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技術躍進のリディアーヌ

(ここって、乙女ゲームの世界よね?)


 水属性の魔方陣前で冷気に中てられた瞬間、ふとそんな事が脳裏を過ぎった。

 ヴィオと買収された教師がこの場にいて、生徒たちの召喚術も順調に進んでいる事から、侯爵家の野望を阻止するストーリーはきっと何一つ進んでいない。

 このままだとヴィオは歴代最高の天才魔導師として第一王子殿下と婚約し、学院で彼女の派閥に入らなかった女子生徒たちはみんな悪役令嬢にされるバッドエンドに一直線だ。

 タクラーム侯爵も勢力拡大と他の大貴族の派閥解体を推し進めるために孫娘ヴィオのワガママに便乗するので、王都では暫く陰謀の嵐が吹き荒れる。


(…………どうしようかしら)


 タクラーム侯爵家の陰謀を阻止しないと実家が困る。

 でもやり過ぎると、アルノルト王子に目を付けられてしまう。

 世の中って、どうしてこんなに面倒なんだろう。


 少し考えた私は、一先ずタクラーム侯爵家の策謀を先回りして潰す事を決めた。

 もちろんシアの協力も得て、契約を偏らせ過ぎないようにする。






【最終試験結果(6属性の格・推定属性値)】


 第1位

 アルノルト・ルクレール

 火4・水3・風3・土3・光2・闇4 合計63~


 第2位

 リディアーヌ・グランジュ

 火0・水3・風4・土4・光4・闇2 合計61~


 第3位

 レティシア・ジュベル

 火4・水4・風2・土0・光2・闇4 合計52~


 第4位

 カール・ドーレンス

 火2・水2・風3・土2・光2・闇3 合計34~


 第5位

 ローラント・デュドネ

 火2・水2・風3・土2・光2・闇2 合計29~



 ・

 ・

 ・


 第18位 ~ 第27位

 ヴィオレット・タクラーム

 火0・水0・風2・土0・光0・闇3 合計13~






 タクラーム侯爵家の陰謀は阻止することが出来た。

 侯爵も「よくも埋め込んだ精霊石を代わりに使ったなー!」なんて言えない。

 過去3年間と私たち合わせて4学年で、精霊契約に失敗して騎士階級に落とされた貴族の子弟は100人を越える。仮に陰謀が露見すれば、侯爵家は王国と全貴族を敵に回して一族郎党皆殺しになる。


 アルノルト王子の王位簒奪は阻止出来ていないけど、彼は魔法の才能が高い人が正しく評価されるべきだと言う主張なので、私という上位精霊との契約者を輩出したグランジュ子爵家がお取り潰しに遭うことは無いと思う。

 敵対すれば別だけど、実家は領外に出せるほどの戦力なんて抱えてないし。


 ちなみに主人公のエディト全属性が2格の中位精霊で、総合成績12位だった。

 プレイヤーは一体何をしていたんだろう……。




 私は陰謀に関して沈黙を保ったまま、卒業までに精霊魔法を馴染ませるための3ヵ月間を無事に過ごし、やがて帰ってきた実家で縁談を言い渡された。


「リディア、デュドネ伯爵家から後継者ローラント殿との縁談が来た」


 王国では16歳になるか、精霊の従属契約を行った時点で成人と見なされる。

 中位以上の精霊と契約が出来なければ貴族階級から落とされるので、縁談は精霊との契約を済ませた後に持ち込まれるのが一般的だ。


「デュドネ伯爵ですか」

「ああ、確か魔法学院ではお前と同級生だったはずだ。先代の伯爵であった父君は既に鬼籍に入っておられ、ローラント卿はこの度の学院卒業と同時に伯爵を襲爵する。それで、どうする?」

「お父様、どうするとはどういうことでしょうか?」


 グランジュ子爵家には後継者となる弟のレオンもいるし、天才って言われている妹のジャクリーヌもいる。

 産まれたときに母親から属性魔力を沢山持っていけば才能が高くなる傾向があって、妹は私と比べて数倍の属性魔力をお母様から持っていった。

 子供を産んだ女性は契約精霊の格が落ちたりはしないけど、精霊本来の実力に比べて行使できる力が落ちてしまう。


 うちの愚妹は私の事を「自分が得られるはずだった魔力を減らした相手」と見なしていて、お返しに私も「お母様の魔力を人の数倍も減らした」と見ていて、とても素晴らしい姉妹仲になっている。

 例えば私が家系の水属性を3格、上級貴族とその夫人になるべく望まれる風と闇属性を2格に引き上げようと努力した。

 すると愚妹は対抗して水属性を4格、風と闇属性は3格、その他は2格を狙った。どうやら全属性で私にハッキリと勝ちたいらしい。

 ……思い出すだけでも腹が立つ。


 一方両親は産まれてくる子供が魔力を奪う事なんて最初から分かっているわけで、お父様は妹に比べてあまり属性魔力を持っていかず大した期待もしていない私の方を、他家との縁繋ぎ程度に考えていた。

 しかも今回の相手は伯爵家の当主で、こちらは格下の子爵家の娘。

 これまでのお父様なら、私に埜志のしを付けて送り出したに違いない。


「うむ。まさかお前が4格の上位精霊3つ、3格の中位精霊1つと同時契約するとは思わなかった。ジャクリーヌも目を見開いて驚いていたぞ」

ジャクリめ。それで、私が3上位精霊と契約すると一体どうなるのでしょうか?」

「いや、もしかすると伯爵より上も狙えるのでは無いかと思ってな。例えば次期タクラーム侯爵の嫡男殿はお前より10歳年上で、未だに正妻を持っていないと聞くが……」

「デュドネ伯爵家に嫁ぎます!」


 デュドネ伯爵領は、ゴルチエ侯爵領の南東に聳え立つアレリード大山の麓に在る。

 王国の北東地域は全体的に貧しい土壌で、農耕や酪農を細々と行っており、特筆すべき産業も無ければ交易の中継地でも無いので、地方貴族はどこも領地経営に四苦八苦している。

 未開故に魔物も多く、疫病が出れば人がバタバタと死に、不作の年には口減らしで子供の売買も行われるために人の値段は恐ろしく安い。


  挿絵(By みてみん)


