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ファントムレイジ  作者: 高坂はしやん
リビングデッド・ラヴァーズ
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リビングデッド・ラヴァーズ⑫

「やあ、深」


「起きたんだ」


 俺が戻ると、蔦で縛られた一片が目を覚ましていた。狭い洞窟の中は、ランタンが橙に照らしてくれているお蔭で暖かみを感じるけれど、無機質で不気味だ。


「奥にはなにがあるんだい?」


「丁度此処、神社の真下辺りなんだって。それで、神社の御神体が奥にある。ベルデマットが言うには、上のは飾りで、本体はこっちだってさ」


「ああ……成程……そういう事だったのか。これは僕じゃなくて鎖子の領域だなあ。あの子は勘が良いから、此処を見つける事も出来た筈だ。本当に僕は役に立たない」


 縛られて地に伏す一片は、大きなため息を吐きながら眉間に皺を寄せる。なにやら、俺の知らない事情で自己嫌悪しているみたいだ。


「じゃあ、山の何処からか繋がっている洞窟って事だね、此処は」


「さあどうだろう。俺も目が覚めた時には此処に居たからさ」


「と言うか、深は別段拘束されていないんだね。それなら、今直ぐ此処を出て桜を呼んで来てくれないかい?」


「って事は、桜も一片みたいな感じなのか?」


 俺が言うと、一片が数瞬間を置いてから、あ、と間抜けな声を出した。


「《《一片みたい》》とは……深、随分と冷静だから当たり前に接してしまったけれど、僕達の話を聞いたのかい?」


「一片が寝ている間に、ベルデマットから色々聞いたよ。あいつが日本語ペラペラなのも、そういう能力なんだろ? 言語の共有はこの世界で身体能力を変化させるのに等しく簡易だ、って言ってた。伝えたい、聞き取りたい、という願いを叶えるのは簡単だって。羨ましいよ、それなら、俺は今後英語の成績に困らない」


 俺の知らなかった世界の話。願いが叶う、素敵な仕組み。 

 それは突拍子もない話だったけれど、両親の鬼憑きを経験している事に加えて、目の前の一片とベルデマットが強い説得力を持っているものだから、俺がそれに納得しないまでも理解するのに時間はかからなかった。


「そうか……巻き込んでしまったか……ちなみに、英語の授業には役に立たないよ。僕達が出来るのは伝え、理解したいという小さな願いを叶える事だけだ。言わば、自動翻訳されているだけの状態で、言語学として理解した訳じゃない。残念ながら、単語のテストはからっきしさ」


「聞き取りとスピーチが出来る方が将来的には役に立つでしょ。俺は一片や桜が羨ましいよ。願いが叶うなんて、素敵な世界だ」


 俺が一片の隣に座りながら言う。一片は苦虫を噛み潰した様な表情で沈黙して、洞窟内が無音になった。


 どれくらいの時間が経ったか分からない。俺が目を覚ましてからベルデマットに話を聞いて、それならと百日詣を行った。今までのが無駄になって、今回が本当の一回目のような気もするけれど、事実は事実だ。洞窟の奥には小さな祠があって、そこには腐った木箱が置かれていた。今までのように、父さんと母さんを治せますように、と願いをかけたけれど、ベルデマットから聞いた話と違って、俺にはなんの変化もなかった。


 多分、また一回目からやり直しなのだろう。


「あ、そう言えば、桜を呼びには行けないぜ?」


「何故だい? 僕の視界外に、出入り口があるのだろう?」


 百聞は一見に如かずという事で、寝転がる一片の身体を動かして、出入り口が見えるようにしてやった。恐らく外に伸びているのであろう横穴は、何処に繋がっているかも分からないし、道の先に光がない。


 俺はその横穴に向かって歩き出す。けれど、止まってしまう。俺と一片の居る空間から、横穴に踏み出す一歩が踏み出せない。俺の足は空中で見えない壁に阻まれ、歩みが進まない。


「こんな感じ。なんか透明な壁みたいなのがあって、先に行けないんだよ」


「なるほど……空間分断ではなさそうだ……ただの物理的な壁。しかしベルデマットが此処から去る時に特別なにかをした風には思えなかったから、条件付きで通り抜けが出来るのかな。どちらにせよ、物理的に破壊出来そうだけれど……」


