リビングデッド・ラヴァーズ⑪
目を覚ました僕に飛び込んで来た光景は、仄暗い洞窟。見るからに冷たそうな岩壁は、ランタンに照らされて赤みがかっている。
空間は十畳程。見渡す視界には寝袋やキャンプバーナーがあり、この空間で誰かが生活をしていたのは明白だ。
ただ、答えは出ている。僕の視界には、鼻につく笑顔を浮かべたベルデマット・マクマフォンが居たから。先程までのカジュアルな格好とは打って変わり、僕と同じ様に黒いスーツを着込んでいる。
そして、見渡す僕の視界は横に倒れている。ついでに、首は回らない。自分の身体を見やると、蔦の様なもので拘束されていた。まるで簀巻き状態である。
「やあ、お目覚めですか。ネクロマンサーらしく、喪服を着てみました。この国の礼節に倣ったので、貴方と同じですね」
不愉快な声を塞ぐ手段がないので、大人しく応答する。
「人生に於いて最悪な目覚めと形容出来るよ。おはようベルデマット。そして、僕のスーツは喪に服している訳じゃない。僕のはビジネスだ」
僕の悪態は、ベルデマットの不愉快さよりは、自分の情けなさに大体の要因がある。
なにせ、自分の窮地は自分の慢心が招いたのだ。それがもしも、普段から慢心を鼻にかけ、尊大故の強さを発揮していた人物ならばまだ自業自得と納得出来るけれど、僕の場合は口と頭ではそうではないと自分に自信を持っていたが、その実腹の底では慢心という言葉では足りない程あぐらをかいた自信が招いたものだ。かっこ悪いとかの騒ぎではない。ダサい、只管にダサい。
その八つ当たりで構成された怒りそのままに、蔦を引き千切ってやろうと力を籠めるけれど、びくともしない。
なんとなくの予想はつく。
「これ……この蔦は幾らしたんだい?」
「おや、随分と冷静ですね。たかが蔦をあの十一片が千切る事が出来ない、という事実を受け止めるのが早過ぎる」
「調子に乗って鼻の伸びた僕はもう死んだよ。今回の事件、お前に出遭えて良かったと今は思っている。僕の自信は粉々だ。これからは謙虚に生きるよ」
「そんなのは今だけですよ。もしも仮にここから貴方がオイラーズ対ビルズの様な逆転劇を演じたとしても、数年経たずに元に戻ります。貴方は強過ぎるから、恐らく弱い立場から学習するという行為をしない。いや、必要がないのですから。今回は特例中の特例なのです。私だからこそ、成立したのです」
小さな折り畳みの椅子に座るベルデマットは、水筒を取り出して喉を潤しながら言う。
「ちなみにその蔦、貴方に使用したセイレーンの歌声と殆ど同価値でした」
「へえ、それは大したものだ。で、一体なんなんだいこれ?」
「言いませんよ。性質を見抜かれて打開されては困る。万一にもそれは在り得ませんが、相手は十一片です。警戒するに越した事はない。私は貴方と違って弱いのですからね」
厭味ったらしく言うこの男が憎い。憎いけれど、図星に違いがないので、反論がない。僕はなんとも言えぬ気持ちでベルデマットを睨んでおいた。
自分の知識を動員して、拘束力のある蔦、について考えようとするけれど、どうせこれも僕用に誂えたものなのだろうから、考えるのだけ無駄だ、と思考を止めた。
「朝霧深なら、奥に居ますよ」
僕が次の思考に移ろうとしたのを読んだのか、ベルデマットがそう告げながら、洞窟の奥を指差す。僕達の居る空間から、横穴が伸びており、奥は暗闇で見えない。
「ちなみに、出入り口はあっちです」
聞いてもいないのに、ベルデマットは反対方向、僕の首が回らない方を指差した。
「ありがとう、逃げる時の参考にするよ」
「ええ、その状態でもしも逃走が叶うならばどうぞ参考にして下さい」
だめだ、完全に優位を取られていてなにを喚いていても負ける気がして来た。それならば、ここは大人しく負け続けていようじゃないか。
「しかし、まさか目覚める事になるとは思わなかったよ。僕はアレで終わりだと思っていたし、僕が昏睡していたのならば、殺せば良かったじゃあないか。お前の目的は僕の死体なのだから」