 デュドネ伯爵家が抱える人口は6万人。

 領地はとても貧しくて、1世帯の平均年収である金貨10枚のうち6枚が税金。

 年収100万円のうち60万円を税金で取られる感じで、さらに公共事業には賦役もあるので領民は生きていくのが精一杯。

 領民はお金が足りなくて生きていけなければ、子供を売って凌いでいる。そうやって仕入れられた子供は、仕入れ値の数倍でどこかへ転売される。


 そうやって伯爵家に入ってくる税収は、諸経費を差し引くと1年間に金貨6万枚ほど。

 でも王家への上納で4割取られるから実際には3万6,000枚になって、そのうち人件費として伯爵家の使用人100人に計1,500枚、騎士100人に6,000枚、兵士1,000人に1万5,000枚を支払うので、手元に残るのは1万3,500枚程になる。

 伯爵家ともなれば体面を保つ必要があって、動産や不動産の維持修繕費、臨時支出などを削るわけにも行かない。

 ……あまり夢の無い話だったかも。

 でもタクラーム侯爵家に嫁ぐより100万倍マシだし、頑張ろうと思います。






 ◇◇◇◇◇ ◇◇






「それでは伯爵様、奥方様。お約束通り『特上回復薬(軟膏型)200g』を1個金貨810枚で、計30個買い取らせて頂きます」

「ああ、良きに計らってくれ」


 王国全土に根を張る大商会の一つ、サギスール商会の支店長さんが金貨2万4,300枚を現金払いすると夫は了承の意志を返した。

 特上回復薬は3格の中位水精霊の力で作った液体をベースに、土と光の上位精霊の力を混ぜて私が作った薬で、これを患部に塗れば3格中位光精霊が行う回復魔法を上回る治癒を施せる。

 具体的には同じ重さの部位欠損とか、3度の火傷跡とかも綺麗に治せる。

 それどころかこの薬は軟膏型とは言え、塗れば光精霊の力が体内に浸透して、機能が落ちた臓器の回復や悪性腫瘍の縮滅まで出来る。


 3格の光精霊との契約者は魔法学院でも1学年に1~2人しか出ないので、大抵の人はそれほどの治癒を受けることが叶わない。

 魔石の買い取り価格は「魔力量」×「用途別の評価属性値」×「レート(火1,水2,風4,土2,光10,闇2)」×「銅貨10枚」くらい。回復薬は魔力量の部分が評価できなかったので、単純に属性値9の2乗×10で810とした。

 魔力量810×属性値10×光属性のレート10×銅貨10枚で「金貨810枚でいかがかしら?」と言ってみたけど、試供品40gを渡した商会はすぐに独占契約を結びたいと言って、金貨1,500枚での現金払いを提示してきた。


 さりとて相手は大商人。

 泣く子を親から引き剥がす人身売買もしているし、専属契約で束縛されると良い結果にならなそうな気がしたのでそこはキッチリお断りして、1個金貨810枚で計30個販売することにした。

 サギスール商会は回復薬をまともに売らず、籠絡したい役人の家族用とか、ベーレンス魔法王国のような中位光精霊との契約者が殆ど居ない他国の王侯貴族に使うかも知れないけど、販売後の使い道にまではこちらも関与しない。

 もしも商会のやり方が気に食わなければ、こちらは販売先を変えられる。


「ところで支店長さん、二点ほど商会で仕入れが出来るのかお尋ねしたいのですけれど」

「はい奥方様、それは一体どのようなものでございましょうか?」

「一つは馬で牽く小麦の刈り取り機ですわ。来年の収穫に向けて金貨5,000枚で仕入れるとしたら、どれくらい買えるのかしら?」


 領地でのこれまでの収穫は、領民が農具を使って手作業で行っていた。

 これは凄く大変で、一家どころか親戚まで総出で二週間も掛けてようやく終わる作業だ。

 そんな彼ら領民に対して、もしも私がこのように言ったとする。


『水と土の精霊で土壌改善をしたから、地力を回復させる改良穀草式農法をやらなくても良いので実質作付面積が2倍に増えました。収穫量自体も2倍になると思います』

『ノーフォーク農法(大麦→クローバー→小麦→かぶの順に4年周期の輪栽式で植えさせて休耕地を無くさせる)も取り入れたから、さらに3倍働けますね』


 作付面積2倍、収穫量2倍、稼働3倍で労働が12倍にまで膨れ上がった彼ら領民は、果たして私に感謝するだろうか。

 多分「余計な事しやがって、死ねば良いのに」って言われると思う。

 というか、私が平民ならそう考える。


 でも馬で牽く小麦の刈り取り機を買えば、収穫の労力が激減する。

 多額の初期投資は領地経営を圧迫するけど、濡れ手に粟ならぬ魔力で金貨2万4,300枚を達成した私の場合は圧迫されないので費用対効果の見込めることは行うべきだ。

 ちなみに夫には説明済み。私はとても従順な妻なのです。


「納期が来年6月頃までとなりますと、かなり無理をして計200台と言ったところでございます」

「1台につき金貨25枚というと、馬一頭で金貨15枚、刈り取り機で10枚くらいの計算なのかしら。金貨5枚もあれば人を乗せる馬が買えて、刈り取り機は1機で金貨3枚くらいだと思っていたけれど?」

「御領地までの運搬費や維持費も掛かりますし、急な調達ですと余所から仕入れる必要も出ますので常に安価にとは参りません」

「まあ。諸侯領だと、王都の価格の3倍以上になりますの?」

「時期も悪うございますれば。しかし当商会の商人は目利きが優れております故、下手な馬は一切掴まされません」

「確かに乗馬用の馬の3倍もすれば、小麦刈取機を牽く馬が駄馬になるはず無いわよね」


 支店長さんは、1台の定価が金貨8枚なのに売値は25枚だと吹っ掛けてきた。

 私がお高いですわねと指摘すると、まるで事前に用意していたかのような当たり障りの無い文言を並べ立てた上で良い馬にしますねと付け加える。


「もう一つお尋ねしますわ。カッセル王国製の新式手織機が欲しいのですけれど、こちらは金貨5,000枚で何台買えるのかしら。納期は刈り取り機の後で構いませんわ」

「およそ100台といったところかと」


 今度も定価の3倍以上を吹っ掛けてきた。

 こちらが相場を知らない貴族の女で、あぶく銭を手に入れたと思って馬鹿にしているのだろうか。


「……確かエーゲル侯爵領では、1台の定価が金貨15枚くらいだったかしら?」

「それも距離の問題でございます。リスクを分散するために荷を複数に分けて冒険者を雇い、数便は魔物や盗賊に襲われると考えて人や馬車の損害を計算すると、エーゲル侯爵様の御領地に比べてお高くなってしまいます」

