魔弾製造者リディアーヌ
◇=1ヵ月経過 ◆=1年経過
最終試験日=王国歴1015年8月30日
学院卒業日=王国歴1015年12月1日
お父様の話=王国歴1015年12月10日
魔物侵攻日=王国歴1018年6月10日(1ヵ月=30日)
最終試験日からは◆◆ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇
お父様の話からは◆◆ ◇◇◇◇◇ ◇
(ここって、乙女ゲームの世界よね?)
水属性の魔方陣前で冷気に中てられた瞬間、ふとそんな事が脳裏を過ぎった。
ヴィオと買収された教師がこの場にいて、生徒たちの召喚術も順調に進んでいる事から、侯爵家の野望を阻止するストーリーはきっと何一つ進んでいない。
このままだとヴィオは歴代最高の天才魔導師として第一王子殿下と婚約し、学院で彼女の派閥に入らなかった女子生徒たちはみんな悪役令嬢にされるバッドエンドに一直線だ。
タクラーム侯爵も勢力拡大と他の大貴族の派閥解体を推し進めるために孫娘ヴィオのワガママに便乗するので、王都では暫く陰謀の嵐が吹き荒れる。
(………………よし、決めた)
私はタクラーム侯爵家の陰謀を先回りして潰す事にした。
もちろんシアの協力も得て、契約を偏らせ過ぎないようにする。
その結果…………
【最終試験結果(6属性の格・推定属性値)】
第1位
アルノルト・ルクレール
火4・水3・風3・土3・光2・闇4 合計63~
第2位
リディアーヌ・グランジュ
火4・水3・風2・土4・光0・闇4 合計61~
第3位
レティシア・ジュベル
火0・水4・風4・土0・光4・闇2 合計52~
第4位
エディト・シャルトル
火3・水2・風2・土3・光3・闇2 合計39~
第5位
カール・ドーレンス
火2・水2・風3・土2・光2・闇3 合計34~
・
・
・
第18位 ~ 第27位
ヴィオレット・タクラーム
火0・水0・風2・土0・光0・闇3 合計13~
タクラーム侯爵家の野望は阻止することが出来た。
ところでヴィオが闇属性だけを極端に上げているのには理由がある。
2格の契約に必要な属性魔力は、160~809。
3格の契約に必要な属性魔力は、810~2,559。
4格の契約に必要な属性魔力は、2,560~6,249。
5格の契約に必要な属性魔力は、6,250~。
埋め込まれた精霊石で底上げできるのは「魔力40×25回×年数」で、過去3年分の蓄積から今年度の学生分を全部集めるまでの間の3,000~4,000になる。
精霊石の核は変質した4格の魔石で、魔力を溜め込める量はその付近だ。
ヴィオが限界付近まで高められた精霊石を発動できるように、ちゃんと考えられて仕掛けてある。
努力しなくても4格は確定だけど、この状態から5格に届きたいなら、自力で属性魔力を2,250まで上げて、同学年99人が魔力を吸われた後の底上げ4,000を狙うしか無い。
あの子が最後に闇属性の魔方陣へ行くのには、そう言う理由がある。
そして主人公エディトの行動次第では、5格という稀代の大魔導師へと至る。
結果は失敗だったけど。
私は口に蓋をして卒業し、実家で満面の笑みを浮かべるお父様から縁談を言い渡された。
「リディア、なんとデリウス公爵家から後継者レオナルト殿との縁談が来たぞ。うちみたいな数十家もある子爵から当主の正妻を迎えるなど、本来ならばあり得ない事だ!」
「…………それでレオナルト様とは、一体どのような方なのでしょうか?」
レオナルト卿は、攻略キャラじゃない人だ。
そもそもデリウス公爵家で知っている事と言えば、王国に2つしかない公爵家の一角で、アルノルト第三王子の王位簒奪時には協力する能力主義者の家という事だけだ。
大抵の場合は成功者になるけど、主人公エディトの行動次第では負ける。
でも今回の上位精霊を1つも持っていないエディトなら影響力が低いし、同じ平民のカール君とライバルイベントをして結ばれている点も含めると大丈夫なはずだけど。
「レオナルト殿は、現当主ジルベール公の第三子だ。兄弟の才覚が横並びであった為に長子が公爵位を継承する流れであったところ、レオナルト殿がお前を妻に迎える意思を示した事で継承順位が入れ替わったらしい」
何それ、すごく行き辛い。
「二人の兄は屋敷を与えられて各々家から出るらしい。あとはお前に男児が産まれれば安泰だな!」
