リビングデッド・ラヴァーズ Extra
「こんばんは」
八月に入った夜は、相変わらず茹だるような熱気。スーツは特別製故に涼しくはあるのだけれど、肌の露出がない事には変わりがないので視覚的にも僕を苦しめる。
「おー座れ座れ」
場所は冷然院本邸。声合の事件が起きてからこの場所に来るのは初めてだ。
通された広間の襖を開ける。何畳か考えるのも嫌になる程広い部屋の中、畳の先に亜須佐さんが座っている。木製の高そうなテーブルを隔てて、僕は亜須佐さんの向かい側に座った。
「てっきり緋奈巳ちゃんが居るのかと思いましたよ。今回の件、僕に筋を通すのなら当主が対応して事情を説明するべきだと思いますけれどね」
「随分強気じゃねえか」
「それはそうですよ。僕は言ってしまえば被害者のようなものだ。命を落とす可能性も十分にあった」
「それはないと踏んではいたけどな」
「僕が言っているのは戦力の差や結果の話ではありません。こちらは冷然院だから、という信頼感の元仕事を請けました。それならば、情報の開示は徹底するべきだ。そちらは必要最低限すら下回る情報で僕達を動かした。こうなる事は予想していなかったのでしょうし、そちらにも事情はあるのでしょう。しかし、事実はそれです」
僕の言葉を受けて、亜須佐さんは別段嫌な表情をするとかもなく、テーブルから少し横にずれて、土下座をした。
今年三十歳を迎えた精悍な顔は、冷然院最年長としての誇りと責任に満ち溢れている。言動は子供の幼稚さに見紛う時が多々あるけれど、それを忘れさせるほどの暴虐さはこの国で知らぬ者は居ない。
そんな亜須佐さんが、僕に頭を下げていた。
「それが緋奈巳ちゃんを呼ばなかった理由ですか? 当主にそんな事をさせる訳にはいきませんしね」
「それ以前に、お前にそんな風に詰められたらあいつは立ち直れねえよ」
「そんなに弱い子じゃありません」
「はあ、お前は鈍いな、本当」
頭を上げながら、亜須佐さんは大きく溜息を吐く。
「兎に角、今は俺が頭を下げた事で収めて、話を聞いてくれ」
「勿論ですよ。亜須佐さんに土下座された人間なんて、この世で僕だけでしょ。それだけで十分だ。それで、お話というのは? どこからの話です? なくなった声合の話なのか、ベルデマットの話なのか、はたまた別のなにかか」
「全部だな」
言って、亜須佐さんは座布団に座り直して僕を向く。
「さて……なにから話したもんかなあ」
「そんなに複雑なんですか?」
「複雑……よりはめんどくせえって感じだな。まあいいや、前提からいこう。今回の事件、ベルデマットを手引きした人間が国内に居る可能性が高い」
「え?」
お茶の一つも出てこないテーブルの上に携帯を置こうとした僕の手が止まる。
「どういう事ですか?」
「ベルデマットがこの国に来た理由は知ってるよな?」
「勿論ですよ、当事者なんですから。僕の死体の確保です」
「お前の死体を欲した理由は?」
「自分の肉体と挿げ替える為。しかし、そんな技術は確立されていない。あれ程創作の世界で溢れている入れ替わりの事例は、まだこの世界で確認されていない。しかし、ベルデマットはそれに至る可能性を見つけた。そして、彼は僕に言いました。
『冷然院が魂の存在を確認した可能性がある』と」
世界の常識にひびを入れるその一言。
「まあ、それが今回の全てだな。まず、結論として冷然院は魂の存在を確認していない。そして、ベルデマットがそう思ったというのが今回のポイントだな」
「現状だと、冷然院が魂の存在を確認していない、という言葉も、僕には疑わしく思いますけれどね。こちらは一度騙されている訳ですから」
「まあそうだろうな。だから、全部話すよ。冷然院は魂の存在を確認してはいないが、傍から見たらそうなのではないか、と思われる状況にはなった」
「と言いますと?」