「エーゲル侯爵様の御領地で金貨15枚の手織機が、隣のゴルチエ侯爵様の御領地に運ぶと金貨50枚になるのですね。少し検討してみますわ」


 私はあまり乗り気では無い声でそう言った。


「よろしくお願い致します。ところで伯爵様、奥方様、特上回復薬につきましては今後も当商会で定期的に買わせて頂きたいのですが」

「今回限りですと会頭さんにお伝え下さい」

「それはなぜでしょうか?」

「お分かりになりませんかしら。小麦刈取機の馬体価格を乗馬用の3倍にして、大量発注で仕入れ値を下げられる新式手織機も定価の3倍以上の価格で売ろうとしたからですわ。取引相手を騙す商会など信用なりません。今後、特上回復薬は他に任せます」

「奥方様、お待ちください。運搬につきましては……」

「いいえ、もう結構ですわ」


 専属契約をしていなくて本当に良かった。

 来月には3系統の上位精霊と契約した最上級魔導師として園遊会に呼ばれているから、今日のことを流布しておこう。






 ◇






 8月に王都で催される園遊会は、王家が伯爵位以上の格式を持つ貴族家の当主とその夫人を招いて行う立派なものだ。

 その源流は、6月に国内中の小麦を収穫して収支計算が終わった後に諸侯が王都へ参集して出征を考えていたという歴史にある。

 収穫の2ヵ月後に行われていたのは東西に約3,000km、南北に約1,200kmという王国内を移動する時間の問題だけど、王都は国の中央部だし、軽く1日200km以上を飛べる大鷲獅子がいるので、嫡男の代理出席などを含めれば辿り着けない大貴族はいなかった。

 でも国土が実質的に統治できる限界にまで広がったベーレンス王国では、その集まりがいつの頃からか園遊会へと変わっていったらしい。


 最初に国王陛下の開催のお言葉があって、かつての名残らしく国内の報告を宰相閣下が読み上げていくらかの時間が費やされる。

 次は新たに襲爵や叙爵した男爵以上の者が、序列に従って陛下に挨拶をする。

 それから後はメインの園遊会に入り、貴族たちの社交の場となる。


 基本的には当主とその妻しかお呼ばれしないので、15~16歳の夫や私と同世代の者は流石に殆ど居なかった。

 それほど若い上に3系統の上位契約を結んだ私は園遊会で注目の的だったので、それを利用してサギスール商会との一件を披露することにした。

 但し、単に恨み言を零すといった上級貴族としてあるまじき行為はしない。

 事前に考えていたのは、新開発した魔法を披露すると言う名目で記録映像を見せて、誰の目にも明らかな証拠を示す事。


 風魔法は音声を、光魔法は動画を保存して再現できる。

 この発想は私がこの世界以外の知識を持っていたからこそ思い付いたんだけど、それで風と光の上位精霊にサギスール商会とのやり取りをしっかり保存して貰い、園遊会で『この度、私が開発した新魔法ですわ』として諸侯に披露して見せた。


『まあ。諸侯領だと、王都の価格の3倍以上になりますの?』

『時期も悪うございますれば。しかし当商会の商人は目利きが優れております故、下手な馬は一切掴まされません』

『確かに乗馬用の馬の3倍もすれば、小麦刈取機を牽く馬が駄馬になるはず無いわよね』


 記録映像が流れると、参集していた王侯貴族は度肝を抜かれて驚いた。

 そもそも彼らには、映像という概念そのものが無い。

 風の精霊で音を、光の精霊で動画を再現できますと丁寧に説明すると大盛り上がりで、中位以上の精霊と契約している貴族たちは早速自分たちの精霊に同じ事を試させた。

 自分が理論を理解できなくても、精霊に目の前の現象を再現して貰う事なら出来る。

 そしてこの園遊会に出席しているのは、中位以上の精霊たちと契約を交わしている貴族家の当主と妻ばかりである。


『エーゲル侯爵様の御領地で金貨15枚の手織機が、隣のゴルチエ侯爵様の御領地に運ぶと金貨50枚になるのですね。少し検討してみますわ』

『よろしくお願い致します。ところで伯爵様、奥方様、特上回復薬につきましては今後も当商会で定期的に買わせて頂きたいのですが』

『今回限りですと会頭さんにお伝え下さい』

『それはなぜでしょうか?』

『お分かりになりませんかしら。小麦刈取機の馬体価格を乗馬用の3倍にして、大量発注で仕入れ値を下げられる新式手織機も定価の3倍以上の価格で売ろうとしたからですわ。取引相手を騙す商会など信用なりません。今後、特上回復薬は他に任せます』

『奥方様、お待ちください。運搬につきましては……』

『いいえ、もう結構ですわ』


 やがて彼らは私が生み出した映像や音声を保存して、自分の精霊で再生するという高等テクニックまで行い始めた。

 その結果、映像や音声は精霊魔法で有りの侭に再現できる事、加工などは出来ない事が王侯貴族達の大多数によって証明された。

 仮に証人喚問で彼らが出てきたら、その領地の裁判官は卒倒すると思う。


「エーゲル侯の領地で売られている商品が、我が領地の三分の一の価格だったとは知らなかったぞ」

「それならば我が領地の商品の悉く、定価の2倍という良心的な価格でゴルチエ殿に売って差し上げましょう」

「では我がゴルチエ領は三分の二で品を買え、卿のエーゲル領は2倍の税を得られるな!」


 私が持ち込んだ記録映像は、園遊会を盛り上げる話のネタになったみたいだった。

 何度も再生される悪辣商人と若い伯爵夫人とのやり取りが、貴族側が商人の罠を逃れるという結果と相まって喜んで受け入れられている。


 そしてこの逆転劇は、悪辣商人を罰する結末を以て綺麗に締め括られる。

 物語に参加したい諸侯は「我が領地に出店しているサギスール商会は御用商人から外すぞ」だとか、「何の、うちは営業権を剥奪する!」だとか競い合って大いに盛り上がっている。