継承者の交代まで決まっていると言う事は、うちの馬鹿父はデリウス公爵家との婚姻を取り付けてしまったんだと思う。
爵位が3つ上の公爵家の継承者だと、子爵家の私は格上精霊3つ分を足して同格の家の扱いになるだけで、当主である父親が反対しない限り結婚に拒否権は発生しない。
子爵家から離縁すれば別だけど、貴族のルールに従わないなら貴族の社会では生きていけなくなる。
……男尊女卑反対。
◇◇◇◇◇ ◇
私たちが住むベーレンス魔法王国は東西に約3,000km、南北に約1,200kmという日本の10倍近い陸地面積で、そこには約600万人が暮らしている。
各国が領有権を主張している土地に比べると人間が実効支配している土地はかなり狭く、都市と都市の間は多様な種族や魔物達の生息域になっている。
そのように中央集権化が不可能な世界では中世封建制度が続かざるを得ず、ベーレンス魔法王国内では統一された身分は大まかに3つに分かれている。
中位精霊と契約した貴族・準貴族階級。約6,000人。(1,000人中1人)
下位精霊を操れる騎士階級。約12万人。(100人中2人)
精霊を操れない平民階級。約588万人。(100人中98人)
他にも人と外見が酷似した数種類の亞人族、人より遙かに大きな巨人族、獣や竜など他生物の特徴を持つ獣人族や竜人族、精霊の力を受け継ぐ妖精族が都市内に暮らしている場合もある。でも彼らは人間ではないので、身分は無階級になる。
ベーレンス魔法王国は人間のうち優れた魔導師を優遇してその血を掛け合わせ、中位精霊と契約できる優れた魔導師を安定的に確保することで他種族や魔物を圧倒して現在の領土にまで拡大を続けてきた。
だけど南北でそれぞれ強大な帝国と接し、東には海で本土が分け隔てられた海洋王国、西には費用対効果の見合わない精強なフレイドホルム王国があって、領土拡大は頭打ちになっている。
領土拡大が頭打ちになった原因の一つに、他国の人間が発明したエアライフルの技術発展がある。
エアライフルを用いれば、下位魔導師で中位魔導師を倒す事も十分可能となる。
いかにベーレンス魔法王国に中位魔導師が沢山いると言っても、その数は下位精霊を操れる騎士に比べると二十分の一でしかない。
下位精霊を操れる者ならば他国にも相当数が居て、そんな彼らがエアライフルを装備し、中位精霊を操れる貴族を狙撃し始めた結果、戦場におけるベーレンス魔法王国の優位性は一気に崩れ去った。
中位精霊で防御に徹すればかなりの確率で防げるけど、それだと攻撃が出来ないので戦場に居る意味がない。かといって防御を解いて攻撃を行えば、狙撃されて死んでしまう。
人口比から見て下位魔導師1名と中位魔導師1名では犠牲が全く釣り合わず、仮に中位魔導師が下位魔導師20名を倒せたとしても、上手くやれば兵士でも倒せる下位魔導師を倒すために中位魔導師が犠牲になるのはやはり割に合わない。
従って現代の戦場は、エアライフルを装備した騎士階級の独壇場になっている。
バシュン……と空気の吹き出す音がエアライフルから漏れ、加速を得た弾丸が物凄い勢いで銃口から飛び出した。
瞬く間に数百メートル先へと突き進んだ弾丸は、射程上に居たフォモール族の男の右前腕に命中して武器を叩き落とした。
「ちっ」
狙撃した騎士が舌打ちを漏らした。
フォモール族は全長3メートルから5メートルにもなる巨人族で、その強靱な肉体は魔物との肉弾戦すら可能とする。
それ故に遠距離から狙ったのだが、いかにソフトポイント弾は変形するから命中した部位に大ダメージを与えられると言っても、頭部を外してしまえば反撃されるのは目に見えている。
慌てて次弾を撃とうとした射手の騎士を、隣にいた同僚の騎士が制した。
「いや、1発で充分だ。次を狙え!」
「…………おいおい、マジかよ」
騎士達の遙か視線の先では、右前腕にダメージを与えられたフォモール族の男の巨体が傾き、そのまま大地に倒れていった。
衝突した反動で身体が僅かに浮き、再び沈むまでに何ら抵抗を示さない姿は、まるで撃ち殺された中位魔導師が大地に沈むかのようだった。
その直後に前腕から赤い炎が上がり、瞬く間に全身へと広がる。
それはデリウス公爵家の後継者に嫁いだ夫人リディアーヌが、公爵軍の騎士達が持つ弾丸に魔力を篭めた事によって発生している現象だった。
