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大防壁都市リディアーヌ

 大理石の床に刻まれた魔方陣が淡い光を放ち、肌を刺すような冷気が周辺へと溢れ出す。

 魔方陣の中に居た生徒が、パートナーとなる精霊との契約に成功した瞬間だ。

 その冷気が魔方陣の前に並んでいた生徒たちのところまで達した瞬間、最前列に居た私は思わず身体を竦ませた。


「リディ、大丈夫?」

「だいじょ………………ごめんなさい。少し目眩が」


 私は大丈夫と言いかけて、咄嗟に目眩がしたと言い直した。


「まあ、それはいけませんわ。先生、グランジュ子爵令嬢が立ち眩みを」


 すると一緒に並んでいたレティシアが私を気遣って、召喚契約に立ち会っている先生の一人に声を掛けてくれた。


「体調不良か。精霊の召喚日には体調を万全にしておくよう、事前に伝えていただろう」

「すみません」

「仕方がない。少し座って休んでいなさい」


 先生の許可を得た私は、シアに召喚大広間の端にある椅子まで連れて行って貰った。


「では次の者、魔法陣へ」

「はい」


 私たちが抜けた後を、後ろに並んでいた生徒たちが順に埋めていく。

 今日は魔法学院の最終試験日。

 私たち3年生は魔方陣を介して6属性の魔力を触媒の各精霊石に注ぎ込み、精霊を召喚して従属させる学院最後の試験を行っている。


 成功すれば自分の属性魔力と召喚精霊の力が混ざって魔法が使い放題になる。

 でも失敗すれば、注ぎ込んだ魔力と精霊の力と混ざらずに魔力が失われる。

 再修行で属性魔力を溜め直す事は出来るけど、体が成熟してしまえば魔力が固定されるので、得るまでに時間が掛かる魔力を完全に取り戻す事は不可能だ。

 召喚大広間の端にある椅子まで連れて行ってもらった私は、シアと並んで一先ず座った。


「シア、大切な精霊契約の日なのにごめんね」

「気にしないで良いわ。だって魔方陣は逃げないし、自分の属性魔力だって今さら変えられないでしょう?」

「ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」


 喚び出される精霊たちには格があって、従属契約が可能な中位以上の精霊を喚び出せる者は国中で1,000人に1人だと言われている。

 魔力が高い血筋は優秀とされ、契約に成功すれば平民でも準貴族の士爵へ叙爵される。

 逆に1属性の精霊とも契約できなければ、貴族の子弟でも貴族階級と平民階級の中間にあたる騎士階級まで落とされる。

 ベーレンス魔法王国はそうやって何十代も魔力の高い者を貴族として厚遇し続け、優れた才能同士を掛け合わせて代々魔力を高めてきた。

 チャンスは6系統で計6回。

 今日の最終試験に賭けられているチップは、私たちの今後の人生そのものだ。


「リディアは水属性が強いから、少し魔力に中てられたのかも知れないわね」


 属性には「火、水、風、土、光、闇」の6系統がある。

 精霊の格は「下位が1格、中位が2格と3格、上位が4格と5格」で5段階。

 契約に必要な属性値は「格の二乗」以上で、2格は属性値4以上が必要になる。

 最後に魔力は「属性値の二乗を10倍した値」で、2格なら魔力160以上とされる。


 これら全ての計算が非常に大雑把なのは、私たちが魔力そのものを計測出来ないからで、個々人の能力は、下位精霊を喚び出して引き起こす事象から大まかに計算している。

 最終試験直前の生徒たちは、一番得意な属性魔力が160を越えるくらいはあり、それ以外も平均で100くらいには達している。

 一般の生徒なら一番得意な属性で2格精霊と契約できて、凄く頑張れば3格精霊一つと2格精霊複数を同時に得られる。ちなみに上位精霊を得られる人は、10年に1人くらい。

 私は家系的に得意な水属性だけは3格の中位精霊が取れるかもしれなくて、あとは上級貴族なら取得を目指すべきと言われる風と闇が2格の中位精霊になる可能性があると、先生に教師生活の経験則という根拠の無い想像で言われていた。


「そんなに強くないわよ。届いても3格の中位精霊までって先生も言っていたし」


 これほど大切な契約なのに、どうして未成熟な15歳くらいで契約を試みるのか。

 それは身体が成熟すると魔力が固定してしまい、自分の魔力に精霊の力を混ぜる事が出来なくなるからだ。

 精霊と契約すれば自分の魔力と精霊の力が混ざるので、力を行使する際に自分の手足を動かすくらいの気軽さで精霊の力を行使できる。

 でも精霊と契約せずに自分の魔力だけで中位精霊を操れば消費が大きすぎて、すぐに魔力が尽きてしまう。

 だから契約は絶対にした方が良くて、タイミングとしては魔力が成熟して契約が不可能になる前で、かつ失敗しても下位精霊くらいは操れる魔力を取り戻す時間がある15歳くらいが、従属契約を試みるのに一番良いタイミングだと言われている。


