神出鬼没の商店街⑦
「……はあ?」
でかい爆発があったのは確かだ。
背後からの爆音、そして爆風。それに身を屈め吹き飛ばされたのは覚えているけれど、だからといって夜の森に居る理由は分からない。
夕暮れの商店街に居た筈の私は、暗い森の中に居る。
隣に居た真凛の姿もないし、目の前から歩いて来たヒルダさんの姿もない。
「……真凛!! 居るなら返事!!!」
これが敵襲による空間転移ならば、真凛の捜索がなによりも優先される。整理出来ていない状況で、無暗に大声を上げたのは失策だ、と気付いたのは、叫んだ後。こういうところが、兄貴に甘いと言われる部分だと思う。
「鎖子、状況整理出来ていないのに大声を出すのはどうかと思うけど? まあ、真凛ちゃんの事心配な気持ちも分かるけどね」
「あ、ヒルダさん」
その瞳で私の思惑を見抜いたのか。いや、そこまでは流石に覗けない筈だ。暗がりからヒルダさんが姿を現す。
「此処って何処? 敵の攻撃?」
「そっか、鎖子は知らないか。ううん、知る訳がないか。これ、鬼束商店街の防衛システム。私達の誰かが攻撃されると、此処に全員飛ばされる様になってるの」
「全員って、攻撃して来た相手も?」
「丸ごと。ほら、舞香は商店街壊されるの嫌いだから」
「誰だって自分の家は壊されたくないよ。ていう事は、誰かが攻撃されたんだね。多分舞香さんだと思うけど」
「なんか心当たりあるの?」
「白いローブが数人鬼束食堂に入っていった。直後のこれだから、そいつ等だろうね。むしろ、そっちに心当たりは?」
「白いローブか……ホスピタルには最近そんなお客さんは居なかったなあ。他の店のお客さんまでは把握してないし。ま、舞香は誰が商店街を訪れたか分かる様になってるから、直ぐに面は割れるでしょ」
「そうなの?」
「ほら、商店街に入る手順あるじゃない? あれ、グループ毎に転移条件を分けてるの。で、舞香は鬼束商店街に誰かが入って来ると、どの手順を使ったかだけ分かる様になってる。鎖子の入って来るやり方は、戸破の人達にしか教えていない。ちなみに、冷然院はエレベーターで七階の後四階へ、一度降りてから三階に降りて、今度は最上階に上がる。かなり面倒」
「ふうん。なんでそんな面倒なシステムにしてんの? 全員同じ方が楽なのに」
「あんた馬鹿ね。そういうシステムにしておけば、今正にこんな状況で誰が襲って来たか分かる。舞香が誰に教えたやり方で入ってきたか分かるのなら、例え逃げられても足跡は残る。仮に、拷問されて無理矢理入り方を聞いていたとしても、誰を拷問したかは見当がつくでしょ? 犯人探しは大分楽な訳だ」
結局のところ面倒なシステムじゃないか、と思ったけれど、それは黙っておいた。例えば、敵だけを此処に飛ばせばいいじゃん、と思ったけれど、回りくどいのにはどうせ理由があるんだろう。でも、別に私はそれを知る必要はない。
「で、真凛が心配なんだけど」
「私も心配。なにせ念願の逆廻真凛ちゃんが、一度も会う事なくバラバラに吹き飛んでしまっていたら目も当てられないもん」
「縁起でもない事言わないで」
「でーも! 四肢が吹き飛んで腸漏れてても治してあげるから安心してね。綾魅も、真凛ちゃんなら全力だと思う」
「だからやめてって」
「あたちがなあに?」
涼しい顔で過酷な想像を駆り立てるヒルダさんとは逆、つまり、私の背後から舌っ足らずな声。
暗闇を振り返るけれど、そこには森が広がる。声の主は、私の視界には入り辛い。視線を下げてやると、真凛よりも遥かに小さい、一メートル十センチ程の春比良綾魅さんが立っていた。
「ヒウダ、鎖子、あたちの話してたでしょ?」
舌っ足らず、という言葉では不足がある。人生の目標が巻き舌である春比良ホスピタルの院長は、そのロリロリしい小さな小さな体躯で、私とヒルダさんに威圧感を放つ。
「綾魅、緊急事態。襲撃に真凛ちゃんが巻き込まれたかも」
「真凛!? 真凛って、逆廻の?」
「そう。今日、鎖子が連れて来たんだってさ」
「鎖子ナイス! 逆廻の子はあたちが貰うかやね!」
人体を弄繰り回す綾魅さんにとって、人体修復というこの世界でも稀有な能力を発現した逆廻真凛は、喉から手が出る程欲しい人材らしい。
「まだまだ半人前だよあの子は。私が十歳になった話聞いたでしょ?」
「あんたみたいな量産型能力がどの口でほざくんだか!」