 まるでこれから攻め込む国への戦略を語り合う、古き時代の園遊会の様相を呈していた。


「リディ、いささかサギスール商会が哀れに思えてきたよ」

「あらローラント様、先に定価の3倍を吹っ掛けたのは先方ですのに」

「確かにそう思っていたのだけれどね。先程陛下がご下問されて、紛れもない事実ですと申し上げたら、宰相のバルツァー伯に『我が国に根を張る毒草を除草せよ』と命じておられたよ」

「………………」


 このベーレンス魔法王国は、精霊魔法に依って建つ国だとされている。

 それは精霊との従属契約で得られる巨大な力を以て、他国からの侵略や魔物の脅威を防いでいる事を根拠としている。

 中位精霊と従属契約が出来る貴族や準貴族は、王国を支える貴い一族。

 下位精霊を操れる騎士階級は、王侯貴族を支える士族。

 精霊と契約できない平民階級は、上位者に依存して生かされている凡庸な民草。

 この国の身分制度は、そんな風に分けられている。

 それを踏まえると陛下のお言葉は「貴族を害する雑草は毒草だ。根元から毟っておけ」という意味になる。


 この制度の恐ろしいところは、一族連座制になるところ。

 つまり毒草の親子も同じ血統だから毒草の一族だとされて、除草の対象になる。

 今回は「貴族に害を為した商会」が対象なので、現役で商会運営に携わっている者は勿論、商会を創り出した創業者一族まで除草対象になる。



 サギスール商会の支店長さんが大きなリスクを冒してまで私たち伯爵家に値段を吹っ掛けたのは、私が相場を無視して特上回復薬を安売りしすぎたからだと思う。

 3格光精霊の魔法を行使できる魔石なんて金貨を積んでも手に入らないし、私が作った特上回復薬はその効果すらも凌いでいる。

 仮に私から金貨2万4,300枚で買い取った特上回復薬30個のうち1個を、他国の王侯貴族に金貨10万枚で1個売ったとする。

 そうすれば差額の金貨7万5,700枚と、特上回復薬29個が丸儲けになる。

 膨大な利益を想像した支店長さんは「この物事を知らなすぎる娘に手持ちの金貨を使い切らせて、もっと沢山の薬を売らせよう!」なんて欲に目が眩んだのかも知れない。

 彼の自業自得だけど、なんだか釈然としない。


「まあ悪辣な商人に対する一罰百戒にはなるだろうね」


 ローラント様は私が無言になっている様を見てフォローをして下さった。

 別に落ち込んでないです。

 単に善意で回復薬を安価にした結末がこれで、ちょっとモヤッとしただけなので。


「ありがとうございます」


 お礼は言うけど。


「うん。それと王家には、薬を何個か献上しておいた方が良いだろうね。万が一にも商会に、質の低い薬を買わされた引き替えだったなんて言いがかりを付けられては堪らない」

「あっ、それは気が付きませんでした」


 スラスラと言い訳を並べ立てていた支店長さんなら本当に言いかねない。

 彼に言い訳をされると、口ではまるで勝てる気がしないもの。


「方々を回っていたら、そうアドバイスを受けたんだよ。本命はリディの特上回復薬を売って欲しいと言う話だったけどね」

「3格の中位光精霊と契約している人が王国に何十人もいるのに、諸侯でも薬が必要なのですか?」

「重傷を負った時、常に光精霊の契約者が傍に居るとは限らない。あるいは人に知られたくない病もあるだろう。で、どうだい?」

「あ、はい。容器ごとすぐに作れます」


 ベースとなる液体は3格の水魔法で用意できて、そこに上位土魔法と上位光魔法を注げば薬が完成する。

 密封容器も土魔法で用意できるので、それらの精霊を操れる私が居ればその場で作れる。


「それは良かった。諸侯との顔繋ぎと考えて、代金は据え置いて要望を受け入れよう。エーゲル侯が新式手織機の口利きをして下さると仰せで、シュミット侯は薬の購入と引き替えに馬牽き小麦刈取機の販売をお約束下さった事でもあるし」

「まあ、本当ですか?」

「こちらから何人かに持ち掛けるはずだったのに、随分と手間が省けたね」

「はい。凄く助かります」


 私が94個もの特上回復薬を作って諸侯から金貨7万6,140枚を集める間に、ローラント様は一気に増えた予算で様々な物品を調達して下さった。

 シュミット侯爵閣下がご紹介下さったウマウール商会さんは、金貨1万枚分に発注数を増やしたにも拘わらず、1台につき金貨10枚で相応の良馬と新式の刈取機を合計1,000台取り揃えてくれる事になった。

 一方、海の向こうのカッセル王国と深いお付き合いがあるエーゲル侯爵閣下も、新式手織機を定価+金貨2枚分となる金貨17枚でいくらでも手配して下さると仰せだった。

 どのみち領地の綿花生産量は増える予定だったので、思い切って手織機1,000台をお願いしたらエーゲル侯はアッサリとご了解下さった。




「ローラント様。1,000台もの目処が付いた小麦刈取機を牽かせる馬を飼うために、広い放牧場と秣田を作らないといけません」

「場所だけは領内にいくらでもあるよ。森の伐採や、土壌・塀・秣田の基礎工事は魔法で出来るのだったかな?」

「はい。でも厩の建設と秣田の整備は出来ませんから、そちらは人を雇ってください」

「そこまでされると私の立つ瀬が無いからね。直ぐに領民を手配しよう」

「お願いします。それと、残った金貨でもう一つ設備投資して欲しいんですけど」

「おや、今度は何に使うんだい?」

「水車で動かす大型の水力製粉所が欲しいです」


 水車小屋は製粉に必須で、収穫量が増えたなら確実に必要になる。

 私の精霊達が土壌改善をして領地の収穫量が上がるのは確実なので、こちらも絶対に必要な設備投資だと思う。


「水車小屋か。領地には、職人の数が少ないと思うけれど……」

「職人が居なくても大丈夫です。小麦の種を播き終わった12月から翌年2月までの3ヵ月間、月に金貨1枚の手取りで3,000人ほどの村人を雇って下さい。雇用対象は13歳以上55歳以下の男性で」