(でも最終試験には、仕掛けが施されている)


 魔法学院では3年前の最終試験の時から、触媒となる各精霊石を置く木製台座の中に、強力な別の精霊石が埋め込まれている。

 そして生徒たちが召喚魔方陣の中で精霊石に魔力を注ぎ込むと、魔法陣起動の際に埋め込まれている別の精霊石にも属性魔力の一部が分散して流れて、その分だけ契約するための魔力が目減りしてしまう。


 これは国内の大貴族であるタクラーム侯爵が、学院の物品調達に関わる教師や納入業者を買収して施した仕掛けだ。

 タクラーム侯爵の目的は、私と同級生でもある孫娘ヴィオレットの契約精霊を比類無いものにして、第一王子殿下と結婚させて侯爵家の権勢を飛躍的に高める事にある。

 木製台座はキーワードを唱える事で中に入っている土属性の魔石が僅かに動き、儀式用の精霊石と埋め込まれている仕掛けの精霊石を繋げる穴が僅かに開いて、ヴィオが召喚術を行うときにこれまで溜め込んできた魔力がそのまま上乗せされる仕組みになっている。


 魔法陣の起動率は各属性ごとに4人に1人で、学院生100人なら約25回ずつ成功する。

 召喚術が成功して精霊石に注がれる平均属性魔力は本来200くらい。

 そこから吸われるのは約2割なので、魔力40×25回×3年=3,000の魔力が溜まっている。

 上位精霊と契約できる属性値16は必要魔力2,560で、ヴィオレットは契約時に各属性で3,000以上の追加魔力を得て、全ての属性で4格の上位精霊と契約してしまう。


 そして木製台座は試験後に侯爵家の新しい寄贈品と入れ替えで処分されるので、このままだとこの陰謀が世間に露見する事は無い。

 私がどうしてそんな事を私が知っているかというと……。


(……ここって、乙女ゲームの世界よね?)


 水属性の魔方陣前で冷気に中てられた瞬間、ふとそんな事が脳裏を過ぎった。

 まるで忘れていた夢を目の前にした事で思い出したかのように、私の自意識はグランジュ子爵令嬢リディアーヌのまま、ここが乙女ゲーム「千夜一夜物語」の世界であるという知識が湧き出てきた。

 一瞬だけ自分の気が触れたのかと思ったけど、私が本来知っている情報と知り得るはずのない情報が次々と合致して様々な辻褄が合い、少なくとも私が思い出した知識はこの世界において完全な的外れではないのだろうと思った。


(仮にそうだとすると、このままだとマズイかも)


 ヴィオと買収された教師がこの場にいて、生徒たちの召喚術も順調に進んでいる事から、侯爵家の野望を阻止するトゥルーエンドのストーリーはきっと行われていない。

 このままだとヴィオは歴代最高の天才魔導師として第一王子殿下と婚約し、学院で彼女の派閥に入らなかった女子生徒たちはみんな悪女にされるバッドエンドに一直線だ。

 タクラーム侯爵も自分の勢力拡大と他の大貴族の力を削ぐためにヴィオのワガママに便乗するので、王都では暫く陰謀の嵐が吹き荒れる。


 平民出身の主人公エディトなら、その展開になっても侯爵家の眼中に無いから直接的な被害は無いけど、うちみたいに吹けば飛ぶような子爵家だと本当に吹き飛ばされる。


(………………よし、決めた)