「そうだそうだー! あの子の能力は、デメリットを補って余りある! 絶対うちでバイトさせる!!」
「百歩譲ってそれはいいとして、晶みたいな扱いにしたら二人とも殺すからね」
「あんたになんか殺されないっつーの!!」
「そーだそーだ! 鎖子のばーか!」
「ヒルダさんは分かるけど、綾魅さんは戦闘能力ゼロでしょうが」
「むっ……むう……」
小さな体で腕組をして、眉を顰める。いつも尊大な綾魅さんも、こんな表情をする事があるんだ。もしかして、戦闘能力がない事を弄られるのは急所だったかな? 私もよく弱い弄りをされるから、気持ちは分かる。
「で、それよりも真凛が心配なんですけど。そろそろ元の場所に戻すか、探しに行かせてくれない?」
「ああ、じゃあ帰ろうか。念の為、客人は私達商店街の人間の近くに飛ばされる様になってるから、多分誰かが回収したと思うよ」
「ああ、そうなんだ。じゃあ玉子も心配なしかな」
真凛真凛と口にしているけれど、玉子の事も心配している。ただ、あの子は強い子だから、私が心配する程ではない筈だ。
「ま、あのバカの近くに飛ばされてないといいけどね」
「あーそれはちょっと心配」
「バカって? ……あ、歪か」
三人で暗がりの男を思い浮かべる。ネジが毀れてしまったあの男と一緒に居ない事を祈ろう。もとより、あの男にだけは会わせる予定はなかったんだ。まったくもって、なんというタイミングで騒動に巻き込まれたんだか。
「……お」
などと思っている刹那、目の前の景色が展開する。場所は春比良ホスピタル。街の病院に相違ない受付カウンターに、私は移動していた。
街の病院と違うのは、人気が一切なく、あの独特の匂いもない。少しだけ埃っぽい香りが鼻腔をつく。それだけ。
「これ、どうやって戻って来たの?」
「ん? ああ、さっきまで居た森って、空間生成で作った場所なんだよ。鬼束商店街を作った空間生成師が合わせて作ってくれたものだから、商店街の住人は行き来自由」
「他に脱出方法は?」
「自力ではないね。攻撃してきた奴等は、商店街の人間が一人でも森に残っているのならずっと閉じ込めていられる。ただ、商店街の人間が居ないのなら、閉じ込めておける時間は最長十分くらい。経過すれば、自動でこっちに戻って来る」
「え、じゃあどうするの? 敵が出てくるまで待ち?」
「んな訳ないじゃーん! 舞香がそんなタイプだと思う?」
ヒルダさんは笑いながら言う。
「舞香は商店街が壊れるのが嫌なだけだから。ほらほら、鎖子も行くよ」
言って、ヒルダさんは早足で出口へと向かう。けれど、その足は直ぐに止まる。
この商店街で唯一の自動ドアである春比良ホスピタルの入り口。そのガラス戸は、開く前に蹴破られた。
甲高い音を立てて、ガラスが廊下に飛び散る。そのガラス片を踏み潰しながら、舞香さんが鼻息荒く歩く。
「綾魅! 治して!」
血反吐を撒き散らしながら舞香さんが叫ぶ。その姿は凄惨。白いカフェユニホームは煤汚れている。見た目だけは可愛らしい顔面の左半分が焼け爛れ、眼球が毀れる。左腕は肘から先がなく、黒く変色した裂け口から血が滴る。
「うわあ、舞香さん大丈夫?」
「大丈夫に見える!? 見えるの!? ああ!? あんたの二人目じゃないの! 私は一人しか居ないの! 大丈夫な訳ないでしょ! 綾魅! 早く!!」
「五月蠅い。さっさと病室に入って」
ボロボロの体でありながら悠然と歩を進める舞香さんは尊大。それでいて、その気迫に気圧される様子もなく、綾魅さんは病室へと舞香さんを導いて消えて行った。
「うっわー、ブチギレてんね、あれ」
「そうなの? ああ、まあそうだよね。私、初めて舞香さんにあんな口調されたよ」
「舞香のブチギレ方は普通だからね。普通に怒鳴って、暴れる。どっちにしろ死ぬけど、今回襲ってきた奴等、簡単には死ねないぞ~舞香は怒ってるぞ~」
意地の悪そうな笑顔を浮かべながら、ヒルダさんが口角を吊り上げる。性悪だ。
「鎖子さん!」
「うおっ」
脇腹に衝撃。一歩だけ後ずさりして突っ込んで来たそれを受け止める。
「玉子!」
「鎖子さーーーん!」
横腹にタックルを入れて来た玉子を抱き上げる。一瞬、舞香さんの姿を思い浮かべて血の気が引いたが、上から下まで舐める様に見ても、玉子には傷一つない。
「無事?」
「無事です! 舞香さんと晶さんが助けてくれました!」
