深夜一時の奇奇怪怪⑦
「ねえ、まじやばいんだけど」
五月十一日。朝のホームルームが終わるや否や、香織ちゃんが私に振り返る。
「どうしたの?」
「これは……怨恨ね」
「だから、どうしたの?」
香織ちゃんは親指を立てた握り拳を顎に押し当て、思慮するポージングで続ける。
「連続殺人の被害者居るじゃない? なんで発表されないか知ってる?」
日月市連続殺人事件。
五月に入ってから起きた三件の殺人事件の被害者は、五月二日と五月九日がそれぞれ市内の高校に通う三年の女子だと判明しているが、五月十日に起きた最新の事件の被害者は、未だに公式な発表がされていない。
「えー……同じ市内の高校に通う学生だから、不安がらせない為に、とか?」
私にしては鋭く、自信のあった回答は空を切る。
「半分正解。もっとやばいんだって。被害者が同じなんだって」
「同じ?」
「そう。一件目の被害者と二件目の被害者……同じ中学出身で、仲良かったんだって」
一気に事件が人間味帯びる。
人間的なロジックが生まれると、それはどうしても人の仕業に思えてくる。
「それで、どうして三件目の事件の被害者が公表されないの?」
「三件目の被害者ね、二件目の被害者と同じ高校の三年生女子なんだけど、その人も、前の二人と同じ中学出身で仲良かったの。二件目の被害者とは、高校でいっつも一緒だったって」
それならば、犯人に捜査情報を流さない為にも、マスコミへの情報を統制する可能性はある。けれど、それなら。
「でも、どうして香織ちゃんがそれを知ってるの?」
なんでもない女子高生の香織ちゃんが、それ等を知る筈がない。
「二件目と三件目の被害者と同じ高校にね、私と同中の友達が通ってるんだ。それで今大騒ぎだって」
人の口には戸は立てられないとはよく言ったもので、多分、捜査の為の努力は実らず、情報はどんどん拡散されている筈だ。
「そうなんだ……同じ学校で二人も被害者が出たら、大騒ぎだよね……」
「ねー! 怖いよねー! なんか、最初は都市伝説の化け物かもなんて思ってたけど、完全に怨恨だよね怨恨。これは、三人に恨みを持つ者の犯行よ!」
誰もが簡単に思いつきそうな結論を声高に叫びながら立ち上がる香織ちゃん。
「くだらない事言ってない」
その香織ちゃんの頭を、鎖子ちゃんが叩く。
「痛っ! 鎖子、叩かないでよ!」
「香織が馬鹿だから直さないといけないんだよ」
「叩いて直そうってがさつさが鎖子らしい」
「褒め言葉? まったく、今度は怨恨? お前、つい昨日まで都市伝説が云々騒いでたじゃんか」
「捜査の方針変更よ! いつまでも同じ観念に囚われていてはだめ!」
「なに言ってんだか。ふわあ……眠っ」
鎖子ちゃんは大きな欠伸をしてから私を見る。
「怖いね、人間は」
「え? ああ、そうだね。怖いね……怖い事件だね」
鎖子ちゃんの言葉をオウム返しして、胸を撫で下ろす。
■
「もお、鎖子はまたどっか行って! 真凛が付き合ってくれたからいいけど!」
放課後、香織ちゃんに誘われて買い物に来た。日月駅北口方面、あんな事件が連続しているというのに、人でごった返す街は今日も喧しい。
「しょうがないじゃん、鎖子ちゃん用事あるっていうんだから」
「私は三人がいいのー! 三人がベスト!」
そう言いながら、香織ちゃんは口を尖らせる。
あまり友達の居ない私にとって、嬉しい言葉だった。
すっかり日も沈んだ街を歩きながら、服を見て周る。
「うー……欲しいが、今月はきつい」
ハンガーにかかったシャツに付いた値札をひっくり返しながら、唸る様な声を上げる香織ちゃん。
「今月きついって、まだ二週目だよ?」
「今バイト先が改装でずっと休みなの。だから最近あんた等と遊んでんの」
「そういう事だったんだ……いつから再開?」
「来週末には終わるってさ。そしたらバリバリ働くぞー! 真凛も一緒にどう?」
「うーん」
鎖子ちゃんがバイトをしていないのは、有事の際にすぐ動ける様に。
