怒りの消えた日
「最近の日本人は怒りっぽくて凶暴だ。それを鎮めるガスを作ってみたがどうだろう。これを日本全土にばら撒くのだ。いい計画だろう」
ここはとある研究室。そこにいたのは、猫背でさえない男と、白髪混じりの博士だ。男は彼とは対照的に、「どうでしょうねぇ」と覇気のない声で答える。それに博士は溜息をついて彼に言う。
「いいか、今の人間はちょっとしたことで人を殺してしまう。理由はこどもの声がうるさいとか、生活音がうるさいとか、注意されたことに腹を立てたとかだ。みんな些細なことじゃないか。そんなことで人間の尊い命が失われているのだぞ。腹が立たんか」
「言われて見ればそうですね。国民の平和のためには博士の発明品が必要になるかもしれません」
男は大型のドローンに取り付けられた、ガス噴射機を見やる。それは、直径30センチほどの銀色の球体で、噴射口は一眼レフのレンズのように塞がれていた。
「計画はこうだ。ワシが遠隔操作でドローンを日本の中心に配置し、このボタンで噴射口のレンズを、内蔵の金属棒で割る。するとガスが出てくるという仕組みだ。これで日本から怒りが消える」
「やりましょう、博士。国民の未来のために」
男もなんだか博士の言うことを聞いていると熱くなってくるものがあった。そして、うまくいけばノーベル賞も貰えるのではないかという野心も芽生えたのである。
そして、計画は実行された。男と博士はガスマスクをしてガスが散るのを待った。しばらくして男は東京を観察しにいき、その写真を持ってきた。
「どうだ。結果は」
「確かに怒る人は居なくなりました。しかし……」
「どうした」
男は写真を見せながら溜息をついて言う。
「烏や鳩、鼠が大繁殖し、感染症が流行っています。政府は動く気がないみたいで、放置状態です。でもみんな気にしていないみたいで……。病院で医療ミスが発覚しても誰も怒りません。そんなだから日本全体の製品の質が悪くなっています。外国からは『日本製は買うな』とボイコットが起きています。このままでは世界経済はまわりません。なのに誰も怒らないのです」
「なんということだ。こんなことになるとは。ワシはただ国民が穏やかに過ごせる日本を作りたかっただけであるのに……、このままではだめだ。今度は怒りを増幅させるガスを開発しよう」
「はい、博士」