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ファントムレイジ  作者: 高坂はしやん
赤い宗家の白と黒
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赤い宗家の白と黒④

「敵?」


 僕の理解が遠ざかったところで、目の前の幽亜くんが突進して来た。玉子ちゃんを抱えての防戦は不利なので、牽制として右手のナイフをぶっきら棒に放った。


 ただでさえ狭い電車内、加えて、車両間のデッキだ。右側にトイレ、左側にゴミ箱と公衆電話、通路は人一人分がやっと。僕は四両目の扉の前に居るから、後退も出来ない。だから、投擲した。

 放ったナイフは幽亜くんの足元へ。それを避けようと少しだけ跳躍した幽亜くんの下を潜る様にスライディングして、形勢を入れ替える。


 幽亜くんが悠々着地した時には、玉子ちゃんを抱えた僕は三両目側、乗降する扉の方へ。幽亜くんと、そっくり立ち位置が入れ替わる。


「おいおい、まじかよ。反撃なしか?」


「大荷物なものでね」


 大して余裕がある訳でもないのに、無理矢理笑って見せた。


「これ、なに? 呪符?」


 幽亜くんは、呼吸を置く様にナイフで僕が張った呪符を指す。


「ああ、人払いの呪符さ。高いんだぞ。後で請求書送りつけてやる」


「おいおい、まじかよ。こんなのも使うのか。まあ、お蔭で騒ぎにならなくて済みそうだ」


 そう幽亜くんが余裕めいて言って、我に返る。


 玉子ちゃんの抑制に使用していたナイフを投げてしまった。不安定な現状、今ここは三竦みの戦場である筈だ。

 そう意識が戻った時には、遅かった。またも同じだ。僕には、そんなつもりは毛頭ないというのに。


 先程と同じく、玉子ちゃんは僕の隣に立っていた。またもその感触はなかった。僕の手からするりと彼女が抜け落ちた感触など、刹那も感じていないと言うのに。肌に和紙がかかる程の知覚もなく、彼女は僕の両腕から脱出してみせた。


 ただ、先程と打って変わって、臨戦の意識ではない。玉子ちゃんは、僕を横目に幽亜くんを見据えながら、言った。


「あの……十さん、なんだか状況がわかってないみたいですけど」


 この状況で落ち着いているとは、随分強靭に育てられたご息女だな、と関心しながら、僕も玉子ちゃんの顰めた声に合わせて、声のトーンを落とした。


「そうだね。僕は恐らく、無関係なことで戦闘に陥っていると思う。僕は君達と戦う意思はない。と、言ったところで、玉子ちゃんも幽亜くんも、信じて貰え——」


「信じます」


 玉子ちゃんは、僕の言葉を遮って言った。その台詞からは、力強くて、それなのに、今にも消え入りそうな印象を受けた。


「……さっきまでとは、まるで態度が違うじゃないか。どうしたんだい?」


「分かるんです」


 玉子ちゃんは、幽亜くんに向けていた視線を僕に切り替えて、じっと強い眼光で言った。


「目を見れば、分かるんです。少なくとも、悪意の所存は」


 とても放言とは思えない強い語気で、彼女は言った。


「戦いの場で、感覚に頼るにはまだ早過ぎる段階な気もするけどね。僕の様な初対面を信じるなんて、正気の沙汰じゃない」


「信じられます。信じるしかないんです。兎に角、今は共闘して下さい……」


「……ふむ。君達の都合は後で聞くとして、こんな可愛い子にお願いして貰ったら断れないじゃないか。兎にも角にも今は共闘しようじゃないか」


 僕は言いながら眼鏡をかけ直して幽亜くんを見た。幽亜くんは、相変わらずリラックスした雰囲気だ。ナイフを手の甲で器用に回転させたりと、余裕を見せている。


「あの、十さん——」


「ああ、共闘関係になったんだ。僕の事は一片さんと呼んでくれよ玉子ちゃん」


「え、でも、馴れ馴れしいじゃないですか」


「いいじゃないか。それともお兄ちゃんの方が良いかい?」


「どうして親密度上がるんですか!?」


「さあ、二者択一だ!」


 幽亜くんの余裕に負けない様な余裕を見せつけて、僕は前傾姿勢を取りながら玉子ちゃんの前に出て言った。


「えっと……じゃ、じゃあ……一片さん……お言葉を返すようですが、簡単に私を信頼するんですね。私の目に、悪意はありませんか?」


 僕が玉子ちゃんの前に出たのを見て、幽亜くんはナイフ二挺を逆手に持って姿勢を落とした。僕は俯き加減の玉子ちゃんに振り返って、言った。


 緊迫の戦闘空間で、明確な敵勢力から目を背け、言った。


「僕にはそんなのは分からない。ただ、玉子ちゃんが裏切ろうがどうしようが、僕には関係ないんだよ」


「た、確かに、私達は初対面だし、信頼なんてものはないかもしれないけれど、私に背中を向けるのは危ないでしょ? 私が、もしも幽亜さんと共謀しているとしたらどうするんです?」