 言いながら、身をよじる一片。しかし、その願い虚しく一片の身体は少しグラつくだけで、立ち上がるどころか、もがいて身体の向きを変える事さえままならない。


「あんまり堅そうには見えないんだけどな、その蔦」


「恐らく、拘束力だけでなく、僕の力を弱める効力もあるのだろう。なんせ僕専用に誂えられたものだからね。これくらいはして貰わなきゃ困る」


 負け惜しみっぽい台詞を口にし、一片は歯を食いしばりながら身体を揺り動かしていた。なんだか、今まで見て来た一片の姿とは違って見える。


「一片は、ずっとこういう世界に居たの?」


「こういう世界というのは……深が今日知った世界の事?」


「そう」


「そうだなあ、ずっとじゃないね。丁度深と同じか……いや、一つ上だったか。十年以上はこの世界を見ているけれど、生まれた時からじゃあない」


「そうなんだ」


 持って来た筈の携帯もない中、時間も分からない隔絶空間の中は退屈だ。けれど、新たに踏み入れた世界はまるで漫画やアニメの中みたいで、興味は尽きない。


「あいつは悪い奴で、一片は正義のヒーローなんだろ?」


「そんな良いものじゃないさ。それに、僕が悪者かもしれない」


「ベルデマットが自分で悪者って言ってた」


「ああ……あいつは僕に冗談すら許さないのか。まあでも、正義のヒーローなんて素敵なものじゃない。僕はただ境界線を越えてはいけないと考えているだけだ。《《僕達の様な輩は》》、《《僕達の様な輩と死に合わなければいけない》》。誰にも迷惑をかけずに、消えていくべきだ。だから、線引きした世界の越境は、するべきではないと考えている」


「ふうん」


 一片が言う事は、なんとなく分かるような、分からないような。自分の理解の程度すら把握出来なかったので、分かった風で空返事をして終わりにした。


「それにしても、深は随分冷静だね。僕が同じ立場だったら、こんな状況到底許容出来るものではないけれど」


「んー……よく分かってはいないけれど、やっぱりなって気持ちはあるんだよ。一片、声合の鬼憑き伝説知ってるだろ?」


「ああ、凉ちゃんに少し聞いたし、村の人にも。それに、今朝図書館でそれ関連の資料を読んで来たよ。声合に伝わる鬼憑き。月の昇る夜に鬼と目を合わせるな。山の鬼に憑かれてしまう。獣憑き、悪霊憑依の伝承は何処に地域にも散見されるポピュラーなものだ。それがどうしたんだい?」


「父さんと母さんが、鬼憑きに遭ってる」


 俺が告げると、一片は目を見開いた。


「譲さんと綾さんが……? だって、僕は二人と何度も会っているけれど、なんともないじゃないか!」


「鬼憑きが発症するのは夜だけなんだ。三ヶ月くらい前に、山に入った二人が鬼に魅入られたかもしれないって言ってさ。夜になると、暴れるんだ。意識を失って、人の声とも思えない叫び声を上げて、のた打ち回る。鬼憑きの伝説なんて、子供が外を出歩かないようにする迷信だと思っていたけど、目の当たりにしたら、信じるよ。だから、一片達の事も、疑う事なく理解出来た」


「夜に……だから、よそ者の僕と桜に対しても……ああ、夜に聞こえた不気味な声は、二人の叫び声だったのか。まったく、隣に住んでいながらなんて失態だ。いよいよ本当に鎖子を連れて来なかった僕の無能具合が加速するなあ」


 だから、俺は百日詣に願いをかけた。

 父さんと母さんが治りますように。元に戻りますように。鬼憑きがなくなりますように。

 また、元の家族に、夜の団欒に戻れるよう、願いかけた。


「僕はそういう能力じゃないから二人を治す事は出来ない。けれど、それを治す手立てなら幾らでも知っている。待っていろ深。僕は絶対に此処から抜け出して、譲さんと綾さんを助けてあげるから!」