 ここを知っている世界だと仮定した私は、タクラーム侯爵家の陰謀を先回りして潰す事にした。

 ヴィオよりも先に各魔方陣でキーワードを唱えてから召喚をすれば、精霊石の力が使い果たされて壊れるので、ヴィオが召喚する時には属性値を上乗せ出来なくなる。

 ヴィオは暫く時間を置いてから「火、水、風、土、光、闇」の通りに回るので、私が先にその順番で先に回れば全属性を阻止する事が出来る。

 勘違いなら恥ずかしいけど、それなら何も無かったことにして一晩寝て忘れる。


 問題は主人公が力を付けすぎると、攻略キャラの一人である学年首席のアルノルト第三王子が強引に迫ってきて、分岐する第二部で王位簒奪ストーリーに入ってしまう事。

 アルノルト第三王子は母親が側室の身分なので、2体の上位精霊と契約するという偉業を為しても、母方の出自の問題で王座を得る事が叶わない。

 やがて彼は属性値の高い血統を優遇する王国の身分制度自体を大義名分に、自分こそが王位に相応しいと主張して支援者と共に王位簒奪に動き出す。

 そこにアルノルト第三王子自身よりも総合成績の高い主人公が居た場合、王位簒奪の根拠を守るために何としてでも主人公を自分の妻に迎えようと迫ってくる。

 もしかすると主人公ではない私が力を付け過ぎても、同じように迫られるかもしれない。そして子爵家の娘と王子殿下だと、こちらに拒否権は無い。

 私は周囲を見渡して、隣のレティシアと目が合ってふと閃いた。


「ねぇ、シア。私たちお友達よね」

「突然どうしたの?」

「事情はあとでちゃんと説明するから、召喚陣は別々に回って欲しいの」

「構わないわよ」

「ありがとう」


 シアは私の目眩を、最終試験で緊張したからだと思ってくれたみたいだった。


「それと召喚術の詠唱前に、精霊石を置いている木製台座の前で魔力を放ちながら今から言うキーワードを唱えて欲しいの」

「召喚の詠唱前なら別に良いけど…………どうして?」

「あとでちゃんと説明するからお願い」


 その後、私とシアの契約精霊が本来の実力よりも遥かに格上になったことから、ここが私の知識にある世界と少なからず一致している事が証明された。






【最終試験結果(6属性の格・推定属性値)】


 第1位

 アルノルト・ルクレール

 火4・水3・風3・土3・光2・闇4 合計63~


 第2位 ~ 第3位

 リディアーヌ・グランジュ

 火0・水4・風4・土4・光2・闇0 合計52~


 第2位 ~ 第3位

 レティシア・ジュベル

 火4・水0・風2・土0・光4・闇4 合計52~


 第4位

 エディト・シャルトル

 火3・水2・風2・土3・光3・闇2 合計39~


 第5位

 セリア・バティーユ

 火3・水2・風2・土3・光2・闇2 合計34~


 ・

 ・

 ・


 第18位 ~ 第27位

 ヴィオレット・タクラーム

 火0・水0・風2・土0・光0・闇3 合計13~






 私はシアと二人で魔石を使って回り、タクラーム侯爵家の野望を阻止した。

 それと同時にアルノルト第三王子の成績も抜かず、彼から迫られる事もなかった。

 私の思い付きに巻き込まれた同点で2位のシアは、上位精霊は実家の魔物退治や治安維持に役立つからと言って許してくれた。

 4位と5位になったのは主人公エディトと親友のセリアで、エディトが攻略キャラの一人であるセリアのお兄さんと結婚するルートに入ったみたいだった。このルートはセリアが第一王子と結婚して、アルノルト王子の王位簒奪も最終的には不発に終わる。


 18~27位になったヴィオとタクラーム侯爵家は、完全に野望を阻止されたと思う。

 なぜなら埋め込まれていた6個の精霊石は、過去に上位精霊と契約した偉人の死体から得られた魔石を、上位闇精霊と契約しているタクラーム侯爵自身が1つ1つを数年呪い続けて変質させた品だから、そう易々とは手に入らないし作れないのだ。

 今回の失敗で失望したタクラーム侯爵が病に臥せって死亡するのは2年後なので、タクラーム侯爵家に次の陰謀を実行する機会は訪れない。


 それと私たちが魔法陣を回る前に、得意属性と契約を行って失敗した生徒も結構いた。

 最終的に18人もの生徒が1属性の中位精霊とも契約出来なくて除籍処分になったけど、契約交渉で属性魔力を使い果たしてしまった人は基本的にやり直しが効かないし、魔石が埋め込まれている事を知った経緯も説明できないので、この件は口外しない事にした。

 だって事前に知っていたと言えばどうして報告しなかったのだと咎められるし、試験後に知ったと言えば証拠が処分されているから説明に矛盾が出るし、召喚中にここが乙女ゲームの世界だと考えたなんて言えば気が触れたと思われるし……。




 私は試験後の学院生活最後の3ヵ月間を大過なく平和に過ごし、卒業後に帰った実家で恐ろしい事を告げられた。


「リディア、喜べ。お前がエアハルト第二王子殿下の正妻に選ばれたと、先月王宮から連絡があったぞ!」

「…………へっ?」

「エアハルト殿下は地方領の一部を与えられ、一代公爵となられるそうだ。次代は領土に見合った爵位でおそらくは伯爵となるだろうが、上手くやれば侯爵という可能性もあるな!」


 …………お父様。

 そこは最終試験の1,001日後に、数万~数十万の魔物が侵攻してくる土地です。






 ◆◆ ◇






 乙女ゲーム『千夜一夜物語』は、第一部と第二部の二段階で構成されている。

 第一部は、平民出身の主人公エディトが魔法の才能を見出されて魔法学院に入学してから最終試験で身分や立場が変わるまでを描く。

 第二部では、第一部で親しくした相手と共に貴族として新生活を重ね、最終試験日から千と一夜後に発生する王国南部への魔物の大侵攻を乗り越えてエンディングを迎える。


 ところで物語における私はと言うと、主人公から見れば同級生の女子生徒で、ストーリーには一切絡まないモブキャラだ。

 本来の成績は100人中10~20位くらいだけど、中学の同級生で上位2割に入っていた人を全員覚えているかと聞かれて、覚えていると答えられる人はそんなにいないと思う。

