赤い宗家の白と黒②
「ごめん下さーい!」
六月一日。打ち合わせを終え自宅に戻ると、即座に鬼束町商店街に向かった。朝の豪雨で道は悪かったけれど、商店街まで来てしまえば関係のない事だった。
馴染みの雑貨屋、日野浦商店に入る。十畳程の店内には、棚に置かれた様々なアイテムが並んでいて、どれもこれもが一級品だ。手作り品から古今東西伝説付きの逸品に至るまで多種多様。それらは日野浦商店が取り扱っているもののほんの一部で、残りは奥にある倉庫に置かれているという話だ。
僕が声をかけると、店の奥に続く襖が少しだけ開き、隙間より覗く暗闇から、白く細い腕が飛び出した。
「あら、一片くんいらっしゃい。お買い物?」
「お久しぶりです愛羅さん」
日野浦愛羅。日野浦商店の店主である日野浦琢部の奥さんである。
「ごめんなさいね、あの人倉庫の片づけをしているから。今呼んで来るわ」
「お手数おかけします」
「たっくーん! 一片くん来てるわー!」
愛羅さんが腕を引っ込めると襖が閉まる。奥からくぐもった声で、琢部さんを呼ぶ声が聞こえる。
愛羅さんの姿は、誰も知らない。この商店を利用して十年になるが、ただの一度も腕より先を見た事がない。
父さんはこの商店街自体が出来る以前から二人と知り合いらしいのだけれど、愛羅さんの姿は見た事がないらしい。
もしかしたら腕より先はないんじゃないか、なんて思った事もあったけれど、じゃあどうやって今の様に話すんだ、という話になるので、くだらない憶測は昔にやめた。
暇潰しにと棚に置いてあるナイフを一振り手に取ったところで、店の奥からどたどたと大袈裟な足音が聞こえた。勢い良く襖が開くと、短髪口ひげで大柄な琢部さんが、いつもの甚平姿で現れた。
「よお一片! 久しぶりだな! 親父は元気か?」
「さあどうでしょう。この間実家に帰ったんですが、すれ違いで。まあ、元気じゃない事はないと思いますが」
「はは! そうだな。あいつが元気じゃないところは見た事がない。そういえば、鎖子が大変だったそうだな? 大丈夫か?」
「ええ、一時はどうなる事かと思いましたが、深が頑張って戻しています」
「今どれくらい?」
「真凛の見立てでは、十三歳の鎖子にまで戻ったそうです」
「おお、順調だな。良かった良かった」
「ただ、本人は映画を子供料金で観れなくなる、なんて嘆いていますけどね。鎖子、十四歳頃から一気に身長が伸びたので、最近は解呪を渋ってるとか」
「はははは! あいつも馬鹿だなあ! はははは!」
豪快に笑う琢部さんは、そのまま腰を降ろす。琢部さんの後ろに広がる和室は、四畳程。木目のテーブルと座布団、そしてテレビが置かれていて、四方が襖に囲まれている。
愛羅さんの姿はなかった。
「なんだ、それ欲しいのか?」
琢部さんは、僕が手に持っていたナイフを指して言う。金色に近い刀身には、鮮やかな模様が刻まれている。
「いえ、綺麗だなあと思って手に取っただけです。装飾品としてなら興味はありますが、実戦的には僕の性には合いませんから」
「確かにそうだな。しかし一片お目が高い。そいつは俺が作ったウーツ鋼再現のナイフだ。はっきり言って、オリジナルよりものが良い」
「へえ、ロストテクノロジーの再現ですか。実戦性はなさそうですね」
「まあ俺の暇潰しだな。で、今日はなんの用だ?」
ぐいと袖を捲り上げ、白い歯を見せながら琢部さんが言う。
「神話の矛か? 武将の槍か? はたまた大英雄の大太刀か? ここは鬼束町商店街日野浦商店、本物は少ねえが、ないってんだったら俺が造ってやるから安心しろい」
自信満々の決め台詞は、毎度毎度お決まりの口上だ。
「いやあ、琢部さんすみません。今日はそういう感じじゃなくて、防衛戦なんですよ」
「はあ? 防衛戦? また似合わない仕事を引き受けたんだな」
肩透かしを喰らい、至極残念そうな表情を見せる琢部さん。確かに、僕には似合わない。全くもって、似合わない。
「ええ、ですから、せめて道具でカバー出来ればと。なにかそういうのに向いたものがあればと思いまして」
「防衛戦場所の範囲は?」
「二階建ての日本家屋。敷地面積は約千坪だそうで。母屋だけでも百坪程あるらしいです」
「じゃあ急ごしらえで丸ごと包むのは無理だなあ。周辺は?」
「ずうっと田畑ですって」
「じゃあ派手にやってもいい訳だ」
「いえ、守るのは一人だけなので」
「んんー、じゃあ盾とかか? それとも陣営作成の法具、地雷式の呪物とか、千里眼系とか? 要望があれば造るけど」
「ああ、明後日の昼までに必要で……だから、出来合いの物でお願いしたいんです」
「はあ? 防衛戦でそれって……普通もっと予備期間あるだろ? 大丈夫かそれ、負け戦にでも駆り出されたのか?」
「ま、まあ色々あってですね」
「お前それ大丈夫な依頼か? 俺心配だぞ」
琢部さんは心配そうな目をして僕を見る。確かに、断片的に伝えた事では、琢部さんの心配も当然だ。ただ、僕は早めに買い物を済ませたかったので、一切の説明を省き、たったの一言で終わらせた。
「別に、問題ありませんよ。僕ですから」