 そんな俺の事情を知らない筈なのに、一片はまだ口にしていない俺の願いを汲み取ってそう言った。


 父さんと母さんを、一片は治せる? そう尋ねようとした俺の言葉は先回りされて、一片は涼しい顔で言って、身を捩る。


「これさえ解ければ……くっそう……」


 その様子は酷く滑稽だったけれど、当たり前の様に俺の心を見透かした一片は、なんだか頼もしく思えた。


 もしも俺の兄が居たのなら、こんな気持ちになる事がもっとあったのだろうか。


「一片、こういう事って、よくある事なのか?」


「こういうってのは……僕達みたいな人間が闘ったりする事? それとも、鬼憑きの様な伝奇、伝承の発現?」


「あー、どっちも」


「滅多にはないよ。まあ僕と深の中で感覚の乖離はあるだろうけれど。それに、僕達はそれ等を未然に防ぐのが目的で行動する事の方が多い。戦わないで済めばいいし、被害者が出なければいい。今回の件は起こってしまった時点で半分は僕の負けさ」


「そうなんだ。なんか大変そうだな」


「なに、人間は皆生きていれば大変さ」


 大人っぽい台詞を言う一片。少し前であれば小馬鹿にしていた気もするが、先程の事もあってすっかり板に付いた風だ。


「なあなあ、ベルデマットからなんとなくは聞いたけどさ、もっとこの世界の事教えてよ。どうせ暇なんだし」


「僕はこの蔦を解くのに必死だ! 暇じゃないぞ!」


「俺なんにもする事ないもん」


「手伝ってくれてもいいじゃないか!」


「一片がどうにも出来ない事を、俺がどうにか出来るの?」


「ぐぬぬ……」


 頬杖をつきながら言うと、一片は露骨に嫌な表情を浮かべた。


「それで弟の暇潰しになるのならいいさ。もう巻き込んでしまった後だし」


「やった。じゃあさ、俺、吸血鬼が主人公のアニメが好きなんだけど、そういうのって居るの?」


「そういうのというと……つまりは怪物だね。居るよ、沢山居る。この世界の神話や歴史に記されたそれらは、その殆どが存在していたと言っていい。世界的に知名度があるという事は、それだけ強く存在していた証だ。時にそれは創作に後追いする形で顕現する事例もあるから、この世に居ない、なんて状況は存在しないのさ。いつか全ては存在し得る。この世の不思議は全て悪魔の証明なのさ」


 なにやら難しい話が混ざり始めた。自分から振った話だけれど、俺の求めていたものとは少し違うし、難しい。だから、俺は少しだけ注意深く一片の話に耳を傾けた。


「そう言えば、吸血鬼の発祥は蘇りじゃなかったっけかな。ネクロマンサーの塒で吸血鬼の話をするなんて、全く面白味のない。まあけれど、もしも深が吸血鬼が好きで、いつか出会ってみたいの思っているのなら、残念なお話になってしまう」


「どうして?」


「燦然と歴史に名を刻み、創作の世界でも引っ張りだこの大怪物は、かつてこの世界に君臨していた。その能力の性質上、それは強く、悪く、故にヴァンパイアハンターなんて職業が成立してしまった。それ程栄華を極めた種族であるけれど、百年程前にね、絶滅してしまった。世界で確認されていた吸血鬼は、世界から居なくなってしまった」


「ああ、確かに悪者だしなあ。そのヴァンパイアハンター達に殺されちゃったのか?」


「いいや、中には大人しく隠居する者、人と共存する者も居る程に知的で寛容だった彼、彼女等は、この世に現存する唯一の幻、たった一人の女の欲で絶滅してしまった」


「欲?」


「そう、食欲さ。なんでも吸血鬼の肉はそいつにとって大層美味だったらしくてね、地球上に存在していたヴァンパイアは、全て彼女の胃の中さ」


「へ、へえ……とんでもない化け物が居るんだな……」


 自分の想像とは違う世界だ。俺の知っている吸血鬼は、むしろ人の血を吸う、喰らう側。けれど、事実は小説よりも奇なり、なんて言葉があるように、現実は意外なものであるらしかった。