鉛の弾丸を作る際に、上位土精霊の力で火と闇の精霊の魔力を包み込み、弾の炸裂と同時に2つの魔力を吐き出させ、命中した相手のマナに反応させて強い麻痺効果と業火を全身へ広がらせる。
上位精霊の力をそのまま封じ込められる訳では無いし、篭めたマナも時間と共に少しずつ漏れていくので使用期限もあるけど、本気で作った場合は数年ほど中位闇精霊の麻痺効果と中位火精霊の炎効果を同時に弾丸へ付与出来る。
「だから言っただろう。これは1発当たるだけでも強い光か闇の属性を持たなければ麻痺で動けなくなり、同じく相応の火か水属性を持たなければ焼かれる。しかも、命中すれば銃撃されたダメージだって負う」
「すると物理と麻痺と炎の三段攻撃になるわけか」
そもそもエアライフルは、他国がベーレンス王国との戦争用として発明した対人兵器だ。人よりも大型や頑丈な相手を倒す際には、一撃必殺とはいかなくなる。
だがそれは過去の話となりそうだった。
こんな弾丸が各地の戦場を飛び交い始めれば、従来の人と魔物の力関係が一変する。
「第一、第二騎士小隊は前進しながら順次制圧。第三騎士小隊は分隊に分かれて左右から回り込め。3人一組を厳守。兵士隊は分隊単位で付き従え!」
乙女ゲームに違和感が凄まじい単語が飛び交った。
全員が士官以上の騎士たちは中隊36名、小隊12名、分隊6名と言った風に編成されており、今回は小隊3つを従えた騎士中隊が来ている。
一方兵士は中隊200名、小隊40名、分隊10名で編成されて、3人一組で12チームに分かれた騎士達に分隊12個が付き従った。
残り80名の兵士は、物資が置かれている場所の確保とか負傷者の救護など様々な役割を果たす。
「中隊長から命令が出た。ジャック、セザール、無駄口を叩いていないで行くぞ」
「「了解」」
「軍曹、前進だ」
「はっ、アルテアン分隊はボルク中尉殿に従って前進を開始しろ。槍で警戒しながら、巨人接近時には、可及的速やかに中尉殿か両少尉殿へ報告しろ」
周囲では彼ら3名の他にも、エアライフルを構えた騎士達が次々とフォモール族の村へ突入を開始した。
ここは人間側の視点ではデリウス公爵領に属する天然資源の豊富な山岳部で、そこを人間が歩くだけで襲ってくるフォモール族たちを撃破するのが今回の任務だ。
相手には相手の言い分があるのかもしれないけど、生物が優先するのは自分たちの種族だから互いに歩み寄れるはずもない。
生物の生存本能に基づく自己保存行動を否定する事自体が間違い……って、ここは乙女ゲームの世界でした。
そんな「ゴブリンを倒すのは良くて巨人族はダメ」なんて不当な差別をしない騎士達は、各々の家から飛び出してきたフォモール族を次々と撃ち倒していった。
だけど巨人族の村は人よりも広くて、家屋が遮蔽物になっていることから倒し切れずに反撃を受ける部隊も出てきた。
「左手からスリングによる投石!」
「全員避けろ」
避けろと言って避けられるなら、投石に当たる人は居ない。
人の頭部ほどもある石が物凄い勢いで密集した兵士の中に飛び込んできて、激しい衝突音と共に一人の兵士の頭部が吹き飛んだ。
「エーミールっ!」
「衛生兵、衛生兵!」
彼らが叫ぶ間にも第二投が飛び込んできて、別の兵士の胴に当たって背骨を折った上で弾き飛ばした。
反撃手段を持たず蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う兵士達の中、騎士達は投石された方向にエアライフルの銃口を向けた。
だが巨人族も愚かではなく、エアライフルという存在を知っている彼らは射線から逃れるべく建物内に隠れてしまった。
大きな放射線を描く投石と、殆ど曲がらないエアライフルの弾頭とでは、弾道がまるで違う。投石は建物に隠れながら斜め上に飛ばす事が出来るのに対し、エアライフルではそのような撃ち方をする事は出来ない。
「くそっ、風魔法の威力を高めて撃て」
気圧を高めて撃てばより高威力で長距離に撃つことが出来るので、木製の家屋くらいなら貫く事も叶う。
問題は銃身が保たないことだが、指揮を執る中尉はやむを得ないと判断した。
3丁のエアライフルが勢いよく圧縮空気を吹き出し、先ほどの射撃を上回る速度で飛び出した弾丸の一つが薄板を貫いて投石を行った巨人族の大きな身体に命中した。
巨人は家屋の裏で倒れ、巨体の一部を無防備に晒しながら燃え始めた。
「投石巨人、撃破」
