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ファントムレイジ  作者: 高坂はしやん
深夜一時の奇奇怪怪
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深夜一時の奇奇怪怪⑨

 五月十二日放課後、私はオカルト研究部の部室の前に居た。


 鎖子ちゃんにはすぐに家に帰る様にと言われたけれど、先生に補習を言い付けられたと言うと、珍しく私に付き添わずに帰ってしまった。

 朝にあれだけ言っていたのに不思議だなと思ったけれど、私にとっては好都合だった。


 遊びたいとしつこい香織ちゃんを巻く為に少し時間がかかってしまい、既に時計は午後七時半。外は、暗い。

 不気味な旧校舎の一階、その教室の戸を叩くけれど、返事がない。それは初めての時と同じだったけれど、今回は中に明かりが点いていない。

 オカルトだから電気を消す事もあるかも、なんて馬鹿げた考えだったけれど、当然に無人である様だ。


 やっぱり、気になる。


 お兄ちゃんとの電話、そして続く事件。もう一度この日月について調べようと足を運んだけれど、私の思惑は空振りしてしまった。

 活動をしていない日もあるだろう。私はしょうがないな、と思いながらも、未練たらしく戸に手をかけた。


 ガラリと、戸が開く。


 点滅する蛍光灯が不快な廊下の突き当り、更なる深淵に誘う様に、その戸が少しだけ、開いた。


 鍵が、かかっていない。


 思わず、一度閉めてしまった。罪悪感に弱い気弱な私は、思わず振り返ってしまう。

 誰も居ない廊下。それが、本来は不気味である筈なのに、今は出来心の背中を押す。


 戸を開く。


 無人の暗い教室は、今日も変わらず散らかっている。本が散乱する床を慎重に歩いて、電気を点ける。


 やはり、誰もいない。

 テーブルの上には、籠とコーヒーメーカー。そして、私が来た時に見せてくれた二冊の本が置かれたままだ。

 出しっ放しにしていてだらしないなと思ったが、私も家では鎖子ちゃんに注意される事が多いので余り強くは言えない。

 もう一度その本を手に取ろうと歩き出して、躓く。


「あっわわわわっきゃ!」


 つんのめりながら体勢を立て直そうとするけれど、テーブルに更に躓く。その振動でテーブルが揺れ、籠が落ちる。


「あぶっ!」


 私は必死に手を伸ばして籠を掴むけれど、コーヒーカップが一つだけ飛び出して、床に落ちる。

 コーヒーカップは、甲高い音を立てて、割れてしまった。


「あっ……なんて事を……」


 罪悪感が押し寄せる。

 私は少しの間茫然としてから、コーヒーカップが二つ残った籠をテーブルの上に戻す。


「ああ……弁償しなきゃ……真田先輩怒るかな……」


 確か、居なくなってしまった顧問の先生が居ると言っていた。だから、割れてしまったこれは思い出の品である可能性がある。

 とんでもない事をしてしまった。勝手に部室に入った上に、なんたる狼藉。

 私は肩を落としながら掃除ロッカーへと歩み出す。散乱した本の合間を抜けて、割れたカップを回収する為に、箒と塵取りを取ろうと、歩く。


 なにかが、気にかかる。


 私の見た、なにか。なにかが、変だ。

 変、というにはもっと小さい。でも、気にならないと言うには少し大きい。

 なにか、なんだろう?


 胸中の不快感を探りながらロッカーを開いて、息が止まった。

 心臓が、跳ねる。



「え?」



 これは、なに?



 ロッカーには、私の想像と違わず、箒や塵取りが入っている。

 入っていたけれど、それ等はあったけれど。


 それ等もあったけれど。



 これは、なに?



 私は、それ等を手に取る。


 小さな工具ケース。中身は分からない。


 丸く膨らんだビニール袋。中身は分からない。


 白い布で包まれたなにか。中身は分からない。


 蛍光灯の音が聞こえる程静かな、私だけの教室。目が、ちかちかとする。喉が、カラカラする。


 私の中の想像が、歪に、膨らむ。

 膨らんだビニール袋の中身を出した。黒く、長い。

 カツラ? ウィッグ? それは、長い長い黒い髪を携えた装身具。



 演劇部でもないのに、どうして?



 白い布を、解く。幾重にも巻かれた布を、ゆっくりと、ゆっくりと。

 それは解く前の形状から大体を想像出来た。出来たけれど、私は、目を背けたかった。背けたいのに、私は止まらない。

 布が解けて露わになった刀身が、蛍光灯の光を反射した。

 出刃包丁、というのだろうか。テレビで、料理人が手にしている様な形状のそれ。



 調理部でもないのに、どうして?