「今まで黙っていたが、緋火瑠と緋火璃の能力が発現した」
「おお、おめでとうございます。二人共冷然院としては遅すぎるくらいですもね。まあ、しないに越した事はありませんが、そこは冷然院としての宿命でしょうか」
「実はな、能力は発現して、もう二年になる」
そこで、少しだけ察した。
「隠しておかねばならない能力だったんですか?」
「ああ、飛び切りのな。緋火瑠と緋火璃は、人体を蘇生させる」
お茶の一つも出されない、などと心の中で悪態をついていたけれど、今はそれがなくて良かったと思える。もしも口に含んでいたら、今盛大に噴き出している。
「人体蘇生!? この世界で四例しか確認されていない奇跡。それを緋火瑠ちゃん緋火璃ちゃんが?」
「ああ、しかもだ、過去確認されている蘇生例は、全て人体修復の延長線上。死に至った外傷を修復し、人体活動が可能な領域へ引き戻す事のみだ。故にこの世界では修復する能力が重宝される。そして、死の境界線を越える事が出来たのは、過去の四つのみ。しかしだ、緋火瑠と緋火璃のはぶっ飛んでる。あいつらの蘇生は、修復するのに人体を必要としない」
「はい? どういう事ですか? まさか、魂を蘇らせる、なんて言うんじゃないでしょうね? この世界では魂の存在は未確定だ」
「詳しくは俺達でも分かっていない。だから、正確に言えば、ベルデマットの言葉の通りだ。冷然院は魂の存在を確認した可能性がある。まだその段階だ。兎に角、俺の可愛い双子の娘は、人間を蘇生させる」
「そんな絵空事……実例を見せて貰えないと、納得出来ませんよ」
「実例なら、さっきから目の前に居るじゃねえか」
そう言って、亜須佐さんは笑った。
「え……ちょ、ちょっと待って下さい。まずその前に、亜須佐さん殺されたんですか!?」
「ああ、肉片を残さず殺された」
「相手はどんな化け物ですか!? 冷然院亜須佐を木っ端微塵にするなんて、並大抵じゃない!」
「随分持ち上げるなあ。まあ、不意打ち罠など雨霰ってとこだ。俺もまだまだ甘い。兎に角だ、俺は一度死んだ。確実に死んだ。粉微塵になって死んだ。けれど、あの二人によって蘇生した。果たして俺は俺なのか? 消え去った筈の俺は一体誰なのか? そんな疑問を持ちだしたらきりがねえが、死ぬ直前の記憶もあるし、ガキの頃兄貴と喧嘩して親父にぶん殴られた思い出も残ってる。とくれば、これはもう蘇生だ。明確なる蘇生」
「それは……確かに、蘇生と言えるでしょうね」
「ああ、そして、だ。その現象を目の当たりにした人間は、冷然院以外にはうちの分家二つと戸破さんだけだ」
突拍子もない話から、少しずつ今回の事件に繋がり始める。
「アメリカから奴が脱走した後、奴の根城には冷然院についての資料が残されていた。その時点で緋火瑠と緋火璃の事は警戒した。けれど、追加でこちらに来た情報が曲者だった」
「話の流れから察するに、僕の情報ですか?」
「ご名答。奴の根城で見つかった冷然院と十一片の情報。これを受けて、冷然院は十一片にも警戒しながら動く事とした。故に、俺達以外を地方に行くよう情報を流し、ベルデマット捜索に当てさせた。勿論、お前には分家から監視も付けた」
「監視が付いていたのなら、助けてくれても良かったのに」
「その監視は、事件当日俺によって呼び戻される」
「でしょうね。宮崎の事件ですね」
「その通り」
宮崎で殺されたという霊媒師。そんな状況で動いていた冷然院にとって、僕よりも優先するべき事項となったのだろう。
「俺達はまんまと敵の手に乗って、全力を宮崎に注ぎ込む。そうして手が空いてところ、準備万端で十一片を狙われた訳だ」
「確かに、タイミングを見れば手引きした者が居そうではありますが、偶然とも言える。僕や冷然院の事も、単独で調べられない訳ではないですからね」