「中尉殿、我が方の損害は死亡1、重体1です。部隊から2名を重体者の後方搬送に充てる許可を願います」
「許可する。残りは進撃を再開」
「「了解」」
騎士達は発砲しながら前進を再開した。
兵士達が各家に次々と火を放ち、焼かれて中から飛び出してきた巨人を騎士達が撃ち殺す。
家に接近したときに飛び出してこられても銃撃すれば即座に麻痺させられるので、騎士と兵士が固まって移動すれば対処の術がある。
彼らは十軒ほどの家を焼いて突き進み、やがて村の広場のようなところに出た。
そこには4人の巨人と3人の騎士、そして10名近い兵士の死体が全員土まみれで散乱していた。
巨人には銃弾で撃たれて焼かれた痕跡があり、人間の死体には巨人の力や斧で殺された形跡が見て取れる。
「……これは一体?」
「土魔法による肉体強化だろう。こいつらは種族的に土属性3の力を得られるが、中には土属性4に上がって短時間ならば中位土精霊の力を操れる者も居ると聞く。攻撃力が上がると同時に防御力も上がって弾丸にすら耐えるからこそ、今までは手が出せなかった」
「対抗手段は!?」
「とにかく新型弾丸を当てろ。これは物理的にではなく魔法的にこいつらを倒せる弾だ」
彼らは同規模の味方を壊滅させた巨人の力に戦慄しつつも、進撃を再開した。
やがてフォモール族の村に侵攻したデリウス公爵軍は、犠牲に十倍する戦果を生み出して巨人族の村を壊滅させることに成功した。
◇◇◇◇
王国歴1016年10月。
園遊会で新領地獲得の報告を行ったデリウス公爵は、バルツァー宰相と土地の割り振り交渉を終えて、3ヵ月振りに領地へ戻ってきた。
園遊会というのは、こういう事を王家や他の諸侯に承知させる場でもある。
「この度のフォモール族撃破に伴う領地の確定、誠に御目出度うございます」
「鉱山資源の豊富な西側が広く手に入るなんて、素晴らしいですわ」
「うむ。これで先祖代々の悲願であった西側への進出ができる」
それを待ち構えていたオリンド義兄様が祝いの言葉を述べ、妻のイネスさんが相槌を打つ。
穿った見方をすると、オリンド様は自分がデリウス公爵家の内情を知り尽くした嫡男ですよと再確認して、イネスさんがそれを支える役割だったのですよと自己主張して、最後にお義父様が軽く流した形になる
イネスさんって言ったらダメかな。相手は義姉だし、年上だし、綺麗だし、ブロンザルト伯爵家の娘だから実家が私より格上だし、風と闇の中位精霊と契約している優秀な女性だし。
流石にお義父様もブロンザルト伯爵家から迎えた娘を無下に扱う事はせず、オリンド義兄様を領地の代官の一人に据えて、かなり豊かな暮らしはさせている。
でも現在のデリウス公爵家においては、後継者筆頭である三男レオナルト様の妻である私の方が扱いは上になる。
「父上、どのくらいの領地になりますでしょうか?」
「大山の先には、ゴルチエ侯爵領のアレリード大山の麓を上回る発展の余地がありますわよね」
今度は次兄のアンベール義兄様が意欲的に問い掛け、その妻であるクレーアさんが広いから分けられますねと捕捉した。
アンベール義兄様は元々公爵家を継承できない控えの立場だったけど、それでも領地の一部を分け与えられて男爵くらいにはなれると踏んでいたので、弟で私の夫のレオナルト様が立場を逆転させた時には大いに焦った。
そして領地が増えるという新展開になって、機会を逃すまいと意欲的になっている。
次兄の妻であるクレーアさんも出自はバグリー伯爵家で、側室の娘という立場だけど風と闇の中位精霊と契約しているから血統と才能は保証されている。
伯爵の愛娘だし、実力はイネスさんに劣らないし、年上で義姉にもあたるので、もしも私の契約精霊が中位だったら立場はクレーアさんの方が上だった。
つまりズルをしなければ義姉様の方が上なので、私としては気にしてしまう。
それ以前に水精霊3しか売り文句のない子爵家の私が、デリウス公爵家に迎え入れられた可能性は殆ど無いと思うけど。
「我がデリウス公爵家が切り取った土地故、6割が我が家の新領地と認められた」
「残り4割は国ですか」
確保した土地も小麦の収益も、4割は王家に取られる。
酷いって思うでしょう。
参考に日本の法人税率は国税と地方税を合わせて34.62%(H26年度以降。財務省)で、個人の高額所得税も45%(H27年度以降)で、元の世界は税も安…………くない!
