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ファントムレイジ  作者: 高坂はしやん
神出鬼没の商店街
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神出鬼没の商店街⑩

 夜の森は交差する枝と葉に遮られて暗い筈なのに、月明かりがやけに眩い。


 理由は私達が少しおかしいからだ。私達は何時か道を踏み外してしまって、此処まで転がって来た。


 けれど、私達は人間だ。それだけは間違いがないと信じている。


「さてさて、殲滅戦と往きましょうか。綾魅、玉子ちゃんの事よろしくね」


「了解」


 ミリタリーズボンと黒いタンクトップ、長い髪を後ろで一本に結わえて、如何にも戦闘に臨みます、といった風貌になった舞香さんが、ブーツの靴紐を固く結び直している。


「一応聞くけど、玉子ちゃんってどんな感じ?」


「え、ど、どんな感じとは?」


「能力とか。私自身は赤雪にコネなかったからさ。玉子ちゃんの事は事情しか知らない。けれど、戦いにおいて貴方の半生は関係がないから。必要なのは、今、貴方に何が出来て何が出来ないかだけ」


 それは多分、私の強さの事を聞いているのだろう。大人の真意を明らかにしないやり取りに付いていけないのは格好悪い気がしたので、恐る恐るではあるけれど答えた。


「身体強化的には……人並み以上とは自負しています。鎖子さんには少し劣るかと」


「能力は?」


「魔眼です。目線を合わせた相手の体を硬直させます」


「まるでゴルゴーンじゃない。でも、そんな神域のモノの訳ないよね? 難度の高い限定条件があると見た」


「う、は、はい。この場では役に立たないと思って下さい」


 強がって、とても小さな自分を大きく見せたけれど、恐らく百戦錬磨であろう舞香さんに容易に見破られる。そう、私の能力は、対敵という点に於いて効力を持たない。


「要すうに雑魚って事ね」


 とても小さな私より小さい綾魅さんが小さく呟く。思わずむっとして頬を膨らませる。


「むー、そんな事言う綾魅さんは強いんですかー?」


「あははは、《《今の綾魅》》も弱いもんねー、何にも出来ないもんねー」


「あたちは治す専門だかあいいの」


 小さな体躯。着ているシャツは子供用だし、履いているジーンズの短パンっぽいモノは、なんだか形も丈も不格好だった。


「そういえば舞香さん、作戦ってどうするんですか? 相手、結構人数居るみたいですけど……」


「作戦?」


 ふと、尋ねた。特に意味はなく、それは世間話の様な容易さで口から出た言葉だった。


「作戦って何? この程度の誰かをこの世から消し去るのに術が必要なの?」


 舞香さんは言って、私に腕を伸ばす。


 正確には、私の背後より飛び出したソレに手を伸ばした。私の首筋にほぼ密着した状態で動きを止めたのは、恐らくサーベルに分類される刀剣。月光を弾く白銀の刀身は、私の薄皮を切り裂いて舞香さんに止められた。 


「と……投擲、ですか?」


「そうじゃない? 玉子ちゃん反応出来た?」


「い、いえ……全く……」


「あははは、じゃあ玉子ちゃんゲームオーバー。とても見学してられないね」


 恐らく投擲されたのであろうサーベルは、本来そのように使用するものではないけれど、私の命を奪うには十分だった。音もなく迫ったそれを、舞香さんは難なく受け止めた。


「曇天時の外出で雨に用心する様に、夜の森で死角からの攻撃に注意するなんて当たり前。少なくとも気は張ってなきゃ。それとも、私達が居ればどうにかしてくれると思った? 戦場でおんぶに抱っこなお子ちゃま? ああ、だって玉子ちゃんってまだ若いもんね。仕方ない仕方ない」


 舞香さんに言われる言葉全てが耳に痛かった。言葉の通りだ。私は油断していた。一片さんと駆け抜けたあの地獄の時であれば、こんな失態は犯さない。けれど、今の情けない姿はどうだろう。私は舞香さんと綾魅さんに甘えて、戦闘に臨む全てを怠った。


