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ファントムレイジ  作者: 高坂はしやん
神出鬼没の商店街
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神出鬼没の商店街④

「……」


 絶句している。扉を開けて入って行った鎖子ちゃんの背中を、玉子ちゃんが恋する女の子の様に見ている。お兄ちゃんを見る時の目と同じだ。


「玉子ちゃん、行くよ?」


「はい!!」


 私が先んじると、玉子ちゃんはお腹の底からしっかりと発声して答えた。


「お邪魔~」


 軽い感じで店内を進む鎖子ちゃん。その中は、別段不思議な部分はなかった。

 不思議な部分はなかった、というのは、こちららしい異質なモノが見当たらなかったというだけで、私から見れば十二分に不思議だった。


 十二畳程の店内は、棚でぐるりと囲われている。その棚に、刃物やら鈍器の武器らしきものから、鏡や櫛といった身近なもの。それに加えて、幾つかの形状から私には理解出来ないナニカが沢山置かれていた。


 私は眉間に力を入れてそれ等を凝視する。一方の玉子ちゃんは、これまた説明するまでもないという様子。


「わああ! これ! これ! これ! これなんでしょう!? こっちにもこっちにも……なんでしょうこれ!?」


「玉子五月蠅い。あと、触って壊すなよ? 偶にイカれてるくらい高いもんあるから気を付けてね」


「はい!!!! 見るだけです!!!」


 玉子ちゃんは、鎖子ちゃんに振り返らず縦横無尽に店内を見渡している。


「鎖子ちゃん、お店の人に玉子ちゃん怒られちゃわないかな」


「逆だな。ここの店主はあんだけ興味持って貰ったら喜ぶタイプだ。つーか留守かな。すみませーん! 琢部さーん! 愛羅さーん!」


 お店の奥、襖の向こう側に向けて鎖子ちゃんが声をかける。少しだけ間を置いて、襖が少しだけ空いて、真っ白で綺麗な右腕が隙間から伸びた。


「あら、鎖子ちゃんいらっしゃい」


「愛羅さんこんにちは。隣のが噂の逆廻真凛」


「貴方が真凛ちゃんね。お話は聞いているわ。ああ、とっても可愛いのね」


 襖の向こう、腕の先は見えない。けれど、襖一枚隔てた先から聞こえるやけに耳に通る声が、人の存在を確かに私に伝える。その声色は優しい。


「さ、逆廻真凛です、よろしくお願いします!」


 挨拶を優先したので、噂ってなんの? とは聞きそびれてしまった。


「そんで、向こうではしゃいでんのが赤さ……八王子玉子。玉子ー! こっち来て挨拶しな」


 鎖子ちゃんが呼びかけると、はしゃいでいた玉子ちゃんが外用の凛とした表情に切り替えて駆け寄って来た。


「はい! はい! 八王子玉子です! 初めまして!」


「初めまして、日野浦商店店主、日野浦琢部の妻、日野浦愛羅です」


 玉子ちゃんは、ひらひらと私達に振られるその白い手の先を覗こうと目を細める。私もつられるけれど、襖の間の暗闇は、覗き込めども先が見えない。


「たっくん呼んで来ようか?」


「うん、お願い」


 鎖子ちゃんが言うと、白い腕が引っ込んで襖が閉まった。


「人見知りの人なのかなあ?」


「鎖子さん、愛羅さんとはどの様な方なんですか?」


「どの様って言われてもな……あのまんまだよ。なにせ、兄貴も腕から先を見た事がない」


「え!? そうなの!?」


「一片さんもですか!?」


「そうなんだよ。それどころか、父さんはこの鬼束商店街が出来る前から二人と付き合いがあるみたいだけど、その父さんですら見た事がないらしいからね。愛羅さんは色々謎だ」


「襖、いきなり開いたら怒られるかな?」


「真凛、一つ教えといてあげる。この世界では、訳の分からないモノには近付かないのが吉。鬼と蛇が融合して出て来る様な世界だからね」


「は、はい先生」


 私は鎖子ちゃんの台詞にぞっとするけれど、玉子ちゃんは逆に好奇心が駆り立てられている様子だった。


 少しして、奥からドタドタと激しい足音がして、乱暴に襖が開かれた。


「おお! 鎖子! 久しぶりだな!」


 先程襖から覗いた細腕とは正反対、と言っていいのだろう。

 現れた男性は大柄で、髭面で、甚平姿。第一印象はその大声もあって粗暴で、少しだけ雰囲気がお父さんに似ている気がした。


「久しぶり、琢部さん」


「なんだなんだ、十歳だか何歳だか忘れたが、子供の姿になってと聞いていたがもう戻ったのか。はは! 今日はなんの用だ鎖子!」


「挨拶。新しい子が戸破に来たから、鬼束商店街を紹介ついでに、ね。あと、これが真凛。私を十歳にした子」


「あ、逆廻真凛です。よろしくお願いします」


「おお、これが逆廻のか。回帰能力ったあ流石逆廻だな。もう綾魅の所は行ったか? いやいやその様子じゃ行ってないか。あいつはしつこいぞお~鬱陶しいぞお~」


「は、はあ……」


 ニヤッとして私に言う琢部さん。綾魅さんというのは、病院の人の筈だ。

 病院の先生がしつこい? 心配性なのだろうか?