「勿論、可能性を見出した要素はそれだけじゃねえ。事件後調べてみたんだがな、声合におかしな点が二つ。まず一つ目、声合に伝わる鬼憑きの伝説。確かに伝承として古くから残るものであるが、地元の人間にも確認し、事件後に奴が根城としていてた洞窟のご神体周辺、山々も調べた上での結論だ。鬼憑きは、現象、怪奇として存在を確認出来なかった」
状況が、歪に形を変え始めた。
「お前や朝霧深の話から、朝霧譲と朝霧綾が鬼憑きという現象に遭遇したのは信憑性が高い。しかし、そんなもの存在していねえ。その後の二人の様子を聞くと、ベルデマットのネクロマンシーによって動かされていた事は確かだが、それ以前の二人は一体どうなっていたんだ?」
「三ヶ月前、ベルデマットがこの国で二人を殺して、操っていたのでは?」
「調べてみたが奴にこの国への渡航歴はない。まあ偽装されているのなら、再度調べる必要があるが……それでもだ、三ヶ月も術者なしで自律行動する死体を作れるか? お前等の話を聞く限り、二人は人間そのものだった。とても死んでいる状況じゃあねえ。それこそ蘇りだ。だとすれば、だ。鬼憑きは、ベルデマットのネクロマンシーとは別のナニカだ」
記憶にある二人の姿を回想する。あれは、どう考えても人間だ。夜の状況こそ僕は看破出来なかったけれど、あれが死んでいる訳がない。勘の鈍い僕でも分かる。あれ程《《生きてしまう》》のならば、それはもう死体ではない。
「そしてもう一つ。こいつ、分かるな?」
言いながら、亜須佐さんが一枚の紙を僕に差し出す。
差しだされたのは、学生証。鮎炭凉ちゃんのものだった。
「見覚えはあるな?」
「は、はい。村に住む女の子です。深くんのお姉さん的な子で、とても良い子でした」
「こいつの死体が見つかっていない」
村の人間は、全て桜が止めたと聞いていた。役立たずの僕が簀巻きにされたいる夜、僕の妹は、その地獄を完遂した筈だった。
「まさか、桜が打ち漏らした……死体となって今もまだ?」
「そうだといいな」
亜須佐さんは、厳しい顔で、溜息交じりに言う。
「周辺は捜索したし、今も継続させている。まあ、お前の言う通りだと良いなと思う。むしろ、死体となって何処かを徘徊していてくれたら、と思う」
亜須佐さんの意図は、理解出来た。
「まさか、彼女が?」
「さあ、どうだろうな。あまりにも情報がなさすぎる。だが、願いが顕現する土壌がある場所だ。百日詣、土着神。朝霧深が能力を発現した事を考えれば、他にそういう奴が居てもおかしくない。そして、そいつが裏で糸を引いていたとしても、な」
学生証に貼られた凉ちゃんの顔を見る。僕は短い期間だったけれど、彼女と触れ合った。
仮にそうなのだとしたら、僕は本当に鈍い。鎖子さえ連れてくれば、きっと状況は他にもあった筈だ。
「ベルデマットは、二度ジャックポットを引いた、と言っていた。一つは分からねえが、一つはあの場所でお前と邂逅した事。それ自体を奴は奇跡と呼称し、大博打での勝利と歓喜した。けれど、奴に対してこれ程条件が整った状況を運と呼ぶのなら、俺達はあまりにも不運だ。だとすれば、糸を引いていた奴が居ると考えても不思議はない。そして、トドメの情報だ。アメリカで奴を追っている最中、被害は五十人にも及ぶ。その中で、戦闘を行って生き延びた奴はいないが、協会は一つ奇妙な点に気付いた」
僕は学生証をテーブルに置き、亜須佐さんを見る。
「同時刻に殺された協会の人間が居る。それも、一人や二人じゃあない」
「相手はネクロマンサーですよ? 操った死体にやられたのでは?」
「ああ、そうだな。これも、さっきの鮎炭凉の件と同じ事を言ってやるよ」
今回の事件は酷い悲劇だ。一人が家族と故郷を失った、凄惨な悲劇。
だから、これで幕が引けばいいと、思っていた。
「そうだといいな」