「ああ、そういう事か。晶は平気なの?」
「俺は平気だ」
玉子を抱き締めて頭を撫でていると、いつの間にか大きなキャリーケースを引いた晶が隣に居た。ホスピタルの入り口はガラス片が散らばっているのに、音もなく入って来やがった。
「玉子助けてくれたんだってね、ありがとう」
「俺は腕を引いただけだ。入って来て直ぐ爆発した奴に覆い被さったのは舞香――オーナーだ」
私が頭を下げると、晶は表情を変えずに言って、病室に消えた舞香さんの方を指さした。
「晶、報告」
「なんだよヒルダ、報告もなにも、見たまんまだろ」
「見たまんまで分かんないから聞いてんだよ」
「……それもそうか。食堂に三人組が入って来た。で、《《その内の一人が爆発した》》」
「爆発? 自爆能力?」
「俺には分からん。威力は御覧の通り、あの頑丈な店長がぶっ飛ぶ。爆発で服が燃えないのは意外だったな。裸の店長が見られるかと思った」
「仮に見たら殺されるぞお前。それにしても、爆発ねえ。顔とかは見た?」
「チラっと。多分中東系」
「ふーん。最近そっちの方の患者居たかなあ? 私は記憶にないや。晶は?」
「ない」
「ま、舞香に聞けば分かるか。それにしても、舞香があの様って事はそれなりにやる訳だ。面倒だなあ」
ヒルダさんは、晶から状況を聞き出して低く唸る。
蚊帳の外である状況に耐えられなくなったのか、玉子が私に耳打ちする。
「鎖子さん、こちらの方は?」
「ああ、挨拶してないもんね。この人は冷然院ヒルダさん。春比良ホスピタルの人。院長の綾魅さんは、さっき舞香さんと奥に行っちゃった」
「チラっと見えた小さい人ですか?」
「そうそう、あのロリ。まあ居ない人はいいや。ヒルダさん、紹介しとく。私の妹」
私は、玉子の背中を押して前に出す。
「あ、八王子玉子です。初めまして」
「初めましてー冷然院ヒルダだよん。あれだよね、赤雨の子」
「は、はい、そうです。ヒルダさんは……冷然院って事は、緋鎖乃ちゃんと緋奈巳さんの……お姉様?」
大分若々しい見た目だとは思う。クールな見た目がアダルトな雰囲気を醸し出すけれど、ヒルダさんは若々しく瑞々しい。
けれど、その玉子の発言に、思わず声が漏れそうになる。ただ、私より先に、バカが笑い声を漏らした。
「……ふっ」
「笑ってんじゃねえ!!!」
晶が笑みを零すと、ヒルダさんは間髪入れずに右ボディを入れた。舞香さんにそうされた時同様に、晶は廊下に崩れ落ちる。
「え、え、私変な事言いました!?」
「んーん! 言ってない言ってない! もー玉子ちゃんは可愛いなあ良い子だなあ。私は緋鎖乃や緋奈巳の叔母。冷然院亜須佐のお嫁さんで、お馬鹿な双子のお母さん。フィンランドと日本のダブル、育ちは向こう。高校の関係で日本に来て、亜須くんと知り合ったの。はい、以上が私の事!」
「そうだったんですね! すみません、綾魅さんの事は噂で聞いていたのですが、ヒルダさんの事は存じ上げず……」
「いーのいーの。高校からの好で舞香と綾魅を手伝ってるだけだし、鬼束商店街の初期メンバーでもないし。いやあ、でもまだまだ私も二十代に見えるかー見えちゃうかー! つーかギリギリ二十代だし!!」
多分、ヒルダさんに三十路は禁句だ。今の物言いで分かった、気を付けよう。
若く見られたヒルダさんは、上機嫌。
「おい、大丈夫か?」
私は、上機嫌なヒルダさんと、多分このままヒルダさんにもきゃっきゃっするであろう玉子を置いて、うずくまる晶に声をかけてやった。
「ぐう……ヒルダは身体強化結構強いんだよ……ゲロ出る……」
「きったね。近付くなよ」
「げふっ……ああ、そういえば……あー……」
「鎖子」
「そうだ、鎖子」
「お前いい加減にしろよ」
「流石に今のは冗談だ。鎖子、取り敢えず、玉子と真凛連れて今日は帰れ。店長があの様子だから、このまま戦争だ。鬼束商店街総力でぶっ潰すってよ」
「言われなくてもそのつもりだ。怪獣戦争には巻き込まれたくないからね」
想像はついていた。舞香さんの様子から、《《そういう事態》》になるのは想像がついた。
「じゃあ帰ろうかな。玉――」
だから、軽率だった。
この女の前で、そんな事を口にするべきじゃなかった。
「戦争!? 鬼束商店街の皆さまが、戦うんですか!?」
八王子玉子は、流れる銀河の様に瞳を輝かせていた。