 好奇心で喚き散らす、ただの子供だ。


「まず一人目」


 舞香さんは呟きながら、手に持ったサーベルを持ち替え、闇夜に投擲した。音もなく高速で私の目の前を飛び去ったそれの行方は、想像に難くなかった。


「……すみません」


「あははは、謝らなくていいよ。ただ邪魔だけしないで。玉子ちゃん程度じゃあ、私に巻き込まれたら木っ端微塵だから。それじゃあね」


「あ、舞香待って。敵さん、一体何処のだえ? 商店街に入って来る手順はあんたにしか分かやないんだかや」


「あーごめんごめんバタバタしててそれ話すの忘れてた。商店街に入って来た手順は、中東の殺戮集団『サイアード』に教えたもの。襲撃して来たこいつ等も同じと見て間違いないね」


「ああ、派生からさやに派生したみたいな、小っちゃいとこだ」


「そうそう。一年位前に一回だけ買い物に来た。襲撃の理由は分からないけど、適当に捕まえて尋問するよ。綾魅の方でも出来たらお願い」


「あたちは無理むい。そういうの向かないかや」


「それもそっか。じゃあ適当に」


 木々が風で揺れる音に交じって、舞香さんは消えた。多分、この深淵の森を駆け抜けている。


「あんまい真に受けなくていいよ? 舞香、ちょっと怒ってただけだかや」


「いえ……私が油断してるのが悪いんです。連れてけと喚いておきながら、その準備を怠ってた……」


「違う違う。あんなの体の良い言い訳。本当はただ怒ってただけだかや」


「そうなんですか?」


「玉子、舞香に作戦がどうこう言ったでしょ? あえ、舞香的には舐めあえてゆのと一緒なの。策をようするってのは、弱者のものって考えだかや。よこたて一片ひとひや冷然院えいえんいん緋奈巳ひなみは自分の最強さいちょうを鼻にかけないけど、舞香は真逆。それがアイデンティティ。だかや面倒で性悪しょうわゆ


 そういえば、お店で話した時の舞香さんとは口調が大分違っていた。幼い私を諫める為のそれかとも思ったが、多分綾魅さんの言う事が正しいのであろう。


「そんな訳だやら、舞香の見学はお預け」


「うう、仕方がないです……」


「まあ、舞香の戦闘なんてなんにも面白おもしよくないかやそこまで落ち込む必要もないよ。あたちは身体強化しんたいひょうかで暴えうだけの奴等やつやなんて見てても退屈なだけだけどね」


「私は見たいんですー」


 口先を尖らせながら、地面にめり込む大きな石に腰かける。先程と違って、周囲に気を張る事は怠らない。


「玉子は好奇心旺盛。まうで子供みたい」


「まるで、じゃなくて子供なんですー。だってだって、鬼束商店街の皆さんですよ? 私にとって御伽話の中と同義であった場所が存在したんですもん、もう少し欲張りたくもなります」


「逆に、あたち達の事知えただけで満足じゃない?」


「人間欲が出るとだめですね。はあ……ため息も出ちゃいます」


 これ見よがしに大きなため息を吐いて、両掌に顎を乗せてセンチなふりをする。哀愁を纏う夜の少女。私って、結構絵になっているのではないだろうか。

 

「あんた意外と子供っぽいね……しょうがないなあ。真凛まいんの事もあるし、あたちが一肌脱いであげる」


「綾魅さんの能力なら知ってますー。滅茶苦茶有名ですよ? それに、鎖子さんの切られた脚を一瞬でくっつけた話も聞きましたし」


「んー? じゃあこえは?」


 不貞腐れている私は最低だ。綾魅さんが気にかけてくれているのに、目も合わさずに呆れたような返答をした。

 しかし、直後に響くやけに鈍い音で、視線は釘づけになる。


 高くて、鈍くて、嫌な音。それは、人体に数多存在するカルシウムの塊。骨に異常があった音に相違なかった。


 ごきごきと、びきびきと、響く音の発生源は綾魅さん。小さな小さな綾魅さんの体躯が、うねる。蠢く。腕が在らぬ方向に曲がり、在り得ぬ程体が膨張する。それは人体の可動域を超えていたし、人体の体積を超えていた。子供が粘土をこねくり回す様に似て、綾魅さんはもはや人と形容できないまでに変貌していた。