「村人を雇うのかい?」


 農業が出来なくて稼げない冬の臨時収入として、1人金貨3枚はとても大きい。

 何しろ平民は1年間の一世帯の手取り収入が金貨4枚なのだから、村の中で冬に金貨3枚の手取りと言われれば喜んで集まるはずだ。


「はい。水力製粉所を建設する村の領民をそのまま雇って、雇用期間が切れても雇用延長はしないと伝えておけば、期間内にきちんと作ると思います。だって自分たちの村が使う水力製粉所を作るんですもの。手を抜くはずがありませんわ」

「ははは、なるほど。リディは賢いね」


 監督役に村出身の兵士を付ければ完璧かもしれない。

 今年はデュドネ伯爵領で売られる子供の数が激減すると思う。


「水車小屋の材料費は、上位風魔法で木々の伐採と加工が大まかに出来るから金貨6,000枚程度と見積もって、合計1万5,000枚の金貨で水車小屋1,000~2,000戸が出来れば……」

「馬牽き小麦刈取機と新式手織機で金貨2万枚、水車小屋で1万5,000枚。それに馬1,000頭の放牧場建設で3,000枚。馬の管理に100人雇って餌代も計算すると年間で2,000枚。合計金額は金貨4万枚くらいかな」

「一気に減らしてしまってごめんなさい」

「いや、そもそもリディが稼いだお金だ。それに形として残る物ばかりで、いずれは収穫量や新産業として投資額が返ってくるのだろう?」

「はい」


 ローラント様が理解のある方で良かった。

 女のくせに生意気だ!口出しをするな!と怒る人は、貴賎を問わずどこにでも居る。

 それに口うるさい舅や姑と同居すると、どんなに夫の理解が高くても妻は大人しくしていなければならない。

 爵位を継承する予定の貴族へ嫁いでも自由に振る舞えるのは、本家から独立して舅や姑が一緒に居ないブラントーム公爵家とか、先代が亡くなっているうちのデュドネ伯爵家とかごく一部だけだ。


 あるいは結婚を受ける際に条件を出して、相手側がそれを受け入れた場合。

 これは貴族同士の結婚で女性側の爵位が上だとか、契約精霊が格上だとか言った場合に、男性側が女性側のお願いを聞く事で両者の釣り合いを取るという風習みたいなものだ。

 由来はベーレンス魔法王国で行っている精霊の召喚術で、夫が妻のお願いを叶える行為を、召喚者が契約の対価に精霊へ魔力を差し出す行為に見立てている。

 だから夫側が約束を破った場合、妻側は結婚契約そのものを破棄できる。

 夫の契約反故を証明すれば子供の親権も妻に行くので、結構重い風習だったりする。


 子爵家の娘で4格の上位精霊3つと契約している私は、同じ子爵家で3格と契約している相手なら3つ、伯爵家で3格なら2つ、侯爵家で3格なら1つのお願いを出しても世間的には許される。

 結婚を受けたくない場合には無理難題を吹っ掛けるのも可。

 これは結婚相手よりも立場が上の女性だけに許された特権みたいなもので、本来なら親が決めた結婚に娘が口出しする権利は無い。

 ちなみにデュドネ伯爵家に嫁ぐとき、私は一切条件を出さなかった。

 先代が亡くなっているのは知っていたし、そもそもタクラーム侯爵家に比べたらどこも天国だし。

 さあ、そろそろお家(デュドネ伯爵領)に帰ろう。






 ◇◇◇◇◇






 王国歴1017年1月。

 大型水車の建設が農民達の手によって進む中、デュドネ伯爵領内では専門職による別の建設が同時に行われていた。

 それは新式手織機を稼働させる大規模工場と、従業員宿舎。

 沢山の作業員を一つの大きな建物に集めて、作業工程を分担させて品物を作らせる場所。そして従業員達が生活する場所を、デュドネ伯爵邸から徒歩数分の距離にお願いして作って頂いた。

 私自身も精霊魔法で協力して、上位土魔法で土台の基礎工事を、上位風魔法で建築材料の伐採と加工を、中位水魔法で水脈を繋げて工事の行程と予算を大幅に圧縮した。


 ベーレンス王国で行われている現行の家内制手工業に比べて、工場制手工業には様々な利点がある。


 例えば、複雑な工程を分ける事で、低い知識や技能でも良品が生産出来る事。

 例えば、同じ作業だけをさせる事で、すぐに作業員の成熟度が上がる事。

 例えば、大勢で集まって商品を作るので、商品の質を均一化出来る事。

 例えば、技術・知識・経験を共有出来て、生産者の質を劇的に高められる事。

 例えば、欠員や機器の故障が出ても、周囲で補って生産体制を維持できる事。


 そしてこの下地に紡績機という発明品が結びつけば、工場制機械工業へと発展して産業革命が起こる。

 既に農業革命(改良穀草式農法とノーフォーク農法)の方は、うちの伯爵家が園遊会で小麦刈取機を大量購入した事から諸侯に知られ、その後に王国全土へ広まった。

 火器は火精霊を刺激して射手が害を受ける事から普及しなかったけど、14世紀以前のまま停滞していた国の生産力は、これから18世紀近くまで上がると思う。

 これに産業革命が加われば、王国は技術力も18世紀後半くらいまで駆け上がる。



 そんな技術発展の前段階となる家内制手工業を、伯爵家うちで導入する事にした。

 どこにも前例が無くて元手も人手も掛かるので、導入時には権力と富を併せ持った保守的な貴族を説得しなければならない。でもうちの伯爵領内なら、お金を持っている私が権力を持っているローラント様に許可を貰えればすぐに始められる。