「バルツァー伯は、王家が新たに下賜するための直轄地を確保しておきたかっただけだ。街道沿いと山の麓をいくつか取られたが、こちらも相応に確保している。オリンド、アンベール、支援する故、お前達がそれぞれ開発してみるか?」
次世代が平等に繁栄するには、前世代の領土や資源を受け継ぐだけだと不足する。
デリウス公爵が自分で満足するだけの土地や資源を持っていたとしても、子供が三人居たら分けなければならなくなって、子供の領地は親が満足出来ていた広さの三分の一になる。
さらに三人の子供達からそれぞれ孫が三人ずつ産まれると、3つに分けた領地が更に三分割されて九分の一になる。
土地や資源が世代ごとに三倍に増えるはずもないから、一人の子供にだけ爵位や領地を受け継がせて残りは追い出す。
デリウス公爵家で言えば追い出されるのが長兄と次兄で、爵位を継承するのが三男のレオナルト様。
でも義兄たちが素直に諦めるとは限らないので、それなりの財産を与えて、それを争いで失うリスクを考えさせる。
領地を持っている準貴族は、領民の数や血統次第で爵位を得られる可能性がある。
王家の領地承認とデリウス公爵家の支援があれば、長兄が子爵で次兄が男爵くらいには叙爵されると思う。
そしてその条件ならば、義姉たちの面目も立つ。
そもそも伯爵家の娘にとって、夫が子爵家の当主というのは妥当な話だ。
どこの家にも娘が1人しか居なくて必ず同じ格の家に嫁ぐのでもなければ、嫁ぐ際に格が落ちる者が出るのは当たり前だと言える。さらに側室の娘ならば、男爵家の当主の妻でも充分となる。
「…………父上がそう仰られるのであれば、やってみましょう」
「お任せ下さい」
長兄が不承不承、次兄が嬉々として話に乗った。
するとイネスさんはクールに、クレーアさんは喜びを顔に出してそれに従う意思を示す。
この間、私と夫のレオナルト様は黙して語らず。
手練手管は相手の方が上だし、せっかくお家騒動が解決しそうなのに余計な言質を与えて絡め取られると困るし。
「よし。オリンドには移民2万人、騎士1個中隊、兵士2個中隊、金貨30万枚。アンベールには移民1万人、騎士2個小隊、兵士1個中隊、金貨16万枚。加えて相応の物資と特殊魔弾も与える。他の代官どもに後れを取るなよ」
ちなみに騎士は、人口600人に1人くらい。
下位魔法が使える騎士階級自体は100人に2人くらいだけど、全員が騎士じゃなくて聖職者や冒険者、引退した高齢者や子育ての主婦も居るので、実際の割合はそれくらいになる。給金は1年で金貨60枚が相場。
だから人口2万人なら33人くらいがいて、長兄オリンド様に割り振られた1個中隊36人は概ね妥当な数になる。
次兄アンベール様に割り振られた2個小隊24名は少し多いけど、新領地の開拓をするなら少し多めじゃないと危ないので仕方がない。
一方で兵士は、人口50人に1人くらい。
これは人口から性別で2を割って、寿命のうち労働する期間で2を割って、職業選択で12.5を割った数になる。
給金は下っ端の二等兵でも月に金貨1枚貰えるので、1年で金貨4枚と言われている貧しい地方農民の世帯収入の3倍くらいあるけど、魔物が多い世界で死亡率も他の職業より高いので、農地を引き継げない人とかが選択する職業。
人口2万人なら2個中隊400人が妥当で、長兄も次兄も人口規模に見合った数を引き継げたことになる。
そして彼らを雇う場合、長兄は金貨8,160枚(36名*60枚&400名*15枚)、次兄は金貨4,440枚(24名*60枚&200名*15枚)を1年ごとに支払う必要がある。
お義父様がお示しになられたのは、それぞれ36年くらい雇える金貨だった。
これなら1世代の間に全く収益が上がらなくても、彼らを雇い続けられる。
もちろん周辺の山の天然資源が豊富な土地だし、小麦が育たなくても芋が収穫できるし、放牧だって工芸品の生産だって出来るので、収益が全く上がらないなんて言う事は絶対にあり得ないんだけど。
「……父上、金貨の枚数が異様に多いのは何故でしょう?」