「あ、綾魅さん!?」


「あー平気平気。もう直ぐ終わ《《る》》から」


 はっきりとしたラ行の発音が聞こえて、綾魅さんの変貌が終了した。


 いや、それはもはや、変態と呼べた。


「ふーーっ! スッキ《《リ》》した」


 私どころか、真凛さんよりは遥かに小さかった身長は、恐らく鎖子さんと同じかそれより少し上。少女とも幼女とも形容出来た顔は、月明かりに照らされて妖艶に。すらりとした体躯は、思わず見惚れてしまう。

 子供用のシャツははち切れそうな胸部をなんとか覆う程度で、深くて長い臍が丸出しだ。絞られたウエストの先、またも大振りの臀部を覆っていたのは、ホットパンツだった。ああ、形が歪だったのはこういう事か。


 たった数瞬で、春比良綾魅は見事に変態した。


「綾魅さん……ですよね?」


「じゃなかったら私は誰よ?」


「その……それが本当の姿ってやつですか?」


「ちょっと弄ってるけどね。概ねこれが本当のあたし。舞香とヒルダとは同級生だからね、あんな幼女な訳ないでしょ?」


 間抜けな私の質問に、綾魅さんは大人びた微笑を混ぜて応える。


「あたしの能力は人体を弄繰り回す事。それは治療も破壊も変化も思いのまま。勿論、度合いによって時間はかかるけどね。ちなみに、自分の体は弄り過ぎたお蔭で、どんな変化もほぼ一瞬」


「ひいーなんかすみません、生意気な口聞いてしまって……」


「人を見かけで判断するなんて、玉子は意外と人間らしいのね」


 思わずその雰囲気に飲まれてしまう。私は私が思っているよりも矮小な人間だった。


「どうして普段はその姿なんですか?」


「すっごいくだらないんだけど、あたしの部屋狭くてさ、それなのに身長伸びちゃうもんだから不便で不便で。だから小さくしてるだけ」


「お家建て直したりすればいいんじゃないですか?」


「別に小さくなってればいいだけだし、節約出来るし」


「い、意外と倹約家……春比良ホスピタルって、現金払いのみで高額ですよね? それならお金はあまり気にしなくていいんじゃ……」


「んー夢を叶えるのにお金が必要なの」


 そういって笑う綾魅さんは、口に人差し指を当てる。秘密、というジェスチャーだろうか。なんとなく察して、それ以上は聞かなかった。


「あっはっはっはっはっ!!」


 緩やかな夜に思えた会話に割って入る、夜を切り裂く笑い声。森の奥から響いたそれに追随して、爆風が葉や枝を巻き上げると、私と綾魅さんの間に一目で死んでいると分かる程破損した人間が転がり込んだ。


「うっ」


 思わず仰け反ってしまう。錆びた鉄の強烈な匂いがする前に、上半身の半分を失った死体が放り込まれた方向を見る。続いてもう一体壊れてしまった人体が投げ込まれると、木陰から満面の笑みをした舞香さんが現れた。


「あっはっ、もう話になりゃしねえ! どいつもこいつも紙切れ千切るのと同じだ! あっはっ! それで商店街に挑んでくるなんて、どんな勝算があったんだ!? なあ!? 教えてくれよ!!」


 口汚い言葉で、舞香さんは右手に掴んだ頭部に怒鳴り散らす。かつて人であったそれの胴体は見当たらず、短く飛び出した背骨から滴る血液が地面を叩く音が、精一杯の返答だった。


