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過去 2

 


 本職の淫魔には敵わないものの、青年――――ハイドには最高の快楽を味あわせたつもりだった。

 更にいえば性に目覚めて間もない年頃の男、それも初めて味わったこの世のものとは思えない刺激に、論理道徳などかなぐり捨てて早々に再召喚がかかる、と高を括っていたのだが。

 


気が付けば半年たっても全く音沙汰がないことに愕然とした。

 


 これでは他の契約者作りにあちこち飛び回っていたものの、呼び出しがかかれば一足飛びで行ける地を中心に活動していたことが馬鹿みたいではないか。


 羞恥と憤怒に任せて乗り込むと、当のハイドは部屋の中心でなぜか木剣を振り回していた。


「なんであんたがここにいるんだ!?」


 木剣を放り出して驚くハイドにリグリラは出鼻くじかれたが、それでも腕を組んで仁王立ちした。

 既にほかの契約者の記憶を覗くことでこのあたりの言語を学んでいたから、思念話ではなく人語で怒鳴った。


「あなた、年甲斐もなく棒ふり遊びなんてしていますの? それくらいならわたくしを楽しませる算段でもつけなさいまし!!」


 しりもちをついてあっけにとられてリグリラを見上げていたハイドだったが、すぐに我に返ると抗議の声を上げた。


「いや、だってあんたは言ったじゃないか「わたくし、弱いものには興味はありませんの」ってさ。

だから俺はあんたが興味を持ってくれるような強い男になってから、契約とか抜きで面と向かって口説く。それまではいくら会いたかろうとあんたを呼び出さないって決めてたんだよ。

あんたの顔見たら決心がダダ崩れになりそうだったから!!」


 本音丸出しの向こう見ずな告白にリグリラは呆れ果てた。

 閨の話を真に受けるのもそうだが、何より契約抜きで魔族の心を動かそうとするその無謀さに、青年期のおめでたい思考回路の厄介さがこれほどまでとはと一周回って感心さえしてしまいそうだ。

 だが、その手段がこんな部屋で棒切れを振りまわすというのが”強さ”というものをなめているようで気にくわない。


「こんな狭苦しい部屋の中で振り回すだけで強くなれるのでしたら苦労しませんの。地べたの泥の味を覚えるまで転がして差し上げますから打ちかかってきなさいっ」


 苛立ちのまま空間転移を使い、人気のない適当な野原へ連れ出して啖呵を切ったリグリラだったが、当のハイドは突然視界いっぱいに広がった空をぽかんと見上げていたため、聞いていないのは明らかだった。


「聞いていますの!?」

「あ、ああ、もちろん!!」


 リグリラが用意した木剣をその頭へ投げつけたことで我に返ったハイドが、やみくもに打ち掛かってくるのを同じく剣のみでさんざん翻弄する。

 予想以上に早くへばったハイドは大量の汗を流して全身を使って喘ぐように呼吸を繰り返して立ち上がれなくなった処でやめた。

 打ち込みは意外と悪くなかったが、話にもならない腕前に呆れ果て真顔で忠告してしまった。


「あなた、もう少し体力をつけたほうがよろしくてよ」

「……俺もそう思う」


 少し溜飲を下げたリグリラが野原に大の字に転がっているハイドのそばにしゃがみこむと、彼は、何がおもしろいのかぬけるような青が広がる空を見上げ、呼吸が落ち着いてくると、ぽつりと訊いてきた。


「なあ、ここってどのあたりだ?」

「あなたの住む国の郊外ってところかしら。あなたの住む場所から歩いても半日ほどではなくて」


 住んでいるのが塔の中というのも珍しいですけど。と考えながら答えると、「そうか」と短い答えが返ってきた。


「たった半日歩くだけでこんなに景色が変わるんだな」


 その灰色の瞳に浮かぶ感情を読み取ることはできなかったし、興味もない。


「それよりも、わかりましたでしょう? あなたの棒切れ遊びではわたくしに一太刀入れることすら永劫不可能ですわ。諦めてわたくしに願いなさいまし」


 だが、さんざんなぶられた後でも青年には懲りた様子もなく、ただ考え込むように腕を組んでいたのだが。

 次の瞬間勢いよく上体を起こしたかと思うと、その顔はとても面白いことを思いついたと言わんばかりにわくわくと輝いていた。


「それだけ強いんだったら、あんたに仕込んでもらえたら何とかならないかな。ほら、お伽噺にあるだろう。上流階級の男が、最高の女を作り上げるために幼い娘を引き取って養育するってやつ。