 問題となるのは人材だけで、ローラント様も当初は領民を雇うのだと考えておられた。


「作業員には領内の女を集めて雇うのかい?」

「いいえ。領内の者は収穫量が一気に増えるので手一杯でしょうし、貧困で売られた各地の娘達を買って一気に働き手を集めたいと思います」


 ちなみにこれは救済目的では無く、労働力確保という本来の目的で言いました。

 転生者である私が『人身売買』そのものをどう考えているのかというと、実はどちらの世界も実態はそれほど変わらないと思っている。

 つまり仲買人によって過酷な鉱山へ送られる男性が、ヤーさんの仲介で原発の除染作業に送られる男性と同じ。

 仲買人によって他者へ売られる女性が、ヤーさんによって風俗に沈められる女性と同じだと思っている。

 買い取って使い潰すのは、報酬から色んな名目で天引きして労働者としての価値が下がるまで使い続けてから捨てるのと同じ。

 どちらも国法で合法だというのも一緒で、時代差による労働年齢の違いも鑑みるに、建前を取り繕っても実態は殆ど変わらなかった。


 ベーレンス魔法王国側の立場に立ってみると、暴力団の事務所が市街地で堂々と看板を掲げている国が、盗賊団のアジトがあればきちんと騎士団を送り込む国に対して文句を言うのはナンセンスだという言い分も理解できる。

 だから私は「一方が正義で、もう一方が悪」というような認識はとても持てず、「郷に入っては郷に従え」という考え方で人身売買という制度がある事を受け入れている。


「それだと資金は足りるのかな?」


 現在のデュドネ伯爵家には新事業で冒険をするほどの金銭的な余裕は無いので、私が稼いだ伯爵家の予算外でやる事になる。

 私には園遊会の時点で、サギスール商会に30個と諸侯に94個売った特上回復薬の稼ぎが金貨10万440枚分あった。

 一方で出費もそれなりにあって、各種の投資で金貨4万枚、20年分の馬の維持管理費を取り置きして4万枚、伯爵家の予備費に1万枚、私たちの服や装飾品や雑貨で400枚、お父様への仕送りに40枚と言った風に消えて残金は1万枚くらいになった。

 でも園遊会では様子を見ていた諸侯が効果を聞いて後から買い求め、追加で120個が売れたので金貨が9万7,200枚増えた。

 私が好きに使えるお金は、園遊会の余りと追加資金を足して金貨10万7,200枚。


 手織機1,000台を同時稼働させるためには様々な雑事を行う人間も必要なので、全体で2,000人くらい必要と考えて、工場の建設費は多めの金貨2万枚と見積もる。

 従業員用の宿舎にも家具や寝具を揃える必要があり、そちらも金貨2万枚と見積もる。

 人を買い取るなら衣食も必要で、1年間で1人金貨4枚とするなら2,000人で年間8,000枚必要になる。一応収益が出るまで3年と考えて、金貨2万4,000枚を確保しておく。

 これで金貨6万4,000枚が無くなるから、娘達の購入資金は残り4万3,200枚。


「あまり余裕が無いかも知れません。でも手織機1,000台を稼働させるには2,000人ほど必要ですので、1人辺り金貨20枚を上限にして買い集めたいですわ」

「かなりの人数だね。だけど領主権限で仲買人たちを締め付けるわけにはいかないから、既存の各商会に任せるしか無いだろう。値段の折り合える商会が沢山見つかれば良いね」


 そんな風に仰られたローラント様は、うちの伯爵領を含めた王国北東地域を取りまとめておられるゴルチエ侯爵閣下のところへ足を運んで話を付けて下さった。


 デュドネ伯爵領内だけで済ませるならローラント様の了解があれば良いけど、領外からも買い集めるならゴルチエ侯爵に話を付けておかないといけない。

 でも逆にゴルチエ侯爵の了解があれば、王国北東地域では何をしても大丈夫になる。

 手土産に特上回復薬と言う名の賄賂をいくつか贈って、既存の商売を害する予定は無い事を説明すると、ゴルチエ侯からはあっさりと快諾が得られた。

 特上回復薬はサギスール商会で懲りてから諸侯だけに数を絞って売っているので、知り合いに薬を融通できる事は貴族のステータスになっている。デュドネ伯爵領を含めた北東地域の長であるゴルチエ侯としては、それなりに所持しておきたかったらしい。


 偉い人の許可が出ると、次は国内で人身売買の免許状を持って北東地域で商売をしているいくつかの商会に依頼を出して、あとは任せて待つしか無くなる。果報は寝て待て。

 やがて親に売られた娘達が伯爵領に連れられて来て、真新しい従業員宿舎を次々と埋めていった。

 そんな日々が暫く続いたある日、元締めのドーレイ商会の会頭さんから報告が上がった。


「伯爵様、奥様。ご判断を仰ぎたい娘が一人おりまして……」

「何かトラブルでもあったのかい?」

「実は、仲買のうち一社が、サギスール商会の会頭の孫娘を仕入れて来ました」

「何だって!?」「えぇっ!?」


 ドーレイ会頭さんの報告は、私たちの予想を越えていた。


 昨年の園遊会で除草の勅命があったサギスール商会は、王国全土から一掃された。

 全店舗が王国軍と各貴族に丸ごと接収され、紹介で働いていた者達は残らず捕らえられるか、無駄な抵抗をしてその場で斬り捨てられた。

 国王陛下の不興を買った事から会頭一族と支店長以上の役職者は残らず処刑され、それ以下の者は各領地の領主がそれぞれ自由に裁いたと聞いていた。


「その者は会頭の娘の子供で、外孫にあたります。娘夫婦は商会で高い役職を持っていたために処刑されて財産も没収されておりますが、娘夫婦の子供は役職を持っておらず、処刑対象の一族からも外れていました」