「じゃ、じゃあさ、魔女は? 昔、魔女裁判とかあったじゃん?」


「ああ、魔女はその魔女裁判にもある通り、歴史の表に明確に記述が残っている程だ。それ程に、彼女達は悪辣だった。だから、絶滅した」


「え、魔女も? てか、さっきから絶滅し過ぎじゃない?」


「仕方ないだろ。深が聞いて来るのがそればっかりなんだから。絶滅マニア?」


「いや、俺知らないし。そのマニアどれだけ精神歪んでるんだよ」


「お兄ちゃんはてっきり、深が種が滅びゆく刹那こそ美しいみたいな事を言い出す中二病のラスボスになったのかと思ったよ」


「限定的過ぎてピンと来ないよ!」


 状況が一番切迫している筈の一片がこんなものだから、俺自身も中々に緊張感がない。洞窟の中、無造作に置かれた五つのランタンだけが照らす空間は、その無機質さと反して、緩い空気が流れている。


 多分、一片は意識的にそれを行っているのだと思う。俺がこの日まで接して来た十一片という人物は、そういう人間だ。俺を怖がらせないように、不安にさせないように、敢えてそう振舞っているのだろう。


 それでも、身を捩る一片はやっぱり間抜けに見えたし、状況は長い間進展していなかった。


「だめだーびくともしない。僕は役に立たないなあ……」


「一片ってさ、すっげー強いんだろ? なのに解けないって事は、桜呼んで来ても無駄なんじゃないの?」


「いいや、これはベルデマットが僕専用に誂えた物。僕にだからこそ効力を発揮し、僕に対してだけ最強でいられる。だから、僕以外に対してはてんで弱い筈だ。だから、こちらのジョーカーは桜。桜が頼りだ」


「桜は強いの?」


 何気ない疑問を口にすると、一片は少し自慢気に笑いながら。


「強いよ」


 一言だけ言って、また身を捩った。


 桜の姿を回想するけれど、その仕草も見た目も、強いとか戦いとか、そういう類とは凄く遠いところにある存在に思える。けれど、人は見た目じゃないとも言うし、色々あるのだろう。


「俺達いつまで此処に居るのかなあ。ランタン、燃料切れたら真っ暗になっちゃう」


 言いながら、部屋の中央に置かれたランタンに近付いて行く。


「ああ、それは心配ないよ。ベルデマットが此処に滞在していたのなら、外に出る機会を極力減らす為に、燃料の使うものではないだろう。そこに在るバーナーはガス燃料だと思うけれど、ランタンは恐らくこちら側のアイテムだ」


「へえ、こういうのもあるんだ」


「例えば、半永久的に光り続けるランタンなんてものは、珍しくはないね。暗闇を吸収して光に変換するとか、この世の理では在り得ないエネルギー変換も、僕達の世界なら普遍的な理に変貌する」


 一片の説明を聞きながら、ランタンを持ち上げる。鉄製の檻の様な外枠は、洋風のガス灯を思わせるデザインであり、ところどころ痛んでいるのがなんとも言えぬ雰囲気を醸し出していた。


「あれ?」

 

 一片の話を聞いた直後だったからだと思う。そうでなければ、不思議に思わなかった。


 これはこの世に在らざるもので、俺の知らない世界の産物だと、決めつけていたから。

 俺が手にしたランタンが点滅した。一片の話にあるような物品であるのならば、それは異質な現象だ。


「一片、なんか燃料切れそうだぞ」


「ええ? どうして」


 一片の身体の向きを出入り口方面にしてしまったから、俺がランタンを持っている場所は視界外。俺は点滅するランタンを持って一片の視界に侵入する。


「ほら」


 細かい点滅が、徐々に点灯と消灯の感覚を狭めていく。そして、まるで息絶えるが如くその発光を止めると、暗く落ちてしまった。


「これ、普通のランタンだったんじゃない?」


「あれれ? そうだったのかなあ。確かに、ベルデマットは僕の討伐に資金をつぎ込んでた様子だったから、そういう類の物さえ買えない程困窮していたのかもしれないなあ。電池とか奴の寝床にないかな?」