あんたが俺をあんた好みの最高の男に育て上げるとかどうだ」

「あなた、なかなか懲りませんのね」


 リグリラはもう怒る気にもなれず、脱力した。


「たとえ、あなたが血のにじむような途方もない努力を重ねて剣のみに集中したとて、今のわたくしに追いつくのに300年はかかりましてよ」


 何せ、年季が違うのだ。他にすることのない魔族たちは一度はまると徹底的に極めたがる気質がある。

 その例にもれずリグリラも主要な武器武芸はすべて身につけていた。

 拒絶のつもりだったのだが、ハイドはその微妙なニュアンスに気が付いて含みをもった表情で言った。


「無理とは言わないんだな」

「人の身のあなたに300年は不可能でしょう? それもわたくしが修行に付き合うとしたらですわ。そんな面倒なこと、対価もないのに私が請け負うと思いまして」

「でも俺が提案した時、面白そうだって顔していたぜ。あんた達悪魔が闘争に明け暮れたり人族をだまし惑わせたりするのは、何より退屈に飽きているからだろう? 人間の男を自分の色に染め上げるってのは最高の道楽じゃないか」

「馬鹿なことを言わないでくださいまし。たかだか100年も生きない人族風情がどうしてわたくしを楽しませられる強さを身につけられますのっ!」


 声を荒げたリグリラにも答えた風もなく、確信しているようににやりと笑うハイドは灰色の瞳に熱を込めていった。


「寿命が限られているからこそ、人ってやつはどんなふうに化けるかわからないもんだぜ」

「……いいでしょう、その言葉が妄言だったと泣いて縋って詫びて魔力を自ら差し出すまで、しごきにしごいてやりますわ」


 リグリラはわなわなと唇を震わせながらぎっ! と紫の瞳でハイドを睨み付けた。

 まさにそれを考えてこんな遊びのような契約を持ち掛けたことなど、口が裂けても言いたくない。

 それに100年にも満たない時間でどんなモノに育て上げるか、ちょっと面白そうだと思ったことなど断じてないのだ。









 そう宣言したものの、決して日参したわけではなかった。

 リグリラだって忙しい。せいぜい週に1,2度だ。

 それも課題として毎日の筋力づくりや、なぜか剣術の型だけは知っていたのでそれをなぞり、骨の髄までしみこませることを命じた他は、リグリラが気まぐれに現れて野原に転移し、地べたを這いずるまでひたすら相手をしてやる程度だ。


「……なあ、本当に背中に乗る必要あんのか」

「ほら、手が休んでおりましてよ、さっさと腕を曲げなさいまし」

「いや、ちょっと尻の柔らかさが気になって……」

『重量増加』

「ふぎ!?」


 特に彼の背に重り代わりに座り、じわじわと重量を増やしながら腕立て伏せをさせるのは、なかなかいい気分に浸れる。

 まあ、それを差し引いても明らかな実力差のある相手を殺さないように如何に長く走りこませるのは、同胞を相手にやる殺し合いとはまた違った面白さがあり、良い息抜きになっていた。


「ほんっと、あんたに、かてるっ、ぜえ、奴なんて、はあっ、居るのか!?」


 リグリラの指示した鍛練を終えて、汗みどろになって地面に両肘膝をつきながらのハイドの喘ぐような言葉に、大敗の記憶が鮮明なリグリラは背から降りながらも思わず苦い表情を浮かべたものだ。


「さすがに高位精霊やドラゴンには負けますわ」

「ドラゴンってあれだろ、でっかい羽の生えたトカゲみたいなやつ。あれならうちの騎士団でも討伐されていたからあんたぐらいなら狩れそうなもんだけどな」

「ドラゴンにもいろいろありましてよ」


 ”要の竜”の存在を知らない人族の青年が不思議そうにつぶやくのをあいまいにはぐらかした。










 





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