 出自は子爵家で、貴族や準貴族の子弟が大半を占める魔法学院の同級生の中でもそこそこ良いけど、だからこそ平民出身の主人公とは接点を持たない。


 私は自分がリディアーヌだという意識を持っていて、日本の事は夢で見たような感覚で理解しているけど、『千夜一夜物語』で主人公だったエディトの方はどうなんだろう。

 神のような存在のプレイヤーの操作がエディトの行動に反映されているのか、それとも彼女自身も私みたいな記憶を持って自発的に動いているのか。

 最初は気になったけど、私にはもっと優先すべき事柄があったので、エディトへの関心は次第に薄れていった。

 だって数万から数十万の魔物たちが最初に襲ってくる土地の領主の妻なんて、作中に明記されていなくても生死は明白だし。




 新領土周辺の土壌が上位土精霊に崩され、上位水精霊に泥化され、上位風精霊に押し流されていく。

 自ら動き出した大地は精霊たちに望まれるままに姿を変え、やがて都市を高らかに囲む大防壁と深い外堀を生み出した。

 大防壁の土は上位土精霊の魔力によってセメント・砂・砂利へと変質し、上位水精霊の魔力でかき混ぜられた後に水分を抜かれ、やがて分厚く硬いコンクリート製の大坊壁へと造り替えられる。

 同じように造られた深い外堀には上流から川の水が引き込まれ、外堀を経由する新たな流れを造り出して、そこからゆるやかに下流へと下って行った。


 これらを人の手だけで造る場合、劣化版でも数十年規模の大事業になる。

 だけどこの作業に従事している人間は、基本的に一人も居ない。

 陣頭指揮を執っているのは私に従属契約を結んでくれている水と土の上位精霊たちで、知能が高い上位精霊たちは私がその場にいなくても作業を続けてくれる。

 それどころか作業範囲内に人間が居たら、わざわざ退去勧告まで出してくれる。


 精霊を使役している私自身から見ても、上位精霊たちは理不尽な存在だなぁって思う。

 従属契約をすれば契約者の属性魔力を自分のものに出来て、上位精霊たちの殆どはそれを何度も繰り返して強くなっていったと水の上位精霊が教えてくれた。

 だから上積みできる程に大きな属性魔力を対価に差し出された中位以上の精霊たちは、それを自分に馴染ませるために契約者である私たちが死ぬまで現世で付き合ってくれるらしい。

 道理で本来18~27位でしかないヴィオでも上位精霊を従えさせられるわけだ。

 私も変に遠慮しなくて良いと分かったので、上位精霊たちにお願いしてどんどん作業を押し進めて貰う。


「リディアーヌ。いくら何でも、あれはやり過ぎじゃないのか?」

「旦那様、私の事はリディアとお呼び下さい」


 私の夫となったエアハルト殿下は、私を咎めるような口調をする時に「リディアーヌ」とお呼びになる。今の旦那様はそんな口調だった。

 その反対に優しい時は「リディア」と優しく呼んで下さる。


 そんな旦那様は7人居るメイン攻略キャラでも、3人居るサブ攻略キャラでもなくて、事前情報が殆ど無い私は最初どうしたら良いのか分からなかった。

 でも王子殿下なのにとても優しい方で、いつも私を尊重して下さるので、今では凄く良かったと思っている。

 だから私は精霊たちにお願いして、領地にコンクリート製の公爵城と公共施設を次々と建て、他領へ繋がる街道を大きく広げて均し、都市の大通りと水路を整備し、土壌豊かな穀倉地帯を造り出し、廃鉱となっていた金鉱山を再開発し、大量の穀物保管施設を作り、最後の仕上げに都市防壁と外堀を作っている。

 確かにやり過ぎは自覚しているけど、自重はしない。認めたら負けだと思っている。


「リディア、確かに魔物への備えも必要だ。だが都市を高さ10m・厚さ5mのコンクリート製の外壁で囲み、同時に幅10m・深さ5mもの外堀まで張り巡らせて、お前は一体何を警戒している?」


 壁と堀の規模が同じなのは、平原の土を掘ってその隣にそのまま置いたから。

 この都市が上位精霊を複数使役する私への畏怖混じりに「リディアーヌ大防壁都市」と呼ばれ始めている事は、公爵城で働くお喋りな侍女がいつも通り口を滑らせてくれたのでもちろん知っている。

 お喋りな彼女は、公爵夫人になった私にとって市井の噂話を聞く貴重な情報源の一つだ。彼女は旦那様の傍には置けないけど、これからも滑らかに舌を動かし続けて欲しいと思う。


「せっかく育った穀物を食い散らかす豚頭背鱗水牛カトブレパスの群れ…………」


 カトブレパスは豚の頭に水牛の身体、鱗状の背中を持つバッファローに似た草食動物だ。

 妊娠期間、生まれてくる子供の数、授乳期間は殆ど人間と同じ。

 大人になるまで約2年間で、雄は体長3m体重1,000kg、雌は体長2m600kgに育つ。

 成獣までの間に平均的に「土1と闇2」の属性値を得て、寿命は20年くらい。


 戦いでは突進して頭部に生やした角で相手を刺し殺すだけでは無く、それに合わせて下位闇精霊の呪いを使って相手の動きまで封じてくる。

 呪いはカトブレパスの眼を見ないか同等以上の光か闇の属性値があれば防げるけど、戦闘中に相手の眼を見ないのは難しいし、属性値も普通の人はそこまで持っていないので、殆ど動けないままに刺し殺されて犠牲者がどんどん増えてしまう。


