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プロローグ 二

7月23日。涙雨。


 宇市健造氏が亡くなったという訃報を知らせる電話から、二日。

 しとしとと雨が降る中、私は母さんと父さんと共に、かの有名なお金持ちの宇市のお屋敷に来ていた。


 一般階級である多田野家が、この国のブルジョア階級の宇市家となんの関係があるというのか。

 両親にとっても正直わからないことばかりだというし、私なんかが知れるところではない。それこそ、マスコミが食いつきそうなネタ……なんて言ったら不謹慎か……でもビッグニュースなのは間違いない。


 あの電話の後、我が家はやたらと静かだった。割と騒がしい家だと思っていたけれど、あまりに大きな謎にぶつかって言葉もないという感じだった。

 その時は私には関係ないと思って、普通に夕飯食べて、お風呂入って、テレビ見て、寝た。だいぶ寝た。


 翌日、つまり昨日再び電話があって、父さんから明日は宇市さんの家に行くことになったと言われた。驚きもしなかったが、ただ、なんで? めんどい、とそう心に感じていた……時期が私にもありましたね!


 今日の昼前にやたら長い黒塗りの車が家の前に止まったと思いきや、テレビとかで見たことあるような、いわゆる執事みたいな、真戸(まど)と名乗るおじ様に言われるがまま乗車。気づけばお山の中、立派なお屋敷の前まで来ていた。

 お屋敷というより、城? かと思われる門を抜け、錦鯉がたくさん泳ぐ池を左目に、巨大な庭園を右目に、石畳の路を足下に、そのまま流れるように熊の剥製がある立派な玄関を上がり、長い廊下を抜けて抜けて……。


 そして今、両親に挟まれて私は何畳あるのかわからない広い和室で正座しています。

 恐らく、目の前で横になっている男性が、かの宇市健造氏。そしてその向こうに座る親族であろう人物達。なんだ、この状況は……。


「改めて、急なお呼び立て、申し訳ございませんでした」


 宇市健造氏を挟んで、向かいに正座する黒い和服(喪服とは違う気もする)を着たお婆さんが手をついて頭を下げる。

 それを見て両親も頭を下げ、私もそれにならう。


「わたくし、宇市健造の妻の宇市芳子(ういちよしこ)と申します」

「この度は大変な……」


 父さんの言葉を芳子と名乗ったお婆さんは軽く首を振って遮る。

 お婆さんというには失礼なぐらい、若々しく、凛としている。こんな事態、ましてや長年連れ添っただろう夫が亡くなったにも関わらず、こんなにも冷静でいられることに不気味さすら感じる。これも裕福な家で暮らしてきた者であるが故のものなのかな。


 芳子と名乗ったおば様(お婆さんとは言うには最早失礼だと感じた)は、目で合図すると、少し離れたところに座る男性が小さく頷いた。迎えにきた執事の真戸さんだ。


「長い乗車でお疲れのところ申し訳ありません、多田野様。急な事でしたので、説明不足であったこと、ご容赦下さいませ……」

「いえ、問題ありません。ですが、正直なところ、わたし達が何故呼ばれたのかわからないのですが」


 父さんが、かっこいい。あ、いや、こんなキリッとして話す父さんはほとんど見たことがない。いつものほほんとしてるから男だということを忘れるくらいで、優しさを具現化したものだと思っていただけに驚いた。


「失礼ながら私からご説明させていただきます」


 真戸さんが父さんに負けず劣らずの口振りで話し始める。


「宇市家の当主である健造様がお亡くなりになられたことは、お話した通り……でございます」


 ちらと、静かに物言わず横たわる健造氏を見やる。


「健造様がお亡くなりになられる前、最後のお言葉でございます。そのお言葉に従い、この度多田野様をお連れした次第でございます」

「最後の言葉……つまりは」

「遺言にございます」


 父さんが全て言う前に真戸さんが続ける。


「遺言にはこう、ございました。N市に住む多田野の家の者を呼び、この手紙を読むこと、全てはそこにある通りにすること、と」


 言うと、真戸さんは健造氏の頭上に置いてあった紙を手に取り、見せた。


「なるほど……いまだ、頭が追いつきませんが、全てはその手紙にあるということですね」


 父さんは静かに頷きながら言った。

 それを見てか、今度は芳子おば様が口を開く。


「我が宇市家と、多田野様のお家と、どのような関係があるのか、私も身内の者もいまだ知り得ぬところです。全て健造のうちにあったことだったということになります」


 その言葉に、今まで以上にシンとなる。吐息すら許されないような異様な空気。耐えられるか、私……。


「では、早速ではありますが私の方から失礼させていただきます」


 真戸さんが一言、健造氏の遺言書であろう紙を開いた。


「……遺言書。宇市の家の者へ」


 やはり、というか遺言書であった。向かいに座る宇市の人たちがピリッとするのが伝わってきた。あれかな、相続的な? まぁねぇ、こんだけの大金持ちだもん。気になるよね、そうだよね、うん。……あれ? そこに私達が呼ばれたって……あれ?


「宇市家の所有する土地、家、財産と呼べるもの全てを宇市のものとして相続すること。本家の土地、家は長男に、各別荘の土地、家は次男以下兄弟にて分配することーー」


 真戸さんが、淡々と遺言書を読み上げていく。

 初めこそ緊張しながら聞いていたものの、正直難しい言葉やらが並べられててわからない、というか長い。まぁそれだけの資産があったのだろうけど。そういえば確か宇市って、温泉掘り当てて大きくなったんだっけ?

 たっぷり15分ほど相続の話が続く。いい加減足が痺れてきたと感じ始めた頃。


「ーー以上を、宇市家の相続とすること」


 終わった! 終わったよ! 長かった……! 最早何故ここに呼ばれて、一緒に遺言書を聞かされていたかはどうでも良くなりはじめていた。完全に痺れているという、くすぐったいようなムズムズする感覚を足に抱えながら、私は心の中で叫んだ。


「……ただし」


 続く真戸さんの言葉に、異様な空気がふっと流れた。


「宇市健造個人所有のF市にある土地、またその店舗、施設、設備一切の権利を多田野家の者に譲ること。それに関する書類、書物、物品等に関しても同じとする。またそれらに関する異議立てをすることを宇市家には許さない」


 思いっきり伸びをしたいところを、完全に挫かれた。

 ここにいる全ての、人間が、驚きを隠せなかった。


「それらに関する物の整理、譲渡、雑務には多田野家が。我が執事たる真戸家の者が世話をすること。宇市家の関与は許されない」


 はい?


「多田野家は……我が宇市家の正統な分家にあたることをここに証明する」


 はいぃぃぃい!?


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