 一片に言われながら、まずはランタンを見回す。


「なあ一片、これ、電池入れるとことか全然見当たらない……俺、ランタン見た事がある訳じゃないけど……古いデザインだし、なんか変じゃない?」


「ちょっとよく見せて」


 横たわる一片の目の前で、ランタンを回転させたりして見せた。一片は時折目を細めながら、ランタンに注視する。


「うーん……LEDっぽくないし……電池を入れるところも……燃料系だとしたら、少し匂いもする筈なのに……ん? あ、やっぱりこれはこちらの類の物だ。これ、なにも光らせていないし、燃やしていない。ただのランタンの外枠じゃあないか」


「え?」


 一片に言われて、光の消えたランタンを見た。確かに、ランタンの中は空っぽだった。鉄とガラスの箱。ただそれだけだった。


「どうしてだろう、故障したのかな……深なにか弄ったかい?」


「い、いや、俺はなにも。手に持ったら点滅し出して消えちゃった」


「ふうん……あいつ、道具の手入れはしっかりしろよなあ」


 夜でなくとも暗い洞窟の中。五つの内、一つのランタンが消えた事で、少しだけ暗さを増す。残りの全てが消えてしまうのは御免だが、そんな事は早々起こらないであろう。偶々口にした不安が発生したのは不気味だけれど、別にそこまで気にはならなかった。一片も、また身体をどうにか動かして脱出を図っている。


 俺は消えたランタンを地面に置いた。そして、なんとなく、本当になんとなく、別のランタンに手を伸ばした。

 その構造に興味があった訳でも、光を失う事に恐怖があった訳でもない。ただ、本当になんとなく、もう一つを手に取った。


「あれ?」


 一個目と同じように、ランタンが点滅して、消えた。


「ひ、一片、また消えちゃった」


 俺が引き攣った顔でランタンを持って来たからか、一片は少しだけ驚いた表情を見せる。


「またかい?」


「な、なんでだろ。俺変な事してるかな?」


 流石に二つも連続すると、不気味になってくる。焦る俺に対して、一片は少しだけ考え、冷静な口調で言った。


「深、もう一個持って来て貰ってもいいかい?」


「え、や、やだよ。次も消えたら不気味過ぎる」


「いいから」


 少し強い一片の口調に圧されて、俺は手に持ったランタンを置いて、新たなものを取りに行った。

 強い光を放つランタンは、先程の二つと同じように俺が持った瞬間に点滅を始め、その光を失った。


「ひ、一片~」


 俺達を照らす光は、先程までの半分以下になった。連続する出来事と相俟って、嫌な雰囲気が立ち込める。

 しかし、一片はその中でも真顔のまま。なにか思案する様押し黙って、口を開く。


「永久点灯する光源があったとして……それは最早一種の呪いだ。一点で自走する自意識のない願いの顕現だ……それならば……」


 ぶつぶつと独り言並べる一片が、声色を変える。


「深! 君は、なにを願った!? 深は……願いをかけた日数は!? 百日詣を完遂したのか!?」


 捲し立てる一片に少し気圧されたけれど、その口調からのっぴきならない状況であるのは察するに余りある。


「ひゃ、百日詣は終わったよ。今日が百日目……」


「上の社は伽藍洞だ。しかし、本体が地下にあるならば、地上でかけた願いも有効か? ああ、図書館の資料にはそれらしいものはなかった! 地元の人間に話さえ聞ければ気付けたかもしれないのに! それとも、それすら情報のない密教か!? 今はどうでもいい! 神様の気まぐれには付き合うのは癪に障るけれど……それで、願いは!?」


「父さんと……母さんが治りますようにって。鬼憑きを、治して欲しくて」


 俺がそう言うと、合点がいったかの如く、一片は目を見開いた。


「それならば……顕現したのか。鬼憑きの治癒……恐らく、呪いや願いの無力化……九十九回の伽藍洞は、最後の一回で真実へと昇華した……在り得ない話じゃない!」


 一片は瞳を輝かせて続ける。


「この蔦を……いや、これはベルデマットの最終兵器だ。いくら僕専用で横やりに弱いとはいえ、今日発現した深の能力……土着した神様の気まぐれでそこまでは出来過ぎだし、時間がかかるだろう……深、出入り口の見えない壁、押し込んでみてくれないか?」