「カトブレパスは厄介だが、侵入を防ぐだけなら高さ5mの壁だけで充分だろう」

「…………を追いかけてきた、鰐竜タラスクスの群れです」

「タラスクスだと?」


 タラスクスはワニに似た6本足の亞竜で、産卵回数は1年に1回。

 交尾から2ヵ月ほどで40~60個の卵を産み、2~3ヵ月で孵化して、群れで暮らしながら大体6~8年で成竜に育つ。

 成竜になるまでに力を付けていって、雄で全長6m体重500kg前後、雌で全長5m体重400kg前後に育ち、属性値も「水2,土1,闇2」くらいにまで伸びる。

 寿命は30~40年と言われているけど、人と暮らさないので正確には分からない。


 噛み付いたら離さない竜牙と鋭い竜爪、人の武器を軽々と弾く硬い竜鱗、そして毒の息を吐くという特殊能力まで持っていて、相手がカトブレパスでも人間でも家畜でもお構いなしにガブガブと食べてしまう。

 成竜までは獣や鳥の餌になり、成竜できるのは200頭に1頭ほどと言われるほど亞竜の中でも弱い。

 でも成竜してしまえば、恐ろしい捕食者側に立ち位置を変える。


「南のダウデルト帝国が、ドムス大山の河川を引き込む大治水を行っていたのは有名です。その影響で鰐竜が生息していた地域の大河が水位を減らし続け、鰐竜の卵や幼生体を食べていた天敵竜のギーブルたちがその地を去りました。一方で餌となる草食動物の群れが水場を求めて続々と残る河へ集まり、鰐竜は大発生した……かもしれません」


  挿絵(By みてみん)


 この後の歴史を多分知っていますなんて言えないので、あくまで可能性として説明する。


 実際には、生まれた直後の弱い数年間を天敵不在で生き延びた鰐竜たちが、餌の大量獲得で一気に成竜に近い全長4mくらいまで成長する。

 単に天敵不在で生き延びただけなら、1頭ごとの栄養や魔力が不足して弱竜が増える。

 でも餌となる豚頭背鱗水牛カトブレパスと幼竜の鰐竜タラスクスが大規模に混ざった事で、豊富な餌を食べて充分に成長した強竜が爆発的に増加した。


「万が一そうだと仮定して、どうして残っている河を捨てて北上する?」

「元来の河は殆ど干上がっていて、残っていた鰐竜たちも生息地を変えなければならなくなりました。餌のカトブレパスが王国領内の穀倉地帯へ向かえば、それを追いかけて北上してくる……かもしれません」


 遙か上流から流れを変えられてしまった河川がどこへ向かったかなんて、ずっと下流で暮らしてきた鰐竜は分からない。

 そして沢山の群れが、餌を追って北へと向かって行く。


「河が南に変えられたのなら、そちらへ向かうはずだ。正反対の北へ向かって来るなんて、そんな事はまずあり得ないだろう」


 旦那様は前例の無い話を一蹴されて、私の頭を優しく撫で始められた。

 旦那様、そんな事をされると上手く説明できなくなるのでちょっと待って下さい。

 ……なんて、自称・従順な妻である私は言えないので、代わりに旦那様の身体を抱きしめて応じる。


 第二王子の旦那様は、王太子殿下(現・義兄様)のいざという時の控えとして万事そつなく熟せるように教育を受けてきた。

 だから軍を率いて陣頭に立つ事も出来るし、国家規模の内政も采配出来る。

 でも旦那様は第二部のストーリー序盤で、魔物たちの大侵攻の犠牲になられる。


「鰐竜は1頭で騎士2人か、兵士20人の強さがあると聞き及びます。仮に鰐竜全体の一部しか来なくても、公爵軍では到底防ぎ切れません」


 なお騎士と兵士で10倍の戦力差があるのは、この世界特有の技術に起因している。

 この世界の技術は少なくとも周辺国においては十字軍遠征時代の中世ヨーロッパ並で、黒色火薬を用いた火器類は火精霊を刺激して射手が直接的に害を受ける事から発展しなかった。

 火精霊を介さずに一定を越える燃焼エネルギーを起こす事がダメなんだと思う。


 そんな制約のある世界で人々が試行錯誤した結果「初速を得るだけなら、筒型に詰め物をして中で風精霊の力を発生させれば良い!」と言う発想で、風魔法の圧縮空気を用いた空気銃エアガン空気砲エアカノンが誕生した。

