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アドバイスをください!
「角岡高校の七番が左サイド、敵陣の真ん中でボールを受けます。」
12月30日、冷たい風が吹く大晦日前日、ある一会場では寒さなどを忘れるくらいの熱気が発生している。
その寒さと熱気が立ち込める芝のピッチで一人の男がボールを受け取った。
「選択肢はたくさん存在しているがッ・・・おっと、ドリブルで敵陣へ持ち込むようだ!それに合わせて味方もビルドアップし始めます!現在後半のアディショナルタイム、これが最後の攻撃となるかァー!?」
テレビからは熱い実況が送られている。
実際にその場所にいる人も多くの人の歓声により会場のボルテージがさらに上がる。
ボールをもつ背番号七番の男は、ゆっくりドリブルをしながら顔を相手ゴールにむけるが、その視線の左側からボールを奪おうと相手の右のMFが猛スピードで走ってくること認知した。
ドリブルのスピードのギアを上げて、マシューズフェイントであっさりと相手の右側へ抜けると、そのまま加速し、最終ラインへ。
もうゴールしか見えていない。
ペナルティーエリアにはいる直前で相手のCBが前に立ちふさがるが、まったく重心の軸のブレを感じさせないシザーズで相手の股が大きく開かせ、そこにボールを通し股抜きを成功させ、そのままシュートコースを消しに上がってきたキーパーの頭上を越すループシュートをする。
ふわっとしたボールはゴールライン手前で一度バウンドして、ゴール右端に吸い込まれた。
「入ったァー!角岡高校、試合終了間際に勝ち越しの一点!恐るべき、突破力!まるでポルトガル代表のクリスティン・ロナウドを思わせるプレーだッ!」
「なんなんでしょうか、ほんとなんなんでしょうかね。」
「角岡高校、七番、電佐内!今年の角岡高校は一年生のとんでもない怪物を選手権に連れてきたぞッ!」
試合会場のボルテージは最高潮に達し、実況者はマイクに向かって叫び、解説者は佐内のプレーに強く心を打たれた。
「佐内ってほーんとサッカー下手だよね。」
夕日に照らされた小学校のグラントで幼さを感じる小学6年生がたった二人、無邪気にサッカーの練習をしていた。
「うるさいなぁ~!俺だって一生懸命にやってるんだぞ!」
練習相手は同じサッカークラブに所属している唯一の女子、明石ほむら。
非常に運動能力が高く、女子の中でも身長も高い。
「なら一回でも私からボールを取ってみなさいよ。」
「んじゃ、ボール取れたら俺のこと「「さっちゃん」」っていうのやめろよな!」
「ならもし取れなかったら、どうするの?」
「それはお前に任せるよ」
「ん~、それじゃあさぁ、わた・・・」
「隙みっけ!」
さっちゃんはボールを奪うために一気に距離を詰めて足を延ばした。
「あ、ち、ちょっと!ズルい!」
とほむらは焦りながらも足元は冷静にさっちゃんの延ばした足にボールが当たらないように足の裏でボールをコントロールした。
体をつかってさっちゃんを背後につけたほむらは、まさかのクライフターンを決め、急加速したほむらの動きについていくことができなかったさっちゃんは、体勢を崩し、しりもちをついた。
「フフッ♪不意打ちで私からボールを取ろうなんて100年早いわ!」
「イタタ・・・クライフターンなんて小学生がやる技じゃねぇだろ・・・」
「は~!?なに言ってんの!私たち日本一になるんでしょ!チームワークも大切だけど、一人ひとりの力も大切よ!」
すると
「また練習しとるんか~?」
と福井の訛りがある男の子の声が遠くから聞こえる。
その男の子は長門和彦。
和彦は佐内とほむらが所属しているサッカークラブのキャプテン。あだ名は「カズ」。
佐内をサッカークラブに勧誘した張本人。
クラブでは10番をつけ、その活躍はまさに「指揮者」。
「カズ!?」
「ほんとに、二人ともサッカーが好きなんやのぉ。僕も混ぜてくれんかぁ?」
佐内は急いで立ち上がると、カズのほうへ駆け寄った。
「カズ~!サッカー教えてー!」
するとカズは笑って
「なんやの、突然。またほむらちゃんに負けたんか?」
「またってなんだよ!?」
「佐内の技術自体はほんとに高いレベルにある。ただ冷静さがたりん。」