「ちょっと舞香、こっち来ないで。あっちでやっててよ」


「ん? あれ、綾魅元に戻ったの?」


「玉子にサービス。あんたがつまんない戦闘するから尻拭いしてんの」


「あっはっ、なにそれ? 私別に頼んでねーし」


「どう? 『サイアード』はあたし達に挑むに値した?」


「しないしない。脆弱で退屈。褒めるところと言えば、どれだけ仲間を蹴散らしても挑んでくるところだけ」


「じゃあ、初めに舞香を吹き飛ばした奴は当たりだった訳か」


「冗談。そこのガキを守る為じゃなければ、あんな大雑把な爆撃喰らうもんかよ。あー思い出したらまたムカついてきた。そうだ、そうだ。私は一度吹き飛ばされたんだ。この程度の奴等に、路傍の石にも劣る雑魚に、雑草を引き抜く程度の力で散らす命しか持ち合わせていない半人前に。ああ、ああ、ムカつく、頭がおかしくなりそう。ああ、ああ!!!!!!」


 ヒステリックに叫ぶと、舞香さんは手に持っていた頭部を地面に叩き付けて森に消えた。


「あーあー荒れちゃってまあ……」


「舞香さん、怖いですね……」


「まーそこが可愛いんだけどねー」


 目線で闇に溶けた舞香さんを追う綾魅さんは、真顔だった。少しそれが不思議だったけれど、嵐の様に現れた舞香さんの存在に比べれば些末な事だ。


「さて、じゃあもう一変化といきますか」


 言って、綾魅さんはその長い体躯をぐっと伸ばす。


「え、ど、どうしたんですか綾魅さん?」


「あんなに大騒ぎして舞香が来たんだもん。追従している敵が居ても不思議じゃない。ほら、気づけばあたし達も包囲網だ」


 言われてから再度周囲に意識を飛ばす。正確には掴めないし、私は勘が良い方ではない。それに、索敵の能力も持ち合わせていない。


 それでも、分かる。十分に分かる。闇夜紛れる黒い殺気、森に蠢く気配の集合体。私達の周囲に、細かく分布した殺意。


「か、囲まれてます!」


「だから、分かってるって」


「ど、どうしましょう!?」


「んー、玉子を守りながら戦うのは、ちょっと大変かなあ」


 少し考える素振りをして、綾魅さんは笑った。それは、私がこの状況で足を引っ張っている事に他ならない。


「わ……私、頑張ります!!」


 あの夜を思い出す。切り抜けた地獄を思い出す。あの時の様に集中して、あの時の様に覚悟して、どうにかこの場を打開するんだ。


「逃げちゃおっか」


 決意を固めた私に反して、綾魅さんは相変わらず弛緩した笑顔。そのままそう私に笑いかける。


「ど――」


 どうやって? と尋ねる前に、また変態が始まった。先程よりも鈍くて高い音。骨が軋んで、肉がうねる音。


 薄い月明かりの中でなによりも歪なその変化を眺めて、私は言葉を失う。


 綾魅さんの能力は、人体を弄る、と言っていた。治療にも破壊にも用いるその力。そして、此処までの皆の会話を聞いて、綾魅さんの戦闘能力を見積もった。少なくとも、それに特化したものではない。特殊な方向に逸脱したその力は、確かに稀有だけれど、戦うには向かない、と。だから、人体を変化させるとしても、それは人の範囲内に収まる程度であると、勝手に想像した。


 故に、私はこの場で頑張らなければと思った。綾魅さんと共に必死の覚悟で鉄火場を切り抜けねばと腹を括った。


 甘かった、馬鹿だった。私が夢想したこの場所が、世界から逸脱した幻の商店街が、そんなに緩やかな訳がなかった。


 猿の顔面に、胴体は狸。虎の手足を携えたそれの尾っぽは、舌を伸ばした蛇。

 そして、夜の森にこれ以上ないくらい似合った虎鶫の鳴き声が反響する。


 それは、躰仁親王を恐怖の底に叩き落し、馬場頼政より射貫かれた二条の怪物。


 雷鳴に轟く怪異、空の王者。文献でのみ生存を許されたそれに、驚く程類似していた。


「ぬ……鵺!!」


 私の目の前で、綾魅さんは歴史に名を残す化け物へと変態すると、その剥き出しの牙で私の服を噛んで中空へ放る。


「わわっ」


 そして、私をその広くごわごわした歪な背中で受け止めると、そのまま夜の空へと駆け上る。


 言葉の通り、綾魅さんは私を連れて逃げ出した。


 幻想の背に乗って、私は異質な月光空間の上空へと舞い上がっていった。

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