閑話
「僕はね、気になっているんだ」
私が戸破の家にお世話になってから少しして、夏が来た。
衣替えは疾うに終わっていたけれど、毎年の熱波は、外装を軽くしたところで軽減されるものではない。
「なにがですか?」
お仕事ついでに戸破の家に寄った一片さんと、縁側でスイカを食べていた時の事。私にとっては、これ以上ない幸せな時間で、傍から見れば、夏休みの一ページに過ぎない。
「玉子ちゃんのご両親は、どういう理由で、玉子ちゃんと名付けたのか。苗字が八王子な訳だから、字面的に弄られてしまいそうだと心配にはならなかったのだろうか」
「ああ、そんな事ですか。私の玉子は、兄が付けたんですよ」
「え、そうなのかい?」
「はい。生まれた私を病院で見た兄が、『卵みたい!』って言ったからなんですって」
「……本当?」
「本当です、笑っちゃいますよね? 流石に卵のままではと、玉に子を付けた方になりましたけど。ですから、苗字との兼ね合いは、偶然ですね」
「そっかあ。玉子ちゃんの苗字と名前の妙は、偶々だったんだね……玉子だけに!」
「……」
「……」
「……一片おじさん?」
「やめてくれ!!! 冗談だ! 撤回するよ!」
私が揶揄うと、一片さんは血相を変えて身振りを荒げた。
言って、家族の事を思い出す。目の前で殺された、私の家族。
兄は、私の名前の事をずっと気にかけていた。両親は大変この名前を気に入っていたけれど、兄は、不用意な自分の一言で妹の名前を決めてしまった事を悔いていた。名前自体は気に入っていたみたいだけれど。
「でも、赤雨を最近は名乗っていますから、その妙も過去の話です」
私が名を連ねた赤雪がなくなって、私はその全てを背負い込む事にした。
赤い雨が降る日を忘れぬようにと、その名を背負う事に決めた。
「そうだねえ。でも、僕は割と好きだったんだけどなあ」
「え?」
そう、私は、覚悟を決めて、その名を背負っていた。
「八王子玉子って、なんかツルツルしてて可愛い感じがして好きだったんだよね」
蝉が五月蠅い夏のとある日。私の手には、食べかけのスイカ。
大事なのは、形ではないと思う。私が覚悟を決めたのは、揺るぎのない事実。けれど、それを形にする必要はないのだ。
私の心の中で、決めてあればいいんだ。
「じゃあ、戻します」
大事なのは、中身だ。