戸破の家にいつ仕事の依頼が来るかは分からないし、いきなりバイトを休んで迷惑をかけるのも嫌だと鎖子ちゃんは言っていた。
戸破の家には、そういう依頼が来る。お父さんが若い頃から、フリーランスの請負人として様々な仕事を熟している為だ。
悪魔祓い、滅教、神殺し、化け物対治、怪異捜索、呪詛返し。
その仕事を、あの家に居る私を除いた皆は熟している。お父さんに拾われて、当然の様に、同じ様に生きている。
私だけが、役立たずだ。
逆廻の血を継ぎながら、なにも出来ない私だけが、鎖子ちゃん達から見て《《あっち側》》。
だから、私がバイトをしても、問題はない。
「そうだね……ちょっと考えてみようかな」
「お、まじ? 人手はいつでも足りてないから嬉しいよ!」
「うん。今時バイトするくらい……普通だよね」
普通。
私は、普通に生きるべきなんだ。きっと、多分。
私は、普通で在るべきなんだろう。
「鎖子も一緒にやってくれないかなー」
「うーんどうだろう。鎖子ちゃんは忙しそうだから」
「それにしてはいっつもあんたと一緒に居るイメージだけどね。真凛と鎖子って一緒に住んでるんだよね?」
「あ、うん。学校に通う関係で、同じ家にお世話になってるんだ」
余計な勘ぐりを避ける為にも、周囲にはそういう風に話している。あの家に住んでいて、本当に血の繋がりがあるのは鎖子ちゃんと桜ちゃんだけだ。
「なんかさ、一緒に住んでるからかもしれないけど、あんた等って本当姉妹みたいだよね?」
「そう?」
「だって、あんたいっつも鎖子の後付いて歩いてるんだもん。小っちゃい妹みたい」
言いながら、香織ちゃんは笑う。
確かに、私はなにもかも鎖子ちゃんありきかもしれない。鎖子ちゃんも、私がなにも出来ない事を知っている。
けれど、私ももう十五だ。子供じゃない筈だ。
なにも出来ない訳じゃない。いつまでも、鎖子ちゃんにおんぶに抱っこではいけない。そう思っている。
私の探偵ごっこは、その表れ。
「身長差もいい感じだよね。十五センチ?」
「二十! じゃなくて、身長の事は言わないでよ! これから私、まだ伸びるもん!」
「まあ鎖子の前に私を超さないとなー」
香織ちゃんは、私の頭を押さえながら言う。鎖子ちゃん、香織ちゃん、そして私が並ぶと、大中小の並びになる。
身長の事を揶揄われながら、店を出る。
「そろそろ帰ろうか?」
「うん」
香織ちゃんに言われて、駅へ向かう。
人ごみの合間を縫って駅に着く。午後八時半、駅は人で溢れている。
隣駅に帰る香織ちゃんを見送って、私は南口を出る。いつもは閑散としている南口も、帰宅ラッシュの時間帯とあって人が多く歩いていた。
夜の道を一人で歩く。道ですれ違うパトカーが多い気がする。文字通り、物騒な世の中だ。今、日月の街は日本で一番忙しいといっても過言ではない。
「あ、逆廻」
帰路の途中、東城高校の校門前で、真田先輩に出会った。
「真田先輩、今帰りですか?」
「ああ、部活でこの時間になってな」
オカルト研究部。その部活動というのは、多分にあの部屋で読書に耽る事なのだろうけれど、あれだけの知識があるならば、それはそれで立派な活動だ。
「逆廻、オカ研入る気ない?」
「ええ、昨日の今日でまた勧誘ですか? うーん……これからバイトも始めようと思っているので、ちょっと難しいかもしれませんね」
「そうか……籍を置いてくれてるだけでもいいんだけどな。別に顔出さなくてもいいし」
「でも、いざ籍を置いたら、私顔出さなきゃって思っちゃうタイプなので……」
「それなら出りゃいいじゃん! なんで顔出しちゃダメみたいになってんだよ!」
「ああ、それもそうですね……」
日も落ちきったこの時間、学校の中から人の気配はしない。グラウンドで活動をしている部活動も、既に片付けを終えて帰宅している部がほとんど。
だから、静かな校門前、夜に染まりきった時間だった。
「まあ、気が変わったら是非ウチに来てくれよ。後、東雲にもよろしく言っといて」
そう言って、真田先輩は私に背を向け、駅に向かい歩き始めた。