「不思議な子だな。自分から共闘を持ちかけておいて、自分を疑えだなんて」


「そ、そういう訳じゃありません。ただ、あんまりすんなりと——」


「僕には関係ないのさ」


「え?」


 キョトンとする玉子ちゃんに言って、目の前の幽亜くんに視線を戻した。


「言ったろ? 関係ないんだよ。螺奈さんがどんな理由で僕を呼んだのかも、赤雪になにがあろうと、幽亜くんの能力がどんなものかも、玉子ちゃんが僕の事を裏切っても、なんにも関係ないんだ」


「だから——」


「この空間が三人になってから、《《僕が何度君達を殺せた》》と思っているんだい?」


 僕の言葉に、背後で玉子ちゃんが息を飲むのが分かった。


「だから、玉子ちゃんはそこに居て」


 そう切り捨てて、飛び出そうとした刹那。


 ぐっと力を込めた蹴り脚を弛緩させた。だってそうだ。進路を塞がれたのだ。


 前に飛び出そうとした僕の目の前を、《《玉子ちゃんが遮った》》。背後に居た玉子ちゃんが、僕の前に割り込んだ。通路はやはり人一人が行き来するのが限界だ。その隙間を、僕に悟られずに、すり抜けた?


「そこまで大きな言葉を吐かれるのも腑に落ちません。折角の共闘です。私の実力を見て貰います」


 玉子ちゃんは、少しの怒気を孕んで背中で僕に言った。


 セーラー服姿の、あどけない女子高生。その実、僕達の様な領域に生きる人間。つまりは、そうだ。


 誇りも自負も、並々ならぬものがあるのだ。僕の無神経な言葉がそれらを逆撫でした様で、玉子ちゃんは小さな背中で大きな言葉を吐いて、僕を制止した。


「それは大変失礼を。それならば、お手並み拝見といこうかな」


「地力は圧倒的に幽亜さんの方が上なので、そこはご了承を」


「なんだいそれ、それなら最初から僕に任せればいい……」


「あう……でも、その、試したい事もあって。幽亜さんに……幽亜さんだから、もしかしたら、通用するかもしれないんです」


「ん?」


 玉子ちゃんは不思議な事を言って、前傾姿勢になった。


「もしもだめだった時は、お願いします!」


「はは、本当に玉子ちゃんは変な子だ。でも、素直なのは嫌いじゃない!」


 僕が笑うと、玉子ちゃんが名乗りを上げる。


「赤雪分家八王子(はちおうじ)当主八王子玉子! 行きます!」


 玉子ちゃんに応えて、幽亜くんも叫ぶ。


「おいおい、まじかよ。玉子が来るか! いいぜ! 赤雪分家赤弓筆頭赤弓幽亜! 穿ち尽くし候!」


 名家の中でも、格式を重んじる家特有の名乗り合い。終わりと同時に、玉子ちゃんが前方へと飛び出す。


 勝負は、僕の予想に反した結果かつ、刹那。

 飛び出した玉子ちゃんに投擲された幽亜くんのバタフライナイフ。その一挺を、玉子ちゃんは大袈裟に体を捻って避けた。


 自然、その刃先は僕へ向かう筈だったが、幽亜くんの手元を離れた凶刃は、急速にその軌道を《《折った》》。

 物理法則を真っ向から無視して、刃先を躱した玉子ちゃんの方に折れ曲がって飛翔した。


 追尾、ホーミング。決して珍しい能力ではないが、精度が良い。的確に玉子ちゃんの急所を狙っていた。


 玉子ちゃんもそれが分かっていたのか、折れ曲がった刃先の軌道上に掌をかざした。バタフライナイフは、小さな玉子ちゃんの掌を貫く。赤が飛び散るのに少しも怯まない玉子ちゃんは、そのまま突き刺さったバタフライナイフを握り込んで、幽亜くんへと突き進む。


 狭い狭い空間は、能力も相俟って幽亜くんの独壇場だ。幽亜くんは、ライダースジャケットを広げた。ジャケットの内側には、何本ものバタフライナイフが携帯されていた。

 無数の刃先が飛翔するであろう。だから、それを予見した僕が割って入ろうとした瞬間だった。


 ジャケットを広げた幽亜くんが、制止した。急激にその手を止める。ただ、広げたジャケットだけが、物理法則に則って閉じていく。


 ぎりぎりの戦場で、幽亜くんだけが、止まってしまった様だった。


 玉子ちゃんも、それを見て足を止める。ナイフを握り込んだ手から血を垂れ流しながら、肩で息をしている。


 時間にすれば、本当に一瞬だった。


「おいおい、まじかよ。くっそ……大丈夫だと思ったんだけどな。俺もまだまだ甘い」


 ジャケットを勢い良く広げた時の姿勢のまま止まった幽亜くんは、悪態をついて吐き捨てた。


 玉子ちゃんは、僕が壁に張った人払いの呪符を剥がすと、振り向いて言った。


「一片さん、降りましょう」


 丁度、電車は目的地の太田に着いていた。

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