 迫真の表情で言う一片に従って、俺は見えない壁に手を突いた。それは不思議な光景、空中で止まる俺の手は、パントマイムであったのならば一流だ。

 ぐっと力を込めてみても、空間は微動だにしない。


「だ、だめだ一片、びくともしない」


「えっと、こう、気持ちを込めて! その壁を打ち破るつもりで、心の底から押すんだ! 気合だ気合!」


 スポ根漫画の無能コーチが口にしそうな根性論で俺を鼓舞する。反論はあったけれど、状況は四の五の言っていられる場合でないのは分かっていた。一片の言っている事はよく分からないけれど、どうやら俺は状況を進展させる事が出来るらしい。


「一片、俺に出来るのかよ!?」


「分からない! けれど、状況から考えれば在り得ない話ではない。深が譲さんと綾さんの鬼憑きを解く事を願い、土着した百日詣を完遂し、その先に土地神が居たのなら、可能性はある! 深、君は、解呪の能力を発現した可能性がある! これ以上ない、完璧な顕現の仕方だ! 自分の願いが真っ直ぐに叶うなんて奇跡なんて言葉では安いくらい……! だから、今はそれにかけるしかない!」


 声高に叫ぶ一片の声に押されて、中空な空間に手を添える。

 我武者羅で無我夢中だ。今はそれだけ。状況はとても納得出来るものじゃないけれど、《《それしか出来ないのだから》》、《《それをするしかない》》。


「あああああああ」


 有らん限りの声を張り上げて、空間を押し込む。見えない壁が立ち塞がる。それを、押し込む。押し込む。押し込む。押し込む。


 抑圧された圧力が解放され、飛び出す。見えない壁に全体重をかけていた俺の身体が不意に解き放たれて、宙に投げ出される。


「うわわわわ」


 支えをなくした俺の身体が放り出されて、地面に叩き付けられる。かつて人の往来があったのだろうか、多少踏み鳴らされてはいるけれど、凹凸のある岩肌に手を付くと、掌に鋭い痛みが走った。しかし、なんとか顔面が叩き付けられる惨状は回避出来た。


「いてて……いきなりなんだよ……あ」


 身体を起こしながら、振り向く。相変わらず情けない格好で横たわる一片、しかしその顔は、驚愕に満ちた開口で、それはすぐさま歓喜に翻って声が上がる。


「やった! やったぞ深! やっぱりだ、恐らく解呪……呪いの強さによって時間がかかるのか、それとも一定からは作用しないのか、性質は分からないけれど、ともかくその類の力だ! 抜け出せた! 今此処はフリーパスだ!」


 動けない身体を捩って喜ぶ一片はやはり間抜けだ。そんな一片に駆け寄る。


「これからどうすればいい?」


「いやあ深は利口で助かるよ。そうだなあ、一応この蔦を引き千切れないかチャレンジして貰っていいかい?」


 一片に応えるより早く、蔦に手を伸ばして引っ張る。蔦は確かに山に生えている木々と同じ植物の感触。けれど、握り込もうとしても掴む事が出来ない程一片に食い込んでおり、指が入らない。どうにか触れる範囲を掴んで押し込んだり、引いてみたりするが、外れる様子はない。


「だめだ……一片に巻き付いてて掴めないし、動く気配がない」


「万が一深の能力が強力で、これにすら作用するとしてだ、これを解放出来るのは十秒後か? 十分? 一時間? 一日? 可能性は無限だ。不明のnに対して解答を求めるよりは、今出来る事を確実に熟そう。此処を出てベルデマットと深が遭遇したらゲームオーバー、これは賭けにすらなっていない無謀。カウンティングで相手がブラックジャックを成立させているのに勝負を挑むようなものだけれど、それしかない。深を巻き込んだ上に生死をかけろなんてのは言語道断だけれど、それしかないなら悩む方が馬鹿だ! 深! 行ってくれ! 桜を呼んで来て!」