長兄のオリンド様はかなり賢い。
領地経営を軌道に乗せるために必要な金銭の3倍以上を示されて、その意図を確認した。
……もちろん手切れ金です。
私はそんなにメンタル強くないので、早く別々の都市で暮らしましょう。
早く完全独立をして貰わないと、私の胃が保たない。
ああ、上位光精霊を取っておけば良かったなぁ。
「1発で魔物を殺し、豚頭背鱗水牛の魔石ならば金貨1枚、鰐竜の魔石ならば金貨3.6枚を稼げる魔弾。これをリディアーヌは1日数百発も作れる」
「…………それほどとは」
「一日に金貨数百枚を稼ぐと思えば、税収を気にするのが馬鹿馬鹿しくなるであろう。魔弾はお前達にも融通する故、有効に使え」
ちなみに魔弾の独占はせずに、他の諸侯にも威力を一段階下げて売る予定です。
その目的の一つは、いずれ大侵攻してくる豚頭背鱗水牛と鰐竜への対策。
その手始めとして新領地を与えられた第二王子殿下のブラントーム公爵家に、試供品として5,000発を贈りました。
売り文句は分かり易く「1発で倒せて、豚頭背鱗水牛なら金貨1枚、鰐竜なら金貨3.6枚が稼げます」です。さっきのお義父様の説明は、私の受け売り。
5,000発を使って狩った魔物の魔石の販売益で、ブラントーム公爵家は次からの魔弾購入にも支障が無いはず。どうか頑張って下さい。
もう一つの目的は、アルノルト第三王子の簒奪対策。
この魔弾があれば、第三王子は大侵攻を撃退するという輝かしい功績を挙げられないし、あまり損害を受けない国軍も疲弊しない。
それにこんな魔弾が戦場を飛び交えば、簒奪時に王子が乗っている飛竜が反撃を受けて撃ち落とされるのはほぼ確実で、付き従ってくれる人達も殆ど死んでしまう。
少数派の第三王子が簒奪を成功させる可能性が一気に落ちる上に、その後の統治も不可能になるので、そういう計算ができる第三王子は簒奪を諦めると思う。
「新地開拓となれば、魔物も多いでしょう。弾丸は多目に願います」
色々と考え込む長兄に対して、次兄の方は軽く笑って見せた。
笑いながら銃弾を欲しがる姿は、目的が分かっていても怖いです。
「安心しろ。オリンドに与える領地は、フォモール族の村だった土地だ」
フォモール族の村だった場所は最初から土地が開けていることは勿論、山からの綺麗な天然水が引き込まれており、農耕地が作られ、治水も終わっている。
一から開拓しなくても、既存の場所に家を建てて、既に出来上がっている畑の整備をするだけでそのまま人々の暮らしが成り立つ。それに焼かれた家の石材などは使い回しも出来る。
難易度は極めて低く、成功の可能性は殆ど確実視できるほどに高い。
つまりこのまま行けば長兄は早々に爵位を得て、デリウスとは別の新たな家名を名乗ることになる。
「父上、俺の方はどうなりますか?」
「アンベールに与える領地は公都とオリンドの領地の間で、水捌けの良く開けた土地だ。公都と他の諸侯の新領地との中継地も兼ねるから直ぐに発展する」
「それはそれは」
デリウス公爵家は古くから豊かな天然資源を抱え、長い繁栄の中で充分な力を蓄えてきた。戦力や物資は最初から揃っており、貧しい民の中から移民を募れば直ぐに集まる。
義兄たちは直ぐに準備を開始し、物資を満載にした第一陣の馬車隊を出立させた。
◆
『緊急事態、緊急事態、緊急事態。こちらベッロ男爵家、第七馬車隊。カルツァ男爵領南西1時間の輸送道上にて、魔物に追われている。ハーピー12匹。エアライフルで応戦し、現在逃走中。至急救援されたし』
輸送路から下位闇魔法で飛ばされた通信が、カルツァ男爵領で闇属性を持っている者たちの元まで届いた。
これは広い新領を開発する事になったデリウス公爵家が提唱した緊急通信というもので、都市外で非常事態に陥った時、下位闇魔法を使える騎士階級が中位闇精霊を持つ領主へ緊急通信を送って助けを請うというものだ。
通信は広範囲へ無秩序に出すのでは無く、中位闇精霊を持つ貴族の住む都市へ直接送るので、拾って貰える可能性が非常に高い。また領主となれば武力も持っている。
