安は、大敵だ。どれほど小さな、或いは些細なものであろうとも、不安というものは引っ掛かりとなる。その引っ掛かりはやがて小さな疑問となり、その疑問はいつしか不安を増大させる。そういうものさ。誰しも、未知には好奇と恐れを抱えているものだからね。そして、不安は肥大化するにつれて恐怖までも引き寄せてしまう事がある。だから、小さな引っ掛かりでも構わない。そして、相手は私である必要もないのさ。いつでも誰かに問い掛けると良い。きっと何らかの答えが返って来るさ」
何というか、あまり、ピンと来ない。
そのうち、わかるようになるのだろうか。理解できるようになったら、それはそれで手遅れのような気もしてくる。
でも、確かにそうだ。シュリはいつも、答えられる範囲は必ず答えると約束してくれる。ヒューノットは、そのあたりいまいち信用できないけど。どちらかというと、言いたくないことについては口を噤むタイプに思える。シュリがそうではないかと聞かれたら、自信はないけど。
でも、シュリはまだ、答えなくてはならないような、義務感のような、使命感のような、そんなものを感じられる。まあ、それがシュリの役割だと言われたら、確かにそういうことなんだろうけど。
「何でも聞いて良いのだよ。それが私であっても、私ではなくともね。例えば、ヒューノットの好きな食べ物だとか」
「あ、いいです」
うわ。反射的に声が出た。
いや、だって、本当にいいもん。変に情報を仕入れたら、ヒューノットがどんな顔をするのかわからない。
ていうか。
「……」
この場合、睨まれるのはシュリだと思う。なのに、どうしてこっちを見てるのヒューノットは。冤罪だ。
「ヤヨイ。――例えば、その世界のモノを口にしてしまったら、その世界に捉われてしまうという話があるとしよう」
一瞬ばかり突然の方向転換についていけなかったけど、ああ、それがメイフのザクロというやつか。
ヒューノットからシュリへと、視線を向け直す。
相変わらず、色んな意味で表情が読めない。いや、笑っているかどうかくらいは、分かるけど。
「冥界の王と同じ事さ。自分の世界に引き留めておきたい場合、その世界のモノを食べさせる手はよくある話さ」
「え、よくあるの?」
「そう。よくあるさ。そういうお話自体はね。それこそ、どこにでも転がっているような御伽噺さ。些細で陳腐でつまらない、退屈しのぎにもならない、寝物語にも物足りないほど雑多でまとまりのないよくある話だよ。解けた糸が見えているほど、興醒めはないものさ。内側を晒した着ぐるみは、あまりにも酷いだろう? 或いは、最初に結末のページが差し込まれた本のようなものだと思ってくれて構わない。至極つまらないものだとね」
めちゃくちゃ言われている。
ここまで、コテンパンに言われなきゃいけない話でもないような気がするけど。
そりゃ、一瞬ヤバいかなとは思っちゃったけど、ここまで徹底的に否定されるのもどうなのか。
「ただ、そうだね。この世界は少し違う。この世界はそうはなっていない。そういうものだからね。君とこの世界を繋ぐのは、この場所であり、そして言うなれば私の事さ。私の肉を食らうというのであれば、確かにもう帰れなくなってしまう可能性はあるだろうけど、――君に、カニバリズムの趣味はないだろう?」
想像したくないレベルでゾッとする。
勢いよく首を振ると、シュリは面白がっている様子で肩を揺らした。
「それならいいんだ。さあ、ひとつずつ整理していこうか。他に聞きたい事はないかい?」
整理したというか。
今のは、どちらかといえば、引っ掻き回されたという気分だ。
何が聞きたかったんだっけか。今ので、ちょっと飛んだ気がする。それが狙いじゃあるめえな。
「うーん……」
何だろう。
確かに、ひとつずつ解決していく必要があると思う。聞きたいこと自体はたくさんあるけど、その答え同士を自力で繋ぎ合せていけるような気がしない。全く自信がない。
でも。
まあいいやと視界から外して後回しにし続けて積み上げてしまったら、もう下の方は取れないことは知っている。学習しない私でも、そのあたりは自覚があった。家にあるゲームと漫画の話だけど。
積み上げ続けて、上の方は放り投げるような感覚だ。そうなってしまえば、上も下も真ん中も、何も引き抜けなくなってしまう。ひとたび、その山を崩してしまったら、もうどれが何なのかさえわからなくなるのだ。そうなってしまったら、手を伸ばすことさえ出来ない。散らばった山は、ゴミと大差ない。その中から宝を探す根性なんて、私にあるはずもない。
まあ、つまり。そう。
積み上げてしまう前に、コツコツやっていく必要がある。
「器になるとかいう、人形の事と、……何だっけ。ああ、その、贈り主っていうか、作った人? の話、って、わかり、ますか?」
問い掛けの途中で、ちょっと後悔した。
ヒューノットがめっちゃ眉間に皺を寄せている。
あんな奴からは強引に視線を外しておく。ついでにシュリの顔だけを見ることにした。仮面の下は見たいけど、それは今じゃなくてもいい。
視線の意図に気が付いたのかどうか。シュリは口許で小さく笑った。
「――その話まで聞いていたのなら、とても順調だよ。ねえ、ヒューノット?」
シュリがヒューノットを振り返る。
そうすると、奴は顰めっ面のままで頷いた。
そして問う。
「会うか会わないか」
それ、今聞く?