「で、こっちが――」


「八王子玉子です! よろしくお願いします!」


「おーおーこれが赤雪のとこの。一片に連れてこられたんだってな。あいつがお前のとこ行った時に使ってた道具は、全部ウチで手に入れたもんだぞ」


「やっぱりそうなんですね!!!」


 ぱん、と勢い良く両手を叩きながら、声が上擦る玉子ちゃん。


「鬼束商店街日野浦商店! そこにあるのは贋作ばかり! けれど、神代神話の模造品は、最早現存する当時のそれ等を凌駕する……夢幻と思っていたこのお店は……実在するのですね!」


「お、なんだなんだ、随分持ち上げるじゃねえか。そんな事言ってもなんも出ねえぞ? あと、偶に本物もあるから!」


「そんな! 素直な気持ちを述べているだけです! それに、私にとってはこの場所が実在したというだけで胸いっぱいなのですから!」


「おお、そうかそうか。胸いっぱいっていっても、子供の貧しい胸板だけどなあ!」


「もう! 琢部さんったら!」


「ははは!」


「あははは」


 想像はついたけど、鎖子ちゃんに目線を映すと、路傍の石ころを眺める方がまだマシといった冷たい瞳をしていた。


「なんだこいつ等……玉子も、頬を赤らめるどころか、琢部さんの下卑たセクハラに余裕で応えてやがる……」


「玉子ちゃん、完全にハイな状態だよね」


「いや、むしろこれが本性なんじゃないかと私は思っている」


「ていうかさ、玉子ちゃん、八王子に戻ったの?」


 琢部さんと話し込む玉子ちゃんから三歩程引いて、私は鎖子ちゃんに言った。


「ああ、それなら触れてやるな」


「どうしてどうして? だって、あんな事があって、覚悟を決めて名乗る事に決めたんじゃないの?」


「……玉子の元々の性格を考えれば分かる」


「え? 分かんないよ?」


「……私は、玉子って見た目だけで、中身は本当に子供なんだなって思った。多分その内兄貴か本人から聞かせて貰えるよ」


「ふうん、そうなんだ」


 鎖子ちゃんが積極的に口を開かないから、私も強くそれに踏み入る事を止めた。

 相変わらず玉子ちゃんと琢部さんはなにかの話で盛り上がっていて、こちらも私には踏み入れそうにない。けれど、鎖子ちゃんにとってはそれは造作もなかった。


「はいはい、盛り上がってるとこ悪いけど、挨拶回りだから。玉子、そろそろ次行くよ」


「えー! もっと琢部さんのお話聞きたいです!」


「そうだそうだ鎖子! 玉子ちゃんを返せ! 俺に返せ!」


「返せって、別にあんたのモンじゃないから……玉子、我儘ばっか言ってると、家に突き返すよ? 他の店見れないよ?」


「行きます。琢部さん、さようなら」


「俺の話もっと聞きたいんじゃないの!?」


 玉子ちゃんの心の天秤は、鎖子ちゃんの恫喝で容易に傾いた。


「つー訳で、またね琢部さん。愛羅さんにもよろしく言っといて」


「おう。あ、桜ちゃんに、そろそろ金属バットのメンテナンスにおいでって言っといてくれや」


「了解。あ、あと、琢部さん」


 私と玉子ちゃんは、鎖子ちゃんに背中を押されながらお店の扉を開く。お店から出る刹那、鎖子ちゃんは振り向いて琢部さんを指差す。


「私の妹に今度セクハラしたら、ブッ飛ばすからね」


 鎖子ちゃんは吐き捨てて、返事を待たずに日野浦商店の扉を閉めた。


「鎖子さん、私そんなの気にしませんよ?」


「玉子が良くても私が嫌なの。あんたは私の妹なんだから、あんたを守るのは私の義務」


 言いながら、玉子ちゃんの頭をポンポンする鎖子ちゃん。ずるい、私もされたい。

 言われた玉子ちゃんは、イマイチぴんと来ていない様子。むう、なんと贅沢な! 私だったら絶対ニヤニヤするのに!


「鎖子ちゃん! 次行くよ!」


 私は行く先も知らないのに、八つ当たり気味に大声を出して先行した。


「お、おお。なんで真凛もやる気になってんだよ」


「なんでも! 次はどこ?」


「そこ」


 鎖子ちゃんは、直ぐ隣を指差す。

 相変わらず何処にでもありそうな普遍的外装の店舗。しかし、お店にかかる看板を見て、そこが重要である事を理解した。


 お店の入り口、その横に立てかけられた看板には、『鬼束食堂』。


「ここのボスのお店」


 言いながら、鎖子ちゃんはお店の引き戸を開けた。

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