そして今回の非常事態の通信は、中位闇精霊と契約しているカルツァ男爵夫人ことデリウス公爵家次男の妻クレーアの元にしっかりと届いた。
「…………ベッロ男爵家は商売の競合相手ですけど、仕方がありませんわね。新領開発グループには加盟していますし」
クレーアの中位闇精霊ならば、騎士の下位闇精霊よりも遙かに大きな魔力を飛ばすことが出来るので、より広域への通信が可能となる。
クレーアは、渋々といった表情で通信を中継した。
競合相手だからと言って「あら御免遊ばせ。その時はわたくし寝ていましたの」などと宣うわけにもいかない。
デリウス公爵家が立ち上げた新領開発グループは、派閥を越えて物資の共同購入や情報共有などを行う協力組織だからだ。
加盟者は助けられた際には実費と謝礼を支払う条項にも同意しているので、助けないという選択肢は取り辛い。
『緊急事態、緊急事態。こちらカルツァ男爵夫人。当家南西1時間の輸送道上にて、ベッロ男爵家の馬車隊がハーピー12匹の追撃を受けています。付近を飛行中の飛行騎兵、空騎士は至急救援に赴かれたし』
クレーアが中位闇精霊の力を飛ばした先は周辺空域と、緊急通信の提唱者であるデリウス公爵家リディアーヌのところだ。
彼女が次に地上部隊の手配を考えていたところ、すぐに上位闇精霊の魔力が北東から何度も飛ばされた。
その魔力は周辺で闇属性を持つ生物の位置、属性の強さ、隊の編成、高度、移動速度などの情報を調べ上げ、街道や輸送路と照らし合わせながら南西へと駆け抜けていく。
それから暫くして、クレーアの元に明瞭な通信が届いた。
『緊急事態、こちらデリウス公爵家リディアーヌ。カルツァ男爵家南西1時間の輸送道上、馬車隊がハーピー17匹の追撃を受け北西へ離脱中。南西空域に飛行騎兵3騎、西空域に飛行騎兵3騎、協力して支援願います。増援可能な領主は部隊を出してください』
「上位精霊って非常識の塊ね……『カルツァ男爵軍は、直ちに1個エアライフル小隊で救援に向かいなさい。後続に医療部隊を編成、準備でき次第出立なさい』」
アルシェ子爵軍所属の飛行騎兵3騎の進路上に、飛行するハーピーたちの姿が見えてきた。
飛行騎兵をここまで誘導してきた『デリウス公爵領周辺を見渡す第三の目』は極めて優秀で、通信があった地域で活動する闇属性1以上の生物を選別して抽出出来る。
第三の目が言うとおり、ハーピー達が離脱する馬車を追いかけ、周囲を飛び回って風魔法を放ちながら馬車隊にダメージを与えている。
闇属性の力を把握するだけでは相手がどんな生物なのか分からないはずだが、術者は様々な情報を多角的に分析してその殆どを特定してしまう。
馬車隊はエアライフルで反撃しているが、装備が新型弾丸ではないらしく有効打にはなっていない。
新型弾丸はデリウス公爵家とその派閥、他には侯爵以上の家と南部方面に出回っているのが大半で、デリウス公爵派ではない末端の男爵家の輸送隊にまでは届いていない。もしも新型弾丸があれば、形勢は逆転していただろう。
直後、上位闇精霊の強い力が一方的に何度目かの通信を送りつけてきた。
『ハーピー17匹は死亡1、重傷1、離脱3。残る脅威は12です。増援は南西から飛行騎兵3、合流まで4分。北東より1個エアライフル小隊、到着まで約40分。合流まで深追いを避け、安全にハーピーの数を減らすことに専念してください』
デリウス公爵領周辺を見渡す第三の目から指示を受けた彼らは、背負っていたエアライフルを手繰り寄せた。
風魔法で風圧を凌いでいるため、ハーピーの姿はハッキリと見えている。
『ボルク隊了解。ジャック、セザール、先に高度を取れ。深追いは避けろ』
『『了解』』
ボルク大尉が大鷲馬の腹を踵で軽く押して上昇を促す。
いかに自分と大鷲馬との身体が繋がれているとは言っても、人は空を飛ぶようには出来ていない。
次第に小さくなっていく地上の大木に内心で背筋を冷やしつつも、部下達の前で情けない姿を見せられないボルク大尉は、直ぐに表情を取り繕ってエアライフルを構えた。
水平飛行を保って揺れを最小限に抑えて、しっかりと狙いを定めて撃つ。