「冷静さ・・・?」
「まぁ、少し見といてな。ほむらちゃん。僕がボールを取ってみる、相手してもらえんかぁ?」
「いいよー、カズ!」
「それじゃぁ、いくよ!」
カズはほむらの近くまでいき、まるで壁の様にほむらの前に立ちふさがった。
ほむらはマシューズフェイントでカズの左側へ抜けようとしたが、カズにはフェイントをかけらのにもかかわらず、ほんの僅かに足を延ばし、ボールだけを奪った。
まるで獲物を捕らえるカメレオンの様である。
「早い・・・ッ」
佐内はその動きに惚れ惚れとしていた。
「へへっ、動きが早いってわけじゃなくてぇ~、しっかり観察してるから少ない動作でボールを捕らえるから早くみえるんやざ」
和彦はまるで何事もなかったかのようにいつものニヤッとした顔をしている。
「あーもー!カズってなんでそんなに簡単にやってのけるわけ!」
「まぁ、一種の慣れってやつかもしれないね。初めてやることってぇ、ひっで慌てることが多いけどぉ、何回もやるうちにぃ、どう対処すればいいかってわかるんや」
「んじゃさ、もっと練習すればいいってこと?」
「ん~。練習よりも実戦やなぁ。一期一会、十人十色な相手でもぉ、経験が蓄積されれば、全部冷静に対処できる。全部一度だけの動きじゃないんやざ」
「一度だけの動き・・・?」
「そうや、軌跡はみんな違う。同じフェイントでもぉ上手い下手じゃなくてぇ、個性がでて、同じものは存在しないんや。やで、いまのフェイントも人によってはうまく引っかかることもある。個性は長所で短所や」
すると、ほむらが和彦の背後で低い声をだした。
「つまり「僕にはそんなフェイント効きませんよ」って言ってるよね・・・」
「ヘヘッ、その通りやざ!」
和彦は猛ダッシュでほむらから距離を取り始めた。
「でも、見るたびにキレがでてきてる!明日の練習試合で発揮できるとおもっしぇえな!」
「褒めてるつもりィ!?ま、いいわ。明日がんばりましょ!」
「おう!佐内もぉ、初めての練習試合やろ?頑張ろうな!」
そういって和彦は駐輪していた自転車のかごから英語のワークを取り出し、小学校の中へ入っていった。
「ほんっと、カズは・・・!」
「そういや、明日初めての練習試合か。緊張するなぁ」
「なにいってんのよ、いつもの強気なあんたらしくないわね」
「もし俺の動きが相手に通用しなかったら・・・」
「どうしたの、突然のマイナス思考。明日は雪が降りそうね」
「ほむらはさ、初めての試合はどんな感じだったんだ?」
「んー、最初は緊張したよ。チームに合わせなきゃって。でも、一回相手を突破した後はホッとしたのは覚えてる」
「どうしてだ・・・?」
「自信がついたのよ、私の攻撃は相手にも通用するって・・・。だから・・・」
「だから?」
「明日は自信をつけることを目標にすればいいの。別にうまい下手じゃなくて」
「なるほどねぇ。にしても珍しいな、俺にアドバイスをくれるなんて」
「聞かれたから答えてるだけじゃない!私はあんたとカズと一緒に試合にでたいだけ!」
そしてほむらもまた、佐内から離れていく。
「あ、それとね、さっきの一対一で私が勝ったから、私の言うことを一つだけなんでも聞くっていうことで。」
「な、なんでも!?んなこと言ってねぇぞ!」
「だって任せるって言ったじゃん!んじゃ、よろしくぅ!明日がんばろうね!」
そして黄昏どきのグランドでたった一人になった佐内はもう少しだけボールを触ってから帰ろうと考えた。
一人でひたすらボールを蹴ってゴールに入れては取りに行くという作業を黙々と続けた。
「明日、一点、俺が、獲る!」
と大きな声で叫ぶと
「いや、点を取るのは僕や!」
小学校の玄関から訛りがある言葉が聞こえた。
「カズ!まだいたのか!」
「ほんとはぁ、問題を解いててわからないところがあったから学校きたんや」
カズは英語のワークを自転車のカゴに置くと、すぐに佐内のほうに駆け寄り、まじめな顔で
「ほんとに突然やけどぉ。まだ、佐内のボールさばきは見たことない。やで一対一やろっさ」
「べ、別にいいけど・・・。ほんとに突然だな」
「いや、気になるだけや。まぁ、つべこべ言わずにやろっさ!」
夕日に照らされた二人の影だけがそのグランドで動いた。