「鎖子ちゃん?」
一瞬戸惑う。真田先輩と鎖子ちゃんに、面識はない筈なのに、と。
真田先輩の事を呼び止めようとした刹那、合点がいく。
真田先輩は、初対面の私の事も知っていた。椎田先生だ。椎田先生から私と鎖子ちゃんの事を聞いていると言っていた。少しの会話だったから失念していた。
鎖子ちゃんは私以上に部活動に興味がないし、しかもオカルト研究部。よろしく言ったところで、鎖子ちゃんから前向きなアクションが返って来ないであろうというのは明白だった。
真田先輩が夜の道から見えなくなって、私も歩き出す。
「あれ、逆廻じゃん」
真田先輩にそうされた様に、声をかけられて振り向く。そこには、自転車に跨ったクラスメイトの星野くんが居た。
「星野くん、今帰り?」
「ああ、一年は片付けあるからさ」
「そっか、野球部頑張ってるもんね」
さして活動を見ている訳ではないが、先日鎖子ちゃんが眺めていた光景を思い出して口にした。
「まあな。でも、今日はめっちゃ帰り早い方」
「え? この時間でも早い方なんだ! 大変だね……今日はどうして?」
「ほら、最近物騒じゃん? あんま遅くまでやれないんだと」
こんなところにも、事件の余波が及んでいる。既に、事件は都市伝説がどうこうの与太話の域を越え、その地域で生活する人々の生活を蝕んでいる。
「逆廻はなにしてんの?」
「香織ちゃんと遊んでて、今帰り。私の家こっちだから。それで、今ここで真田先輩——オカルト研究部の部長さんとお話してたの」
「真田さん? 逆廻知り合いなんだ」
「え?」
知らないであろうから、私は言い直した。
白球を追いかける事に夢中な星野くんが、本に囲まれた空想世界に耽る真田先輩の事を知っているなんて、思いもしなかったから、だから言い直したのに、その気遣いは余計だった様だ。
「星野くん知り合いなの?」
「いや、知り合いっつーか、一方的に知ってる感じかな。そういえば、今真田さん文化部なんだっけか。勿体ないよなー」
「勿体ない?」
「真田さん、中学の時すっげえ有名だったんだよ。地元のシニアで、めっちゃ凄くてさ」
「シニア?」
「お前凄い聴いて来るな……まあいいけど。えっと……野球の上手い子供が入るチームかな。学校の部活動じゃなくて、もっとこう、強い人だけが集まるみたいな」
「へええ、そうなんだ! 今、本当オカルト好き! って感じで、いっぱい本読んでるから意外」
そういえば、真田先輩はがっちりとした体型をしている。浅黒の肌、高い身長。納得がいく。
「だから、同じ高校に居たって知った時は、本当びびったわ。絶対有名高校に推薦で行ってると思ったから。中学の時、試合見に行った事あんだけど、ああいうピッチャーが甲子園とかプロに行くんだろうなって思ったもん」
「そんなに凄かったんだ。でも、どうして野球やらなかったんだろうね?」
「詳しくは知らないけど、肩の怪我して野球出来なくなったって聞いた。仲良い訳じゃねえから直接聞く訳にもいかねえし、それに、怪我ってなると、聞くのもなんか申し訳ねえしさ」
「ああ、そうだよね……」
「まあ、そのオカ研? で楽しそうなのは良かった。俺、野球出来なくなったらとか想像したくねえなあ」
「そうだよね……辛いよね」
「嫌だな。それじゃあ、帰るわ。もう暗いから気を付けて帰れよ」
「うん、ありがとう」
言って、星野くんが去って行く。私も自宅へと歩き出す。
星野くんと話して、そういえばと気付いた。
真田先輩が、届きそうな本棚の本を、脚立を使って取った理由。
野球が出来なくなる程の、肩の怪我。多分、肩が上がらないのだろう。
夢を、諦める。
まだ私の様に才能がない人間ならば、それはもしかしたら簡単かもしれないけれど、私と違って、才能があって、環境があった人だ。
それが、自分の内から来る挫折ならばまだしも、多分に、不慮の災難。それは、一体どういう気持ちになるのだろう。
私の様な落伍者に、その胸の内は分からない。