 その説明を聞いて、会頭の孫娘が処刑を逃れた理由がようやく理解できた。

 嫁いだ女は、嫁ぎ先の一族に加わる。

 例えば今の私なら実家のグランジュ子爵家から外れてデュドネ伯爵家に入っているし、王家に嫁げば平民の娘でも王族になる。

 この国はそう言う制度なので、サギスール家出身の娘でも他家に嫁げば一族から外れたと見なされる。

 一族から外れた外孫で役職も持っていなければ、陛下が仰られた除草対象には直接入っていない。


「ならばどうして売られたのだ。生活が成り立たなかったのか?」

「いえ。陛下の勅命もあり、会頭の血を引く孫娘を無罪放免とは行かなかったようです。連座制と減刑の適用で、本人の所有権を売って販売益を国庫に納める刑となったところ、仲買人が意図的に仕入れてきたようです」

「意図的というと、我がデュドネ伯爵家に詐欺を行ったサギスール会頭の一族を縄で繋いで引き渡すと言う事か?」

「その通りです」


 ドーレイ会頭さんは努めて事務的な態度を保つ事で、仕入れ担当者の行動が自分の指示では無いと示した。

 私たちが領外の娘達を買い集めているのは大規模な繊維業を興すためてあり、嗜虐心を満足させたいと言う訳では無い事をドーレイ会頭さんは知っている。

 だから集めてくれているのは容姿よりも家で家事をきちんとやっていたとか、手先が器用だとか、賢いとかそう言う娘が中心だった。

 今回の仕入れに関しては、用途から完全にずれている。


「仲買は、奥方様が仰せになられた金貨4万枚で2,000人とは別口に販売を提案したいと申しております。まずはデュドネ伯爵家にご提案して、お気に召されなければ引き下がり、改めて他の諸侯に提案すると……」

「いくらだ?」

「それが、その娘は魔法学院で、奥方様の妹君と首席争いをしていたとか」


 ……愚妹ジャクリ、あんた首席だったのか。

 3格1つ、2格2つで100人中10~20位くらいだった本来の私とは大違いだ。


 私の学年では、イレギュラーな上位三人を除けば、本来は学年4位で「3格2つ、2格4つ」だったカール・ドーレンス君と、学年五位で「3格1つ、2格4つ」だった夫のローラント様が首位争いをするような立場にあったはずだ。

 売られるその孫娘は、少なくともそのくらいの力はあるんだと思う。


 愚妹は水属性に関して10年に1人と言われる上位精霊との契約が出来そうな気もするけど、あれに関しては別にどうでも良い。


「つまり相当高いと言う事か?」

「はい。魔法学院を除籍になった事で中位精霊との契約こそ出来ませんが、逆に言えば契約失敗で魔力を失いませんので、1年金貨60枚で雇っておられる騎士階級の方よりも格段に魔力があります。それを所有権ごと買うとなれば、金貨数千枚が相場になるでしょう」


 金貨1,000枚あれば、金貨20枚の娘が50人買える。

 農村は子供の死亡率が高いから子沢山で、農地を耕せる男に比べて女はお金になれば良いと考えられる。そのため金貨20枚も払えば、娘1人を買うだけなら容姿や年齢など様々な条件を広く選べる。


 何が言いたいかというと、娘1人に金貨1,000枚以上は相場から見てあり得ない。

 今回は仕入れの意図自体がズレていて、もはや嗜虐心を満足させたい貴族の趣味嗜好の範疇だと思う。

 そして諸侯にはお金持ちが多いから、数貴族を回ればきっと数千枚でもどこかで売れると思う。


「その孫娘が既に精霊と契約してさらに独立していたら、売られる事は無かっただろうな」

「左様でしょう。サギスール会頭の娘は、他家に嫁いでサギスール一族から外れていました。親が商会の役職を持っていたために孫娘まで連座とされましたが、孫娘が準貴族に上がって新たに家を興していれば、親の一族からも外れていたはずです」

「わずか1年の差でしたね」


 魔法学院が持つ6系統の契約魔方陣は王国の最高機密の一つで、それを使わずに精霊と従属契約を交わすのは至難の技だ。

 例外は人間以外の種族であるエルフの秘術を用いるか、火属性なら火山の火口付近といった特殊な環境まで直接赴くか、各属性の上位精霊に精霊界みたいなところを繋いで召喚陣を補って貰うか。

 ちなみに私は「風、土、光」を上位精霊が繋げられて、レティシアは「火、水、闇」を上位精霊が繋げられる。


 …………やだ、お友達の範囲で出来てしまうじゃないですか。

 その孫娘が我が家の所有となって火か水の上位精霊と契約してくれれば、領地がさらに発展する。仮に私と被って風や土の上位精霊と契約しても、魔法の効果は倍になる。

 私の行動が切っ掛けで『一族連座制』に巻き込まれて、これまでの本人の努力が失われるなんて私の感覚だと理不尽な気もするし、他貴族に売られてどんな扱いになるのかを想像すると夢見も悪くなりそうだし、仕方がない。






 ◇◇◇◇◇ ◇◇◇






 サギスール会頭の孫娘ロザリー・モリエールは、裁判で記録映像を見せられていたこともあり、サギスール商会が爵位貴族に詐欺を働いた事で自分が連座の罪に問われたと言う事を理解できていた。


 彼女は判決で「その恵まれた生活環境に、各諸侯への相場を逸脱した取引で得た不当な金が用いられていた事は明白である。よってそれを食んで育ったロザリーの身を売却して国庫に返納する事で、王国への損害を賠償するものとする」と言われてなまじ否定が出来なかった。

 どこの商会も多少はやっているとは言っても、それは免罪符にはならない。

 親がやった事だと言ったところで、不当に得た利益を共に享受していたのだから返せと言われればこの国では返さざるを得ない。

 魔法学院を卒業して精霊と契約してより大きな金を返納すると言ったところで、国王陛下の不興を買っている時点でまともな地位や身分が与えられるはずもなく、ロザリーは望みを絶たれて売られる事となった。