 最初は単なるマスケット銃のような形であったものが、やがて筒内が螺旋状の溝となって発射時に弾へ旋回運動を与えるライフリング形式となり、弾自体も単なる球体から長距離を安定的に飛ぶ弾丸へ変わり、銃口から詰め込む前装式だと撃つのが遅いために後装式へと発展していった。

 だから単純に14世紀以前の技術力というわけでは無くて、兵器に関してはエアライフルのように19世紀半ばに劣らない技術を用いた物もある。


 でも魔法で発射するエアライフルを扱えるのは下位風精霊を操れる騎士以上の者だけなので、魔法を使えない兵士が遠距離で用いる武器は主に弓となる。

 数百メートル先の標的を倒せるエアライフルと、魔法を使わなければ40メートルが精々の弓とではあまりに戦力差が大きい。

 さらに騎士は武器で斬ってもエアライフルで撃っても、あるいは移動や防御においてさえ風精霊の支援を受ける。火精霊の炎や闇精霊の呪いでも攻撃力が加算され、土精霊や水精霊で防御力も増され、傷は光精霊で回復すると言った具合に魔法の恩恵がある。

 その一方で魔法を使えない兵士たちは武器に毒を塗るくらいしか出来ないので、騎士と兵士とでは戦果に10倍以上の差が出てしまう。


「うちの公爵家は新興とはいえ騎士100人、兵士1,000人を抱えて居るぞ」

「ですが鰐竜の硬い身体には弾や矢が殆ど通らず、仮に通ったとしても弾丸に篭めた下位闇精霊の呪いや矢の毒が効きません。総戦力の二倍となる200頭以上が侵入して来れば、それで勝ち目は無くなります」

「別に対策するなとは言わんが……」

「ありがとうございますっ!」


 なおも続けようとした旦那様の声を遮ってお礼を言い、強引に許可を取り付けた。

 実際に押し寄せてくる鰐竜の数は数千頭にも上るので、大侵攻が発生する4ヵ月後までには全ての準備を済ませないといけない。


「それと旦那様、穀物保管施設に入れる小麦粉を買いたいです」


 私は旦那様に抱きついたまま、上目遣いに潤んだ瞳を向けておねだりを続ける。


「去年それなりに備蓄したし、半年後には小麦を収穫するだろう。それも無駄遣いだ」

「金鉱山を再開発したじゃないですかぁ。金貨3万枚分だけで良いですから」

「駄目だ」


 領内の金鉱山は廃鉱になっていたけど、土の上位精霊が再開発できる事は知っていた。私がそれを再開発した結果、公爵家の収益はこれまでに金貨3万枚を越えている。

 でもその功績で旦那様がお認め下さるのは、その三分の一の金貨1万枚くらい。

 これは旦那様が夫婦の収入を、旦那様と私と領地の三分割で考えておられるから。領地は私たちの子孫に継承されるものなので、それには私も納得している。


「街道の拡大。都市内の大通りと、水路の整備……」

「ぐぬぬ」


 新領土から王都まで繋がる馬車一台分の悪路は、土精霊が地均しをして固めてくれた事により、馬車が並んで行き来できる街道へと広がった。

 行商人の馬車が増えて商取引が活発になり、去年一年間だけでも直接的に金貨6,000枚分ほどの収入増となっている。これでプラス2,000枚。

 都市内の大通りと水路の大整備は、金貨9万枚分くらいの仕事だったと思う。でも細かい拘りの部分や実用性に無関係な細工までは換算して貰えないと思うから、評価額は半分に見積もって私への割り当てはプラス1万5,000枚。

 合わせて2万7,000枚分なので、あともう一息。


「穀倉地帯の土壌改良……」


 収穫量が約2倍になりました。


「仕方がない、金貨3万枚分だけだぞ?」


 勝った……じゃなくて。


「旦那様、大好きですっ!」


 優しい旦那様は、今の段階では単なる無駄遣いの食糧購入を認めて下さった。


 王国はこれから悪食の豚頭に大きな水牛の身体で国中を荒らし回る数万から数十万の豚頭背鱗水牛の群れによって、王国南部で収穫間際だった穀倉地帯が壊滅してしまう。

 何しろ小麦の収穫時期は6月で、国内への大侵攻は5月だからだ。

 さらに豚頭背鱗水牛を追ってきた大量の鰐竜タラスクスの侵入で、牛・豚・鳥などの家畜まで食い散らかされ、果ては馬まで食い千切られて南部は物流すら麻痺する。

 公爵家は去年の収穫をかなり蓄えているけど、全領民の1年分には到底足りなかった。いずれ輸入する余裕もなくなるので、南部では大規模な飢饉が発生する。


 小麦の収穫期が近付いて値下がりしている今なら、金貨1枚で1000人が1日食べられる小麦粉を周辺からまとめて買える。

 そして金貨3万枚なら8万人が375日食べられる小麦粉が買えるので、領民全てが公都に立て篭もったとしても1年間は飢える心配が無くなる。

 それと家畜も大坊壁に守られているから、タラスクスに食べ尽くされない。

 公都内の飲料水も地下水脈から大量に引き込んでいるから、そちらも問題なし!