バシュンと空気の漏れる音がエアライフルから響き、魔弾が飛び出してハーピーの群れに向かって突き進み、そして見事に外れた。
『…………くそっ』
高低差のある空では、平面に垂直に撃てば当たる大地と違って狙い撃つのが極めて難しい。
巨人ならば大型でハーピーよりも遅く当てやすかったのにと思ったボルク大尉であったが、相手が巨人だった場合は弓や投石の反撃も有り得たと思い直した。
やはり矮小な人間では強靱な魔物に勝つこと容易ではないのだろう。
部下のファビウス中尉とオドラン中尉も何度か射撃しているものの、やはり空を飛び回るハーピー相手には容易に弾を当て難いようだった。
そのうちハーピーがボルク達にも注意を向け、数匹が反転してきた。
『全騎警戒。風の精霊魔法で一気に高度を上げろ。エアライフルで牽制』
『了解』『近付いたところを撃ってやります』
『上昇開始!』
3騎士が緑色の魔力を放って下位風精霊を操り、強風で大鷲馬の身体を天の高みへと押し上げた。
大鷲馬の身体に纏わり付いている緑色の光は、ハーピーの魔法攻撃を防ぐ役割も兼ねている。下位精霊同士であれば干渉し合ってダメージを防いでくれる。
ハーピー達は数度風魔法を飛ばして諦めたのか、彼ら目掛けて一目散に迫ってきた。
背後へ向けられたエアライフルから次々と銃弾が飛び出し、空を裂いていく。
そしてついに接近しすぎたハーピーの身体に銃弾が命中し、2匹が動きを止めて墜落を始めた。
2匹の全身からは落下中に激しい炎が吹き上がり、そのまま森へと落ちていった。
ギイイギイイイィ
仲間を撃ち落とされ、金切り声のような鳴き声で警告を放つハーピー達に向かい、ボルク達は大鷲馬で逃げながら弾丸を撃ち続ける。
さらに一匹が撃ち落とされ、ボルクらを追っているハーピーはこれで5匹になった。
12匹中8匹ものハーピーを引きつけた結果、襲われていた馬車の脅威は大幅に減じられている。
南から来る別の飛行騎兵が参戦すれば、馬車隊は助かるだろう。
『よし、編隊飛行。魔力を節約しろ』
『『了解』』
むしろ現状では5匹に追われているボルク大尉らの方が、今は危険な状態だと言えた。
一目散に逃げ出す程の戦況では無いが、それほど余裕があるわけでも無い。
このような状況では、定石の逃げ撃ちで追いつかれないように距離を保ちながら敵の数を減らすしか無い。飛行騎兵は民衆から万能に思われがちだが、実態はちょっと足が速いだけの射手に過ぎないのだ。
そもそも魔弾と言う強力な武器が無ければ、空でハーピーを狩るなど不可能だ。
『全騎このまま街道沿いに北東し、一定の距離を保ちながら敵を落とし続けろ』
『了解』『魔石は後で回収できると良いですね』
『任務中だ。ベッロ男爵家からの謝礼で満足しておけ』
『謝礼か。金貨10枚くらい出ないかな。俺、この戦いが終わったら彼女にプロポーズして……』
『止めろ馬鹿、変なフラグを立てるな』
欲をかけば碌な事にならない。
デリウス公爵家の長子オリンドが配下の騎士達に出した「魔物を仕留めて魔石を回収した場合、売値の半額は魔石を手に入れた騎士の物とする」という悪魔の誘惑に負けて命を散らした同僚の何と多いことか。
もちろん成功者も居る。高価な大鷲馬を私用に買い取れたボルクと部下二人もその一例だ。
だが賭け事を続ければ、いつか身を破滅させる。
彼らは戦場を北東に移しながら、着実にハーピーを撃墜していった。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇
王国歴1018年。
数え切れない豚頭背鱗水牛の大集団と、数千匹もの鰐竜の群れがブラントーム公爵領に侵攻した。
だが偶然にもデリウス公爵家から新型魔弾の試供品第二弾が大量に届いており、それらを用いたブラントーム公爵家が侵攻に持ち堪える中、援軍に駆け付けた各地の飛行騎兵達が空から魔物を次々と射撃して駆逐していった。
1騎士100殺というあり得ない戦果を挙げた新型魔弾は高い評価を得て、その後も新領開発に大いに役立ったという。