 売られた先は件のデュドネ伯爵家だったが、売られた理由をそのように解していたロザリーは特段デュドネ伯爵家を恨む事は無かった。

 デュドネ伯爵領の馬牽き小麦刈取機や新式手織機を見ていれば、それらの値段を吹っ掛ければ領地に損害が出る事は容易に想像が付く。

 むしろ確実に詐欺を働いた相手のところで働く方が納得できる。

 自分の境遇をその様に受け入れてデュドネ伯爵家の所有物として働き始めたロザリーは、所有物でありながらそれほど悪い境遇には置かれなかった。

 衣食住に事欠かず、復讐の対象であるはずなのに誰からも手出しされない。

 それどころか伯爵夫人が「……お菓子が贈られてきたけど、あなたも食べる?」などと気を遣い、この世界では理解できない主従関係が続いた。


 そのうち伯爵夫人がロザリーに精霊契約を行わせると言い出した。

 契約を行わせる動機と成功時の報酬には流石に耳を疑ったが、伯爵夫人が本気らしいと理解したロザリーは精霊契約を試みる事にした。


(…………妹の鼻を明かしたいなんて、素敵な動機ですこと。しかも上位精霊と契約できれば奴隷から側室に立場を引き上げるなんて)


 売り飛ばされて地獄に堕とされた事で、闇属性との親和性は安穏と過ごしていた学院生に比べて遙かに高まっている。

 そして光の上位精霊と契約している伯爵夫人が居るので、非道な上げ方も出来る。

 火の親和性を高めるなら、自らの身体を焼いてその身に火属性を刻めば良い。

 上位光精霊で回復してもらえば死なず、光と闇の属性も同時に上がる。

 元々得意だった風属性は、伯爵夫人の上位風精霊がロザリーの身体に風を纏わり続けさせれば効果的に上がる。

 その様に常軌を逸したロザリーの行動により、学院を除籍された後の成績の遅れは瞬く間に取り戻されていった。






 王国歴1017年9月1日。

 張り出された最終試験の結果に、3年生全員が目を見開いて驚いた。

 それは昨年夏まではある程度予想されていたものの、夏以降はあり得ないと認識外へ除かれた順位だった。



【最終試験結果(6属性の格・推定属性値)】


 第1位

 ロザリー・モリエール

 火4・水2・風4・土2・光2・闇4 合計60~


 第2位

 ジャクリーヌ・グランジュ

 火2・水4・風3・土2・光2・闇3 合計46~


 ・

 ・

 ・



 成績証明書を受け取ると学生の輪に入らず、そのまま立ち去ろうとした黒髪の娘。

 それを姉と同じ次席に追いやられ、総合成績でも姉に敗北を喫した群青色の髪の娘が強い口調で呼び止めた。


「…………ちょっと待ちなさい」

「あら、ジャクリーヌ様ではございませんか。1年振りですわね」


 相変わらずの細身を翻して優雅に振り返ったロザリーは、かつてジャクリーヌの記憶にあった印象からは随分と大人びて見えた。

 表情には陰があり、それを封じる深い経験と確固たる意志の強さが同時に見てとれる。

 ジャクリーヌは目の前の娘が、本当に自分の同級生だろうかと疑った。


「そんな事はどうでも良いのよ。平民から罪人の一族に堕ちて売り飛ばされた貴女が、一体どうやって返り咲いたのよ!?」

「連座の賠償は、わたくしの売値が国庫に納められた時点で終わっています。それに王国では、魔法学院に入れなかった者も精霊と従属契約をすれば卒業資格を得られますわ」

「あんたは除籍でしょうが!」

「ええ。退学では無く、最初から籍が無かった事になる除籍ですわ。ですから魔法学院の生徒では無いわたくしは、外部で中位以上の精霊と契約した事で卒業資格を得られますの」

「はあっ!?」


 ロザリーのあまりに強引すぎる理屈に、ジャクリーヌはおかしな声を上げた。

 制度的にはロザリーが言うとおり、中位以上の精霊と従属契約を結べた王国民であれば魔法学院の卒業資格が得られる。だが明文化されていなくても何かしらの問題が発生した場合は、権力によって潰されるはずだ。

 そしてロザリーは、仮に成功しても権力者側から横槍を入れられる立場である。


「魔方陣も使わず、どうやって各属性と契約したのよ。それに王侯貴族を敵に回した一族の貴女が、そんな力を持ってこの国で無事に過ごせるはず無いでしょうが!」

「わたくしの庇護者は、ジャクリーヌ様のお姉様夫婦ですわ」

「なんですって!?」


 その説明を聞いたジャクリーヌは、概ねの事情を察した。

 ジャクリーヌの姉リディアーヌは魔方陣を介さない契約の仲介能力、サギスール一族に関する処分の最優先権、特上回復薬の格安販売で王侯貴族に根回しできるだけのコネクションを全て持ち合わせている。

 そして、姉が最終試験に合わせてロザリーを送り込んできた理由も。


「優しいお姉様からの言伝です。『首席おめでとう。優秀な貴女なら当然よね。ところで上位精霊は何体だったのかしら。今度会った時に聞かせてね』以上ですわ」

「あの馬鹿姉めっ!」


 自分の首席を奪った娘から言伝を聞かされたジャクリーヌが地団駄を踏み始めると、ロザリーは風と光の精霊で彼女が悔しがる様を記録し始めた。

 映像の記録は、ジャクリーヌの素敵な姉からの依頼である。






 ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇






 王国歴1018年6月。

 王国に数え切れない豚頭背鱗水牛カトブレパスの大集団と、数千匹もの鰐竜タラスクスの群れが侵入を開始した時、上位火精霊1体、上位風精霊2体、上位土精霊1体が立ちはだかった。

 目撃者の居ない戦いは、広範囲の火炎に飲み込まれた魔物達の死体と、土礫の散弾を無数に浴びて体中が貫かれた魔物達の死体が散乱する各地の戦場跡から、その壮絶さの一端が辛うじて読み取れたという。


 大半を撃ち減らされ、それでも国内へ侵入した豚頭背鱗水牛カトブレパスの群れは、確かに食糧を食い散らかした。

 しかし農業革命で小麦の収穫量が飛躍的に伸びていた王国は小揺るぎもせず、上位精霊達が反転すると残っていた魔物達も次々と駆逐された。


 魔物の侵攻なんてあったのかと疑うレベルで被害を受けなかった王国は、農業改革と工場制手工業が実を結び、やがて一つの伯爵家を礎に大繁栄時代を迎えた。

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