 私の思考がちりちりと熱を帯びる。

 いつかの真田先輩の話を思い出す。深夜一時の化け物、流行の理由。


『ん? ああ、確か、最初の目撃情報がそれくらいだったかなあと思って』

 

 幾つかの目撃情報を伴って、それは爆発的に流行した。


 今朝の、お兄ちゃんの話を思い出す。かつて具現した都市伝説の流行。


『国民の全てが、そういうモノが居るかもしれない、と思っていた。複数の目撃情報を伴って、その想いは強まる』


 かつてのそれも、幾つかの目撃情報を伴って、流行した。


 こんなものを装着して夜の街を徘徊すれば、それはまるで、噂の化け物じゃないか。 



 思考が、ぐるぐると——



「おーい、まだ残ってるのか?」


「わっ!」


 声にはっとして、それ等をロッカーの中に投げ捨てて、扉を閉めた。


「な、なんだそんなに驚かなくても……」


 声の方を向くと、そこには椎田先生が居た。


「椎田先生……いきなりだからびっくりしました……」


「いきなりって、教室のドア開いてたから気付いているかと……朝も連絡あったろ? 今日は八時前に全員下校だ」


「ああ、そういえば」


 連続殺人事件。その影響を受けて、原則的に部活動は中止。学校に残っていても、八時までと連絡があった事を思い出した。それを覚えていれば、今日ここに来る事もなかったのに。私はどうも抜けている。


「逆廻、オカ研だったっけか?」


「あ!」


 そうだった。椎田先生は真田先輩の担任。オカ研の事を知っていて当然だ。

 部員でもない私がこんな時間まで部室に居たとあっては怪しすぎる。どうにか誤魔化さなければ。


「えっと、最近真田先輩に誘われてて、それでちょっと……あ、真田先輩、忘れ物しちゃったらしくて、それを届ける様に言われて、私偶々学校に残ってたから」


「なに!? 真田め、逆廻に目を付けたか……俺の方が先に勧誘していたというのに……まあ、この際掛け持ちでも構わないが……」


「あ、でも、まだ正式に入部した訳じゃないので、大丈夫です!」


「それは、陸上部に入ると……?」


「そうじゃないですけど!」


 なんとか椎田先生をやり過ごそうとする。勧誘攻撃は一筋縄ではいかない。


「えー! 入ってくれよお! だってオカ研は部員二人居るから大丈夫じゃないか! うちはなくなってしまったんだから、どうしても必要なんだよ!」


「確かにそれは知ってますけど、私も鎖子ちゃんも忙しくて……それに、私バイト始めようか悩んで——え?」


 東城高校の、部活の原則だ。

 部員が、二人以上。そうでなければ、存続出来ない。

 それがあるから、陸上部は、無くなってしまった。


 あの日見たカップは、二つ。

 今日は、私が割った一つと、籠の中に、二つ。


「椎田先生、あの、二人って?」


「ん? ああ、そうか。逆廻最近誘われたって、本当に最近なんだな。オカ研に在籍しているのは、真田と雪村ゆきむらじゅんの二人だ。雪村、ゴールデンウィーク明けから学校来てないからなあ」


 オカ研の椅子は、二脚とも、埃一つなかった。


「学校休みがちな不思議なヤツなんだよ。まったく、うちは私立じゃないってのに、やれ旅行だ研究だと休んでしまうから——」


 椎田先生の言葉が、所々耳に入って来ない。

 もう一人の部員。ロッカーにあったモノ。

 思考が、焦げ付きそうになる。


「あの、椎田先生。真田先輩って何処に住んでるんでしたっけ?」


 私は、椎田先生の話を遮る。


「ん? どうして——」


「忘れ物届けてあげなきゃいけないんですけど! まだ家に行った事なくて! 何処でしたっけ!?」


 声が大きくなる。


「え……と、隣の西日月駅に最近建ったマンションだよ。一番でかいやつ……なんて名前だったっけ……」


「ありがとうございます!」


 椎田先生の言葉を最後まで聞かずに、私は走り出した。

 マンションには心当たりがある。何度か広告を見たし、電車移動の際に、車窓から眺めた事もある。


「ああ! 待てって!」


 走り出した私の手が掴まれる。椎田先生の力で掴まれては、私には振り解けない。


「もう遅いから、行くならほれ」


 そう言って、椎田先生は財布の中から五千円取り出して私に渡してくれた。


「私、こんなに安くないですよ……」


「違うわ! アホか! 多分往復のタクシー代になるだろ。最近物騒だし、なにかあっては困るからな……」


「え? 電車使うから平気ですよ!」


「学校から駅までの道があるだろう。それに、なんか嫌な予感するんだよ。俺のそういう予感って、なんか知らんが当たるんだよ。だから、ほれ」


 なんて素晴らしい教師なのだろう。

 こういう行為が教師としての倫理に則しているのか、反しているのか分からないけれど、学生の事を憂える素晴らしい人間性だ。


「ありがとうございます!」


「着服するなよ! お小遣いじゃないぞ! 安全の為だからな! あ、あと!」


 椎田先生に頭を下げる。今度は、申し訳なさもあるから、最後まで言葉を聞き届ける。


「真田に、夜遊びも程々にと、伝えといてくれ」


「え?」


 焦げ付きそうな思考が、またも、燃える。


『最近、本校の生徒が繰り返し補導された事もあり、改めて生徒の意識を——』


 いつかの朝のホームルームで、塩野木先生が言っていた事を、思い出す。


「あいつ、今まではそんな事なかったんだが、最近深夜徘徊で何度か補導されてんだよ。ちょっと逆廻からも言っといてって、おい!」


 また、椎田先生の言葉を待たずに走り出した。駆けて、駆けて、駆ける。


 旧校舎を抜けて、新校舎を走る。校門から飛び出して、道路を蹴る。タクシーを呼び出すよりは、日月駅南口まで行ってしまう方がいい。椎田先生との約束を破る事になるけれど、今は時間が大事だ。