「ほほう。そんなに俺の事が好きなら、態度で示して貰おうか」

「へっ?」


 旦那様の右手が私の胸元に伸びて襟紐をするっと解いたので、私はその手をしっかりと掴んで抵抗の意を示した。


「…………湯浴みが先です」


 先ほど従順な妻を自称しましたが、それとこれとは話が別です。






 ◇◇◇◇






 王国歴1018年6月。

 荒野を埋め尽くすかのような豚頭背鱗水牛カトブレパスの群れを追って、数千頭もの鰐竜タラスクスがブラントーム公爵領を中心とした王国南部へ続々と侵入してきた。

 絶叫と共に冒険者が駆け込んでくるよりも遙かに早く、事前に哨戒してもらっていた大鷲獅子グリフォンに騎乗する王国空騎士が第一報を届けてくれた。


 公爵領は即座に非常事態宣言を発令し、全領民には大防壁がある公都内の避難施設へ入って貰った。公都へ持ち込んだ家畜は維持できないので、公爵家が適正価格で買い取った。

 領地に住む領民8万人のうち3万人くらいは公都周辺の町や村に住んでいるけど、大街道を整備しているからそれなりの領民が逃げ込める。

 そうやってギリギリまで人を受け入れた後、地平線の彼方に途切れる事の無い雑食性の豚頭背鱗水牛の大集団が見えてきた。その後ろからは鰐竜の群れも追ってくる。


 私たちは高さ10メートルの分厚いコンクリート製の大坊壁の上に上り、そこから飲み込まれていく領地を一望する。

 草食動物の豚頭背鱗水牛は穀倉地帯を食べ尽くし、肉食の鰐竜は生物を食べ尽くす。


「…………以前にリディアが言ったとおりだったな」

「私はあくまで可能性をお話ししただけです。それと、何があっても大坊壁の外には身を乗り出さないで下さいね?」


 私は旦那様の裾を掴んでそうお願いした。

 本来ブラントーム公爵領は6月中に滅亡するはずだったので、7月まで乗り切れば運命が変わったと信じる事が出来る。


「身を乗り出すまでも無く、倒せるからな」


 現在『リディアーヌ大防壁都市』では、ワニくらいの賢さしか無い鰐竜たちが幅10m・深さ5mの外堀を長大な川と勘違いし、そこに追い込まれて落ちた豚頭背鱗水牛たちに群がって大捕食会を開催している。

 外堀には足場なんて作っていないし、水嵩は陸地から1m近く下げているので、豚頭背鱗水牛が落ちれば二度と上がれなくなる。

 鰐竜たちは、とにかく豚頭背鱗水牛の群れを長大な外堀のどこかに落とせば良くて、集団で追い込んだり、噛み付いて無理矢理に引き摺り込んだりしていた。


 そんな鰐竜を倒すという人間側の戦果の大半は、中位以上の魔導師たちが挙げている。

 高さ10m・厚み5mの防壁上から鰐竜目掛けて中位精霊魔法を放つだけのお仕事なので、とても簡単で安全だ。

 貴族階級である旦那様も中位魔導師で、火の中位精霊を用いて鰐竜の頭部をボウボウと焼いたりしている。鱗に覆われている身体にはあまり効かないけど、眼球とか口内とかは鱗に覆われていないからダメージも通る。


 ちなみに騎士の魔物退治における遠距離戦は、弾丸に闇精霊の呪いを篭めて撃つのが一般的だけど、鰐竜みたいに鱗が硬くて呪いも効きにくい相手だと無駄だから今回は大半がお留守番。

 兵士は下位風精霊を使えず毒矢も効かないので、こちらも大半が治安維持に専念。


 今回連れてきた一部の人達には、主に豚頭背鱗水牛の新鮮な死体を鉤付きのロープで防壁上へ引き上げてもらっている。

 目的は公都内へ水牛の新鮮なお肉を供給する事と、魔物の身体の中にある魔石を回収する事。

 もちろん公都への食糧供給は多い方が良いので、稼がないといけない冒険者や臨時収入が欲しい一般人にも、防壁上で邪魔にならない程度に作業する事を認めている。

 防壁上に居れば魔物の監視役にもなってくれるし、騎士たちと違って死亡時の見舞金も払わなくて済むから、一般参加者の行動はとても助かっている。

 それどころか肉の販売には税も掛かるので、公爵家の収入にも繋がっているし……。


 そんな考え事をしていると、防壁の上で悲鳴が上がった。

 鰐竜タラスクスは外堀から10m直上に毒を吐いて私たちに反撃する事も出来るので、風精霊の守りや光闇いずれかの精霊の加護が無いと危ない。

 私は上位風精霊に私と旦那様の守りをお願いしつつ、小声で呟いた。


「もっと水位を落とそうかなぁ。でも落としすぎると鰐竜が他の領地に行っちゃうし」

「リディア、まさかお前はこの公爵領内で全ての鰐竜を片付けるつもりか?」

「えっ、ダメですか?」


 公都では今のところ1日数十匹のペースで鰐竜を倒せている。

 最初の侵攻で公都まで辿り着けなかった領民1万人近くと連絡が付かないけど、公都にいる領民や商売で来ていた商人など7万人くらいは無事で、大門を閉じた後には魔物による犠牲者は殆ど出ていない。