「昏睡しているくらいで十一片が殺せるのなら苦労はしませんよ。セイレーンの歌声、そしてその蔦。残ったマクマフォン家の財産は、最後の仕上げに使いました。これも詳しくは教える事が出来ませんけれどね」
「その時点で多少は察しが付く。僕を殺すに足るその手段、武器、方法、物質は、現在行使する事が出来ない訳だ。条件が揃っていない? 例えば、時間帯。夜に発動しないとか、夜は効力を持たないとか。あとはなんだろうなあ。昏睡している僕の体液でも採取したかい? 特定の体液を元に精製され、それのみに効力を持つ毒素を生み出すもの、とか。可能性は幾らでもあるけれど」
「ほら、少しでも喋ればこれだ。だから嫌なんですよ、もうなにも言いません」
「正解を言ってしまったかな?」
「いいえ、かすりもしていません。しかし、いつか辿り着くかもしれませんね」
少しだけ相手を嫌な気分にしてやった事で、心のガッツポーズが炸裂する。やった、一矢報いてやったぞ。
「やったやった、図星だ。この調子で絶対此処から抜け出してやるぞ。僕は諦めないからな」
「好きにして下さい。けれど、きっと無理でしょう。相性が悪すぎる。私はジャックポットを二度引いた。私は、対十一片の準備をした。貴方にだけは負けない」
「嫌と言う程痛感しているよ。しかしなんだ、お前は僕にだけは負けない事を強調するけれど、例えば僕以外がこの場に居たらどうなっているんだい?」
「簡単ですよ。例えば、冷然院と出遭っていたらもう殺されているでしょうね」
「ふうん。じゃあ、僕はまんまと罠に嵌った訳だ。お前の計略通り、僕は此処に来た」
「それは違います。貴方が此処に来たのは、私にとってのジャックポット」
「ん?」
「私は、此処に誰かが来る細工はしました。けれど、誰が来るかは賭けでした。出たとこ勝負ですね。もっとも、此処に貴方以外が来たのなら逃げ出す気ではいましたけれど。勿論、その後この国で生き延びられるとは思っていませんから、最初の此処だけが私の可能性でした」
思わず口籠った。
大国アメリカの協会相手に大立ち回りを演じ、自身の夢を叶えるべくこの国へとやって来た男は、綿密なる青写真の元行動していた訳ではなかった。
「僕を狙っていたのに僕との邂逅に注力していないっていうのは酷い矛盾だね。お前はなにを考えているんだい?」
「当然でしょう。貴方との邂逅を画策すればする程に、それに至るまでの過程が増えていきます。準備の過程が増えるのに比例して、計画が露見する可能性は高まっていきます。貴方や冷然院の事ですから、少しの綻びで私の計画など看破してしまうでしょう。故に、賭けたのです。だって、《《計画自体がないのなら》》、《《露見する事もない》》。私の計画は貴方を狙う事だけで、あとは全て出たとこ勝負の大博打。私はそれに勝っただけに過ぎない」
なるほど、と拘束されているにも関わらず手を打ちかける。
確かに、計画自体がないのなら、それは掴む藁のない水中に等しい。僕や冷然院を秘密裏に嗅ぎ回るのは困難であろう。だから、この男は最小限の情報で、最大限以上の効果を狙った博打に出た。
僕が此処に来る事を計っていないのなら、僕が計られている違和を感じる事はない。だって、計られていないのだから。
こいつが僕を貶めた算段などないのだ。故に、僕を篭絡し得た。
「自分の夢を叶える為だっていうのに、そんな勝ちの薄い大博打を打つなんてね……僕はお前がそこそこに頭の回る人間だと思っていたけれど、もしかしたらとんでもない大馬鹿なのかもね」
「逆に言わせて下さい。博打ではない夢など、夢とは呼びませんよ」
現状僕がベルデマットに苦渋を舐めさせられている限り、僕の言葉よりはベルデマットの言葉の方が重い。自分の実力を鼻にかけて地面に転がされている人間の言葉に、説得力など微塵もない。
「さて、それでは私は準備があるので、そろそろ行かせて頂きます」
「何処に行くんだい?」
「教えませんよ」
そう言って、ベルデマットは僕の視界から消える。洞窟に響く足跡が短く反響したから、恐らく出口へと続く横穴があるのだろう。
ランタンが灯す洞窟の中、僕は惨めに横たわり続けた。