 一片の言っている事が、今度は理解出来る。

 本当は、一片は俺を行かせたくない。一片の言葉にある通り、このままベルデマットに遭遇したら、俺の命はきっとないのだろう。ベルデマットは、一片を殺すつもりと言っていた。俺については言及をしていなかったから、漠然と自分の命を考える事をしなかったけれど、此処から逃げ出したという事実があっては、俺も勘定に数えられるだろう。


 死ぬのは嫌な筈だ。けれど、今はどうして恐怖がないのだろう。

 未だにこの納得出来ない世界を夢だと思っているのか、急速に流転する状況に脳みその処理が追いついていないのか。理由は定かでないけれど、一片の言う通り、自分が死との瀬戸際を往く事だけは理解出来た。


 けれど、多分それしかないんだ。俺が立ち止まる事で動く状況は存在しないんだ。


 だったら、それこそ一片の言う通りだ。悩む方が馬鹿だ。それしかないなら、それをしよう。


「分かった!」


 一片に振り返る事もせずに、洞窟を行った。振り返らなかったのは、少しでもそういう素振りをしたら、自分の心が後ろ向きになってしまう気がしたから。

 空間から伸びる僅かな光を頼りに走るけれど、二十メートルも行かない内に、先があやふやになる。一度立ち止まって暗闇に目を慣らすと、明るい部屋から相対的に暗く見えただけで、そこまで洞窟内が暗くない事が分かった。というより、先に目を凝らすと、光源が見える。それのお蔭で、僅かながら道筋の輪郭が浮かび上がる。

 注意を払いながら小走りで進むと、洞窟の岩壁に部屋の中で見たのと同じ形式のランタンが掛けられていた。僥倖、ベルデマットが持ち運んでいたのではなく、道なりはこれで照らされている。それなら、出口まではまっしぐらだ。

 ランタンに触れないよう気を付けながら走る。所々曲がりくねりながら、それでも、険しいとは言えない道だったので、スムーズに足を回転させる。


 どれ程走っただろうか、ランタンを頼りに進んだ空間が開けて、夜が俺に降り注いだ。

 心臓は口から飛び出しそうで、肺胞が息を上げている。洞窟を抜けた場所は、森、いや、山だ。

 暗闇、されど、差し込む月光が眩しい。虫の声が一切ないのが不気味だったけれど、山の中である事は間違いない。月明かりの方角から察するに、恐らく村とは逆側の山肌。それならと、悲鳴を上げる身体に鞭を打って駆けた。


 山の斜面は足を鉛にみたいに重くして、均されていない道が疲労を加速させる。けれど、それが逆に助かった。僅かに、道を切り開いた後がある。恐らく、ベルデマットの足跡。これに沿って行くのは、出会い頭の死が付き纏う。けれど、進む足並みが僅かに楽になる。今は死の可能性よりも、一刻も早く桜に伝える事が大事だ。


 開きっ放しの口内が、畔道みたいにカラカラになる頃、山を折り返す。今度は転じて急降下、坂道を転げるように駆け降りる。恐怖心さえ捨ててしまえば早い移動になるけれど、僅かにブレーキをかけながらの滑走に足の関節が軋む。時折、木々がすれ違い様に俺を通り魔して、身体の端々に流血の感覚がある。

 それでも、止まらない。


 続けた滑走は、やがて俺と暗闇の中でも見慣れた場所へと導いた。月光がより一層眩しい気がする。此処は俺の場所だ。

 伽藍洞の社、その前に辿り着いた。神社の縁側に立てかけてある金属バットは、ベルデマットが来た時に置いたものだから、それからこの場所は動いていない。


 あと一息だ。駆け降りれば、村に着く。

 桜を呼びに行く為、深い深呼吸をして駆け出そうとした刹那だった。


「深くん!」


 声の方を向くと、神社の本殿、その襖が開いていた。


 月光が照らす長い黒髪。その表情は相変わらずか弱くて、とても俺達の状況を打開させるようには思えない。


 Tシャツにジーパン姿の桜が、こちらを見ていた。

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