 防壁上から身を乗り出した人の中には毒の息を掛けられて落ちる運の悪い人が居るけど、普段の冒険者だって魔物退治ではそれくらいの犠牲は出している。

 公都で主戦力の中位魔導師に犠牲は出ていないので、今のペースで倒し続けていれば100日くらいで殆どの鰐竜を倒す事が出来るんじゃないかと思う。


「ダメでは無いが、どのみち倒しきれずに他の領地に流れてしまうだろう。それに鰐竜を倒しても、豚頭背鱗水牛が残っているから穀倉地帯はどのみち壊滅する」

「それでも鰐竜の革は高級品じゃないですか。魔石も取れますから、公都周辺の町や村を復興する予算にも材料にもなります。なるべくこちらで倒したいです」

「魔石か。確かに物凄い数になりそうではあるが」


 魔石とは、属性値を持つ生物の魔力が体内で結晶化したものだ。

 魔石の魔力は精霊魔法で取り出す事が出来て、魔導師の魔力消費を抑える事ができるので、中位以上の精霊と従属契約をしていない騎士階級の者達の間では広く重宝されて高く売れている。


「鰐竜は保有魔力も大きいですし、魔石自体の質も良いです」


 魔力量は使用回数に直結するし、魔石の属性値が高ければ様々な術が使えて質が良いとされるので、魔力が90もあって属性値「水2,土1,闇2」の鰐竜なら高く売れる。


「確かに復興を考えれば、魔石の収入も馬鹿に出来んか。ところで魔石1個で金貨いくらになるんだ?」


 王族だった旦那様は、庶民の相場に疎いところがある。

 魔石の買い取り価格は「魔力量」×「用途別の評価属性値」×「レート(火1,水2,風4,土1,光10,闇2)」×「銅貨10枚」くらい。

 鰐竜の魔石なら、90×(水もしくは闇の)属性値2×レート2×銅貨10で金貨3.6枚にもなる。

 もちろん属性値が低ければ価値が下がるので、成竜になりかけの鰐竜だと一概に金貨何枚とは言えないけど。


「鰐竜の魔石なら金貨3枚と銀貨6枚くらいになると思います」

「だが成長途中ならば、属性値も成熟していないだろう」

「いいえ、そうでも無いですよ」


 体内の魔力の結晶体である魔石は、魔石を食べさせて消化吸収させる事でも育つ。

 もちろん魔力100の魔石を食べれば、そのまま100の魔力が身に付くわけでは無い。

 魔石と同時に新鮮な血肉も食さなければ魔力が循環しなくて効果的に消化出来ないとか、高魔力の魔石を一気に食べてもきちんと吸収できないとか、伸び代の無い生物に食べさせても大した効果が無いとか沢山の制約がある。

 でも鰐竜は種族として属性値「水2,土1,闇2」までの伸び代が最低限保証されていて、それを育てるのに必要なだけの魔力を取り込ませれば、その属性値まではスムーズに伸びていく。

 竜なら届かせたい魔力の10倍も魔石を食べれば、多分身体に吸収してくれる。

 だから魔力90の鰐竜なら、その10倍の魔力900ほどの魔石を与えれば良い。


 現在の鰐竜の主食である豚頭背鱗水牛は、属性値が「土1,闇2」なので魔力は50もある。これを15匹も食べれば魔力900で、鰐竜が成竜するのに等しいだけの魔力を得ることが出来る。

 そして変化した生活環境で、鰐竜はとっくにそれだけの魔石を食べている。


 しっかりと育った鰐竜の魔石は、水属性が飲料水の得られない地域の移動で必須とされ、土属性が建築現場で土台固めや掘削に重宝され、闇属性も安眠効果から戦闘支援まで幅広い用途が期待できるのでどこに売っても高値が付く。

 私は旦那様の腕にしがみついて上目遣いになってみた。


「…………無理をし過ぎて、その辺の冒険者のように足下を掬われるなよ」

「はい、旦那様!」











 王国歴1018年。

 数え切れない豚頭背鱗水牛カトブレパスの大集団と、数千匹もの鰐竜タラスクスの群れに襲われたベーレンス王国南部では数十万人が犠牲となり、それ以上の人々が家財を失って路頭に迷った。

 だが魔物の大半を撃破したブラントーム公爵家が全ての難民受け入れを表明。

 彼らに住居と仕事を斡旋して急速に拡大した公爵家は、数年後には王国南部を取りまとめる大領へと発展を遂げる。

 一代限りであったはずのブラントーム家は正式な公爵家として認められ、ベーレンス王国を支える大貴族の一角としてそれから長い繁栄を享受した。

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