 ランニングルートを制服姿で駆けて、タクシー乗り場に辿り着く。待機しているタクシーに乗って、行先を告げる。幸い、西日月に出来たばかりのマンション、という情報だけで運転手の人に場所が伝わったので、スムーズに車は出発した。


 時計に目をやる。時刻は午後七時四十七分。ここから隣駅までは、恐らく二十分はかからない筈だ。

 スマートフォンの待ち受け画面に、トークアプリの通知が来ていたけれど、今はそれに目を通す余裕がない。

 時間はあるけれど、心はもう、そこに急いている。

 線路に沿った道を、特に足止めされる事なくスムーズに進む。夜の街に点在する明かりが、今は鬱陶しい。


 猪突猛進に飛び出して、私はどうするのだろう。

 なんの力もない私が、此処まで来て、なにをするのだろう。

 後にはまだ引ける。それでも、地団太が止まらない。運転手さんの迷惑にならないよう足を抑えるけれど、不安と高揚からか、止まる気配がない。


 その状態で、どれだけ時間が経ったであろうか。運転手さんの声に顔を上げると、西日月駅、電車から何度か見た事のあるマンションの入り口前に車が止まった。

 料金は千八百十円、これなら、往復分には十分だろう。

 そんな事を考える余裕が少し出来たと思ったけれど、それが最後の冷静であったみたいで、車を降りた瞬間にどっと体温が上がるのが分かった。

 わざとらしいくらいの音を立てて唾を飲み込み、歩き出す。マンションの入り口の自動ドアを抜けて、そこで止まってしまった。


 オートロック。

 私は馬鹿だ。少し考えれば分かりそうな事。大体の住所を聞けただけでも十分だと踏んで、この有様。

 一応ポストを眺めるけれど、今日日ご丁寧にポストに名前を書いている部屋はない。私は大きなため息を一つして、玄関に背中を向けた。


 同時に、マンションの入り口、その自動ドアが開く。

 歳の頃はどれくらいだろうか。四十代の女性が入って来た。

 私はそういうのが得意なタイプではない。人と話すにはある程度慣れが必要だし、初対面の人はどうも苦手。

 だから、それは難しかったけれど、今はそんな事を考えている場合ではない。


「あ、あの、すみません。真田さんのお宅って分かりますか?」


「え?」


「えっと、真田先輩に忘れ物を……私、学校が同じで……」


 上手く言葉が出てこないけれど、なんとか断片的に言葉を吐き出す。


「ああ、東城の。遥の知り合い?」


「え? あ、はい、東城で、真田先輩の……後輩なんですけど……」


「そうなんだ。真田ってうちよ。私、遥の母です」


「あ、お母さん! お、お世話になっております」


 つい他人行儀なテンプレート挨拶が出てしまう。そこまでお世話にはなっていないのだけれど。


「なに、あいつ忘れ物したの?」


「は、はい、それで届けに来て」


「ありがとねー! でも、あいつまだ帰ってないわよ?」


「そうなんですか?」


「うん。遅くなるって言ってた。どうする、中で待ってる?」


「あ、いえ」


 椎田先生の話していた事を思い出す。

 深夜徘徊。もしも、真田先輩が夜の街に居るのだとしたら、まだまだ家には戻らない筈だ。


「あの、申し訳ないので、こっちでまた連絡してみます。すみません」


「なに謝るのよー謝るのはあの子だから。ごめんねえ、態々届けて貰ったのに。預かろうか?」


「いえ、大丈夫です! 直接渡さなきゃいけなくて!」


 苦しい言い訳を連ねそうにか会話を濁すと、真田先輩のお母さんはマンションの中に入って行った。

 空振り。確かに、これもよく考えれば分かる事だ。

 もしも私が想像している様な事なのであれば、この夜の中に居るに決まっている。

 私は目標を変えて、マンションを出る。

 丁度そこで、スマートフォンが振動した。表示には、朝霧深。弟の名前が表示されていた。


「もしもし、どうしたの?」


「姉ちゃん連絡見た? 何回もしたんだけど」


「ああ、ごめん、忙しくて開いてない」


 トークアプリに来ていた通知は、どうやら深くんのものだったらしい。今はそれどころじゃないと通知を開かなかった事に痺れを切らして電話して来た様だった。


「それで、どうしたの?」


「お客さん来てるよ。あんまり待たせるのも悪いから、帰って貰おうかと思ったけど、待つって言うからさ。早く帰って来なよ」


「お客さん?」






「うん。真田って人」






 私は電話を切って、すぐにタクシーを止めた。

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